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腹の底から

 先に仕掛けたのはレイヴンだ。

 低い姿勢から一足飛びに懐へ飛び込む。


 その動きは普段のレイヴンでは考えられない程に遅く、後ろで見ていたセス達ですら違和感を感じていた。

 初日に自分達全員を相手に翻弄してみせた時の方が速いくらいだ。


 グラッドは涼しい顔でレイヴンの放った剣を“素手” で受け止めた。


「スピードが自慢か? 成る程、あいつらじゃ相手にならねえ訳だ」


「……」


 レイヴンは剣が受け止められたというのに焦った様子も無く、一旦グラッドから距離を取った。


(ふむ……)


 魔核を埋め込んだ人間を見るのは初めてでは無い。

 不思議に思ったのは魔核から力を供給されていながら正気を保っている事だ。


 クレアもゲイルも、埋め込まれた魔核に体と意識を支配され、激しい拒絶反応の末に魔物堕ちしてしまった。


 クレアは生きたいと強く願う意思によって自我を取り戻し、ゲイルは強靭な肉体と精神力で魔物堕ちした体を少しだが制御してみせた。

 だが、目の前にいるグラッドは違う。

 魔物堕ちもしていないのに魔核に支配された様子は無く、魔核の力を完全に制御している。


 明らかに異常。

 こんな例は今まで見た事が無い。


 剣を受け止めたグラッドの体は硬化し、反応速度も超人並。本気を出せばSS以上の戦闘能力を持っている可能性すらもある。


「硬いな。それも魔核の力か?」


「そういう事だ。魔物堕ちして自爆するのを狙っても無駄だぜ?」


「ほう?」


 別に本気で硬いと言っている訳では無い。

 魔物の中でも最も堅いと言われるカオスゴーレムすら切り裂くレイヴンにとって、どれだけグラッドが強化されていようとも所詮人間の体など紙切れ同然だ。


 情報の乏しい理解不能な相手だ。様子見程度に先程までと同じ力で剣を振ってみただけの事。

 弾かれたという事は普通の人間よりは硬いと分かっただけ。それだけに過ぎない。


「俺は魔物堕ちしない。完全に魔核を支配しているからな」


「支配?」


 魔核を支配するというのは、強靭な精神力があればゲイルの様に制御が可能という意味なのだろうか?

 ゲイルは普通の人間だった。ならば、強靭な精神力を持った魔物混じりであれば制御可能言っている様にも聞こえる。


 レイヴンはマクスヴェルトから貰っていた魔力回復のポーションを取り出すとマリエに向かって放り投げた。


「マリエ。苦しいだろうが、皆を回復してやってくれ。激しい魔力の波動は傷に堪える」


「う、うん! 分かった!」


 グラッドを倒すだけなら問題ない。

 しかし、レイヴンの最優先事項はセス達の救助だ。不用意に魔力を高めればセス達では耐えられない。


 焦れったいが、此処はライオネット達が到着するまで時間を稼ぐしかないのだ。


(さっきの一撃が通っていれば話が早かったんだがな……)


 グラッドは余裕の表情を浮かべたまま。

 手に持っているナイフを捨て、拳を握るとレイヴンに向かって突っ込んで来た。


 巨体の割に動きは速い。

 目の前に立たれると視界が塞がれる上、身長差を生かした範囲の広い攻撃が鬱陶しい。


「そらそらそら! どうした? 躱しているだけじゃ話にならねえぞ!」


「……」


 グラッドの拳は空を裂き、異様な風切音を立てながら振るわれていた。

 強化された肉体は人間の関節の可動域を超えて異様な体勢からの攻撃も可能にしているのか、あり得ない角度からも強烈な攻撃を放って来る。


(息が臭い)


 気味の悪い不規則な動きではあるが、人間の範疇にある以上は攻撃にも呼吸という物がある。

 そういう意味では魔物よりも動きが読み易い。


 レイヴンはグラッドを観察しながら時間を稼ぐ為にわざと苦戦している風を装う。

 こんなちまちました戦いは性に合わない。それでもやるしかないのだ。


「魔核から供給された魔力を体に纏って強化しているのか」


「ふん! 喋ってねえで少しは反撃したらどうだ?それとも俺の見込み違いだったか?」


「……」


 グラッドには余程自信があるらしい。

 最早完全に自分の方が強いと思い込んでいる様だ。


(強さを競うつもりは無いが、これはなかなか滑稽だな)


「何余裕こいて笑ってやがる? まだまだこんなもんじゃねえぞ!」


 グラッドの右眼に埋め込まれた魔核が光ると、攻撃速度が更に増した。


 魔核を完全に制御するなんて真似はレイヴンにも出来ない。

 完全な魔物ならともかく、魔物混じりである以上は人間の部分が存在する。自らの体に流れる魔物の血すらギリギリの均衡を保っている状況で魔核まで制御するのは不可能だ。


(後から埋め込まれた物では無いのか? 最初から癒着していて……いや、それなら幼いうちに魔物堕ちしている筈……)


 グラッドが魔核を支配していられる特別な理由があるに違いない。

 そう考えたレイヴンは戦いながら秘密を探る事にした。


 ギリギリ躱した様に見せかけ距離を取る。


「魔核を支配するなど聞いた事が無い。何をした?」


「ああ? 何だ、お前も魔核の力が欲しいのか?」


「興味があるだけだ」


「……お前には無理だな。アレは一つしか無い」


(アレ?)


「同じ魔物混じりだ。魔核を支配して、しかも魔物堕ちしないとなれば興味が湧くのも当然だ。だが、これは俺だけに許された特権なんだよ」


「特権だと? それはお前の中に流れる魔物の血と関係があるのか?」


 魔物を親に持つ魔物混じりの強さは、受け継いだ血の濃さに関係している事は分かっている。

 魔物の種類や討伐ランクによる差異は未だに解明されていない。


 混血であればリヴェリアも確かそうだ。

 あれが本当の事だとは思ってはいないが、彼女の強さと関係していると思う。


「血? いいや、そんなもんは関係ねえ。力を制御する為の鍵があるのさ」


(今度は鍵ときたか)


 グラッドは肝心なところだけ言わずに避けているようだ。

 簡単に喋るかと思っていたが、案外そうでも無いらしい。


「お前の意思で制御しているのでは無いのか?」


「それを知ってどうする?言ったろう?これは俺だけに許された特権なのさ」


(また特権か、これでは埒が明かないな)


 再び攻撃して来たグラッドを適当に躱しつつ、適度に反撃してみせる。


 情報が引き出せないのなら、こんな茶番をこれ以上続けても意味は無い。


 ライオネットならそろそろ到着する頃だ。

 もう少しだけ付き合ってやってから終わらせるとしよう。


 レイヴンがそう思っていると、グラッドは捨てたナイフを拾ってセス達に向かって投げた。


(チッ…!)


 ナイフが到達する前に、素早く移動していたグラッドがレイヴンの進路を塞いで邪魔をする。


 強引にナイフを止めに動いたレイヴンの足にはグラッドの投げたナイフが深々と突き刺さっていた。


(クソが……舐めた真似をしてくれる)


「エリス先生!」


 セス達の悲痛な声が響く。

 アレン、アラン、シャーリー、リックが駆け寄ろうとするが、足が思うように動かずにこけてしまった。

 マリエの回復魔法で回復した様だが、失った血まで元に戻る訳ではない。完全な回復には今暫く時間がかかるだろう。

「心配無い。離れていろ」


「だけど、このままじゃあ!」


(本当に面白いな。人の心配をしている場合では無いだろうに)


 レイヴンはドス黒い気持ちの中に愉快な感情が湧き上がるのを感じていた。


 彼等はまだ未熟だ。

 けれども、大切なものを持っている。


 仲間を信じ、可能性を疑わない。

 窮地に立っても自分以外の人間の事を考える事が出来る。


 それはとても貴重で大切な事だ。

 頭で分かっていても実際にはなかなか出来る事では無い。


 まだ彼等が人間の汚い部分を知らないからこそ出来る事なのかもしれない。そうだとしても、彼等の様な人間が育ってくれるのなら、やはり世界は少しだけマシになるだろう。


「エリスさん! 大丈夫ですか⁈ 」


(やっと来たか)


 ライオネット率いる冒険者の一団が到着した。

 人数は五人と少ないが中には武装したロイの姿もあった。防衛戦力としては充分だ。


「ケッ……時間をかけ過ぎちまったか」


 舌打ちするグラッドには焦った様子は無い。

 この程度なら問題無いという事だろう。


「ロイ! その子達を守れ! 他の者は私と一緒にコイツを取り押さえるぞ!」


「「はっ!」」


 ライオネットの連れて来た組合の職員らしき冒険者がグラッドを取り囲む様に展開した。


 グラッドはライオネットを観察するように見ると、ある一点で視線を止めた。


「その紋章……そうか、お前は剣聖の部下だな?」


「だったら何だと言うのですか? その剣聖の部下は全員SSランク冒険者。怖気付きましたか?」


「馬鹿言うな。力試しには丁度良いってんだよ!」


 グラッドは拳を握り直してライオネットに向かって攻撃を開始した。


 ライオネットの剣筋はリヴェリアによく似て洗練されているのが特徴だ。

 無駄という無駄を省いた最小限の足捌きで華麗に立ち回る。

 それでいて一撃は重く、容赦無く急所を狙っていく様は、まるで機械の様だと揶揄される事がある。


「ライオネット! そいつは普通の魔物混じりでは無い! 魔核を埋め込んでいる! 油断するな!」


「魔核⁈ なるほど、それは厄介そうだ。了解です。エリスさん」


「ふん! 俺に勝てる訳ねえんだよ!」


「どうですかね? 少なくとも今の貴方になら負けそうにありません」


 これはライオネットの天性の才能と言って良い。


 苛烈な攻撃を前にしても体の芯が一切ブレない。

 故に、回避も攻撃にも即座に反応出来るのだ。


「チッ! 澄ました顔しやがって!!!」


「今の貴方程度を相手に出来ない様では、とても剣聖の元で働けません。何しろ苦労が多いものですから」


「ぬかせッ!!!」


 リヴェリアの部下の中で最も若く才能があるのがライオネットだ。

 少年の様な出で立ちも、この戦う姿を見ればSSランク冒険者ばかりの環境でリヴェリアの側近と言える立場にいるのも頷ける。


(取り敢えずはライオネットに任せて大丈夫そうだな)


 レイヴンは足に刺さったナイフを引き抜いた。

 傷は思ったよりも深いが、放っておけば勝手に治るだろう。


 さっさと戦いに戻ろうかと思っているとマリエが声をかけて来た。


「エリス先生待って!」


「……?」


 マリエは回復魔法を使ってレイヴンの傷を癒し始めた。


 温かい光が心地良い。

 他の面々もロイが持って来た包帯を受け取って足の治療に加わった。


「先生直ぐに処置するから!」


「痛くない?」


「馬鹿! 痛いに決まってるだろ?」


「だってぇ……」


「喧嘩するなよ!」


「うわあ……酷い傷だ」


「ちょっと、マリエが集中出来ないから静かにしなさいよ!」


 先程まで恐怖に体を震えさせていたのは何処へやら……。


(まったく……驚く事ばかりだな)


 ふと、セス達が腕に巻いている黒い翼を広げた腕章が目に留まった。


「そう言えば、その黒い翼にはどんな意味がある?」


「これ? これは勇気の証さ!」


「どんな困難にも立ち向かう!」


「決して諦めない!」


「前へ進み続ける不屈の精神!」


 声を大にして言うセス達の目は輝いていた。

 信じて疑わない真っ直ぐな目だ。


 黒い翼にそれ程の価値があるというのだろうか。


「エリス先生、これは僕達にチャンスをくれた人の象徴なんです」


「その人は種を蒔いてくれたって、育ててくれた爺さんが言ってた。俺達がいつか芽吹くようにって」


(種……確か手紙にも……)


「会った事は無いけど、きっと優しい人だと思う」


「間違い無いさ。例え魔人と呼ばれていたって、孤児だった俺達に普通の生活をくれたんだから」

(そうか、そういう事だったのか……)


 種を蒔く事。


 それはルイスに言われて始めた孤児院の事だ。

 いつか花が咲いたら良い。

 明るく照らす花が増えれば、少しでもマシな世界になると思って始めたのだ。


「ふふふふふ……あははははははは!!!」


 レイヴンは生まれて初めて大声で笑った。

 これが笑わずにいられるだろうか。

 腹の底から笑うとはこういう事なのかと感動すら覚える。


 こんな事があるのか。

 花は咲いていた。

 それもこんなに逞しく。


(エリス、ルイス。二人に教えてもらった事がようやく理解出来そうだ)


「な、何で笑うんだよ⁈ 」


「いくらエリス先生でも酷いわ!」


「いや、すまん。お前達の気持ちを笑った訳では無いんだ。ただ、こんな事もあるのかと思ってな……ふふふ」


 無駄では無かった。

 きっかけは自分自身の為だったとしても、蒔いた種はちゃんと花を咲かせていたのだ。


「ちょっと、エリスさん⁈ とても楽しそうなところを申し訳ないのですけれど、そろそろ手伝ってくれませんか?」


 魔核の力を引き出して際限なく力を増して行くグラッドの猛攻に、流石のライオネットも苦戦し始めた様だ。

 いつの間にか参戦していたロイも息が上がって来ている。


「ライオネット、その三人は結界を張る事が出来るか?」


「え⁈ 出来ますけど、まさか……」


 ライオネットはロイと入れ替わる様にして後退してくると、深妙な顔で言った。


「良いんですか? エリスさん、それでは……」


(やはり気付いていたか)


 “依頼の条件を破る事になる” そう言いたいのだろう。


 だが、もう良い。

 報酬なら既に受け取った。


()()()()()()()。やってくれ」


「ふぅ……分かりました。では、レイヴン。お願いします」


「ああ」


 ライオネットが再び加勢した隙に三人の組合員がセス達を覆うようにして結界を張った。


「エリス先生……?」


「今、あの人エリス先生の事、レイヴンって……」


 レイヴンは剣を抜き魔力を込める。


 もう隠す必要は無い。


「黒い翼が道標か。そういう道もあるんだな。知らなかった……」


「え?」


 結界が張られたのを確認してライオネットとロイが後退して来た。


「何だ? またお前がやるってのか? 今良い所だったのによ……雑魚は引っ込んでな!!!」


 グラッドの体が急激に変化していく。

 魔物堕ちとも違う異形の姿。

 けれど、それはもう人間とはとても呼べない代物だった。


「ハッっはっはッハ!!! どうダ? これが魔核を完全に支配シタ俺ノ力ダ!!!」


「支配した? そんな醜い姿でか? 笑わせるな」


「「「 先生!逃げて!!! 」」」


 絶望的な表情を浮かべたセス達が叫ぶ。


 レイヴンはそんな彼等を見て笑って見せると、醜く変化したグラッドへと向き直った。


「アレン! アラン! シャーリー! セス! リック! バート! アッシュ! ユリ! マリエ! お前達が信じた黒い翼を良く見ておけ!!!」


 レイヴンの魔力が尋常では無い程に高まる。


「さあ、起きろ! 」


ーーードクンッ!!!


 心臓の鼓動がダンジョンに響く。

 その音は今までの様な禍々しい音では無く、何処か高鳴る様な音だった。




申し訳ありません。

急用が出来た為、次回投稿を9月22日夜とさせて頂きます。

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