意外な担当者
やはり余計な事をするものではでない。
あまりにも色々な事がお粗末過ぎて、つい口を出したのが間違いだったのだ。
おかげで先生などと呼ばれる羽目になってしまった。
出発は明日だ。
今日は諸々の最終確認を行うと言ってリーダーのセスを中心に集まっている。
「おい、何故自分達の部屋でやらないんだ……」
そう。集まっているのはレイヴンの部屋だ。
一人用の部屋に十二人と荷物が所狭しと置かれている。
「何か分からない事があった時にエリス先生が居た方が良いと思って」
「もう充分に助言はしただろう。あとは自分達で考えろ」
座る場所をセス達に取られたレイヴンは仕方無く窓枠に腰掛けて目を閉じた。
話し合いは夜遅くまで続けられた。
一応話の内容は聞いていたが気持ちばかりが逸っている様に思う。
結局セス達は話し疲れてレイヴンの部屋で眠ってしまった。
「やれやれ……」
レイヴンは窓を閉めると静かに部屋を出た。
宿屋の屋根に登って仰向けになると、ぼんやりと空を眺めていた。
過去の記憶を探り、ステラが企んでいる事を調べる途中、少しならと興味本位で依頼を受けたが子守をしに来た訳では無い。
依頼主がどうして彼等の様な駆け出し冒険者のパーティーに自分を指名したのか、どんなに考えても分からない。
「何をやっているんだ俺は……」
「たまには良いんじゃないですか?」
「忙しい奴だな。早く中央へ戻れ」
空からやって来たのはツバメちゃんに乗ったミーシャだった。
用事があると言って何処かへ行ったきりで、今頃になってまたふらりと戻って来た。
何をしているのか知らないが、中央にいるクレアの元へ戻ってやって欲しいものだ。
「明日には帰りますよ。また来ますけど」
「……」
「それより手紙を預かって来ています」
「また手紙か……」
「なんだか物凄く嫌そうですね」
レイヴンはミーシャの差し出した手紙を受け取ると差出人の名前を確認する。
「……」
「読まないんですか?」
出来る事なら読みたくは無い。
差出人はマクスヴェルトだ。
(転移魔法が使えるくせに手紙だと? 今度は何を考えている……)
あれだけよく喋る奴が手紙を書いている姿を想像すると少しだけ面白い。
けれど、普段しない事をするという事はきっと碌な話では無いだろう。
だが、レイヴンの予想に反して手紙の内容は随分とアッサリした物だった。
『挨拶は省かせてもらうよ。
報告したい事は三つ。
一つ、君から預かった魔核は換金が済んでいる。ミーシャから聞いた例の場所に全て振り分けて送金済みだ。
二つ、ルナが目を覚ました。けれど、急激な成長のせいで普通に動ける様になるまでには時間がかかる。
三つ、ルナは昔の記憶を持っている。
以上だ。
近い内に中央へ戻って来る様に』
(ルナが目を覚ましたのは良いが、記憶がある? どういう事だ? )
魔物堕ちしたルナを救った時、ルナは自分で記憶が無くなると言っていた筈だ。
それなのに記憶があるとは一体……。
(まさか、俺が望んだからか?)
願いを叶える力の恩恵を受けたと考えればルナの記憶が消えていないのも一応の納得は行く。
しかし、あの時はただルナを救いたい一心で記憶の事など何も考えてはいなかった。
「ルナって誰ですか?」
「……勝手に読むな」
「月明かりで透けて見えたんですよ」
「……ったく。ルナは俺が魔物堕ちから救った少女だ。リヴェリアに預けたんだが、今はマクスヴェルトが面倒を見ているそうだ」
「急激な成長と言うのは? それも魔剣の力ですか?」
「……」
(どうしてそう首を突っ込みたがるのか……)
ミーシャの好奇心を否定する訳では無いが、不用意に首を突っ込む性格はどうかと思う。
「その内機会があれば話す。今はこちらの依頼が先だ」
「そう言えば、駆け出し冒険者さん達はどうですか?」
「それは……」
レイヴンは珍しく愚痴をこぼしていた。
別に彼等が悪い訳では無いし、誰でも最初はこんな物だ。
ただ、自分にはこの依頼は向いていないと思っている。
らしくない愚痴を黙って聞いていたミーシャは腕を組んで終始頷いていた。
「なるほどなるほど。でも、この依頼は最後までやり遂げた方が良いですよ?」
「分かっている。一度受けた依頼だ。最後まで付き合う」
「いえ、それだけでは無くてですね……」
「?」
「まあ、その内分かりますよ。それより、今晩は何処で寝るんですか?」
「此処で寝る。日が昇る頃には出発だ」
また質問攻めにあうのは御免だ。
久しぶりにベッドで寝たい気持ちもあるが、騒がしい中で寝るよりはマシだ。
「……マジですか?」
「ああ」
「……本当に?」
「ああ」
必要があればダンジョンの中でも眠る事が出来るので、何処だろうと関係無い。
レイヴンは懐に手紙をしまうと、そのまま目を閉じた。
「うう……風が寒いです」
「なら宿を借りろ」
「朝には出発しちゃうのにお金が勿体無いですよ」
「だったら諦めろ」
「冷たい……レイヴンさんが冷たいですよツバメちゃん」
「くるっぽくるっぽ……」
「……」
朝日が差し込んで来た頃。
レイヴンは目を開けると、ツバメちゃんに寄りかかったまま眠っているミーシャを起こさない様に部屋へ戻った。
「ほう……」
まだ眠ったままだと思っていたセス達は既に準備を整え終わっていた。
表情を見る限り変に気負っている様子は無い。
「おはようございますエリス先生!」
「朝食を摂った後、組合に行ってダンジョンの入り口を開けて貰います」
「そうか。トミーとロイは何をしている?」
「先に組合に行って手続きをしていますよ」
「なるほどな。なら、私も先に行っている。お前達は後から来い」
「分かりました!」
良い具合の緊張感を漂わせたセス達の顔はやる気に満ちていた。
固くなり過ぎたりした様子もない。これならば、一先ずは大丈夫だろう。
冒険者組合の前では既に手続きを終えたトミーとロイが荷物の準備をして待っていた。
他にもダンジョンへ入る許可を得た冒険者がいるのかと思っていたのだが姿は見えない。どうやらダンジョンへ入るのはセス達だけの様だ。
「おや? その剣……もしかして……」
「……!!!」
ロイの隣に立っていた人物を見たレイヴンはギクリと肩を震わせた。
(何でコイツが此処にいる……)
「ライオネットさん、もしかしてエリスさんとお知り合いなんですか?」
セスが尋ねるとライオネットは一瞬どうしたものかと考える素振りをした後、何事も無かった様に振る舞った。
「あー……いえ、知り合いが持っている剣に良く似ていたので。それだけですよ」
「そうですか」
「いやあ、それにしても……」
ライオネットはエリスの顔をまじまじと見つめる。
視線を逸らしてしまいたいが、変に事情を勘ぐられても困る。
レイヴンはなるべく平静を装ってライオネットから見えない様にトミーの後ろに移動した。
あくまでも自然に……。
(……気付いた? 気付いていない? どっちだ? いや、この剣を見ていたし……)
どうせ気付いているに決まっている。この魔剣が持ち主にしか触れる事が出来ない事はリヴェリアの部下なら誰でも知っている事だ。
成り行き上知ってしまったミーシャはともかく、他の知り合いにこんな姿になっているなど知られたく無い。
そもそも何でこんな所にいるのか分からない。
中央冒険者組合が管理しているダンジョンだ。中央の人間が居てもおかしくは無い。おかしくは無い、が……SSランク冒険者がわざわざ来る様な場所では無い。
普段手紙など書かないマクスヴェルトのおかしな行動と良い、もしやリヴェリアまで噛んでいるのではと疑わずにはいられない。
(またあの二人が何か企んでいるのか……?)
「ま、まだ何か?」
「んー……ああ、これは失礼しました。やはり私の勘違いでした。では、私は組合で待機していますから、もしも救援が必要になったら渡しておいた魔具を使って下さい。直ぐに救助に向かいますので」
「分かりました。では、これはエリスさんが持っていて下さい。私達よりもエリスさんが判断した方が良いでしょうし」
(こっちに振るな……)
「分かった。私が預かっておく」
レイヴンは顔をやや背けたまま手を出して魔具を受け取った。
一方、組合の中へと入って行ったライオネットは必死に笑いを堪えて肩を震わせていた。
姿はまるで別人ではあったが、あのエリスという女性は間違いなくレイヴンだ。
世界に二つと無い正真正銘の魔剣『魔神喰い』
魔剣に認められた持ち主で無ければ立ち所に魔力を吸い尽くしてしまう。
そんな危険な魔剣を持てる人物はレイヴンを置いて他に居るはずが無いのだ。
「お嬢と良い、賢者マクスヴェルトと良い。王家直轄冒険者とは姿を変えるのが常識なんですかね? それとも流行り? って、まあそんな訳無いんですけど。それにしても、あんな魔法があるなんて知りませんでした。どうしたものですかね。此処に来たのは偶然でしたけど、まさか僕が彼等の担当になるとは……。さてさて、これも知らないフリをしておくのが正解ですかね。後はロイに任せるとしましょう」
どうにかやり過ごしたレイヴンは、内心冷や汗を掻きながらセス達が来るのを待った。
これは知らなかったのだが、トミーが言うには許可を得てダンジョンへ入る際には高ランク冒険者が何かあった時の為に組合で待機する決まりになっているらしい。ただ、今回の様にSSランク冒険者が担当に付くのは非常に珍しいそうだ。
「それにしてもエリスさんならてっきり知っているものとばかり……」
「管理指定ダンジョンへ入るのは私も初めてだ。魔物の対処なら出来るが、此処から先は知らない事の方が多いだろう」
「それもそうですね。しかし、この依頼をした人物はどういう人なんでしょうね? 」
「どういう事だ? お前達も依頼主を知らないのか?」
レイヴンの言葉に二人が頷く。
セス達は当然知っているだろう。
つまり知らないのは此処にいる三人だけ。
「まあ、中央冒険者組合からのダンジョン進入許可を貰えるくらいですから、間違いなく身元は確かな人でしょう。依頼の詮索はしない主義ではあるんですけどね。気になるじゃないですか? 駆け出しの冒険者にわざわざこんな舞台を用意するだなんて……」
「確かにな。だが、冒険をするのはセス達だ。私達は黙って付いて行くだけだ」
「ですね。ロイさんもそれで?」
『問題ありません。知らない方が良い事もありますから』
「仰る通りだ。では、彼等が到着するのを待ちますか」




