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マクスヴェルトの依頼

新章始まります。

宜しくお願いします!

 ーーー冒険者の街パラダイム


 魔物の大群に襲われた後、目覚ましい速度で復興を遂げた街は、以前よりも活気で溢れていた。

 街の路地裏に居た魔物混じり達も今では堂々と大通りを歩いている。


 商店の並んでいた広間もすっかり元通りになって、住人や冒険者で賑わっていた。一つ変わったのは、以前よりも食料品を売っている店が多い事だ。それに合わせて店の従業員の中にも魔物混じり達の姿がチラホラと見受けられる。

 これは今まで遠慮して買い物に来なかった魔物混じり、はぐれ者といった者達が増えたからだろう。全てが上手くいくなんていうのは難しい。けれども、この街の魔物混じり達を見ていると、互いが歩み寄ろうとしているのが分かる。


「前に来た時より皆さん随分明るいですね」


「ああ。組合へ行くぞ」


「あ、待って下さいよ!」


 素材の詰まった大きな袋を担いだレイヴンに気付いた住民が声をかけて来たりもしたが、気にせず真っ直ぐに組合を目指して歩いた。

 好奇の視線や、侮蔑の言葉が無いのが返って余計にむず痒い。


「無視しちゃって良いんですか? 皆さん結構好意的な感じでしたけど……」


「そうだな」


「少しくらい話をしても良いと思うんですけど?」


「換金が先だ」


「はあ……レイヴンさんは相変わらずですね」


 半壊していた組合も今では……と思ったのだが、何故か半壊したままだった。

 正面入り口に立っている衛兵に声をかけ、裏口にある監禁所への口利きを頼む。


「素材を換金したい。いつもの男はいるか?」


「ん? あ、あんたは⁉︎ 男は居るが、裏口はもう閉鎖されたんだ」


「どういう事だ?だったら魔物混じりは何処で換金すれば良い?」


「勿論、組合でだよ。モーガンさんが正式に組合長になってからは、魔物混じりも正面から普通に入れいる様になったんだ。換金も普通の冒険者と同じ。依頼の内容も同じだ。これもあんたのおかげさ、レイヴン」


「そ、そうか……」


 モーガンはかなり精力的に改革を行なっているらしい。

 魔物混じりに対する意識がそう簡単に変わるとも思えないが、少しはマシな方向へ向かっていると言う事だろうか。いずれも歓迎すべき変化だ。なのに違和感を感じてしまっているのは、知らず知らずの内にレイヴン自身も魔物混じりが受ける迫害を当たり前の様に考えてしまっていたからなのかもしれない。

 街の住民達が変わって行くように、レイヴンも変わって行く必要がある。それは分かるのだが、どうにも一朝一夕という訳にはいかない。



 正面から中に入ると、いつもの男が駆け寄って来た。


「久しぶりじゃないかレイヴン! 俺か? 聞いてくれよ! 実は鑑定係の責任者を任されてな。今じゃ真っ当な相場と適正な価格を守る立場さ」


 どうやらモーガンは思い切った選択をした様だ。

 確かにこの男の鑑定眼と知識は大したものだ。しかし、今まで長い間不正な価格で小銭を稼いでいた男を責任者にするとは、些か大胆過ぎる気もする。


「レイヴンの考えてる事は分かるよ。小遣い稼ぎはどうした? って顔だもんな」


「……」


「人間不思議なもんでな、真っ当な評価と報酬を貰ってると余計な事は考えなくなる物なんだよ。今じゃ小遣い稼ぎが必要無い位には満足してるんだ」


 真っ当な評価と報酬。

 言うのは簡単だが、それを望む側と与える側の意識の差を埋めるのは難しい。

 モーガンは意外な目を持っていたようだ。


「そうか。なら、換金を頼む」


「ああ。任せてくれ。適正価格ってやつで請け負うよ。それにしても相変わらず凄い量だな。少し時間がかかるぜ?」


「ああ。なるべく早く頼む」


「あいよ。おい!誰か運ぶのを手伝ってくれ!」


 換金を任せたレイヴン達は組合の待合室の椅子に座って待つ事にした。

 こうして組合の内部をじっくりと見るのは初めてだ。


 採取系の依頼も討伐系の依頼も豊富にある。

 何より目を引いたのはパーティー募集の掲示板だ。


 これまでは魔物混じりを大々的に募集する事は無かった。直接声をかけたり、誰かの紹介だったりが主流だった。けれど、掲示板には種族、性別、魔物混じり不問の文字が並んでいる。中には魔物混じりがリーダーを務めるパーティーもあった。


(結構な事だ。しかし……)


 レイヴンの頭にあったのは、魔物堕ちのリスクだ。

 誰がいつ、何処で魔物堕ちするか分からない。こればかりは起こって見なければどうしようもないのだ。

 全員が魔物堕ちする訳では無いにしても、安易に構えていると手に負えない事態になり兼ねない。かと言って事前に打てる対策は驚く程少ない。

 皮肉な事に、普通の人間と魔物混じりが一定の距離を保っていた以前の方が安全だった気がしてしまう。


「レイヴン殿、お久しぶりです。ミーシャ殿も」


「モーガンか……」


「モーガンさんお久しぶりです!」


 待合室に現れたモーガンは少し痩せた様な気がする。

 街の復興の為に無茶をしたのだろう。


「随分な変わり様だな……街も人も……」


「ええ。貴方のおかげですよ」


「?」


「レイヴン殿の活躍を見た者達の魔物混じりに対する意識は、概ね良好と言っても差し支え無い程に変わりました。しかし、新たな問題も……」


 モーガンは額の汗を拭い気まずそうな表情を浮かべた。


「問題? 街の人達は前よりもっと明るくなったと思いますけど? 何が問題なんですか?」


「それは、その……」


 モーガンが言い難そうにしている事くらい察しがつく。


「魔物混じりが増え過ぎた。だろ?」


「……流石、ですね。お見通しですか……」


「どういう事ですか?」


「では、此方へ……。報酬は後程お渡ししますので」


 レイヴン達を連れて執務室へ移動したモーガンは、パラダイムに起こっている事態を説明し始めた。


 話の内容はレイヴンが想像した通り、魔物堕ちに対する危惧だった。


 偏見が薄れるにつれ、移住してくる魔物混じりが増えた。

 それは良いのだ。

 問題は魔物堕ちしてしまった者が現れた時の対処だとモーガンは語った。


「そんな……。でも、それはどうしようも……」


「ええ。分かっています。しかし、我々としては対応策を練っておかねばならないのです。魔物堕ちした者の力は私達だけでは抑えられません。かと言って、放っておく訳にも……。私達は苦肉の策として、この街に住む魔物混じり達に同意書に署名を求めました。万が一の時は討伐対象になる事への同意書です。兆候が見られた場合には街から出て行ってもらう事も同意書に書かれています」


 重苦しい空気の中、レイヴンが重たい口を開いた。


「それはそうだろうな。だが、残念ながらどうにもならない。お前達が今騒いでいる問題は、この街が変わるずっと以前からあった。それが目に見える形で表面化しただけに過ぎない。お前が苦心しているのも、同意書を仕方なく用意しただろう事も察するが、対策も何も、その時が来たなら速やかに対処するしか無い。共存を選んだのなら覚悟を決める事だ」


「そんな言い方……レイヴンさんの力でどうにか出来ないんですか?」


 レイヴンの持つ魔剣の力があれば、魔物堕ちした者達を元に戻す事が出来る。

 しかし、レイヴンは力を使うことに躊躇いを覚えていた。


「ミーシャ、俺は助けられるなら助けるというだけで、いつ起こるかも知れない事まではどうにも出来ない。今までは状況がそれを可能にしていただけだ。魔物混じりは世界中にいる。この街だけの問題じゃない」


「……そうですけど」


 ミーシャは表情を変えずに話すレイヴンの拳が強く握られている事に気付き、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 自らを犠牲にしてでも手を伸ばし続けるレイヴンが、何も感じていない筈が無いのだ。


「魔物堕ちは避けられない。これは事実だ」


「やはりそうですか……。分かっていたつもりだったのですが、どうしてもレイヴン殿の意見を伺ってみたかったのです。お許し頂きたい……」


 詫びるモーガンの表情もまた悲痛な物だった。

 統治を預かる者として解決策を探していたのだと思うと責める事は出来ない。




 報酬を受け取ったレイヴンは冒険者組合を出ると、足早にパラダイムを去った。


 冒険者組合を出てからのレイヴンはいつにも増して無口だった。

 ミーシャが話しかけようにもタイミングが掴めない。


 どれくらい歩いただろうか。

 レイヴンは立ち止まると、唐突に自分の顔を殴った。


「ふぅ……すまん……」


「レイヴンさん……」


『どんなに力があっても、どんなに願っても、どうにもならない現実というのはある』


 自分で言った言葉が突き刺さる。

 魔剣の力を使っても救えるのは手の届く範囲だけ。それは分かりきっている事だし、自分は神では無い。

 出来る事を出来る時に全力でやるしか無いのだ。

 けれど、諦めた訳では無い。

 レイヴンは一つの可能性を思い描きつつ、気持ちを切り替える事にした。


「ミーシャ、先を急ごう。案内してくれ」


「はい!」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 中央冒険者組合の一室。

 帰って来たリヴェリアを待ち構えていたのは元老院の爺共では無く、腕を組み額に青筋を浮かべたユキノとフィオナだった。


 二人がいない間、碌に掃除もせずお菓子を食べ散らかしていたのがバレた。

 小さな少女の姿に戻ったリヴェリアの髪はボサボサで、あちこちに酷い寝癖がついている有様。言い訳は通用しそうに無い。


「お嬢……私達に言う事がありますよね?」


「うっ……た、ただいま?」


「はあ?」


 ユキノの蔑むような視線が突き刺さる。

 焦ったリヴェリアは疲れた頭を必死に回転させて正解を探る。


「ち、違ッ! 違うのだ! お、お帰り……?」


「フィオナ……」


「ええ、勿論」


 二人に両腕を掴まれたリヴェリアは抵抗する間もなく部屋の外へと引き摺られて行った。

 必死に弁明を続けるリヴェリアの声が虚しく響く。


「何日お風呂に入って無いんですか! 髪もボサボサだし!」


「部屋の掃除くらい私達が居なくてもやって下さい! ほら! 早く服を脱いで!」


「う、うわあ! こんな所でか⁈ 皆が見ておるではないか⁈ 」


「恥ずかしがってる場合ですか!」


「そんなだらしない格好でうろつかれる方が恥ずかしいです!」


「ぬぐぐ……おお! ライオネット! 丁度良いところに! 助けてくれなのだ!」


「あはは、楽しそうですね。お帰りなさいお嬢。では……」


「薄情者めーーー!!!」



 リヴェリアの執務室に入ったライオネットは珍しい来客がソファーで紅茶を飲んでいるのを見て目を丸くした。


「ほっほっほ。賑やかじゃのぅ」


「これは、賢者マクスヴェルト殿。いらしてたんですね」


「たまには外出せんとな」


 マクスヴェルトは滅多に出歩かない。

 そんな人物がリヴェリアを訪ねて来るには余程の理由がある筈だ。


「……今日はどういったご用件でしょう?」


「何、ちと案内役を一人貸して貰おうと思っての」


「案内役? 失礼ですが、お嬢には?」


「まだじゃ。儂から直接話す。暫く待たせてもらうぞ」


「分かりました。では、紅茶のおかわりを持って来ましょう」


 部屋から出たライオネットはため息を吐く。

 リヴェリアがマクスヴェルトと共に何処かへ出かけていたのは想像が付いている。

 それを何も言わないとは、また厄介な問題に首を突っ込んでいたに違いない。

 おそらくはレイヴン絡み。

 レイヴンが関わると必ず何か起こる。

 南の大陸へ一人向かったレイヴンが何も問題を起こさない筈が無い。


「さてさて、ここは知らないフリをするのが正解ですかね……」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 すっかり身綺麗になったリヴェリアは、自分の椅子に座るなり頬を膨らませ反抗の意思を示していた。


 遊んでいた訳では無いのだという弁明虚しくされるがままになってしまった。

 当然、ユキノとフィオナにはそんな事は御構い無しだ。

 今もリヴェリアの髪を弄って楽しそうにしている。


「それで? 案内役を一人貸せとはどういう事なのだ?」


 不機嫌なリヴェリアを見て内心笑いを堪えていたマクスヴェルトは努めて冷静な賢者を演じる事に徹していた。

 楽な少年の姿でも良いのだが、老人の姿の方が何かと都合が良い。


「レイヴンへ匿名の依頼があったと報告があっての。特に問題という訳では無いのじゃが、今回はちといつもとは勝手が違う。そこで、探索能力に優れ、日常生活に支障が無い程度の常識を持った者を一人派遣して貰いたい。戦闘能力は低くても良い。目的地は風鳴のダンジョンじゃ」


「風鳴? 確かあそこは管理指定されていた筈だ。棲息しているのもAランク程度の魔物ばかりだ。案内役が居なくとも、特に問題は無いと思うが?」


「保険じゃよ。その者には身分を隠し、依頼主が集めた討伐隊のサポーターとして潜入して貰う。案内役というのは万が一の場合のみじゃ」


 リヴェリアは目を瞑り思考を巡らせる。

 念の為とは言うが、マクスヴェルトが手を回す程の案件とは思えない。


 管理指定ダンジョンであれば、リヴェリアの方が手を回し易いのは明らかだ。何を企んでいるのか知らないが、リヴェリアが手を回す手間が省けるのなら断る理由は無い。

 詳細は後で聞けば良いだろう。


「まぁ、良かろう。ロイを呼んで来てくれ」


「ロイ? ああ、確かに彼なら打って付けですね。直ぐに呼んできます」


 ライオネットが部屋を出たのを見送ったマクスヴェルトはロイという人物について尋ねた。


「ロイというのは? 初めて聞く名じゃが……」


「お前の希望通りの奴だ。私の部下の中でも存在感の薄い奴だ。まあ、能力は私が保証しよう」


「?」


 戻って来たライオネットに案内されて入って来たロイは大きめの帽子にマスク姿というおかしな格好だった。

 やる気が無いのか、眠たいのか。半分だけ開かれた目には力が無い。


「そんなに緊張しなくとも良い。ロイ、お前に仕事がある。詳しくはマクスヴェルトから聞いてくれ」


「……」


 無言で頷くロイの姿に不安が過ぎる。


「リヴェリア……本当に大丈夫なんじゃろうな?」


「……」


「本人も大丈夫だと言っているので問題あるまい」


「本人? 何も喋っておらぬが……」


「……」


「うむ。しっかりと頼むぞ」


「何と言ったのじゃ?」


「何も言っていないぞ? ロイの手を見てみろ」


「手?」


 ロイの手には小さな手帳が握られていた。

 まさかと思って見ていると、ロイの手が高速で何かを書いた。


 手帳には綺麗な文字で『宜しくお願いします』と書かれていた。


「ロイは極度のあがり症でな。人前に出ると声が出せなくなるらしくて、何も喋らなくなるのだ」


「……まあ、良い。では、宜しく頼むとするかの」


 少々不安だが、リヴェリアの推薦であれば問題無いだろう。


 マクスヴェルトはロイを伴ってリヴェリアの部屋を出た。


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