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兆し

 街へ出たレイヴンは食堂を目指して黙々と歩いていた。


 途中何度か声をかけてくる輩がいたのも全て無視。

 視線を向ける事すら惜しんで歩き続けた。


ーーーぐるるぅ……


 レイヴンの腹のなる音がする。


 そう、今のレイヴンは腹が減っていたのだ。

 リアム達と別れて以降、水しか口にしていない。

 途中ミーシャが差し出してくれた菓子を貰っておけばよかったと今更ながらに後悔していた。


(確か、この辺りに食堂があった筈だと思ったが……道を間違えたか?)


 知らない街では無いのだが、以前に訪れた時とは少し街の様子が変わっている。

 大通りを歩いていれば見つかると思ったのに、それらしき看板も見えないし、食べ物の匂いもしない。


 キョロキョロと周囲を見回していると、組合の職員らしき格好をした男が声を掛けてきた。


「お嬢さん、何かお困りですか?」


「……」


 レイヴンは『またか…』と呆れつつも、空腹には変えられないと思い、食堂の場所を尋ねる事にした。


「食堂を探している。前に来た時には確かこの辺りにあったと思ったんだが……」


「以前にもこの街に? 」


「そうだ」


「申し訳ないのですけど、この街には今、食堂が無いんですよ」


「……何だと⁈ 」


 食堂が無い。

 それは空腹のレイヴンにとって死刑宣告にも等しい言葉だった。

 今すぐにでもミートボールパスタにありつきたいというのに、あんまりだ。


「なら、何処で食事をすれば良い?」


 食堂が無いのなら、この街に来た者達は一体何処で食事を摂れば良いというのか。


 レイヴンは職員に詰め寄った。


「え⁈ あ、ちょっと、私には妻子が……!」


「何の話だ?」


「あ、いえ……」


 詰め寄るレイヴンに顔を赤くした職員は咳払いをして事情を話した。


「実は数日前から店主が行方不明になっていましてね。我々組合の職員が捜査をしているところなのですよ。どうやら西の森へ食材の調達に向かったらしく……」


「西の森だな?」


「え? あ、はい……今、特別調査隊を派遣してーーーって! ちょっと、何処へ⁈ 」


 レイヴンは西の森のある方角を睨むと、職員を置き去りにしたまま猛スピードで走り出した。


 調査隊の結果など悠長に待っていられない。

 さっさと店主を見つけてミートボールパスタにありつくのだ。


 街の周辺には強力な魔物はいない。

 中央との輸送ルート上にある西の森は、中央冒険者組合が派遣した冒険者によって定期的に魔物狩りが行われている為だ。

 この辺りの森で最も安全な場所と言っても過言では無い。



(チッ、木が邪魔だな……)


 街の外に出たレイヴンは剣を抜くと、魔剣の力を解放した。

 漆黒の鎧を纏ったレイヴンは、黒い翼を広げて森の上空へと飛翔する。


(……これでは何も見えない)


 空から見た森は予想以上に木の密度が高く、地面が全く見えなかった。


 当たり前だ。

 少し考えれば分かる事なのに、今のレイヴンは空腹のせいで異常に気が立っていた。


「仕方ない。……起きろ」


ーーードクン!


 心臓の鼓動が森の上空に響く。


 突如出現した巨大な殺気に怯えた鳥や動物達が一斉に鳴き声を上げて騒ぎ出した。


「何、ちょっと見晴らしが良くなるだけだ……」


 空腹の苛立ちが限界に達していたレイヴンは、獰猛な笑いを浮かべ魔剣を天高く突き上げた。


 急激な魔力の高まりに、レイヴンを中心とした空間までもが歪んで見える程だ。

 バチバチと音を立てていた赤い魔力は次第に激しさを増していき、雷の如き轟音を発し始めていた。


 魔物の大群すら容易に全滅させた破壊の力。

 そんな危険な力を“腹が減った” などという、とんでもない理由で振るおうというのだから正気では無い。


「ストーーーーーップ!!! ストップです! 待って下さいレイヴンさん!」


 今にも剣を振り下ろそうとしていたレイヴンの前に中央へ帰った筈のミーシャがツバメちゃんに乗って現れた。

 どうしてまだこんな所にいるのかと考える間も惜しいレイヴンは、御構い無しに魔剣を握る手に力を込めた。

 しかし、ミーシャはレイヴンの腕にしがみ付き、剣が振り下ろされるのを止めに入った。


「んぎぎぎぎ……! 絶対に駄目ですぅーーーーー!!!」


 必死に力を込めるミーシャの姿に、ようやく力を抜いたレイヴンは不機嫌な声でミーシャに言い放った。


「邪魔をするな。俺は腹が減っている」


 ミーシャは一瞬何を言われたのか分からなかった。

 腹が減ったから魔剣の力を使う?

 そんな事は全くもって意味不明で、何の必要性も無い。

 いつものレイヴンらしくない。


 もしやと思ったミーシャはレイヴンの腕にしがみ付いたまま事情を叫んだ。


「何訳の分からない事言ってるんですか⁈ 食堂の店主さんなら私が見つけたので大丈夫ですよ! 街へ戻ればちゃんとご飯食べられますから! 」


「本当か……?」


 レイヴンは初めてミーシャの方に視線を向けた。

 すると、ツバメちゃんの背中には気を失った中年の男がぐったりとしているのが見えた。


 どうやら組合の職員が言っていた調査隊とはミーシャの事だったらしい。

 店主が見つかったのなら森を薙ぎ払う理由は無い。


 レイヴンは魔剣を鞘に納めると、ミーシャと共に地上へと降りた。


 地上に降りたミーシャはレイヴンがどうしてあんな事をしたのか問いただしていた。

 しかし、レイヴンから返って来た言葉は予想の斜め上を行く物だった。


「……は? 今、何て言いました?」


「店主が見つかるのを待つより、自分で探しに行った方が早いと思った」


「それで……?」


「森が邪魔だったので視界を良くしようとしていたらミーシャが現れた」


 完全に子供の言い訳だ。

 言い訳の酷さはともかく、レイヴンは此の手の無茶を絶対にしない人だとミーシャは思っていた。

 しかし、レイヴンはお腹が空いたという理由だけで魔剣の力を使おうとしていた。


 ミーシャは一抹の不安を感じながらも、悪びれた様子の無いレイヴンに詰め寄った。


「いやいやいやいやいや!!! お腹が空いて仕方ないから店主を探しに来たのはギリギリ……本ッ……当に! ギリギリ分かりますけど、だからって森を薙ぎ払って探そうだなんて無茶苦茶ですよ! 」


「むう……」


「一体どうしたんですか? そんな強引なやり方はレイヴンさんらしく無いですよ?」


(ミーシャの言う通りだ。けれど、腹が減っては……それに、森も邪魔で……)


「あ。今、俺は悪く無い的な事を考えましたね?」


「……」


「とにかく、駄目ですよ。魔剣の力なんて使ったら、一発でエリスさんがレイヴンさんだってバレちゃいますからね? 此処には中央の人達も大勢いるみたいですから気を付けないと……」


「分かっている……」


「本当に?」


「ああ。俺は街へ戻る」


 少し不機嫌そうな声で返事をしたレイヴンは、鎧を解くと街へ向かって歩き出した。


 レイヴンの背中を見送るミーシャは、やはりレイヴンはいつもと様子が違うと感じていた。

 最近少しづつ口数が増えて来たレイヴンは時折我儘を言う事がある。

 それは、普通の人にしてみれば何でもない当たり前の会話だったりもするのだが、何時も何を考えているのか分からないレイヴンが言うと、普通の事でも何故か違和感に感じるのだ。

 今回のは特に酷い。


「私の杞憂なら良いんですけど……。これは一度、リヴェリアちゃんに相談してみた方が良いかもしれません……」


「くるっぽ……」





 どうやら食堂の店主は森の中を探索している途中、沼地に足を取られて身動きが出来なくなっていた様だ。

 幸い食料や水を持って来ていたので救助が来るまでどうにか凌いでいたらしい。

 この森でなければ今頃は魔物の腹に収まっていた事だろう。


「それが、突然空が赤く光ったと思ったら、獣達が一斉に騒ぎ始めたんだ。俺もどうにか逃げようとしたんだけど、飛び込んで来た獣とぶつかって気絶しちまったみたいだな。気付いたら街に戻って来ていて驚いたよ」


「赤い光……あは、あはははは……何でしょうね〜? 不思議な事があるんですね。あははは……」


「……」


 ミーシャはレイヴンを止める事が出来て本当に良かったと心底思っていた。

 もしも、あのまま森を薙ぎ払っていたら今頃食事どころでは無くなっていただろう。騒ぎが長引いて食事が遠のいたのは想像に難く無い。


「とにかく、助けてくれてありがとうな。まさか、こんなに可愛らしいお嬢ちゃんと別嬪さんに助けて貰えるとは思わなかった。店を開くのは無理だが、お礼に何か食べて行ってくれ」


「え⁈ 良いんですか?」


「勿論だ。何でも食べたい物を言ってくれ」




 店主の招きに足を運んだレイヴンだったが、店の前に来ると中へ入るのを躊躇った。

 助けたのはミーシャで自分では無い。


「どうしたんですか? 早く入りましょう」


「いや、俺は何もしていない……」


 お腹を鳴らしながら俯くレイヴンを見たミーシャは溜め息を吐いた。


「はぁ……。さっきはあんな無茶しようとしていたのに、何でいきなりまともな事言うんですか?」


「……」


 歯に衣を着せないミーシャの言い分はもっともだ。反論の言葉も無い。


 大人しく宿へ戻ろうと思っていると、ミーシャがあっけらかんとして言った。


「別に良いじゃないですか。助けようと森まで行ったのは事実ですし、ご馳走してくれるって言ってくれてるんですから。此処は店主さんのご好意に甘えたら良いんですよ」


「いや、しかし……」


「もう! 焦れったいですね! ほら、行きますよ! おじさーん!約束通り可愛い可愛いミーシャちゃんと、とっても美人なエリスさんが来ましたぁ!」


「おう! 好きな所に座ってくれ!」


「ちょ、ちょっと……」


 ミーシャはレイヴンの腕を掴むと強引に店内に入って行った。



「さて、何にする? フルコースでも何でも良い。好きな食べ物があったら言ってくれ」


 好きな物と言われてもそんな物は一つしか無い。

 けれど、レイヴンは未だに踏ん切りが付かないでいた。


「じゃあ、水とミートボールパスタを二つお願いします!」


「……!」


「ええっ⁉︎ そりゃ構わないけど……一番安い料理だよ? もっと他に何でもあるから遠慮なんかしなくても……」


「いえ。水とミートボールパスタ二つで!」


「そんなに好きなのかい? 」


「はい! 思い出の料理なので!」


(思い出……?)


「へへ、思い出の料理か。成る程、他の料理じゃ勝てないよな。よし! じゃあちょっと待っててくれ。特製ミートボールパスタを作ってやるよ!」


「はい!」


 店主は機嫌良さそうに厨房へと姿を消した後、レイヴンは思い出の料理と言ったミーシャの顔を黙って眺めていた。

 

「ミートボールパスタがレイヴンさんの思い出の料理なのは知っています。でも、私やクレアちゃん、ランスロットさんにとっても思い出の料理です」


「……」


「分かりませんか? 」


「……?」


「皆んなで一緒に旅をして、一緒に食べたじゃありませんか。立派な思い出ですよ」


「……!」


(皆んなで……そうか、これも思い出なんだな……)


 共通の思い出。

 そう考え方はした事が無かった。

 

 そんな事を考えていると、美味しそうな匂いが漂って来た。


「へい、お待ち! 特製ミートボールパスタだ!」


「早ッ! 多ッ!」


「そりゃ、そうさ。うちは大衆食堂だよ? ちまちました小皿なんかで出すもんか。さあ、遠慮しないで冷めないうちに食べてくれ!」


 大皿にこんもりと盛られたミートボールパスタ。

 少し大き目のミートボールからは今にも肉汁が溢れて出て来そうだ。


「さあ、食べましょう! 腹が空いては何とやらです!」


「ああ」


「おお……⁉︎ 豪快な美人さんだなぁ」


「エリスさんの好きな物ですから」


 レイヴンは口一杯にミートボールパスタを頬張ると無言のまま食べ続けた。



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