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内通者

いつもより残酷描写多めです。

 レイヴンは五感を研ぎ澄ませてダンジョンを駆け抜けて行く。

 人が通った僅かな痕跡も見逃さない様に細心の注意を払いながら、速く、ひたすら速く駆け抜ける。


 人間九人を運んでいるのだ、そんなに遠くまでは行っていないと思うが冒険者の体力は存外侮れない。

 キャンプには血の跡がいくつもあった、セス達の命が尽きる前に見つけ出さなければならない。


 東へ向かう通路を走っていると、微かに光る物体を発見した。


(これは確かマリエの……)


 落ちていたのはマリエが大事そうに身に付けていたブローチ。

 血に濡れた箇所が生々しく残っている。

 魔法の効果範囲を広げる補助をしてくれる物だと言って嬉しそうに見せてくれたのを思い出した。


 もう少し進むと、また光る物体が見えた。


 今度はアッシュが身に付けていたブレスレットだ。

 光が反射してしまうから違う色にしろと言ったら、弓を引き絞った際のブレを軽減してくれる魔具だと言っていた。


 確かブローチもブレスレットも冒険者になったお祝いに貰った思い出の品の筈だ。

 そんな大切な物を意味もなく捨てたとは考えられない。


(どういう事だ?)


 レイヴンは慎重に辺りを見回す。


 もしかしたら他にも何か落ちているかもしれない。

 南へ向かう通路のある曲がり角に、今度はユリの髪飾りが落ちていた。


 間違いない。

 セス達は生きている。

 居場所を知らせる為に持ち物を落としていっている様だ。


(此処から南へ向かったのは間違いない……)


 南へ進むと今度はリックが腕に巻いていたバンダナを発見した。

 血がべったりと染み込み、風に揺れてなびいていた。


(お前達……)


 盗賊に襲われ恐ろしかった筈だ。

 それでも僅かな望みを託して、レイヴンが……いや、エリス先生なら気付いてくれると信じているのだろう。


 痕跡は南へ続いた後、再び東へと向かっていた。


 もう落とす物が無くなったのだろう。血に濡れた服の切れ端が多くなった。

 レイヴンは、それらを一つ一つ拾い上げ大事にポケットに入れていった。


 彼等の恐怖を思うと怒りが込み上げて来る。


 側にいてやればこんな事にはならなかった。

 油断、偶然……理由はいろいろある。

 後悔しても遅いが、せめてこの先は後悔したくない。


 彼等は死と直面した恐怖の中で、僅かな痕跡を残し探索の手掛かりとした。

 そんな彼等の気持ちを無為にする事は出来ない。


 名前と肩書きを隠せと言われたが、実力まで隠せとは言われていない。

 だが、そんな事すらもうどうでも良い。

 レイヴンの中でドス黒い感情ばかりが膨らんでいく。


(盗賊相手に手加減などしてやるものか……)


 南東へ向かう通路を通る途中で隠し通路を発見した。


 頻繁に出入りしているらしく、まだ新しい足跡がいくつもあった。

 隠し通路の入り口に痕跡を残したままとは随分とお粗末な連中だが、風鳴の怪鳥を目的に訪れた冒険者が相手ならば、南へはやって来ないと踏んだのだろう。


(ここか……)


 セス達の残した痕跡も途絶えているので間違いないだろう。


 レイヴンは隠し通路をこじ開け奥へと進んで行く。


 中はやはり南で見つけた通路と同じで人間が掘った物だ。

 暫く進むと人の話し声が聞こえて来た。


(この声は……?)


 この声には聞き覚えがある。

 セス達を襲って連れ去ったのは宿屋にいた連中で間違い無い。


 下卑た笑い方が鼻に付く連中。

 こんな下らない連中にセス達の冒険が邪魔されたのかと思うと吐き気がする。


 レイヴンは気付かれない様に通路の奥の様子を伺う。

 中は奴等のアジトになっているらしく、採掘用の道具と一緒に鎧や剣が散乱していた。


(何だこの臭いは? 何か腐った様な……)


 風の吹き込まない空間から酷い臭いが漂って来ていた。


 更に奥を覗いて見ると、魔物の死体が積み上げられ腐り落ちているのが見える。どうやら装備品の調整に使う素材を剥ぎ取った後の様だ。

 魔物の死体をそのままにしているだなんて通常では考えられない。そんな事をしたら瘴気が溜まって更に強力な魔物の発生を促してしまう。

 百害あって一利なし。自殺行為だ。


 魔物の死体が積み上げられた部屋を通り過ぎ、奥の方から聞こえてきた声の方へ向かう。


 ガラの悪い冒険者は全部で二十名程。

 その中にはアレンの剣を断ち切った奴の姿はない様だ。


(……何処にいる?)


 肝心のセス達の姿が見当たらない。

 全員の生存を確認しない事には迂闊に手は出せない。今飛び込んでも錯乱した連中がセス達を殺してしまう恐れがあるからだ。


 レイヴンが痺れを切らしていると、別の通路から複数の悲鳴が聞こえた。


 連れて来られたのはセス達だ。

 皆、酷い傷を負って縄で縛られてはいるが、生きていた。

 血を流し過ぎて意識が朦朧としているのだろう。浅い呼吸を繰り返すばかりで動く気配は無い。


(良し。かなり憔悴しているが全員いるな……ん? あいつは……)


 後は奴等を片付けて仕舞えば終わりだと思った矢先、レイヴンは最後に現れた人物を見て訳が分からなくなった。


「ほらよ。お前の取り分だ」


「いつもすみませんね。今後ともご贔屓に!」


「ケッ、良い商売だな。まあ、俺達は安全に物資の調達が出来るから助かってるけどよ」


「今回はちょっと厄介なのが()()いましてね。時間はかかりましたが、女も居ます。子供とは言え、旦那達のご希望通りでしょう?」


「まあな。こんなむさ苦しいダンジョンの中で生活してたんじゃあ、楽しみの一つも欲しいからな」


「へへへ……」


 下衆な会話をしながら、舌舐めずりをして受け取った金を数えていたのは、荷物の管理役に雇われていたトミーだった。


(トミー……⁈ そうか、奴が……)


 どうやら裏で手を引いていたのはトミーだった様だ。

 この広いダンジョンの中、未踏領域とは関係の無い西の通路に奴等が現れた理由がこれで判明した。


 パーティーを補助する人材の斡旋は冒険者組合が行っている。

 つまり、レイヴンの予想通り組合内部に腐敗した連中がいる事になる。


 レイヴンは気配を消すのを止めてセス達の所へ歩いて行く。


「すまなかった…もう安心して良い……」


 ずっと我慢していたのだろう。

 レイヴンに気付いたセス達が安心した様に涙を流した。

 恐怖で震える体は、血と泥で濡れて痛々しい姿となっていても、セス達の目は死んではいない。


(大したものだ……)


「誰だテメエ!!!」


「おい! 侵入者だ!!!」


 レイヴンの存在に気付いた盗賊が仲間を呼んだ。


(侵入者? 盗賊風情がよく言う)


「せ、先生……」


 アレスが心配そうに此方を見て来る。

 相手はAランク冒険者が二十人。

 Cランクのエリス先生ではどうにもならないと思っているのだろう。


 だが、安心すると良い。

 お前達の先生は、こんなクソ野郎共に負けはしない。


「耳を塞いで少し目を閉じていろ。直ぐに終わる」


 レイヴンはセス達の縄を切ってやると、全員が言われた通りにしたのを確認した。


 ここから先は見ない方が良い。

 子供には刺激が強い。

「おい! 聞いてんのかコラ!!!」


 レイヴンは立ち上がり様に剣を振り抜くと、近付いて来た男の足を切り落とした。


 慈悲など無い。


 最初に足を切り落とされた男が地面に倒れるまでの刹那。

 トミー以外の全員の手足を切り飛ばした。


「ぎゃああああああああ!!!」


「腕があああああ!!!」


「お、俺の足……俺の足が……!!!」


 男達の絶叫が響き渡る。

 それでもレイヴンは攻撃の手を緩めない。


 地を這い、のたうち回る男達に容赦なく蹴りを入れて行く。


 手加減するつもりは無いが、殺してしまっては意味が無い。

 

(コイツらには聞きたい事がある)


 肋骨が折れ、血反吐を吐きながら逃げようともがく連中を壁に向かって叩きつけると、尻餅をついてガタガタと震えるトミーの肩に剣を突き立てた。


「ぐぎゃあああああ!!!」


「喚くな。お前には聞きたい事が山程あるんだ。アイツらと同じ目に遭いたくなかったら、他の仲間の居場所を吐け。アレンの剣を切った奴だ」


 トミーの視界の端には、手足を切り落とされ壁にめり込んだまま虫の息で泡を吹いている男達の姿があった。

 生きているのが不思議な程の惨状を目の当たりにして、歯がガチガチと音を立て始めた。


 真っ赤な色の目をギラつかせたエリスの顔を見たトミーは、涙と鼻水を盛大に垂らしながら頷いた。


「グ、グラッドさささささん、な、なら……奥、の……」


「グラッド? それがここのボスか?」


 トミーは引き攣った笑いを浮かべると、何かを喋ろうとする前に事切れた。


(……!)


 トミーの首筋には刃の広いナイフが深々と刺さり、倒れた衝撃で胴から千切れた首が転がった。


「チッ……馬鹿が。勝手に俺の名前を喋ってんじゃねえよ」


 現れたのは隻眼の大男。

 残った左眼は魔物混じり特有の赤い瞳をしていた。


(成る程。魔物混じりか)


 髪を短く刈り上げ、髭を蓄えた大男はトミーに投げた物と同じナイフを手に持ったまま、壁にめり込んだままの手下を見て唾を吐いた。


「あーあ……テメエら何だその様は? Aランク冒険者の癖に行く宛がねえって言うから、せっかく俺が拾ってやったってのに使えない奴等だ」


 大男は此方に見向きもしないまま手下の様子を観察していた。

 切り落とされた手足の断面を見て何やら唸っている。


「ほう、こいつは凄えな。お前がやったのか?」


「だったら何だ? 」


 大男は舐める様に視線を動かすと獰猛な笑みを浮かべた。


「へえ、あの時の女か。その手に持ってるのは魔剣だろ。一目見て分かったぜ。とんでもねえ魔力が漏れ出してやがったからな」


「……」


(魔力だと? 俺は魔力を込めていない……ハッタリか?)


「へへへ……分からねえって面だな。まあ良い。先ずは自己紹介と行こうか。俺はグラッド。見ての通りお前と同じ魔物混じりだ。お前は確かエリスだったな。コイツらがあんまり良い女だって騒ぐんで調べさせた」


「……」


「腕に覚えがある様だが、俺には勝てねえ。何故かって? 俺の体は、ちいっとばかり特殊でな……」


 グラッドはそう言って眼帯を外した。


 右眼にある筈の眼球は無い。

 代わりに埋め込まれていたのは……


「魔核だと……?」


 見た限りグラッドは普通の人間だ。その体に魔核を埋め込むだなんて狂っているとしか言いようが無い。


「ご名答。俺はお前が気に入った。何の戸惑いもなく足を切り飛ばしたのも良い。俺が勝ったら、コイツらの代わりに部下になれ。そうしたら、そいつらは解放してやる」


「戯言を……」


「どうかな?」


 グラッドの魔力が急激に膨らんで行く。

 埋め込まれた魔核が奴に力を与えている様だ。


「エリス先生! だ、駄目だ……!」


「僕達の事はいいから……!」


「逃げて先生!」


(やれやれ、目を閉じていろと言ったのに……。自分の命より他人の心配か……まったく……)


 憔悴して自由に動かない腕を必死に伸ばして逃げる様に言って来るセス達を見たレイヴンは、グラッドに向き直ると、ゆっくりと体を深く沈めて言った。


「問題ない」


 セス達が不安そうに見守る中、魔核の力を得た魔物混じりグラッドと、レイヴンの戦いが始まろうとしていた。

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