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勝手にしろ

 レイヴンがやって来たのは宿屋の裏手にある庭だ。

 テーブルや椅子が並んでいて少々手狭に感じるが、障害物がある方が実力を試すには丁度良いだろう。簡易でもダンジョン内部を想定して戦えば多少は実力が分かり易いだろう。


 レイヴンはアレンとシャーリーと向かい合うと、周りで見ていた他のメンバーに対しても挑発を始めた。


「他に不満のある奴もまとめてかかって来い。後になって言って来られても面倒だからな」


 初心者のフリをしようにも、助言をする役が初心者では意味が無い。

 全力を出す気は更々無いが、いざという時に統率を乱す者が出るようでは話にならないのだ。


 レイヴンの様に突出した力で魔物を薙ぎ払えるならともかく、駆け出しの冒険者がリーダーであるセスの言葉に従えないとなると折角決めた役割が機能しなくなる。


「俺も参加するぜ」


「僕も」


「私も」


 皆、声には出さないだけで不満があった様だ。

 セス、マリエ、トミー、ロイ以外のメンバーが全員レイヴンの前に出て来た。


「これで全員か? 問題無いなら早速始めよう」


「ふんっ。挑発したのはエリスだぜ?」


「経験だけでこの人数差を覆せるとは思わないけど?」


(なるほど)


 個の力には自信があっても、パーティー戦の経験は殆ど無いと見える。


 経験だけでは人数差は覆らない。


 それは正しくもあるし、間違ってもいる。

 いくら力があっても経験が無ければ意味が無く、いくら経験があっても力が無ければまた意味がない。

 しかし、どちらも揃っているのなら、多少の人数差など簡単に覆るのだ。


 つまり、彼等に足りないのは、戦闘経験でもダンジョンでの探索の経験でも無い。

 たった一人の強者、或いは魔物によって戦況が覆されるという理不尽な状況への想定が足りない。

 あらゆる事態を想定した冒険者であれば、安易に挑発になど乗らない。臆病だからでは無い。“慎重” なのだ。


 命をかけた冒険者の戦いで、想像力の欠如は死に直結する。

 正確に相手の実力が測れない内に手を出すのは愚の骨頂。一つのミスが死に繋がる冒険者にとって、最も愚かな行為だ。


(まあ、自分より弱い人間に強気に出るのも愚かな事だがな)


「何人で来ようと同じだ」


「何だと⁈ 魔物混じりが普通の人間より強いからって調子に乗るな! Cランクじゃないか。俺一人でも楽勝だ!」


「能書きはいい。さっさとかかって来い」


 レイヴンは剣を抜くと構えもせず、ダラリと腕を垂らした。


「エリスさん、あまり彼等を挑発しないで下さい。私達はチームですよ?」


 セスが心配して声をかけて来るが、そんな事は知った事では無い。

 既に賽は投げられたのだ。


「心配するな。チームだからだ」


「え……?」


 不意を突いたつもりなのだろう。

 低い姿勢から飛び込んで来たアレンの攻撃を皮切りに、皆が一斉に攻撃を開始した。


(個の力はそれなりにあるようだが、話にならないな)


 前衛後衛の役割を無視した闇雲な攻撃。

 そんな物は実際の戦闘では何も役に立たない。


 レイヴンはアレンとアランの連携攻撃を弾き、続いてシャーリーの槍を躱すと、背後から飛び込んで来たリックの腕を掴んで後方から弓を引くアッシュとユリに向かって投げた。

 バートがどうにか受け止めた様だが、弓使いの二人の射線は立ち直したアレン、アランとシャーリーによって塞がれてしまっている。


「く、くそ!」


「私の槍が当たらない⁈ どうして⁉︎ 」


「何故? 馬鹿か? お前達は何の為にパーティーを組んでいるのか理解しているのか?」


「う、煩い!!!」


 こんな単調な攻撃は何度繰り返しても同じだ。

 個の力ではどうにもならないと悟った時点で、パーティーの強みを活かして戦う他に無い。


 パーティーを組む最大の強みは、個に不足した力を多数の力で補う事にある。

 ポジションを決めるのも、単に武器に合わせて決めた物では無いのだ。その事はセスが自己紹介と一緒に説明していた筈だが、アレン達には理解出来ていない様だ。


 痛い目を見させて無理矢理体に学習させても良いが、せっかく此処まで来たのだ。


(仕方ないな……。この手はあまり使いたくは無かったが、アイツの知識を借りるか)


 戦いの流れを途切れさせない様にしつつ、レイヴンは指示を出し始めた。


「バート! お前の立ち位置はもっと前だ! 盾持ちがそんなに後ろにいてどうする!リック! バートの巨体と盾に出来た死角を活かせ! 奇襲を行いたいなら気配を殺す事を忘れるな!シャーリーは一歩下がれ! 前衛と中衛を繋ぐ間合いを意識しろ! 槍のリーチを活かして広範囲に構えるんだ! アラン、アレン! 攻撃が単調過ぎる! 互いの武器の間合いをもっとよく考えろ! アッシュ、ユリ! 射線が開くまでぼうっと突っ立ったままで無く動け! 前衛と中衛が作った後方の空間を活かして射線を見つけろ!」


 立て続けに出された指示に不満の表情を浮かべながらも、アレン達は徐々に立ち位置を修正し始めた。

 すると、次第に攻撃のテンポが良くなり、無理な体勢からの攻撃が少なくなって来た。

 闇雲に攻撃しても無駄だと、少しは理解した様だ。


 しかし、アレン達の表情は暗い。

 先程までの威勢はすっかり影を潜めてしまっている。


 それもその筈だ。

 指示された動きに逆らおうとしても、目の前のエリスがそれを妨げる様に押し返してくるのだ。

 視線を合わせる事もせず、まるで初めから攻撃の軌道が分かっているかの様に簡単に弾かれてしまう。

 リックの奇襲を含め四人で同時に攻撃しても、それは変わらなかった。


(大分マシになったな。では、次だ……)


「あっ!」


 レイヴンは大きく跳躍して、バートの目の前に降り立った。


「陣形のど真ん中だ。さて、どうする?」


 魔物は予測のつかない動きをする。

 どんなに見事で強固な陣形を組んでいたとしても、崩される時は一瞬だ。


 ならばどうするのか?

 バラバラに戦っても勝ち目が無いのなら再び陣形を組み直すしか無い。反応が早ければ早いほど生存確率が高く、仲間の命を守る事にも繋がる。


「どうした? 早く体勢を立て直せ。魔物はこんな風に待ってはくれないぞ?」


 レイヴンはバートの持つ盾を斬りつけた。


(おっと、加減をしないとな)


 迂闊に盾を切断して仕舞わない様に慎重に繰り返す。

 堅い外皮を持つ魔物をバターの様に斬り裂くレイヴンにとって、人間が作った盾は紙切れも同然だ。


「う、うわぁーーー! 盾が壊れちゃうよ! だ、誰か早く来てよーーー!」


 良いガタイをしている割に情け無い声をしたバートが叫ぶ。


「くそ! 舐めるなぁ!!!」


 またも突撃してくるアレンを躱したレイヴンは、足をかけアレンを地面に転がした。

 アラン、シャーリー、リックも同様に攻撃して来て話にならない。


「お前達には学習能力は無いのか? その頭に詰まっている物は飾りか? 盾を活かせ! 盾持ちが時間を稼いでいる僅かの隙に前衛は即時後退! アッシュ! ユリ! ボサっとするな! 牽制射撃で前衛が合流し易い様に進路を作れ! リック! 機動力を活かしてさっさと後衛のカバーに行け! 実戦で回復役がやられたら全滅するぞ! 」


「くっ…!!!」


「前衛! いつまで寝ている! バートを見殺しにする気か? 盾の性能を過信するな! 人間の作った盾など魔物相手に長時間保たないと頭に叩き込んでおけ! シャーリーは中衛に合流だ! 槍のリーチを使って前衛が割り込む為の空間を確保しろ! 」


「さっきから偉そうに……! 何なのよ!」


 レイヴンは場所を変えながら同じ事を繰り返していく。

 魔物がいつも正面から襲って来るとは限らない。

 素早く状況に対応出来なければ、待っているのは死だ。


(ふむ。まあ、こんなものか。アイツの知識を借りて喋るのは疲れる)


 アレン達が陣形の再構築に慣れて来たのを確認すると、後ろへ飛び退いて大きく距離を取った。


「そ、それまで!」


 セスの終了の声にアレン達が地面に膝をつく。


 皆、息が上がってまともに立てないでいた。

 大量の汗を拭いもせずに、必死に呼吸を整えている。


 一方、当然ながらレイヴンの呼吸は全く乱れてはいない。

 美しいエリスの姿のまま、何事も無かったかの様に仁王立ちする様は絵になり過ぎていた。


「どうだ? Cランク一人に翻弄された感想は?」


「はぁはぁはぁ……ちくしょう!」


「本当はCランク冒険者じゃ無いんでしょ⁈ でなきゃ、こんなの……はぁはぁ、あ、あり得ない!」


「いいや。正真正銘Cランク冒険者だ。ちゃんと証明書もある」


 レイヴンは懐に入れてあった証明書を見せる。


「そんな……本当に……」


「……参った。降参よ……エリスの助言とやらをちゃんと聞けば良いんでしょ」


 正直に言って、レイヴンにはどうでも良かった。

 ただ、依頼として引き受けた以上、駆け出しの冒険者に目の前で死なれては目覚めが悪いと思っただけだ。

 これで少しはまともに戦えるだろう。


「その必要は無い。()()()()()()()()()()()


 レイヴンはそれだけ言うと、宿へは戻らず、街の方へ消えて行ってしまった。


「え⁈ ちょっと、エリスさん⁈ 」


 セスが追いかけようとしたが、仲間達を残して行く訳にもいかずにその場に留まった。


 残された者達は呆気にとられたまま黙り込んでいた。

 エリスの助言を受ける事に納得がいかないからこそ戦いを挑んだ。それなのに、終わってみればパーティーの欠点を矯正された挙句に、エリス一人に終始翻弄されっぱなしだった。


 駆け出しの彼等にとって、エリスの戦いは強烈過ぎた。

 個の力も数の有利も、何も役に立たなかったのだから当然だろう。しかもエリスは本気を出していない様子だった。

 勇んで突っ掛かって行ったアレンとシャーリーも、たった一人を相手に手も足も出なかった悔しさと情け無さに顔を歪めていた。


「……上には上が居ます。ランクが全てでは無いという良い教訓になったとは思いませんか? それに、見ていて感じたのですけれど、今までで一番良い動きでした」


 セスの言葉は真実ではあったが、今の彼等には到底受け入れ難かった。


 “今まで一番良い動き”


 そんな事は言われるまでも無い。

 実際に戦った皆は、痛いほど実感している。

 しかも、その動きを引き出したのはエリスだ。


 アレン達はパーティーでの戦闘に大きな課題を抱えていた。

 訓練を積み、個の力に自身を付けていく一方で、パーティーでの連携が上手く出来ずにいたのだ。


 エリスは初見でその事を看破し、戦闘をしながら修正して見せた。

 啖呵を切って突っかかっておきながら何も出来なかった自分達とは違う。

 口では勝手にしろと言っておきながら、しっかりと行動で助言をしてくれたのだ。


「強い……手も足も出なかった」


「でも、僕は戦い易かった! 今までこんな手応え感じた事ない!」


「わ、私も……少し怖い人だけど、言われた通りにしたら、いつもよりちゃんと周りが見えたの」


「くそお……俺もだ。認めるしか無いってのか」


「私達は弱い。だけど……泣き言を言っている暇は無いわ。私達には目標がある。この漆黒の翼に誓った目標が……!」


「ああ。シャーリーの言う通りだ。俺達は()()()に恩返しするまで死ぬ訳にはいかないんだ」


 皆それぞれ、腕に付けた腕章に手を当てる。


「ねえ、さっきの動きをもう一度やってみようよ! あの動き凄く良かったんだ! 」


「私もやりたい! 忘れない内にもう一度やりましょう!」


「俺も連携の確認をしておきたい。あの動きはきっと役に立つ」


「っしゃあ! やるか!」


「「「おおおーーーッ!!! 」」」


 次第に目の輝きを取り戻していくアレン達を見たセスは、一人で納得した表情を浮かべていた。


 実は助っ人が来ると聞かされて一番疑問を感じていたのはセスだった。

 土壇場になって部外者をパーティーに招き入れるなど、リーダーとして容認し難い事だ。

 いざとなれば適当な理由を付けてでも断るつもりでいた。

 それでも受け入れたのは、尊敬する依頼主からの強い要望があったからに過ぎない。


 だが、それは間違いでは無かった。

 エリスが来た事で、このパーティーは大きく成長しようとしている。

 あれだけの実力差を見せられても尚、前向きに試行錯誤をやろうとしているのだ。


「参ったな。僕もリーダーとしてしっかりしないと……」


 拳を強く握りしめたセスは、決意を新たにアレン達の元へ駆け寄った。


「僕とマリエもやるよ!」


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