マクスヴェルトの疑問
戦いが終わり、マクスヴェルトから事の発端と顛末に至るまでの経緯を聞かされたリアム達の表情は暗かった。
それはそうだ、まさか数年もの間、自分達が半死半生の状態で森の中に囚われていたとは思いもよらなかっただろう。真実を告げられても、そう簡単に受け入れられる物では無い。
意気消沈してしまった仲間達に代わり、リアムが口を開いた。
「じゃあ、俺達は何度も死んで……?」
「うーん、実際に何度も死んだ訳じゃ無いよ。ただ、この魔術は幻覚と現実、両方の性質を持つ変わった物でね。術に囚われていた間の記憶は基本的に停滞したままなんだけれど、リアム達は自由に思考する事が可能だった。レイヴンや僕達との記憶が残っているのも、それが原因だと思う」
「幻覚と現実? すまない。魔術についてはよく分からないんだ」
「もし、この魔術が完全な幻覚だったなら、外部から干渉する事は出来なかったって事だよ。まあ、細かい事は良いじゃない。とにかく皆んな助かったんだよ」
外部から干渉出来た事が今回の件を解決する要因となったのは事実だし、ダリル達もそれを望んでいた。しかし、魔術が発動した時点では既にリアムの仲間達は何名か魔物堕ちしていた筈なのだ。
レイヴンが出会った時のリアム達は誰一人として魔物堕ちしておらず、街に来た時から記憶の再生が始まっている。
いくら森の記憶を頼りに魔術を発動したにしても、ダリル達にそんな事が可能なのだろうか?
実際にそうだったのだから、そういう物だと思うしか無い……とは、いかない。
ステラがリアムの仲間を魔物堕ちさせた件にしてもそうだ、この魔術の根幹にあるのは“ 記憶の再生” なのだ。
つまり、死という結末は変えられなかったにしても、レイヴンが魔物堕ちを救った時点で干渉の限度を超えている。
マクスヴェルトはこの時点で一つの大きな疑問を抱いていた。
“ 禁忌を犯した代償はどうなったのか?”
禁忌を犯すとは、何も禁じられた事をするという事だけを指すのでは無い。
魔法や魔術の場合であれば、『対価と結果』の後に『代償』を支払わなければならない。
これは仮に望んだ効果や現象が発生しなくとも要求される。
今回の場合、ダリル達は住民の半数もの命を対価に術を発動させた。
死んでしまったリアムの仲間を“生命の譲渡” により復活させたのは生き残っていた住民達。そして、術を維持し続けたのは生命を譲渡せず、生き残った住民達という具合だ。
いずれも対価には命を支払っている。本人達の魔力も同様だ。対価を支払う行為そのものに使用されている為に代償とはなり得ない。であれば、ダリル達にはそれ以上支払える物は何も無い。
それでは代償を支払っていない事になる。
術が解け、揺り戻しが起こったのはあくまでも歪んだ記憶が元に戻ろうとしただけ。
禁忌を犯した代償では無い。
これは憶測に過ぎないが、レイヴンの持つ魔剣の力は『願い』
レイヴンは無意識のうちに、これから支払う事になる筈だった代償ごと事象を書き換えてしまった可能性がある。
もし、そうであるなら、これは途轍も無く恐ろしい事だ。
ダリル達が発動させた禁忌を用いた魔術の比では無い。
無意識とは言え、代償も無しに望んだ結末へと書き換えてしまう力は危険過ぎる。
伝承にある様に悪魔と神が魔剣を封印しようとしたのも頷けるというものだ。
もしも……もしも、レイヴンが破滅を願ったなら?
「そんな事は考えたくも無いね……」
クレアという少女が攫われた時に見せた激しい怒り。あの時のレイヴンはギリギリのところで踏み止まった。
それはレイヴン自身の成長があっての事だろうと思う。
レイヴンはマクスヴェルトから見ても純粋な奴だ。
それは、願う事に対してもそうなのだ。
少なくとも今のレイヴンは人間として生きる事を願っている。
ずっとその願いを抱いたままなら良いのだが、純粋であるが故に願いの方向が変わった時が一番危ない。
リヴェリアは言った。『それはレイヴン専用と言って良い特殊な魔剣だ』と……。
「これはまだまだ厄介な事が起こりそうだ……」
リアム達が落ち着くまでリヴェリアとも話をしておこうと思ったマクスヴェルトは、レイヴンとリヴェリアの姿が見えない事に気付いた。
何処へ行ったのかと、時間が戻った事で荒れ果てた街の中を探して歩く。
すると、誰も居ない筈の家から二人が出て来た。
レイヴンは辺りをキョロキョロと見回して、再び別の家へと入って行った。
「何してるの? 」
「おお、マクスヴェルトか。実は住民達に預けていたルナという名の赤ん坊を探しているのだが、何処にも姿が見つからないのだ」
「ルナ? ああ、その赤ん坊なら僕が保護してるよ」
「本当か⁈ 」
「うわぁ!!! ちょ、ちょっと脅かさないでよ……! 」
いつの間に現れたのか、レイヴンはマクスヴェルトに詰め寄って行く。
「ルナは何処だ? 早く言え!」
「わ、分かったから!近過ぎるって!」
マクスヴェルトはレイヴンから距離を取る。
レイヴンも焦る事があるんだなぁ、などと考えつつ居場所を伝えた。
「僕の空間魔法でちゃんと保護してるよ。じゃあ、今から魔法を解くから……」
指を鳴らし魔法を解く。
すると、何も無い場所にドアが現れた。
何も固定されていないドアは空間にぴたりと固定されている様だ。
「ドア?」
「これが空間魔法なのか?」
興味津々といった様子でドアの周りを歩くリヴェリアは、上から下までじっくりと観察している。
その姿には剣聖としての威厳は無い。
新しい玩具を与えられた子供の様だった。
「何してるの? 」
「いやあ、こういう魔法を見ると好奇心を刺激されてな」
見ているこっちが恥ずかしくなる。
「見てて恥ずかしいから止めてくれないかな? なんだか田舎者みたいだよ……」
「何を言う。初めて見るのだから仕方あるまい? それに私は元々田舎者だ」
「あっそ……」
「おい、ルナはこの中なのか?」
「そうだよ。今はぐっすり眠っている筈だから、そっと開けてよ?」
「分かった」
レイヴンはドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。
「……」
しかし、どういう訳か、レイヴンは中へ入ろうとせず、微動だにしなくなってしまった。
「どうしたレイヴン? 何故入らない?」
「あ、いや……これは……」
「ん? どうしたって言うのさ? 僕の魔法は完璧だよ? ちゃんと空間内は快適に……って……」
「どれどれ、私も……って……」
「「はあ?」」
隙間から中を覗き込んだマクスヴェルトとリヴェリアは、揃って同じ疑問符を浮かべると、扉の奥にあるベッドの上で眠る少女に目が釘付けになった。
十歳……いや、八歳くらいだろうか。
白く長い髪をした少女が、静かに寝息をたてていたのだ。
「これは……?」
「多分だけど、魔術の効果があの子にも適用されてたんじゃないかな……」
「いや、それにしては随分と健康そうだが……どうしてだ?」
「そんなの僕に言われても分からないよ。赤ん坊の状態から此処まで成長するなんて理解不能だもん。それに、この中は外部の空間とは完全に遮断されてるんだ。扉を開けた瞬間に術の効果が切れたにしてもおかしいよ」
(全く訳が分からない……)
レイヴンは必死に思考を試みるが、考えれば考える程、全く訳が分からない。
見た目はルナの見せた過去の記憶にいた姿と同じくらい。
丁度、クレアくらいだろうか?
「ねえ、どうするの?」
「わ、私に聞くな……! レイヴンはどうなのだ?ルナに間違いは無いと思うが……」
「どうもこうも無い。あの少女がルナである事は間違い無い」
「いや、だからさ。その先だよ。これからあの子と一緒に旅をするのかい?」
それは無理だ。
赤ん坊では無くなったが、まだクレアと然程変わらない歳だ。危険な旅に連れて行く訳にはいかない。
「リヴェリア、その……頼めるか?」
「ふふ……まさかレイヴンから直接頼み事をされるとはな」
「どうなんだ? 無理なら他を当たる」
何やら嬉しそうなリヴェリアは、レイヴンの肩を叩きながら了承した。
「いいや、構わないとも。もうじきクレアも中央に到着する頃だ。年の頃も近いとなれば、二人共良き友人になれるだろう」
(友人、か)
友人に縁の無いレイヴンでも、言葉くらいは知っている。
孤児院の子供達もよく同じくらいの歳の子と遊んでいた。確かにそれならクレアも寂しくは無いかもしれない。
「そうか、……そうだな。では、リヴェリアに任せる。頼んだ」
「ああ。ちゃんと顔見せに戻って来るのだぞ?」
「そ、その内にな……」
「ふふ……」
一先ず眠ったままにしておく事にした三人は、再び扉を閉めリアム達の元へ戻る事にした。
途中で目が覚めれば分かるそうなので問題無いだろう。
本当に空間魔法とは便利な物だ。
未だ状況の整理はついていないだろうが、いつまでも此処に居る訳にはいかない。
しかし、レイヴン達を待っていたのは予想だにしない提案だった。
「俺達全員、この街に住む事にしたよ」
リアムから発せられた言葉に驚きを隠せないレイヴン達は、ただ立ち尽くしていた。