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風鳴の怪鳥は何処に?

 入り口から半日ほど歩き続けただろうか。

 途中何度か休憩を挟みつつ、光る鉱石の採取を優先しながら進んでいた。

 そして、その間にも今後の方針についても盛んに話し合いが行われた。


 探索は既に始まっているというのに何故今更になってそんな事になっているかと言うと、それはセスが直前になって持ち込んだダンジョンの地図が原因だった。


 管理指定され、中央によって内部の調査があらかた完了しているダンジョンだ。

 地図くらいあっても当然と言えば当然だ。しかし、問題は十日の予定で組まれていた期間と現在の進行状況にあった。

 地図によると現在判明しているダンジョンの広さは、とても片道五日で探索し切れる広さでは無い。

 かと言って食料は十日分しか無く、探索許可が降りているのも同じく十日しか無い。であれば、計画的に探索を行う他ないという状況だ。


 魔物との戦闘はなるべく避け、最短ルートを進む必要がある。これは今のセス達には非常に難しい事だ。

 何しろ、たった半日歩く間に彼等は既に疲労し始めていた。

 それは体力の問題では無い。精神力の消耗が予想以上に激しい為だ。


 初戦闘で勝利を収め、士気の上がった様子ではあったが、壁に擬態した大蜥蜴や天井の岩陰に隠れているキラーバット、毒蜘蛛などの発見に神経を使っているのが原因だった。

 経験を積めば気配を探ったり地形の僅かな変化から生息しているであろう魔物の予測をつける事が出来るのだが、やはりそれも経験が物を言う。


 目の良いユリとアッシュを交互に最前列へ移動させたは良いが、慎重過ぎる遅々とした歩みは変わらず、探索は一向に捗らないでいた。


「どうする? こんなにゆっくり進んでいたんじゃあ、とてもじゃ無いけど全部探索するのは無理だよ」


「でも、風鳴の怪鳥が何処にいるのか分からないし……」


「暗いのには慣れてきたし戦闘はどうにかなりそうだけど」


「そうだけど、見つけられなきゃどうにもならないじゃないか。地図があるんだ。どうにか居そうな場所を予測出来ないかな?」


「どうやって?」


「んー……」


 困り果てたセス達がレイヴンの方を見て来る。


「あの、エリス先生……」


「自分達で考えろ。これはお前達が受けた依頼だろう」


「はい……」


 再び地図とにらめっこを始めたセス達を他所に、レイヴンは目ぼしい鉱石に当たりを付けていた。


 依頼主からは自由に探索、宝を持ち帰る権利を保証されている。

 彼等では発見が困難な希少な鉱石を帰りにでもこっそり採取しておこうという腹だ。

 未踏領域の調査に関しては手紙に明記されていた訳でも無いのだから焦らなくても良いだろう。


(そう言えば地図があるなら未踏領域の入り口くらい載っていてもおかしくは無いな)


 中央の冒険者が調査をした後のダンジョンで宝を発見するのは難しいだろう。あるとすれば、未踏領域のみだ。


(やれやれ……織り込み済みという訳か? 依頼主は喰えない人物のようだな)


 討伐隊に参加しろと言っておきながら、探索は自由。

 未踏領域を発見した場合の対処としてレイヴンに白羽の矢が立ったのであれば納得出来る。


 自惚れる気は毛頭無いが、自分であれば単独で調査をこなすくらい訳ない事だ。どんな魔物が出て来ても勝てる自信がある。

 もしも、不測の事態が起こったとしても、ダンジョンという閉ざされた空間内であれば、駆け出しの冒険者を守りながら戦うくらい造作も無い事だとレイヴンは考えていた。


「ちょっと地図を見せてみろ」


 レイヴンはセスから地図を受け取ると、未踏領域の入り口が記されていないか確認した。

 しかし、そこには風の流れに関する記述があるだけで、他の情報は何も得られなかった。


「エリス先生……」


「何かヒントだけでも……」


「甘ったれるな。冒険者を名乗るなら頭を使え。それに私は風鳴の怪鳥だなんて魔物は知らない」


 そう、彼等の討伐目標である風鳴の怪鳥などと言う魔物は、様々な魔物を見て来たレイヴンでも聞いた事も無い。

 風鳴の怪鳥と言うからには、このダンジョン固有の鳥の様な魔物だというのは分かる。魔物がどんな姿をしていようがどうでも良い事だ。しかし、全く興味が無いかと言えば嘘になる。けれど、その魔物を探すのは彼等が受けた依頼なのだ。

 一度受けた依頼は何がなんでもこなさなくてはならない。

 ましてや今回が初めての依頼ともなれば尚更だ。


「冒険者は自由な職業だ。依頼を受けるも断るも、戦うも逃げるも自由だ。しかし、組合から少しでも割りの良い依頼を回してもらおうと思うのなら、実績を積む事だ。ランクも魔物混じりである事も関係無い。小さな依頼でも良いんだ。確実に依頼をこなす人間は重宝される。お前達がこの先も冒険者でいたいのなら、依頼人を失望させない事だな。もう一度言う。頭を使え。腕力だけでは冒険者は務まらない。ヒントは既に提示されている」


 これは遊びでは無い。

 子供とは言え、これから先も冒険者を名乗るつもりがあるのなら、大前提として覚悟と姿勢を明確に理解しておく必要がある。

 どんな理想を描こうと自由だが、冒険者として生きる上で“自分がどういう冒険者でありたいのか” そういった指標や信念は欠かせない。

 そうでなければ、盗賊と何も変わらない存在になってしまう。


「ヒントは既に?」


「何だろう……」


「セス、何か思いつかないのか?」


「いや、僕にもさっぱりだ。全部探せれば良いけど、時間が足りないし……」


 ダンジョンの内部は相変わらず魔物の臭いで充満していたが、新鮮な空気が流れ込んでいる場所がいくつかあった。

 そして、その風は同じ方向へ向かって吹いている。


(やれやれ、少しだけなら……)


「バート、風鳴の怪鳥というのはどんな鳥なんだろうな」


「え? エリス先生、何で急にそんな……僕達だってまだ見た事……」


「そうか。そうだったな……」


 レイヴンはそれだけ言うと、近くの岩に腰を下ろした。


『優しいんですね』


 ロイが見せた手帳をチラリと見たレイヴンは、「ふんっ」と鼻を鳴らして目をそらした。


 優しいつもりなど無い。

 ただ、必死になっている彼等の顔を見ていて、初めての冒険が失敗に終わるよりは良いなと思っただけだ。


「怪鳥っていうくらいだから、きっと大きな鳥の姿をした魔物だろ?」


「そうよね。きっとこう……羽を広げてダンジョン内を飛んで移動してたり……」


「こんな狭い通路を? そんなの壁に当たって羽がボロボロになってしまうじゃないか」


「し、知らないわよ! 魔物なんだから、何か特別な飛び方があるのかもしれないじゃない!」


「じゃあ、鳥さんはちっちゃいの?」


「そんな筈無いだろ。怪鳥って言うくらいだし……」


「「「うーん……」」」


「大きな……飛び方……もしかして!」


 バートは大慌てで地図を確認すると、紙の上を指でなぞっていく。

 指は迷い無く地図の上を滑り、ついに怪鳥の居場所を導き出してみせた。


「そうか! 分かった! 分かったぞ!!! 此処に違いない!」


「うるさいなぁ、大きな声出したら魔物が来ちゃうだろ?」


「分かったんだよ! 風鳴の怪鳥がいる場所が! 」


「え⁈ 何で急に?」


 ニンマリと誇らしげな顔をしたバートが怪鳥の居場所を見つけた理由を説明し始めた。


「シャーリーの話を聞いて思い付いたんだ」


「通路を飛んでるってやつか?」


「うん。羽を広げられないなら、羽が広げられる広い場所にいる筈さ!」


 バートの話を聞いた面々はがっくりと肩を落とした。


「何だよ……そんなの当たり前じゃないか」


「この地図には広い場所がいくつもあるわ。全部探すには時間が足りないわよ?」


「まあまあ、バートはその中でも此処に怪鳥が居るって言ったんだ。バート、何か理由があるのかい?」


「勿論。ヒントは風さ」


「「風?」」


 セス達は風なんて何処の通路にも吹いていると言いたげな顔をしていた。


「僕はローストチキンが大好物だから、お腹が空いた時によく鳥の観察をしてたんだけどーーー」


「おいおい! 待てよバート。誰もお前の好物の話なんか聞いてないって!」


「分かってるよ……鳥は風上に向かって飛んでいる事が多いんだ。相手は魔物だけど、要は鳥でしょう? 皆んな気付いてた? このダンジョンってずっと同じ方向から風が吹いて来ているんだよ。だからーーー」


「そうか! 風を辿った先の広い場所にいる可能性が高いんだ!」


「ああーーーっ!!! セス! 何で僕より先に言っちゃうんだよーーー!!!」


「わ、悪かったよ……」


「なるほどなあ……この地図にどうしてこんな風の向きが書いてあるのかと思ったら、そう言う事だったのか!」


「でも、よく気付いたわね。やるじゃないバート! 食いしん坊もたまには役に立つのね」


「大手柄だよバート! これで探索ルートを絞れるぞ」


「この場所なら今日と同じくらいのペースで進んでも二日目の夜には到着出来るな」


「怪鳥を倒す時間も確保出来るし、これなら随分余裕を持って進めるね」


(意外にやるじゃないか。自分の知らない知識であっても、他の誰かが知っているかもしれない。これはパーティーの利点だな)


 レイヴンが喜ぶ皆の様子を遠巻きに見ていると、バートがもじもじとしながらこちらに歩いて来た。


「ありがとうエリス先生。先生のおかげでどうにかなりそうだよ」


 彼等には怪鳥がどういう魔物なのか考えるヒントを与えたに過ぎない。

 広い場所という条件を見つけても、そこから先の風の流れまでは気付けないと思っていた。

 これは十二分に彼等の知識による発見と言えるだろう。


「私は何もしていない。どんな鳥なのか気になっただけだ。……目的地が決まったのなら先へ進むぞ」


 照れ臭そうに後ろを向いてしまったエリス先生を見たセス達は、顔を見合わせると声を押し殺して笑い合っていた。


 気不味くなって咄嗟に後ろを向いたレイヴンを待っていたのは、気味の悪い笑顔を浮かべたトミーとロイだった。


「何だ……?」


「いいえ、別に。ねえ、ロイさん?」


『ふふふ……』


(笑い声までいちいち書くのか……)


「さっさと先へ進む。荷物を持て」


「はい、エリス先生!」


『了解です! エリス先生!』


「……」


(くそ……からかっているのか? やはり慣れない事はするものでは無いな)


 だが、歩き始めたセス達の後を追って出発したトミーとロイの後ろ歩くレイヴンの口元には、僅かに笑みが溢れていた。


「悪くない……かもな」


 その小さな呟きは、誰にも聞かれる事無くダンジョンの暗闇に溶けていった。

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