小さな魔法使い
ミーシャと共にやって来たのは、パラダイムから東南に進んだ所にある拓かれた平野だ。
その中心には小さな集落がある。
周囲は頑丈な柵で覆われ、平地部分の大半が農地となっている。
側には澄んだ小川があり、子供達が釣りをして遊んでいた。
「ここか?」
「はい。私の生まれ故郷という訳では無いんですけど、両親がこの集落を気に入って移住して来たんですよ」
ミーシャの両親がわざわざ移住して来たというのも分かる気がする。
この集落は周りの森と比べて暖かく、魔物の気配が殆ど感じられないのだ。危険な地域の多い中、こういった場所があるのは珍しい。
手紙にはフローラという名の女魔法使いに会えとあった。集落の規模からして探すのは然程難しくは無いだろう。
子供達の横を通り過ぎ、細い畦道を歩いて行くと、二人の男女が此方に気付いて手を振って来た。
飛び跳ねながら手を振る様子は、見ていて此方が恥ずかしくなる程に大袈裟な物だった。
「「ミーシャちゃーーーーん!!!」」
(成る程。あれがミーシャの両親か)
騒ぎを聞きつけた住人達まで集まり始めた。
レイヴンは、あまり騒がしいのは苦手なのだが、以前よりは抵抗を感じなくなっていた。
「あは、あははは……ただいまです」
ミーシャは引き攣った表情で手を振り返している。
ミーシャの反応に大喜びした二人は、物凄い勢いで走って来るなり、ミーシャでは無くレイヴンの手を握って挨拶を始めた。
「まあまあまあまあ! ミーシャちゃんったら、久し振りに帰って来たと思ったら、男の人と一緒だなんて! 初めまして。ミーシャちゃんのママ、ミーナです! ねえ、貴方はミーシャちゃんの好い人なのかしら?」
「ちょっとママ! そんなに強く手を握る必要は無いだろう⁈ 初めまして。私はミーシャちゃんのパパ、アルバートです。失礼だが、ミーシャちゃんとはどういう関係なのかな? もしも……もしも! 私達の可愛い可愛いミーシャちゃんとお付き合いしたいのなら、この私を倒してからにしてもうよ!!! 言っておくが、私は精霊魔法使いだ! 簡単に倒せるとは思わない事だね!!!」
はっきり言って鬱陶しい。
ミーシャが騒がしいのは親譲りなのだと直ぐに分かった。
寧ろ、この二人と生活していて、ミーシャがこの程度で済んでいるのはある意味で凄い事だ。
(煩い……何だこの二人は……)
初対面とは思えない勢いで迫ってくる。
母親のミーナは魔物混じり。
ミーシャの赤茶色をした癖毛の髪はミーナから受け継いだ物の様だ。
長い髪を後ろで束ねているが、ミーシャと同じくあちこちクルクルとはねている。
父親のアルバートは、見た目だけはまともな印象だ。茶色の髪を短く刈り上げ、丸い眼鏡をかけている。
精霊魔法の使い手だそうだが、数ある魔法の使い手の中でも貴重な精霊魔法の使い手が、こんな片田舎に住んでいるとは驚きだ。
ミーシャに精霊魔法を教えたのもアルバートだろう。
強烈な二人だが、初めて会った時のミーシャを思い浮かべると納得出来るというものだ。
レイヴンが二人の勢いに戸惑っているとミーシャが間に割り込んで来た。
「ちーがーいーまーすー! 何勝手な事言ってるの⁈ この人はレイヴンさん! 此処には依頼で来たのっ!」
「あららららら……ママがっがり……」
「可哀想に……ミーシャちゃんは騙されているんだ! 私は騙されないぞ! 依頼のフリをして実はミーシャちゃんを……!」
「まあ! やっぱりそうなのね!」
「しつこい! 二人は黙ってて!」
「「はい……」」
ミーシャに怒られた二人が大人しくなった所で、レイヴンはようやく本題を切り出すタイミングを得た。
また喋り出されたら堪ったものではない。
「ミーシャの言った通りだ。此処には人を探しに来た。手紙に書かれていたフローラという名の女魔法使いを知っているか?」
「ミーシャちゃんを呼び捨て……⁈ 」
「パパ!」
「はい……」
動揺したアルバートをミーシャが一喝して黙らせた。
この親子の力関係がなんとなく見えて来た気がする。
「怒ったミーシャちゃんも可愛いわね、パパ」
「ママの若い頃にそっくりだよ」
「いい加減にしてよ、もう!」
(騒がしい……)
レイヴンは謎の頭痛に頭を抱えながら、もう一度聞いて見る事にした。
「フローラという女魔法使いを探している。居場所を知っていたら教えてくれ」
「フローラちゃんならお隣さんだから案内してあげる。さあ、行くわよパパ!ミーシャちゃんも一緒に行きましょう!」
「……」
案内された先には、今にも崩れそうな小屋があった。
屋根には草が生え、壁には草木の蔓が巻き付いている。辛うじて原型を留めている扉の取っ手も錆が酷く、暫く人が触った様子は無い。
ミーナは扉をノックしてフローラを呼ぶ。
「フローラちゃーん! お客さんですよ〜。えっと……」
「レイヴンだ」
「レイヴンちゃんが来てますよ〜!」
(レイヴン……ちゃん……?)
暫くすると、錆び付いた甲高い音を立てて扉が開いた。
だが、中からは誰も出て来る様子は無い。
(用心深い奴なのか?)
また暫くすると、今度は小屋の中からパタパタと何かが飛んでくる音が聞こえて来た。
(鳥?)
中から出て来たのはフクロウ。
首には小さな蝶ネクタイがつけられていた。
「まあ! 今日はフクロウさんに変身してるの?」
「変身? このフクロウがフローラなのか?」
魔法というのは何でもアリかと思っていると、アルバートが呆れた顔でサラに言った。
「ママ……。それは本物のフクロウだよ」
「あら? 私はてっきり……」
(……)
『待ってたわ。中へ入って頂戴。ミーナとアルバートは来なくて良いから』
「「えっ⁉︎ 」」
(フクロウが、というより鳥が喋った……)
「レイヴンさん、あのフクロウは使い魔ですよ。魔法で声を伝えてるんです」
「成る程。よく知っていたな」
「それは、まあ……」
「はっはっは! 私がミーシャちゃんに教えてあげたんだ。知っていて当然だよレイヴンちゃん!」
「……」
いい加減面倒になったレイヴンは、誇らし気に胸を張って主張するアルバートを無視して小屋の中へと入って行った。
仲が良いのはもう十分に理解した。
これ以上ペースを乱されるのは御免だ。
「ふっ……戦わずして勝ってしまった様だ」
「流石ねパパ!」
「ミーシャちゃんとママは私が守るよ」
「パパ……」
「ママ!」
後ろからよく分からない会話が聞こえてくるが、一々相手にしていられない。
追って来たミーシャがレイヴンの隣でため息を吐いたところで、小屋の扉が閉まった。
小屋の中には何も無い。
あるのはテーブルに置かれたランプが一つだけだ。
朽ちた木の匂いと湿気のせいで少々不快だが、特別変わったところは見られない。
『そのランプを持ったら、私が良いと言うまで目を閉じていて』
いつの間にかミーシャの頭の上に乗っていたフクロウは、それだけ伝えると霧の様に姿を消した。
言われた通りにランプを持ったレイヴンは目を閉じ、辺りの気配を探る。
フクロウから聞こえたフローラの声には敵意は無かった。しかし、レイヴンはどうにも魔法使いという存在が信用出来ないでいた。
別に何かされた訳では無い。ただ、魔法使いという人種は何を考えているのか分からない奴が多い。用心に越した事は無いのだ。
(特に変化は無い様だが、それにしても随分待たせるな)
「レ、レイヴンさん居ますか?」
「ああ。隣にいる」
ミーシャが不安そうな声でレイヴンを探しているのが見えた。
「まだ、なんですかね? 私、暗くて狭い所はどうも……ひゃっ! なななななななななな何ですか⁈ 」
「クレアにこうしてやると落ち着いたんだ。だから同じ様にしてみただけだ」
レイヴンはミーシャの肩を抱き寄せ、落ち着かせる様に軽くさすってやる。
「どうだ? 少しは落ち着いたか?」
「ど、どどどどどどどどどうと言われましても⁉︎ おおおおおおおおお! お、落ち着きまし、っしゃあーーーー!!!」
(しゃあ?)
「そうか。なら、良かった」
「は、はひ!」
ミーシャの肩を抱いたまま時間が過ぎて行く。
痺れを切らしたレイヴンが目を開けようかと思った矢先、ようやくフローラの声がした。
『お待たせ。もう目を開けて良いわ』
「……?」
暗い小屋の中だった筈の狭い空間は、広い屋敷の中庭へと変化していた。
暖かい風が吹き抜ける中庭には大きな噴水まである。
「何ですかこれ⁉︎ これも魔法ですか?」
「らしいな」
中央でもあまり見ない様な贅を凝らした調度品の数々。
これだけの品を集めるとなるとフローラという魔法使いは相当稼いでいるらしい。
「何処だ? 姿を見せろ」
『中に入って来て。二階へ上がって、通路の突き当りが私の部屋だから』
「……」
「レイヴンさん……」
「行くぞ。俺から離れるな」
「は、はい!」
足が沈む程の柔らかな絨毯の敷かれた廊下を歩き、フローラの部屋の前に立ったレイヴン達は、静かにドアをノックした。
「開いてるわよ」
フローラの了解を得てドアを開こうとしたが、僅かに開いただけでビクともしない。
「おい。開かないぞ」
「え? ああ、ちょっと散らかってるからもう少し強く押してみて」
「……?」
ドアを壊してしまわない程度に力を込め、ゆっくりとドアを押して行く。
「うわぁ……」
隙間から顔を覗かせたミーシャが思わず言葉を失った。
(何なんだ……)
ドアの向こうにはうず高く積まれた本の山があった。
天井まで積まれた本がドアを開けた振動でゆらゆらと揺れている。
本の隙間から微かに覗く窓の外の光だけが、奥に僅かばかりの空間がある事を教えてくれる。
(部屋の外とは大違いだな)
「その辺に隙間があるから入って来て。今、手が離せないの」
(隙間?)
辺りを見回しても見えるのは本の山だけ。
何処にも隙間など見えない。
「レイヴンさん、アレじゃないですか?」
ミーシャが指差した先はレイヴンの足元だ。
そこにはギリギリ人が通れるくらいの大きさの穴があった。
「はあ……。仕方ない。行くぞ」
「これ凄いですよ。本が絶妙なバランスで穴を作ってます……触ったら崩れそう……」
ゆっくりと地面を這う様に進んでいくと、ようやく立ち上がれそうな空間が現れた。
豪華な装飾の彫られた机の上に声の主はいた。
「貴方がレイヴンね。初めまして。私がフローラよ」
机の上で胡座をかいて座っていたのは小さな女の子だった。
「何? 小人族がそんなに珍しい?」
「小人族?」
レイヴンは、フローラの頭を撫でようと手を伸ばすミーシャの腕を掴んで次の言葉を待った。




