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エリス先生

食事を終えた後、ミーシャはツバメちゃんの跨ると用事があるからと言って何処かへ飛んで行った。


レイヴンは、用事も何も早く中央へ戻れとも思ったものの、少々気まずい気がして何も言わないままミーシャを見送った。


(そう言えば、どうしてミーシャは俺がエリスの名前を使っていると知っていたんだ? また聞けば良いか……)


“らしくない” と言われてしまった理由はレイヴン自身もその通りだと言わざるを得ない。

なるべく魔剣の使用を避けようと思っていたにもかかわらず、気付けば魔剣の力を使おうとしていた。

無為に力を振るう事はレイヴンの最も嫌いな事の一つだというのに……。


(力に呑まれる? 俺が……?)


レイヴンは頭を振って否定する。


「大丈夫……俺は大丈夫だ」


そんな事は絶対にあってはならないのだと自分に言い聞かせるように呟いたレイヴンは、宿への帰路に着いた。





宿の前には大きなリュックを背負ったトミーとロイがいた。


(全員分の食料と補給物資か? いくら人数が多いと言ってもこの量は……)


二人共大きな荷物を足元に置いたまま何やら話していた。

だが、聞こえて来るのはトミーの声ばかり。よく見るとロイはトミーが何か喋る度に手帳に何か書いて見せている様だ。


(補給ルートの確認か? 随分と熱心な事だ)


物資運搬を担う二人が熱心である事はパーティーの生存確率を高めてくれる要因になる。

十日の行程ともなれば尚更重要な事だ。


レイヴンが二人に構わず宿へ入ろうとしたところで、トミーが声を掛けて来た。


「あ、あのエリスさん。ちょっと良いですか?」

「何だ?」

「実はダンジョンに持ち込む物資の事で相談が……」


(やれやれ……また何か問題か?)


「二人で話し合っていた様に見えたが?」

「そうなんですけどね……」

「……?」


トミーの話によると、二人もレイヴン同様に雇われたそうだ。

セス達の要望で物資を買い揃えたは良いが、どれもダンジョン攻略には向かない物ばかりで困っているのだと言う。

必要な物を買おうにも予算が少なく、それも難しいそうだ。


「ちょっとこれ見てもらえませんか?」

「お買い物リスト……?」


手渡された買い物のリストを確認したレイヴンは顔をしかめるなり紙を破り捨てた。


「ちょっと! 何するんですか⁈ 」

「ふざけるな。これの何処がダンジョンに必要な物なんだ」

「それは私達も同じ気持ちですけど、あくまでも依頼ですから……」


レイヴンはトミーの言葉に開いた口が塞がら無い。

確かに依頼は依頼だ。

自分達も一緒にダンジョンに潜るのに、ただ言われた物だけを素直に買って来たのでは意味が無い。

物資は命を繋ぐ貴重な物だ。それを蔑ろにするのは、命が要らないと言っているのと変わらない。

自殺行為だ。

十日もダンジョンの中で探索をしようという人間がそんな事では困る。


「今すぐ買った物を返して来い。そんな物は持って行くだけ無駄だ」

「いや、でも……」


渋るトミーの横からロイが手帳を差し出して来た。

そこには『セス達と話してからでも良いですか?』と、書かれていた。


「喋れないのか?」


頷いて答えるロイは再び手帳を差し出して来た。


『緊張すると声が出ないんです。とにかくセス達の所へ一緒に行ってくれませんか? 私達の話よりもエリスさんが説明した方が彼等も納得するでしょうから』


「……分かった。こちらも巻き添えを喰いたくはないからな」



セス達はまだ裏庭で訓練を続けていた。

一人一人の立ち位置や陣形、連携の確認を念入りに行っているらしい。

互いに遠慮せず意見を交わす様子は、最初に会った時の印象よりも頼もしく見えた。

だが、物資の件は別だ。


「エリスさん、戻って来たんですね。丁度良かった。新しい考えた配置の確認をーーー」

「この物資を依頼したのは誰だ?」


レイヴンは二つの大きなリュックを指差して問いかけた。


「え? それは、皆んながそれぞれ必要な物を紙に書いて……」

「やり直せ」

「いや、でも今からじゃあ……出発は明日ですし」

「出発は延期だ。死にたく無いなら、黙ってやり直せ」


騒ぎを聞きつけた他のメンバーが集まって来た。

セスが事情を説明すると、案の定口々に不満の声を上げた。


初心者と言っても限度がある。

こんな状態でよくダンジョンへ討伐に行こうなどと思ったのか甚だ疑問だ。

依頼主は確かに俺に参加して欲しいと言ってきた。けれど、子守をしに来た訳では無い。

あくまでも風鳴のダンジョンに興味があったからだ。


「お前達はダンジョンを何だと思っている。遊びのつもりなら止めておけ」

「何だと! 俺達は真剣にやってるんだ! 」

「エリスが強いのは認めたけれど、そんな事を言われる覚えは無いわ!」


またアレンとシャーリーが噛み付いて来た。

意気込みは買うが、言葉と行動がちぐはぐ過ぎて空回りしている。


「黙って聞け」


レイヴンはリュックを開けて一つずつ何が駄目なのか指摘していく事にした。

戦闘もそうだったが、多少面倒でも説明してやれば改善の余地はあるだろうと思ったのだ。


「まず食料だ。この肉は何だ? 」

「あ、それは僕が頼んだやつ……」


恐る恐る手を上げたのは、この中で一番体格の良いバートだ。


「馬鹿か? ダンジョンの中で火を使った料理など論外だ。匂いにつられた魔物の餌になりたく無いなら火を使わなくても食べられる物にしろ。第一、こんなものは最初の二日も保てば良い方で、直ぐに腐ってしまう。肉が食べたいなら保存の効く干し肉にするんだな」

「そ、そんなぁ……」

「食料と水は生命線だ。バート、お前の我儘で皆を危険に晒したいのか?」

「そ、そんなの絶対に嫌だ!」

「なら生肉は諦めろ。水もこんなに必要無い。各自が持つ分と予備を残して残りは置いて行け。重たいだけだ。それから、ダンジョンの中で水を調達出来る魔具を用意しておけ。水を精製する魔具は高価だが、長期的に考えれば直接水を買うよりも遥かに安い」

「た、確かに……」


こんな基本的な事も知らないで、よくも大口を叩けたものだと思う。

お粗末過ぎて怒る気にもならない。


レイヴンは次々に荷物を引っ張り出して問いかける。


「コレは何だ?」

「あ、それ、私……枕が変わると眠れないから……」

「……歩き疲れれば嫌でも眠れる。置いていけ。コレは?」

「それは私よ。汗臭いのは嫌だもの。着替えは必要でしょ?」

「汗臭いくらいなんだ。魔物の臭いを嗅いだらどうでも良くなる。最低限の清潔な下着だけにしろ」

「だけど……」


(魔物と戦うんだぞ? 身嗜みを気にしている場合では無いだろ……)


「ダンジョンに入れば嫌でも理解する。次だ。コレは?」

「それは俺のだ。自分の武器は自分で研ぐ。基本だろ?」


(ほう。だが……)


「結構な心構えだが、お前の武器の強度ならダンジョンに一度潜るくらいで細かい調整は必要無い。武具の調整はトミーに任せて、体力の回復と温存に専念しろ。いざという時に前衛が息切れしていては話にならない。自分が抜かれたら後ろにいる仲間が危険に晒されると覚えておけ」

「た、確かにそれは……そうだ……」


アレンとアランは双子でも随分性格が違うようだ。

控え目な兄のアランと違い、アレンは自信過剰な一面が目立つ。

前衛を務める者が勇ましいのは頼もしくもある。しかし、常に一番最初に接敵する可能性がある事と、仲間達を守る役目も同時にこなさなければならない事を自覚するべきだ。


「次……何だコレは?」

「それ私の……休憩する時にティーセットがあったら良いなぁって……」


(……は? )


リヴェリアやユキノ、フィオナ辺りの実力者なら茶を飲んで談笑する余裕は充分にあるだろう。しかし、そんな事は絶対にしないし、まずあり得ない。

休憩は大事だ。しかし、駆け出しの冒険者がそんな事を考えている余裕は無い。


「要らん。置いていけ。次だ。コレは?」

「武器の予備を人数分。折れたりしたら困ると思って……」

「不安な気持ちは分かる。だが、そんな事を心配する前に、ちゃんと組合の資料に目を通したか? していないならそれも論外だぞ。調べれば分かる事だが、Aランクの魔物相手であれば余程のことがない限り予備武器は必要無い。風鳴のダンジョンには鉄を溶かす魔物はいないしな。それよりも、今持っている武器の手入れを入念にしておけ。……待て、念の為にマリエにナイフを持たせておけ。戦闘は出来なくても護身用の武器は必要だ」

「は、はい! 」

「次だ……」


(何だこれは? 残りの荷物は全部薬?)


「ああ、それは僕が頼んだものです。どんな怪我や病気にも対応出来る様に、ありったけの薬を用意しました。備えあれば憂いなしと言うでしょう?」


(リーダーとしての責任と備えという奴か? それは理解出来るが……)


「怪我や感染症に対する備えは大切な事だ。悪化すれば腕や足の一本は失う覚悟も必要だし、最悪の場合は死に至る。だが……幸いにもこのパーティーには回復魔法が使えるマリエがいる。ならば、マリエの魔力を回復させる為の薬を用意しておくべきだ。そうすれば薬は半分以下で良い。後はマリエをしっかりと守ることだな」

「そうか、魔力回復薬を忘れてた……」


(おいおい……)


レイヴンが仕分けた結果、大きな二つのリュックは半分以下にまで減った。


トミーとロイには明日、必要無い物を返品させた後、残った金で携帯食料と水を精製する魔具を買いに行く様に指示を出しておいた。

流石に水を精製する魔具を買う金は無い様なので、仕方なくレイヴンが足りない金を出してやる事した。

痛い出費だが、十日の間は自分も水が必要になる。

背に腹はかえられないといった所だ。


「こんなものだろう。出発は二日後だ。それまで連携の訓練でもしていろ。……ん? どうした?」


静まり返ったセス達が無言のまま見つめてくる。

文句があるなら言えば良い。


「先生みたいだ……」


(先生?)


「エリス先生……! 」

「そうだ! これからエリスさんの事はエリス先生って呼ぼう!」


(は?)


「「「宜しくお願いします! エリス先生!」」」


勝手に盛り上がり始めたセス達はレイヴンを取り囲んで一斉に頭を下げた。

とても今まで突っ掛かって来ていたとは思えない豹変ぶりだ。


「お、おい……何を勝手な……」

「あはは……どうやら彼等に認められた様ですね」

「認められただと?」

「まあ、彼等は冒険者と言っても子供ですからね……」


『おめでとうございますエリス先生』


「……」


ロイが無言で差し出して来たメモを見たレイヴンは、大きく肩を落として項垂れた。


(どうしてこうなった……俺が先生? 何の冗談だ……)


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