表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/313

力の在り方。手にした理由。

 レイヴンを纏う黒い霧は猛烈な魔力の嵐となって吹き荒れ、ダンジョン内部に吹く風をかき乱していた。


「うわあああああっ!!!」


「きゃーーー!!!」


「大丈夫! 結界の中から絶対に出ないで! 」


 霧が晴れ漆黒の鎧と翼を持ったレイヴンが姿を現した。

 赤い魔力を帯びた魔剣がバチバチと音を立てている。


 結界越しにも伝わって来る圧倒的な魔力の波動。

 立っているだけなのに異常な圧力を放っていた。


「すっげぇ……」


「黒い翼だ……」


「エリス先生が最強の魔人? 」


「そんな、じゃあ僕達は今までずっと……」


 セス達はレイヴンの後ろ姿に見惚れて口を開けたまま固まっていた。


 最早グラッドの事など彼等の視界に入ってはいない。

 結界越しに伝わって来る魔力だけを比べても二人の力の差は歴然としている。


『ラ、ライオネット先輩! 何スカこれ⁈ 聞いて無いッス!!!』


 ロイはレイヴンに起こった異変が全く理解出来ていなかった。

 身振り手振りを交えながら涙目で訴える姿が可哀想になって来たライオネットは、簡潔に説明してやる事にした。


「驚いたな。君はこの状況でも喋らないんだね。まあ、それは良いんだけど。アレがレイヴンの持つ魔剣の力ですよ。巻き込まれたら死んじゃうかもしれないですから、くれぐれも気を付けて下さい」


『死って、だってあんなのおかしいッス! どっちが化け物だか分からないじゃ無いッスか!』


 ライオネットはロイの手帳を取り上げると書いた紙を破り捨てた。


「ロイ。確かにレイヴンの力は強大です。僕達SSランク冒険者が束になって向かって行ったとしても歯牙にもかけないでしょう。君はお嬢の部下になって日が浅いので知らないのも仕方ない事です。けれど、良いですか? 彼は化け物なんかじゃありません。レイヴンは僕達よりもよっぽど人間らしく生きようとしています。彼は私達の優しい友人。冒険者レイヴンですよ。数日とは言え、レイヴンという人間に接した筈。後は言わなくても分かりますね?」


 ロイはセス達に接するレイヴンの姿を思い起こし、それは確かにそうだと思う一方で、やはりレイヴンの異常な力に畏怖せずにはいられなかった。


 それはそうだろう、こんな力あり得ない。

 警告を受けた時に感じた圧力でさえ、普通の人間には抗いようも無いものだった。


 最強の冒険者とはここまで隔絶した力を持っているのかと背筋が寒くなった。だとすれば、上司であるリヴェリアも、自分に依頼をして来たマクスヴェルトも、こんな強大な力を持っている事になるではないか。


(何なんすか王家直轄冒険者って。王家は一体どうやってこの人達を手懐けたって言うんすか……)


 これだけの力を持っていながら、一冒険者組織に所属しているなんて変な話だ。もし、自分だったら好きな様に振る舞って自由に生きているだろうとロイは想像する。


 セス達と同じ様にレイヴンの背中を見つめるロイは、本来の力とやらを見せたグラッドに同情していた。


 どう考えても勝ち目が無い。

 あれだけ啖呵を切っておいて今更後にも引けないだろう。


 そして同じ感想を抱いていた者がもう一人。


 グラッドは目の前に現れ自分よりも遥かに強大な力を持つ冒険者に恐怖していた。

 人間の到達出来る最高峰と言われるSSランク冒険者を複数同時に相手しても揺るがなかった自信が音を立てて崩れていくのを感じる。


「何だそれは⁉︎ 魔核の力も使わずに一体どうやってその力を得た⁈ 」


 グラッドの知る限り、魔剣の力というのは持ち主の力に呼応して能力を発揮する。

 つまり、今感じている強大な力は全て目の前にいる魔物混じりが内包している力と言って良い。

 冗談では無い。


「それを知ってどうする? お前には無理だ」


 レイヴンはグラッドに言われた言葉をそのまま返す。


「チッ! どうせハッタリだ! 魔核の補助無しでそんな馬鹿げた力が制御出来る訳ねえ!!!」


 文字通り人間離れした速度で攻撃を繰り出すグラッドを見たレイヴンは呆れていた。

 力は確かに大した物だが、人間の姿であった時の方がまだ強かったと思う。


 巨体を揺らしながら激しい攻撃を繰り返し放つグラッドの両腕を、まるで細枝を切り落とすかの様に斬り飛ばした。

 直ぐ様腕を再生して見せるかと思ったのだが、グラッドは苦痛に顔を歪めて距離を取った。

 ゆっくりと再生していく腕は切り落とす前よりも力が衰えている様に感じる。

 制御していると言っていた割にお粗末な事だ。借り物の力ではこの辺りが限界なのだろう。


「クソ! クソ! クソ! こんな筈じゃあ……!!!」


「もういいだろう。とっとと終わらせる」


 話は終わったとばかりに体を深く沈めていく。


 魔物との戦いで自然と身に付いた構え。

 生き残る為の構えだ。


 魔剣を包んでいた赤い魔力がバチバチと音を立て始める。


 立っているだけでもグラッドを軽く上回る魔力を放っていたと言うのに、それすら本気とは程遠いと知ったグラッドの顔が絶望に歪む。

 体の震えが止まらないのか、必死に震える足を叩いている姿には先程迄の威勢は微塵も無い。


「ま! 待ってくれ!!! 悪気は無かったんだ! こんな力を手にしちまったら見せびらかしたくもなるだろう? お前にも分かるだろう? な? 魔がさしたんだよ! 」


 みっともなく命乞いをするグラッドは哀れだ。

 しかし、グラッドの言葉に誰もが思わず共感してしまう。


 誰だって新しい武器や鎧に魔法、普段使っている道具よりも良い物を手にしたら、その効果を試してみたくなるものだ。

 それが誰も抗え無い様な圧倒的な力だとしたら、どうしても使って見たくなるのが心理というやつだ。


 だがーーー


「分からん」


 レイヴンはあっけらかんと言い放った。


「はあ⁈ そんな筈ねえ! それだけの力を持っているなら何だって出来る! 全部思いのままだ! 誰も逆らわない! 服従させられるだろうが!!!」


「考えた事も無い」


「そんな馬鹿な……。一度も無いってのか⁈ 」


 “どんなに力を持っていても、どんなに願っても、どうにもならない現実というのはある”


 これはレイヴンの中で深く刻まれている現実だ。


 本当に欲しい物は、いくら力があっても手に入らない。

 それを嫌という程味わって来た。


 魔物が跋扈する世界だ。確かに力があれば生きる事は出来る。

 だが、現実はどうだ?

 来る日も来る日も、明日という日へ辿り着く為に戦い続けても、必死に手に入れた今日という日に待っているのは戦いだった。

 そんな事をいくら繰り返しても平穏など無いのだと気付いただけだ。

 ならばどうする?


 答えの一つは今日見つかった。


「俺とお前では力を手にした理由が違う。振るう理由も違う。それだけだ」


 信じられないといった風に呆けているグラッド。


 奴の様に他者を虐げる事を目的とした力には何の意味も無い。

 周囲を不幸にするだけだ。

 それでは駄目なのだ。


 明日を切り開いても自分が変われないのなら、花を植えるまでだ。

 その花がいつか暗闇に染まった自分の世界を照らしてくれるのなら、今日という日も悪くない。


「何だよそりゃあ……。この世では力を持ってる奴が絶対だろうが……綺麗事ぬかしやがって! だったら俺が力の使い方を教えてやるよ!」


 グラッドの右目に埋め込まれた魔核が輝く。


 更に力を引き出そうとするグラッドの体から溢れ出す魔力を感じたライオネットが叫んだ。


「レイヴン! 奴を止めて下さい! これ以上はダンジョンが崩落してしまいます!」


 ライオネットが言い終わる迄にレイヴンは動き出していた。


(完全な魔物堕ちを選んだか。やらせるものか)


 黒い翼を広げグラッドに急接近すると、瞬く間に右目を抉り出した。


「ハッハッハッハッ!!! 今更魔核何ゾ奪ッタトコロデ無駄ダ! オ前ニ勝ツ必要ハ無イ、全員道連レニシテシマエバ同ジ事ダ! ドウニモ出来マイ!!!」


 力の源である魔核を失ってもグラッドの魔力は膨らみ続け、体の魔物化が止まらない。


「そうでも無い」


 レイヴンはグラッドに背を向けると鎧を解いてしまった。


「レイヴン何を⁈ まだ奴は健在ですよ!」


 ライオネットの叫びも虚しく、レイヴンはグラッドから奪った魔核を興味深そうに見ているばかりで反応が無い。


(ふむ。コレが奴に力を与えていた魔核か。小型の魔物の物だとしても、ここまで小さな魔核は初めて見る)


 以前として力を増し続けるグラッドの体は魔物のそれへと醜く変貌し、人間だった面影は完全に消え失せてしまった。

 それでもレイヴンはグラッドを気に留める様子も無いままに魔核の観察を続けていた。


(やはり俺ではよく分からないな。マクスヴェルト……は、駄目だな。リヴェリアに調査を頼むか)


 ニヤリと薄ら笑いを浮かべたグラッドは、無防備なレイヴンに向かって肥大化した拳を振り下ろした。


「ガァッ……!!!」


 セス達は思わず目を瞑り、その後に訪れるであろう激しい衝突音を待つ。

 しかし、来る筈の音はいつまで待っても来ない。


「先生……?」


「一体何が?」


 セス達は恐る恐る目を開けてみると、グラッドの放った拳はレイヴンに届く直前でピタリと止まっていた。


 驚いたのはグラッド自身もだ。

 最大まで力を込めて放った拳はグラッドの意思に反してビクともしない。

 突き出した腕に浮かび上がった赤い線の様な物が体全体に広がっている事に気付いた次の瞬間、グラッドは全身から血飛沫を上げて崩れ落ちた。


「ナニヲ…シ、タ…? 」


 如何に魔物の再生能力が凄まじいと言っても、魔核を失ったグラッドには最早どうしようも無い。

 それきり動かなくなったグラッドを見た一同は絶句していた。


 レイヴン程では無いにしても、グラッドが尋常では無い力を持っていた。それなのに今は欠片も魔力を感じ無い。

 それはつまり、たった一度の動きで魔物化したグラッドを屠ってみせたという事だ。


 セス達には勿論、SSランク冒険者であるライオネット達にも、まるで状況が飲み込めない。

 レイヴンが勝ったのは分かるが、過程が全くの謎なのだ。


「終わったぞ。ライオネット、この魔核をリヴェリアに渡してくれ。何か分かるかもしれない」


「え、あ! はい……。レイヴン、今何をしたのですか?」


「魔核を抉り出すついでに斬っただけだ」


 レイヴンは事も無げに言うと、セス達の元へ歩いて行った。


「ついでにって、はは……」


 ライオネットはレイヴンの動きをずっと見ていた。

 けれど、レイヴンに剣を振るった様子は無かったのだ。


『ライオネット先輩には見えたんすか?』


「まさか。私にはグラッドの右目に手を伸ばした所までしか見えませんでしたよ」


『自分もッス』


 達人と呼ばれる者の剣筋が全く見えない事はある。それでも初動の際に生じる呼吸や筋肉の動きなどの予兆は必ずあるものだ。

 そういった予兆を相手に悟られない様にする為に、長く厳しい鍛錬の積み重ねを欠かさない。

 しかし、レイヴンにはその予兆が毛ほども無かった。


 剣聖リヴェリアの剣技と同等、或いはそれ以上の……。

 そこまで考えたライオネットは頭を振って否定する。

 剣技でリヴェリアに敵う者など存在しない。

 だが、目の前で起きた事は現実なのだ。


「まさか、強くなっていると言うのですか……」


 ライオネットは頭が痛くなる思いだった。

 ただでさえ突出した個の力を有するレイヴンが、成長し続けている。

 これは毎日魔物と戦っているレイヴンなら当たり前なのかもしれない。だが、()()()()()()()が大きくなったとも言える。


「これは流石に黙っておく訳にはいきませんね。お嬢に相談してみますか……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ