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正当な依頼、正当な報酬

『断る』そう告げたレイヴンにモーガンは何も言わなかった。


 跪いたままの姿勢で、じっとレイヴンの目を見つめている。


 『王家直轄冒険者』

 モーガンは確かにそう言った。

 はっきり言って気に入らない。


 レイヴンがランスロットの助言を実行に移さなかったのには訳がある。


 肩書きや権力を振りかざす奴を見ると反吐が出る。

 それらを得る為にどんな手段、努力を積み重ねたかなんて関係無い。

 それを振りかざした時点で、その人間の魂は地に堕ちる。

 

 心が醜く歪み、どす黒く染まるのだ。

 

 それは魔物よりも恐ろしい化け物となって弱者に牙を剥く。

 そして、それは自分自身にも言える事だ。


 もうこれ以上、化け物になりたくないーーー


 とある人物から王家直轄冒険者という肩書きを与えられた。しかし、それはレイヴンにとって邪魔な物でしか無い。

 首から下げたこの証は、与えられた肩書きを証明する為だけの物であって、レイヴンという人間を証明する物では無い。


 レイヴンは肩書きに縋る人間の言葉は絶対に信じない。

 へり下る必要など無い。

 ただ、素直に言えば良いのだ。


 助けてくれ。

 手を貸してくれと。


「モーガン。俺はレイヴンだ」


「え? はい、ですから王家直轄冒険者である貴方に助力をーーー」


「違う。俺はただの冒険者。冒険者レイヴンだ。そんな御大層な肩書きは必要無い。俺は俺だ」


「ーーーッ!」


「安心しろ。言われなくてもケルベロスはもう一度倒すつもりだった。だが、その前に……」


 レイヴンはモーガンの後ろで尻餅をついてへたり込んだままのドルガに視線を向けた。


「モ、モーガン! 貴様! 魔物混じり相手に何の真似だ! 組合長補佐である貴様が魔物混じり風情に頭を下げるとは、恥を知れ!」


「恥を知るのは貴様だドルガ!!!」


「なっ! 何だと貴様⁈ 一体誰に向かって口を聞いている!!!」


「この方はーーー」


 レイヴンはモーガンを制止してドルガの目の前でしゃがんだ。

 ドルガは無様に這い蹲っても尚、レイヴンを睨んでいる。


「ドルガ。コレが何だか分かるか?」


「王家の紋章だと? フンッ! やはり薄汚い魔物混じりだな!どうせそれも誰かから盗んだのだろう!」


「よく聞け。俺は王家直轄冒険者レイヴンだ」


「ぶはははははは!!! 馬鹿が! 寝言は寝て言え! 貴様の様な薄汚い魔物混じり風情が、誇り高い王家直轄冒険者であるはずが無い!」


「だよな……」


 レイヴンは立ち上がり、背中越しにモーガンに問う。


「モーガン。この証、質屋に売ったらいくらになると思う?」


 モーガンはレイヴンの言わんとする事が理解出来ないでいた。


 『王家直轄冒険者の証』を持つ者は、それが例え禁忌の子であっても、数々の特権を与えられると共に、格別の待遇を受ける事が出来る。


 この大陸で王家直轄冒険者の証を持っているのはたったの三人。


『剣聖リヴェリア』『賢者マクスヴェルト』『魔人レイヴン』


 いずれも未曾有の危機を救った英雄達だ。

 その証を質屋に入れるなどとんでもない。

 そんな恐れ多い事は考えも付かない事だ。


「この証はオリハルコン製だ。細工も一流。だがな、こんな物を買い取る質屋はいないし、鋳造し直そうにも王家の紋章を傷付けるのを嫌がって、鍛冶屋も引き取らない。オリハルコンの値段すらも付かないんだ。誰も王家の逆鱗に触れたくはないからな。だからこの証には一ゴールドの価値も無い。ただのガラクタだ」


 モーガンは混乱する。


 何を言っているのだ? 王家の紋章が刻まれた品を買い取る質屋が存在する訳が無い。

 王家に認められた者だけが所持する事を許された証。そんな品に値がつけられる訳が無い。

 それをガラクタなどと言い放ったレイヴンの言葉が理解出来ない。


「買い取り価格はゼロ。今日を生きる為のパンすら買えない。分かるか? 」


「わ、分かる訳が無いでしょう! 貴方がどう思おうとも、貴方は救国の英雄だ! その証が証拠ではないですか⁈ 」


「それはお前が()()()()()だからだ。ドルガの今の反応を見ただろう? 俺は魔物混じりの冒険者だ。話を信じる奴なんていない。つまりはそういう事だ」


「あ……。し、しかし…‼︎」


 レイヴンは手にかけられた縄を引き千切った。


 こんな物はもう必要無い。


「ドルガ、俺と取引をしろ。俺がケルベロスを倒したら魔核は俺の物。他の素材は好きにするが良い」


「くっ!馬鹿か貴様! 魔物混じりに倒せる相手では無いわ! 貴様に出来るのは儂が逃げるまでの時間稼ぎ、他の冒険者達が倒すのは時間の問題だ!」


「だと、良いがな」


 一人の冒険者が部屋へ駆け込んで来た。

 あちこち傷だらけで満身創痍といった具合だ。


(良いタイミングだ)


 冒険者は状況が飲み込めず一瞬戸惑ったものの、呼吸の荒いまま報告を始めた。


「戦線崩壊! もうこれ以上、奴を止められません! 早く退避を!!! 我々も撤退します!」


 報告を受けたドルガは口をあんぐりと開けて青褪めていた。頼りにしていた冒険者達が束になっても勝てない魔物だとようやく理解したのだ。

 既に皆避難を始めている。街を放棄するようだ。


「……だ、そうだ。で、どうする? もう、まともに戦えるのは俺しか居ないぞ?それともお前が戦ってみるか?」


「ぐ、ぐぐぐぐ……ほ、本当に…本当にお前にあの魔物が倒せるのか?」


「問題無い」


 唇を噛み、拳が白くなる程強く握りしめたドルガは遂に決断した。

 このまま魔物に殺されるくらいなら、魔物混じりに賭けるしかないと。


「わ、分かった! お前に任せる……好きにしろ」


「モーガン、聞いていたな?」


「は、はい! 確かに」


「これは冒険者組合長からC()()()()()()()レイヴンへの正当な依頼だ。後々揉めるのは御免だ。お前が処理しておけ。正当な報酬を忘れるな」


「はっ!」


(さて、随分と回りくどい話をする羽目になってしまった。ケルベロス討伐を始めるとするか)


 崩壊した二階から飛び降りたレイヴンはケルベロスの前へと歩いて行く。

 撤退を始めた冒険者は遠巻きに見ているばかりで口々に理不尽な言葉を吐いた。


「おい! 魔物混じり! 俺達が逃げる時間を稼げ!」


「テメェが来るのが遅いから余計な怪我人が出ただろうが!!!」


 こんな物だ。

 どんなに大層な肩書きがあろうとも、知らなければ意味が無く。たとえ知っていたとしても、禁忌の子、そして魔物混じりと呼ばれる者達に対する人間達の意識は変わらない。

 これが現実なのだ。


(剣は酒場に置いたまま。魔核を傷付ける訳にはいかないしな……)


 魔核以外の素材は好きにしろとは言ったものの、魔核を傷付けずに取り出すなら、やはり何かしら刃物が欲しいところだ。


「レイヴン!」


「ランスロット。来たのか」


「来たのか。じゃねぇよ! 受け取れレイヴン!」


 ランスロットが投げて寄越したのは愛用の黒剣、魔神喰いだった。

 騒ぎを聞きつけて、わざわざ酒場から持って来てくれたらしい。

 

 この剣は主人と認めない者の魔力を吸い尽くす。

 青白い顔をしたランスロットは、壁にもたれ掛かる様に座り込んだ。

 

 普通の人間なら此処へ来るまでに魔力を吸い尽くされて気を失っている。流石はSSランク冒険者という事だ。


「一緒にどうだ?」


「馬鹿か! お前分かってて言ってるだろ⁈ その剣、ちっとも遠慮しやがらねぇ。お陰で魔力が空っぽだぜ。…ったく。俺は少し休ませてもらう。レイヴン、後でちゃんと説明しろよな」


「……」


「返事くらいしやがれ! ああ、駄目だ。大声出したら頭がクラクラして来た」


 説明は後でモーガンにでもさせれば良いだろう。


 レイヴンは剣を抜きケルベロスと対峙した。


「起きろ。さっさと終わらせるぞ」


ーーードクン!


 ドクンという鼓動が街に響く。

 持ち主であるレイヴンの魔力を受けて魔剣が目を覚ます。

 逃げていた冒険者達も、助けを求めて泣いていた住民達も皆。たった一人で臆する様子も無く、ケルベロスに対峙するレイヴンに目を奪われていた。

 それは予感。

 見守る者達の中に芽生えたのは、魔物混じりのレイヴンがケルベロスを倒すのではないかという、根拠のない予感だった。

 

 レイヴンに気付いたケルベロスが咆哮を上げて動き出した。どうやら記憶も復活した様だ。


「その頭……もう一度斬り落としてやろう。三つも必要無いだろう?」


 完全に復活したケルベロスとレイヴンの戦いが再び始まろうとしていた。

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