指名の依頼。やって来たレイヴン係。
「レイヴン、何やってるんだ?」
「使えそうな魔物の素材を集めている」
レイヴンはリアム達が復興に向けた準備を行っている最中、ずっと焼け野原となった場所を歩き回っていた。
炎の魔法で燃やし尽くした所為で使える素材は少ない。それでも中には耐火性の素材も幾つか見つける事が出来た。
依頼を受けていない今、少しでも稼ぎの足しにしなければならない。
「金が必要なのでな」
「え? でも、レイヴンの強さがあれば報酬の良い依頼なんて幾らでもあるだろう? 何もそんな事しなくったって……」
王家直轄冒険者と言えば、最高の実力と名声を兼ね備えた冒険者だ。こんな焼け野原でSランクの魔物の素材を漁らなくとも、依頼料だけで相当な額が稼げる筈だ。
そこまで考えたリアムはマクスヴェルトの言った言葉を思い出した。
「もしかして、本当にCランク冒険者なのか?」
「そうだが?」
「いや、そうだが?って……」
あれだけの力を持ち、王家直轄冒険者の肩書きを持つレイヴンがCランク冒険者である意味が分からない。
最初に聞いた時も冗談で言っている物とばかり思っていた。それに、あの常識はずれの凄まじい戦闘を見た後で一体誰が信じると言うのか。
しかし、レイヴン本人がそう言うのなら真実なのだろう。
「どうしてCランク冒険者をやっているのか聞いても?」
「そんな事を聞いても何も面白く無いぞ」
レイヴンがCランク冒険者である理由は簡単だ。
“パーティーを組む事に抵抗があるから”
ずっと一人で生きてきたレイヴンにとって、誰かに合せて共闘するという戦闘スタイルは、寧ろ煩わしい物となっていた。それは、仲間と呼べる者達が出来た今でも変わらない。
唯一、誘いがあるとすれば“ 魔物混じりの囮役”
パーティーメンバーの先頭に立ち、魔物を引きつけ、或いは文字通りの餌となる役割だ。だが、そんな事は御構い無しに、もいつも単独先行で魔物を倒して来た。
大怪我を繰り返しながらも、どうにか生き延びている内に一人でも問題なく戦える様になった。と、なればレイヴンにとってパーティーで戦う意味は無い。かと言って、上のランクに上がれば囮役の誘いが多くなり鬱陶しい。
リアムの様に魔物混じりを快く仲間に加える事が出来る者が増えれば、そんな煩わしさを感じなくても済むだろうが、最終的に報酬の取り分が減ってしまっては意味が無い。それならば、一人で数をこなす方が遥かに効率が良い。
「いや、無理に聞こうって言うんじゃ無いんだ。あんなに強いのにどうしてなのか気になったんだ」
「そうか。だが、俺にとって都合が良いというだけの事だ」
「そんなものなのか……。そうだ、俺も素材集め手伝うよ。少しは礼がしたいし」
「助かる……」
「へへっ、お安い御用さ」
日が暮れ始め、辺りが暗くなり始めた頃。
リアムが街へ戻った後もレイヴンは一人で素材集めを続けていた。
さすがにそろそろ切り上げるかと思っていると、聞き覚えのある声が空から聞こえて来た。
「くるっぽー!」
「レイヴンさーん!」
(ミーシャ……? )
一体何の用だろうか? マクスヴェルトに預けた魔核の換金にはまだ時間がかかる筈だ。
大きく手を振りながらやって来たミーシャは、レイヴンの前に立つと慣れない様子で姿勢を正した。
おろし立ての真新しい制服にはリヴェリア直属の部下である証が描かれていた。
「レイヴンさん係のお仕事で来ました! 見てくださいよ、私専用の制服が出来たんですよ! ひらひらしてて可愛いと思いませんか?」
(係?)
「あれ? その顔はもしかして忘れてますね?」
「……何をだ?」
「私、中央郵便局員をクビにされて、リヴェリアちゃんからレイヴンさん係に任命されたんですけど……。ほら、ドワーフの街で最初に私が来た時ですよ」
そう言えばそんな事もあったな。などと思っていると、ミーシャは一通の手紙を差し出して来た。
差出人はリアーナだ。
(前回からまだいくらも経っていない……何かあったのか?)
レイヴンは内心穏やかでは無かったが、ミーシャに悟られない様にゆっくりと手紙を開封した。
(良かった。何かあった訳では無いのだな)
手紙の内容は助けを求めての物では無かった事に安堵したレイヴンは、手紙を読み進めていった。
(これは……?)
手紙にはレイヴンがキッドに贈った剣のお礼が、下手くそな文字で書かれていた。
おそらくキッドが書いたのだろう。何度も訂正された跡が残る文面からは、まだ覚えたばかりで慣れない文字を必死になって書いているキッドと、隣で文字を教えているリアーナの様子が浮かんで来る様だ。
手紙には毎日リアーナの手伝いをしながら剣の練習をしているキッドの様子が事細かく書かれていた。
どうやら、言い付けをきちんと守っているらしい。
(ふふ……しっかりと練習している様だな)
手紙にはもう一つ、親切な魔法使いのお爺さんが魔除けの結界を張ってくれたとある。
お礼にミートボールパスタをご馳走したとも……。
(ん? そうか、そういう事か……)
謎が一つ解けた。
親切な魔法使いのお爺さんとは多分、マクスヴェルトの事だ。
どうしてミートボールパスタが好物なのを知っているのかと思っていたら、リアーナの所で聞いて知っていたのだ。
回復薬をわざわざミートボールパスタ味にした意味がようやく分かった。
(マクスヴェルトめ……)
「ほえー……」
「何だ?」
手紙を仕舞おうとしていたらミーシャが下から覗き込んでいた。
「いやあ、なんて言うか、やっぱりレイヴンさんって、よく見ると意外と表情変わりますよね」
「……」
失礼な……。
仏頂面は自覚しているが、無表情になった覚えは無い。
「あ! ご、ごめんなさい! 」
「別に良い。それで、用件はこれだけか?」
「ふっふっふっ……。よくぞ聞いてくれました!」
「くるっぽ!」
聞いてくれたも何も、それがミーシャの仕事なのだろうと思っていたし、郵便局員だった頃とやっている事は同じではないかとも思ったのだが、何やら熱の入った様子なのでそのまま言わないで置く事にした。
ミーシャが騒がしくしていると周囲が明るくて良い。
「じゃじゃーーーーん!!! レイヴンさんへの依頼のお手紙です! 」
「……」
「あれ? 嬉しくなさそうですね? レイヴンさんご指名の依頼ですよ?」
(やはり同じだな……)
そんな事は一先ず置いておいて、手紙の内容を聞く事にした。
「指名とはどういう事だ? 俺はCランク冒険者だぞ? そんな奴に一体何故?」
「さあ? 私も組合の人から手紙を預かって来ただけなので。あ、でも、なんだか急ぎみたいですよ?」
「急ぎ?」
「はい。中央に戻ると同時に呼び出されて、『大事な手紙だから大至急届けてくれ』って。せっかくクレアちゃんと一緒にご飯食べようと思っていたのにガッカリです!」
「……」
大至急とは穏やかでは無い。
けれど、差出人の名前が書かれていないのは変だ。
Cランク冒険者に頼みたい急ぎの依頼という時点で胡散臭い。何か裏があるのは分かり切っている。
取り敢えず手紙の内容を確認してみる事にしたレイヴンは封を切る。
「これは……」
「まさか、また危ない事に……?」
「くるっぽ……?」
ミーシャも手紙の内容がただ事では無いと察したのかツバメちゃんと一緒に心配そうにしていた。
「ただの討伐依頼だ。しかし……」
「?」
手紙にはこう書かれていた。
『先ず、突然の報せになった事を詫びる。
そして、手紙で私の名を開かせぬ事をどうか許して欲しい。
さて、本題だが、目的地は南東地域にある管理指定ダンジョンの一つ “風鳴のダンジョン” だ。
知っての通り、風鳴きのダンジョンには精々がAランク程度までの魔物しか生息していない。
しかし、ダンジョン内部は屈指の迷宮と呼ばれ、貴重な宝も多く発見されている場所だ。
君には退屈な仕事かもしれない。が、是非とも討伐隊に加わって貰いたい。
申し訳ないが我々には王家直轄冒険者である君に支払えるだけの報酬は、とても用意出来ない。
そこで、君には討伐隊が地上に戻るまでの期間、このダンジョン内部の探索の権利と、君が見つけた宝の所有権を与えるものとする。
どうだろうか? 悪い話では無いと思う。
討伐隊に参加する気があるなら、同封したカードに書かれている場所で待っている、フローラという名の女魔法使いから詳細を聞いて欲しい。
そして、討伐隊に参加するにあたって、一つだけ条件がある。
“決して本名と身分を明かさぬ事”
因みに、これは中央冒険者組合経由の正式な依頼だ。
当然、王家からは君へ直接依頼を出す許可を得ている。
追伸
種は日々成長している。
私達は君が来てくれる事を心待ちにしているよ』
(種?種とは何だ?)
手紙の内容は理解したが、わざわざ王家から許可を取ってまで指名した割には“名を名乗るな”というのが引っかかる。
それに、管理指定ダンジョンに討伐隊を送る意味が分からない。
管理指定ダンジョンとは、中央冒険者組合が直接管理しているダンジョンの事だ。
通常のダンジョンとは異なり、内部への進入と探索に冒険者組合の許可が必要となる。手紙にも書かれていたように、精々がAランク程度の魔物しか生息していない事は既に調査済み。
内部は他のダンジョンに比べ、相当入り組んでいるという話は聞いた事がある。だとすれば、本当の依頼内容はダンジョン内部の未踏領域調査であると考えられる。
「なんだか怪しくないですか? 王家の許可を得られるのに、報酬が用意出来ないだなんて不自然ですよ」
「勝手に読むな……」
「何言ってるんですか! レイヴンさん、放っておいたら直ぐに危険な事に巻き込まれるんですからね! ちゃんと私がチェックしないといけません!」
「必要無い」
「駄目ですよ! 私はレイヴンさん係なんですから! 監視役も兼ねてます!」
実に面倒な事になった。
レイヴン係とは、ただ手紙を届けるだけでは無いらしい。
危険と言ってもAランク程度の魔物しかいないダンジョンであれば、何の問題も無いとは思う。
それに、何か裏があるのなら報酬の額を吊り上げるか、最低でも払える金額を提示して来るだろう。手の込んだ嫌がらせとも考えられなくは無いが、王家という言葉を使い、中央冒険者組合が仲介しているとなれば、その可能性は低いとも考えられる。
どちらにしても胡散臭い事に変わりないが、興味はある。
(確か、カードに書かれた場所へ行けと書いてあったな……)
レイヴンは同封されていたカードとやらを調べてみた。この手の魔具には詳しくない。戦闘に使う様な物では無いようだが、使い方が分からない。
「それ、魔法式のメッセージカードですね」
「魔法式? メッセージカード? 何だそれは?」
「知らないんですか? 誕生日やお祝い、プレゼントなんかによく使われる便利な魔具の事で、簡単な音声や画像なら保存しておく事が出来るんですよ。ほら、そこに模様があるでしょう? 触れてみてください」
ミーシャに言われるがまま、レイヴンは小さな花が描かれた箇所に触れる。
しばらくすると、カード全体が淡く光始めた。
「ほう……」
思わず感嘆の声を上げたレイヴンは目の前に映し出された景色に目を奪われた。
そこには一面に咲き誇る小さく可愛らしい花が太陽の光に照らされていた。
花は良い。
見ているだけで心が落ち着く。
「あれ? 此処って……」
「見覚えのある場所か?」
「だと、思うんですけど……んー……。あ、メッセージの再生が始まりますよ」
『もしもーし! 聞こえますかー? あれ? おかしいわね……』
『ちょっと、ママ。これはメッセージカードだよ? 返事は聞こえないんだ。ほら、早く早く!』
『ええっ⁈ あら、やだ! もう!パパったらもっと早く教えてよ!』
『ごめんごめん! ほら、早くしないとカードの記録が終わっちゃうから』
『あ! 今、二回言った! ごめんって思っていないんでしょう⁉︎ 』
『ママ……悪かったよ。お願いだから早く用件を……』
(ん? このやり取りは何処かで……)
『パパの愛が足りない……』
『ママ……僕が愛してるのはママとミーシャちゃんだけだよ』
『……パパ!』
『ママ!』
(ミーシャ?)
何やら感情の昂ぶった二人の声はブツリと途絶えてしまった。
結局このカードは何の為にあったのかよく分からない。幸い大まかな地図がカードに記されている。これを頼りに行ってみるしか無いだろう。
他に手掛かりがあるとすれば、会話の最後にミーシャの名前が出てきた事くらいだ。
レイヴンの知る限りミーシャという名前の人物は、カードの光に照らされ、耳まで真っ赤に染まった顔を手で覆い隠しているミーシャしか知らない。
「なあ……」
「何も言わないでください!」
「……さっきのは、もしかしてお前の両親か?」
「ぃいやぁあああああああ!!!!!! !!!」
激しく動揺したミーシャが地面をのたうち回る様は、まるで地上に打ち上げられたワーム系の魔物の様だった。
ツバメちゃんが羽でミーシャを宥めているのが少し面白い。
とにかくこれで確信が持てた。
地図はあるが、ミーシャの案内があれば迷わずに辿り着けるだろう。
レイヴンは考えを纏めると、もう一度カードに描かれた小さな花に触れた。
『もしもーし! 聞こえますかー? あれ? おかしいわね……』
「やめてえええええええ!!!!!!!!!!!!!!」
「く、くるっぽ! くるっぽーーーーーー!!!」
(ふむ。魔法のカードか、便利だな……)