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初戦闘

「風鳴のダンジョンへ入る前に依頼内容の再確認をするよ。僕達の目的はこのダンジョンにしか生息していないと言われている「風鳴の怪鳥」の魔核及び、可能な限りの素材の採取。他の魔物の素材も換金対象になっているからこちらも可能な限り討伐する」


(風鳴の怪鳥? そんな魔物は組合の資料には載っていなかったような……)


 セスは思ったよりもリーダーに向いているらしい。

 詳細を的確に説明して行く様子は様になっている。


「討伐期間は十日。それまでにまた此処に戻って来なければならないから……」


「単純に片道五日の行程になるわね。気を引き締めて行きましょう!」


「「「おおおおーーーーー!!!」」」


 セス達は、勇ましい掛け声と共にダンジョンへの入り口を潜っていく。

 街の中にダンジョンの入り口があるのはなんとも奇妙な感じだ。


(金を稼ぐ目的以外でダンジョンに足を踏み入れる日が来るとは思わなかったな)


 扉の先には洞窟の中とは思えないほど美しい空間が広がっていた。


 意外にもこの場所は空気が澄んでいる。

 張り切っているセス達とは対象的にレイヴンは、さながら観光気分だった。

 初めて見るダンジョンをじっくりと眺めながら歩くのは新鮮で、ついこういうのも悪くないなどと考えてしまう。


(神殿の様な造りだな……天然の洞窟がダンジョン化した物では無いのか)


 人工的に光る鉱石を加工して配置しているのだろう。

 程よい間隔で淡い光が空間を照らしていた。


「凄い……これがダンジョン?」


「ねえ、あそこにある扉がそうじゃない?」


(扉? そういう事か……)


 この神殿のような造りの空間はいわば玄関なのだ。

 シャーリーが指差した扉の先が本当のダンジョンという事なのだろう。


「何だこれ?」


 扉の傍には巨大な鎖が置かれていた。

 おそらく扉を施錠していた鎖だと思われる。事前に連絡を受けた組合の職員が外した物の様だ。


「何だこの扉⁈ めちゃくちゃ重い……!」


「ちょっと皆んなも手伝って! 」


 五人がかりでようやく開いた扉の奥は完全な暗闇。

 風に乗って流れて来た魔物の臭いが鼻につく。


「うっ! 何この臭い……」


「これがダンジョンに生息する魔物の臭い……。森や山に生息している魔物とは全然違う」


「エリス先生が自分の臭いを気にするなって言った意味がよく分かったわ……」


「これじゃあ、お肉を焼いても食欲が湧かないや……」


 口々にダンジョンの感想を述べた後、セス達は光を放つ魔具を取り出して煌々と内部を照らし始めた。


(やれやれ。これも知らないのか……)


 暗闇の中では魔物の方が人間よりも圧倒的に有利だ。

 光の無い環境に適応し鼻も良い。そんな魔物達を相手にする為には、こちらも暗闇に慣れておく必要がある。

 光を使って目眩しをしたところで、効果は一瞬でしか無い上、火と同様に周囲の魔物に居場所を知らせてしまう事にもなる。


「セス、もっと光量を絞れ」


「でも、そんな事をしたら暗くて何も……」


「光は最低限あれば良い。暗闇に目を慣らしておくのは基本だ」


「そ、そうか! あー! 何で忘れてたんだ! よし、皆んな光を調整するんだ」


「焦らなくて良い。慣れれば暗闇の中でも魔物を判別出来る様になる。それから、採取可能な蛍石はいくつか持っておけ。その弱い光でも辺りが見渡せるくらいになれば、光を放つ魔具は必要無くなる。ダンジョンは魔物の棲家だ。奴等に有利な条件はこちらの弱点。それを訓練と工夫で補うのも大切だ。それが生存確率を上げる事に繋がる。覚えておけ」


 感心した様に頷いた面々は、光を調整して先へ進んで行った。


(前途多難だな……)


 アラン、アレンの二人が前方を、シャーリーが一歩下がった位置から広範囲を、セス、バート、リックの三人が横と後方の安全確認をそれぞれ担当している。

 今回に限って言えば、最後尾にレイヴンがいる為、背後から襲われる危険は無いのだが、これも訓練の一環だと説明したら素直に聞き入れた。


 いつかは自分達だけで依頼をこなす日が来る。

 こんなに恵まれた環境で探索出来る機会はもう無いだろう。


 冒険者になるのは自由だ。戦う力があれば身分や生まれに関係無く、誰でもなる事が出来る。

 ……しかし、基本的な探索技術も無いまま、力のみを測ってランクを与える今の組合の制度は些か疑問に思う。

 何も知らないまま命を落とす冒険者は後を絶たないのだ。


 それぞれに事情はあるだろう。

 止むを得ず戦う道しか選べなかった者、未知を探求する事に生き甲斐を感じている者、己の強さを求める者、様々だ。

 だとしても、魔物と命がけで戦わずに済む世界で生きられるなら、その方が良いに決まっている。

 好き好んで戦いの道を選んだ訳では無いレイヴンにとって、彼等の選択は不思議でならなかった。


 汗を流して田を耕し、森を散策して狩をする。

 太陽の陽の当る場所で昼寝をしたり、花を眺めたり本を読んだり……。

 それはきっと、とても穏やかで……心安らぐ日常である事だろう。


 けれど、それはもう叶わない。

 戦う事でしか生きる道を見つけられなかったレイヴンにとって、その理想はあまりにも遠過ぎて手が届かない。


(どうして冒険者になりたいと思ったんだろうな……)


 彼等の素性は知らないが、まだ若い。

 他にも選ぶ道はあったように思う。


(俺がとやかく言う事では無いか)



「皆んな止まれ」


 先頭を歩いていたアランとアレンが魔物を発見した様だ。


 パーティーに緊張が走る。

 アランが手で合図をして一旦停止した後、音を立て無い様に慎重に魔物の様子を伺う。


(あれは確か……)


 遭遇したのは討伐ランクBのポイズンラットだ。

 毒を持った爪に注意していれば倒すのは容易だ。しかし、奴等は危険を察知すると仲間を呼び寄せることがある。

 一撃で仕留めなければポイズンラットの群れに追いかけ回される羽目になるだろう。

 場合によっては相手にしない方が良い事もある。


(ふむ……二人はまだ気付いていない様だな。此処はお手並み拝見といくか)


 襲われた場合を除いて、戦闘を始めるか否かの判断はリーダーであるセスが出す事になっている。

 しかし、正確な状況判断をするには経験が物を言う。戦いを選ぶよりも、どうにもならない状況になってしまう前に撤退を決断出来るリーダーである事が望ましい。


 生き残る事に執着することは、戦う力を付ける事と同様に大切な事だ。

 戦功を挙げる事よりも、生きて次に繋げる事の方が遥かに重要になる。


「セス、どうする? 今なら俺とアランだけでもやれるぞ?」


「分かった。他の皆は戦闘態勢のままここで待機。もしも二人が仕留め損なった場合には全員で仕留めにかかる」


「相手は一体だ。俺とアランだけで楽勝さ」


「え? ちょっと待って。私には二体見えているわ。ほら、右奥の曲がり角。アレンから約二十歩先よ。岩が邪魔して見え難いけど、もう一体いる」


 二体目を発見したのは弓使いのユリだ。

 同じく弓使いのアッシュにも見えている様だ。


(ほう、ちゃんと見えたのか)


 二人とも暗闇の中でもしっかりと地形と距離の把握が出来ている。

 遠距離武器を使う資質はしっかり持っている様だ。


 指摘を受けた他のメンバーが目を凝らして再度前方を確認する。


「本当だ……」


「くそぉ、全然見えなかった。二人共ありがとう」


「迂闊に手を出さなくて良かった」


 どうやら他のメンバーにも見えた様だ。

 しかし、魔物とは目に見える物だけでは無い。


 レイヴンは剣を抜き、中衛のいる場所までゆっくりと歩いて行く。


「目で見る事が困難な場合、気配を探るのも大切な事だ。特に擬態を用いて獲物が近付くのを待っている様な奴には……な!」


 レイヴンが剣を一振りすると、首を落とされた大蜥蜴が落ちて来た。

 大蜥蜴は壁に擬態してセス達に近付いて機を伺っていたのだ。

 息絶え元の鮮やかな色に変化した大蜥蜴を見た面々は目を丸くして驚いていた。


「う、うわぁ! ま、魔……! むぐぐ! 」


 驚いたバートが大声を上げそうになったのをセスが咄嗟に口を塞いで止めた。

 良い判断ではあったが、ポイズンラットが気付くには充分だった。


「来るぞ。さっさと体勢を整えろ」


 淡々としたレイヴンの声を合図に武器を構える。


 レイヴンは後ろに下がると、それ以上口を出さずにセス達の初戦闘を見守る事にした。


 細かい指摘をするよりも実戦を重ねた方が得る物が多く、効率が良い。教えた通りに上手く連携して立ち回る事が出来れば苦戦する様な相手では無い。


「仲間を呼ばれる前に一気に叩く! 第二隊形!!!」


「「「応ッ!!!」」」


(なるほど、よく考えたな。昨日の話し合いは無駄では無かった様だ)


 戦闘中に長々と指示を出している暇は無い。

 予め決めておいた掛け声に合わせて陣形を組み替える方法に気付いていた様だ。

 これはレイドランクの魔物を狩る際にもよく使われる。

 まだ経験が浅く、阿吽の呼吸とまではいかない彼等には最適の方法だろう。


 アラン、アレン、シャーリー、リックの四名が一斉にポイズンラット目掛けて突進して行く。

 途切れたパーティーをカバーするのはセス、バートの盾持ち。

 二人がマリエをしっかりと守っている間、両側からはユリとアッシュが攻撃のチャンスを伺っていた。


 アラン、アレンの二人はレイヴンが指摘していた互いの武器の間合いをもう物にした様だ。

 淀みない連携攻撃でポイズンラットにダメージを与えている。


 素早い動きの出来るリックが二人の間から隙間を縫う様に斬りつけているのを見たレイヴンは感心していた。

 リックはちゃんと気配を殺したまま的確に急所のみを狙っていたのだ。

 おそらく戦闘センスはこのパーティーの中で一番高いと思われる。

 シャーリーに関しても変化が見られた。三人よりも一歩下がった位置から逃げようとするポイズンラットの進路を塞ぐ様に槍で突きを放っていた。


 たった数日の間にここまで戦い方を修正してくるとは、正直彼等を侮っていた様だ。

 戦闘は危なげなく進み、セス達は見事勝利を収めた。


「よっしゃああああ!!!」


「ちょ、ちょっとアレン! 静かに!」


「あ! いけねぇ……つい……」


 周囲の警戒をして他の魔物がいない事を確認する。

 これも大切な事だ。

 連戦、或いは他の魔物を巻き込んだ乱戦になる事も充分に考えられる。


「エリス先生! どうでしたか⁈ 」


「ああ。良い連携だった。だが、相手はポイズンラット。他にも面倒な魔物は幾らでもいる。気を抜かない様にしろ」


「「「はい!」」」


 初戦闘を勝利で収めたセス達は再び隊列を組み直すとダンジョンの奥へと向かって歩き始めた。


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