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一線

 盗賊達を片付けた後、レイヴンは興奮した様子のセス達に囲まれていた。


「先生! 凄いや!」


「黒い翼初めて見たよ!」


「あれが僕達が憧れた冒険者……」


「ねえねえ! さっきのはどうやったの? いつ斬ったの?」


 セス達の質問攻めにあったというのに、レイヴンには珍しく煩わしい気持ちが湧いて来なかった。

 自分達が襲われた事など無かったかのように元気な姿を見て安堵する気持ちの方が大きかったからだ。


「すまんな。私……いや、俺はレイヴンという。依頼を受ける条件があってな、本名を名乗れなかった」


「そんな事どうだって良いよ。先生は先生じゃん!」


「いや、俺は先生などでは……」


「俺って言い方は変よ? だって、先生は女の人でしょう?」


「どっちでもいいじゃん。似合ってるしさ」


(女? ああ、そうか)


 レイヴンはフローラのかけた魔法が未だに解けていない事に気付いて少し肩を落とした。

 魔剣の力を解放すれば、膨れ上がった魔力の弾みで解けるかとも思っていたのに、なかなか厄介な魔法の様だ。

 それだけフローラの作った魔法が優秀だとも言えるが、正体をバラした今となっては邪魔でしか無い。


(やれやれ。フローラを探さないとな)


「先生!」


「ん?何だアレン」


 真剣な表情で見つめてくるアレンは意を決した様に口を開いた。


「先生、このダンジョンから出たら何処かへ行っちゃうのか?」


 アレンの言葉の意味を察したセス達が一様に暗い影を落として俯いた。


 依頼を受ける条件はレイヴン自ら放棄した。

 最早依頼を続ける意味も、ダンジョンに留まる理由も無い。

 けれど、勝手について行くのは自由だ。


「俺には俺の旅の目的がある。お前達とずっと一緒にいる訳にはいかない」


「そ、そうだよな……」


 レイヴンは俯いたアレンの肩に手を置いて言った。


「お前達が風鳴の怪鳥とやらを見つけるまでは付き合おう。そういう約束だったしな。勝手について行かせてもらう」


「先生!」


 顔を上げて喜ぶセス達の顔を見て満足したレイヴンは徐に魔剣を抜いた。


「だが、物資も奴らに食い荒らされて、お前達の装備も壊された状態ではな……。それに、体調も思わしく無い。だからーーー」


 ドクンという心臓の鼓動に合わせて赤い魔力が迸る。


「ライオネット! ダンジョンの地図を書き直しておけ!」


「え……? まさか、嘘でしょう⁈ ちょ、ちょっと待っーーーー」


 ライオネットの制止も虚しく、ダンジョンの北に向かって振るわれた魔剣の力は、分厚い岩盤を一直線に貫き、当初の目的地であった北の広い空間がある地点までの道を作り出した。


 四つん這いになって項垂れるライオネットは、レイヴンの非常識過ぎる行動によって待ち受ける面倒ごとを想像して青褪めていた。


 管理指定ダンジョンをここまで破壊してしまっては言い訳のしようもない。

 書き換えた地図を見せた時の反応が怖い。


「待って下さいって言おうとしたのに……。組合に何て説明すれば……」


 一方のレイヴンは晴れやかな表情を浮かべていた。


(さて、次だ)


 小気味良い音を立てて剣を鞘に納めたかと思うと、隅に積み上げられた木箱を壊して漁り始めた。


(ほう、こんな物まで持っていたか。セス達の武器を壊した代わりとしてはお釣りが来るな)


 置いて行っても組合に回収されてしまう。それならセス達が使った方が良い。


 グラッド達が集めた武器の中から使えそうな物を選んでセス達に渡してやる事にした。

 最初は扱い辛いかもしれないが、どうせこの先必要になる物だ。


(そうだった)


 レイヴンはマリエのブローチとアッシュのブレスレットを取り出し、血を拭き取ってやると二人に返してやった。


 こんな大切な物を道標に残すのはこれっきりだ。

 それには一つでも多く依頼をこなして経験を積んで力を身に付けなければならない。

 大切な事を知っているセス達ならきっと大丈夫だろう。


「ふむ。装備はこんな物で良いだろう。では行くか」


 セス達は各々に合った武器を受け取った姿勢のまま、意気揚々と先頭を歩き始めたレイヴンの背中を呆然として見つめていた。


 ダンジョンを力強くでブチ抜くという、とんでもない事をあっさりとやってのけた。

 それも剣の一振りでだ。


「マジかよ……」


 アレンの呟きは吹き込んで来た風の音によって掻き消された。


「ハッ……! いけない! 早く先生を追いかけないと!」


「そ、そうよ! 皆んな行くわよ!」


「「「お、おおーー!!!」」」



 ロイはセス達の後を追いかけようとして思い留まった。

 レイヴンの後を追いかけて行く彼等の姿は、まるで親鳥と雛だ。

 今更自分が出る幕は無い。



『ライオネット先輩、大丈夫ッスか?』


「ええ、どうにか。あの子達はレイヴンに任せておけば問題無いでしょう。それより、此方の後始末が先です。ロイにも手伝ってもらいますよ?」


『やっぱそうなるんスね……』


「じきに応援が来ます。それまでで構いませんから」


『了解ッス』


「それにしても、あんなに浮かれたレイヴンは初めて見ました」


『そうなんスか?』


「そうですよ。雨どころか、大雪になったっておかしくありません。さあ、作業を始めますよ。壁にめり込んだままの元冒険者を引っ張り出さないと」


『アレを? 生きているのが不思議なんですけど……』


 手足を切断され、虫の息となった元冒険者達は白目を剥いたまま痙攣していた。

 しかし、おびただしい出血があってもおかしくは無い状態だというのに、血の一滴も流れてはいなかった。


「気付きましたか? 切断面を魔力で焼いて出血を止めています。ちなみに、そこに転がっているグラッドも辛うじて生きていますよ」


『そんな……何で?』


「レイヴンは人を殺しません。まあ、ここまでやるのも珍しいんですけど。そういう人なんですよ。どんなに怒りの感情に飲み込まれても、最後の一線だけは越えない。これだから私は彼の友人でいたいのでしょうね……」


 ライオネットが見せた柔らかい表情とは裏腹にロイは疑問に感じていた。


 セス達が連れ去られたと分かった時に見せたレイヴンの殺気は本物だった。

 あそこまで怒り狂った人間が、土壇場でそんな加減をするだろうか?

 あれだけの力を持ちながら、感情のコントロールによって一線を越えなかったと言うよりは、越えられなかったと捉えるべきではないだろうか?


 ここまでやるのは珍しいとライオネットは言った。

 だとすれば、いつかその一線を越えてしまう時が来るような気がする。

 それも呆気なく。

 そうなった時、レイヴンに襲い掛かる感情は、きっとレイヴン自身を殺してしまうに違いない。


 ロイ自身、今は冒険者としてやっているが昔は相当に荒れていた。

 大き過ぎる力に慢心し、周囲を見下して生きていた。毎日が楽しかった。皆んな自分の言うことを聞くのだから、やりたい放題だった。

 だが、その日は突然やって来た。

 事故という事で片付けられはしたが、人を殺めてしまった。

 その時に感じた体の奥底から湧き上がる恐怖は忘れられない。

 以後、死人も同然の酷い状態だった自分が、引き篭もっていた間に学んだ事と言えば、喋らない事だけだ。

 口は災いの元とは良く言ったものだと身を持って実感して以来、人前では口を閉ざすことにしている。


『レイヴンさんは、一線を越えると思いますか?』


 ロイの差し出した手帳を見たライオネットは、ロイの意図を察すると、首を横に振った。


「前にも言いましたが、レイヴンの力は個人で持つには大き過ぎる。だから、そうならない為に私達仲間がいます。もし仮にそうなったとしても、手を差し伸べる事だって出来る。お嬢がロイにしたように。そうでしょう?」


 ロイは目を閉じて思い返す。

 天真爛漫な笑顔で手を差し伸べてくれた少女の事を……。


『そうッスよね!』


「そうですとも」


 二人は頷き合うと後始末に取り掛かった。




 レイヴンの作った通路は人が歩くには充分な広さがあった。

 途中、横穴から出て来た魔物と戦う事があったりもしたが、今のセス達にはもう緊張は無かった。

 体調が万全では無いとは言え、レイヴンとグラッドの魔力を感じてからというもの、魔物の動きがやけに遅く感じられるのだ。


「よし! 良い感じだ!」


「どうしてだろう? 体が自然に動く……」


「ああ、何だか少し強くなった様な気がするよ」


「え? 皆んなもそう思ってたの? 実は私もなの! 体が軽いっていうか、羽が生えたみたいな?」


 はしゃぐセス達を見たレイヴンは一つだけ忠告しておく事にした。


「それは魔剣だ。正確には魔法剣だが、お前達の魔力に反応して力を引き出してくれる。だが、過信するな。お前達自身が強くなった訳じゃない。しっかり使いこなせる様になるまでは無茶は止めておけ。明日起き上がれなくなるからな」


「「「はい?」」」


「……?」


(もしかして気付いていなかったのか?)


「ど……」


(ど?)


「どどどどどどどうしよう⁉︎ 俺、魔剣なんて初めて使った!!!」


「お、お、落ち着きなさいよ!!! そんなの私だって、そそそそうよ!!!」


「みみみみ皆んな落ち着くんだ!!!」


「そんな事言ってセスだって同様してるじゃないか!」


「魔剣だなんて、オヤツ何日分我慢したら良いんだ……」


「オヤツ我慢したくらいで買える訳ないだろ!」


「こ、こんなの使っちゃって良いのかな……」


(やれやれ……)


 セス達がこんなに取り乱すとは思わなかった。

 レイヴンは足元に転がっていた珍しい色の鉱石を拾い上げると、アレンに向かって放り投げた。


「その鉱石が一つ幾らで取り引きされているか知っているか?」


「え? んー……百、いや……千ゴールド?」


「何だか変な色だし、もっと安いんじゃないかしら?」


「五百ゴールドくらいかな?」


「そんなにする?」


 どうやら鉱石の価値も碌に知らない様だ。

 それなりに知識はあるものと思っていたが、まだまだ勉強不足は否めない。


「それ一つで一万ゴールドはくだらない。十個も見つければ魔法剣くらいすぐに買える」


「い、一万ゴールド⁈ 」


「え⁈ え⁈ オヤツ何日分⁈ 」


「だから、食べ物で例えるなよ!」


 呆れた。

 

(力だけはある癖に、肝心の知識が抜け落ちている。こんな事で一体どうやって食べていくつもりだったんだ?)


 ともかく知識は身につけるしかない。

 金になる鉱石を知っているだけでも随分役に立つ。


「お前達に冒険者の知識を教えたのは誰だ? その程度の鑑定も出来ないとなると、もしかして素人か?」


「いや、それが……」


「元冒険者なんだけど、話が長くて……」


「皆んな途中で寝ちゃうの……」


(おいおい……)


「あ、でも! オルド爺ちゃんの作るご飯は物凄く美味しいよ!!!」


「馬鹿! バートは食べ物の話から離れろよ!」


(オルドだと⁈ )


 レイヴンはバートの肩を掴んで問いただす。


「おい! オルドというのは、森で木こりをしている、あのオルドの事か⁈ 」


「え……そ、そうだけど。何で先生が知ってるの?」


「ふふふふふふふ……」


「せ、先生?」


「どうしたんだろ? 」


 なんて日だ。

 本当に何という日だろう。

 まさか一日に二度もこんな気持ちにされられるなんて思わなかった。


「ふふふ……あははははははは!!!」


「何⁈ 何⁈ 何⁈ 」


「先生どうしちゃったの⁈ 」


「分かんないよ。オルド爺ちゃんの話を聞いたと思ったら、いきなり笑いだしたんだ」


「爺ちゃんの?」


 レイヴンは笑いを堪える事が出来ずにいた。


 あの日、オルドに救われた日からレイヴンの運命は変わった。

 その恩人がセス達の先生だと言う。


(そうか、依頼人はオルドだったのか)


 レイヴンの笑い声はいつまでもダンジョンに響き続けていた。



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