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急転

 風の集まる筈の地点には予想通り瘴気溜まりは無かった。

 他の場所よりも魔物の数は多いが、特別強力な魔物が徘徊している訳でも無い。


(壁の向こう側へ風が吹き抜けているのは間違い無いんだが……)


 未踏領域への入り口は巧妙に隠されている。

 そう思っていたのは思い違いだった様だ。


 予想していた場所には魔物除けも魔法的な封印も何も見当たらない。ただ、他の場所に比べると大きな岩が多いようだ。不自然な岩の配置は明らかに人の手が入っている。


(これは……)


 不自然に積み上げられた岩や土を払い除けると、奥まった部分に太い鉄格子があるのが見えた。

 どうやら鉄格子の奥は空洞になっている様だ。


(当たりだな。しかし、これはあまり期待出来そうに無いな)


 レイヴンは鉄格子を自分が通れる程度に切り落として奥へと足を踏み入れた。


 通路には、つい最近人が出入りした様な痕跡がいくつも見つかった。

 あちこちに乱雑に置かれた採掘用の道具からは、まだ人の汗の臭いがする。誰かがダンジョンの中で炭鉱夫の真似事をしている様だ。


(勘弁してくれ……俺の報酬は未踏領域とやらにかかっているんだぞ)


 既に人の手が入った場所に何の旨味も無い。

 入り口を塞いで隠しているのは、まだ調査が終わっていないからだとは思うが、鉄格子の錆具合を見る限り、やはり期待は出来そうに無い。


 だがしかし、此処まで来て手ぶらで帰るのは癪だ。


(調べてみるか)


 レイヴンは落胆しつつも、念の為に調査をしてみる事にした。



 しばらく一本道だった通路を歩いて行くと広い空間へと出た。


(またこれか)


 目の前に広がるのは最初に入り口で見た神殿と同じ様な構造物だった。

 所々天井が崩れてはいるものの、光る鉱石の灯りに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 あちこちに運び込まれた物資が置いてある事から、やはり人の手が入っているのは間違いない様だ。


(通路と神殿のある空間とでは土の湿りかたが違うな)


 レイヴンは周囲を歩いて観察してみる。


 神殿がある空間にはレイヴンが入って来た通路以外には無く、風が吹き込んでいると思われる壁の隙間は、とても人間が通れる大きさではない事が分かった。

 つまり、今レイヴンが通って来た通路は後から人工的に掘られた物という事で間違いない。


(俺以外にも探している人間……一体誰だ? 組合の人間なら封印して簡単には気付けない様にするだろう……。冒険者であれば組合の許可が必要になる。誰が掘った物かは組合の資料を調べれば分かる。そんな事をするか? )


 未踏領域を探しているのは自分だけでは無い可能性が高いのは理解した。ならば、そいつらは今何処にいるというのか。道具も土もまだ人の痕跡が濃く残っている。


 別にダンジョン内をどう探索しようが冒険者の勝手だ。

 未踏領域を発見して探索するのもそうだ。

 だが、ここは管理指定ダンジョン。それは組合の許可があれば……だ。


(ふむ……)


 それにしても、これだけ風が吹き込む場所で土が乾ききっていないのはおかしい。足跡を丁寧に消した跡もある。だとすれば今現在、このダンジョン内にセス達以外のパーティー、或いは冒険者が存在している事になる。


 レイヴンが調べた限り、前回このダンジョンへの探索許可が降りてから半年は経過している。

 それまでに組合の人間が管理名目に進入した事があったにしても、この新しい痕跡は変だ。


 ーーー嫌な予感がする。


 レイヴンは神殿の調査を中止すると、猛スピードでセス達の元へと走り出した。


 頭をよぎったのは宿屋にたむろしていたガラの悪い冒険者達。


 もしも、彼奴らが何らかの手段で不当にダンジョンへ侵入しているのだとしたら……。

 もしも、セス達と鉢合わせしてしまったら……。


 中央冒険者組合が直接管理しているダンジョンに限ってそんな筈は無いと思いたい。

 しかし、どんな組織にも腐った連中というのは一定数存在している。

 清廉潔白などという事はあり得ないのだ。


(俺の思い過ごしなら良いが……)


 まだあの冒険者達が犯人だと決まった訳では無いにしても、盗賊をする様な奴がまともである筈がない。

 最悪の事態は考えておく必要がある。


 宿で見かけた冒険者の実力はおそらくAランク。

 CランクとBランクの混成パーティーでは、Aランクの魔物を相手する事は出来ても、Aランク冒険者達の相手は難しい。

 魔物とは違い知恵がある分、ランク以上に実力と戦闘経験の差が出てしまうものだ。


 戦えばセス達の敗北は必至。

 駆け出しの冒険者には荷が重すぎる。


 セス達に不用意に手を出せば、十日後戻って来る筈のセス達を探しに、組合で待機している高ランク冒険者が救助に動く事は知っている筈。少し考えれば手を出さずにセス達の探索期間が過ぎるのを待つ方が良いと分かりそうなものだ。


 だが、奴等がセス達と鉢合わせしてしまったとしたら?


(俺の考え過ぎであってくれ)


 あくまでも憶測に過ぎないが、急いだ方が良さそうだ。


 レイヴンはロイを追い抜きセス達がキャンプを張っている場所へ急いだ。


 しかしーーー


 悪い予感というのは残念ながらよく当たる。

 キャンプへ戻ったレイヴンは拳を壁に叩き付けて歯噛みした。


(くそ……! 俺とした事が何て様だ!)


 遅かった。

 レイヴンとロイが居なくなった僅かの間に、セス達は何者かと戦闘になった後、連れ去られてしまった様だ。

 荷物は荒らされ、地面には複数の血の跡と、折れた剣や槍が転がっていた。

 残された痕跡だけでは、生きているのかも、死んでいるのかも分からない。


 だが、助けに行くにしても、先ずは状況を確認しなければならない。

 レイヴンは今すぐにでも助けに行きたい気持ちをどうにか抑え込むと、折れた剣を拾い上げた。


 アレンが大切にしていた剣は、Aランク程度の魔物を相手にしても折れる事は無いと断言出来る名品だった。

 

 よく手入れされた刃は怒りに満ちたレイヴンの顔を映し出していた。


(折れたのでは無く、断ち切られている? なら……)


 断面には明らかに刃物で切られた跡があった。

 Aランク冒険者程度の腕ではアレンの剣を断ち切るのは難しい。


(Sランク以上の冒険者か、それに匹敵する実力を持った盗賊か……)


 あの場にいたガラの悪い冒険者達以外にも仲間がいる可能性がある。

 それもSランク級の実力を持った奴だ。

 だとすれば、相手は宿にいた冒険者達の仲間であると断定された様なものだ。

 例えそうで無かったとしても、クソ野朗である事には変わりない。


 レイヴンから遅れてロイが戻って来た。


「何が……」


 ロイは惨状に変わり果てたキャンプを見て膝をついた。

 レイヴンがとんでもないスピードで追い抜いて行った時、嫌な予感がした。けれど、こんな事になっているなんて思いもよらなかった。

 ここまでの戦いを見た限り、セス達を残して行っても問題無いと思ったのだ。このダンジョンの魔物程度ならどうにかなると……。

 なのに……。


「ロイ、至急ライオネットとに報告してダンジョンを封鎖させろ。『“敵” は東南側隠し通路』に潜伏している可能性がある」


 レイヴンはそう言うと、ライオネットから預かっていた魔具を起動させた。

 救難信号を発信させるだけの魔具だが、地図と照らし合わせれば場所は直ぐに見つけられるだろう。


 先程発見した隠し通路の様な場所を他にも作っていた場合、姿を隠した奴等を探すのは困難だ。けれども、レイヴンには既に凡その場所の見当がついていた。


 このダンジョンは常に一定方向に向かって風が吹いている。

 しかし、レイヴンがいる場所の北通路からは血の匂いがしていない。セス達を連れ去った奴等が風上に逃げていれば、風下にいるレイヴンには匂いで分かる筈なのだ。


 南にあった真新しい痕跡と未踏領域がある場所の近くを根城にしているならば、隠し通路を使ったとしても北に向かったとは考え難い。

 考えられるとすれば、別の通路を東へ向かって移動し、それから風下へと移動したのではないかという事だ。


 現在地は西側通路を少し北上した辺り。

 レイヴンは西側通路に沿って最南端にある広場へと移動していた。だとすれば、奴等の潜伏先は必然的に東から南までの間に絞り込まれる。


 ただ一つ気掛かりなのは、セス達を全員連れ去った事だ。

 Aランク相当の魔物に襲われて全滅という筋書きにしてしまえば、組合の調査が入った所で結果はセス達の死亡という事にも出来ただろう。

 死体が残っていたなら自分でもそう考えたかもしれない。

 けれども、このダンジョンには人間九人を跡形も無く喰らってしまう様な大型の魔物はいない。


 どういうつもりで連れ去ったのかは知らないが、わざわざ連れて行ったからには、まだ何らかの利用価値があると判断して生かされている可能性もある。


 奴等の誤算は、この地にSSランク冒険者が来ている事を知らない事だ。

 そしてもう一人。

 気配を悟られない様に必死に殺気を押し殺している最強の魔人が、セス達の救出に動き出している事を奴らは知らない。


「クソが……こんな不快な気分にさせられたのは初めてだ」


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