殲滅作戦
夢でも見ているのか?
リアムは自分の周りを見渡して頬を抓る。
(痛い。夢じゃ無い)
助からなかった筈の仲間達の寝息を立てる姿を見てから涙が止まらない。
魔物堕ちから戻って来た奴も、襲われて死んでしまったと思っていた奴も、皆んな無事だ。
「リアム! 無事で良かった! 本当に良かった!」
同じく意識を取り戻したアンジュが勢い良くリアムに抱き着いて来た。
「ああ! ああ!!! 助かったんだ、皆んな助かったんだ……けど……」
二人が抱き合い、皆の無事を喜び合っていると翼のはためく音と共に少しだけ息を切らした三人がリアム達の元へ歩いて来た。レイヴン達だ。
「意識が戻ったようだな」
「レイヴン! 何てお礼を言ったら良いのか……」
「詳細については後でマクスヴェルトに説明させる。今は魔物を倒すのが忙しい」
「魔物?」
リアムが湖の岸へ視線を向けると既に倒された魔物の死体を踏み越えて、とんでもない数の魔物が森から出て来ていた。
尋常では無い数。
これでは島から逃げる事も出来ない。
「そ、そんな……何でこんな……」
「せっかく助かったのに……。やっぱりこれは夢なの?」
腰に手を当てたまま呼吸を整えていたリヴェリアが二人に説明する。
「これでもかなり数を減らしたのだ。あと数時間も続ければ、どうにか元の数程度には減ると思うが……。さてさて、どうしたものか」
意識を取り戻した仲間達も森にひしめく魔物を見て絶望の表情を浮かべていた。
口をあんぐりと開けて聞いていたリアムが、ようやくリヴェリアの言葉に反応して声を上げる。
「減らした⁈ 減らしたって、あの魔物達と正面から戦ってたってのか⁈ たった三人で⁈ 」
「そうだ。でなければ、危なくて森から出られないであろう?」
「いや、危ないとかそう言う次元の話じゃあ……」
魔物はリアム達がいる場所から見えているだけでも数え切れない大群になっている。
三人で戦っていたのも凄い事だが、そんなに簡単に言っていい状況では無い。
「しかし、本当にキリがないな。マクスヴェルト、魔法で一気に殲滅出来ないのか?」
「出来るなら君達に頼んで無いよ」
「こう……パパッと上手い具合に魔物だけを倒す魔法とか無いのか?」
現状はかなり厳しい。
戦闘を始めてから既に五時間は経過しているのだ。だと言うのに、魔物の数は増えるばかりだ。
「何分かりきった事を言ってるんだよ……魔法はそこまで万能じゃないんだ。それに、攻撃魔法の範囲を闇雲に広げたら、森が無くなっちゃうよ。それこそ、火事にでもなったら焼け出された魔物が他の大陸に向かって逃げ出すかもしれないし」
「んー……何か良い方法は無いものか。やはり地道に倒していくしかないか……」
魔物が方々に散ってしまっては後始末が大変だ。
他の町や村を襲う様な事があっては困る。
「それなら、私に考えがあるわ! と言っても、ただの思い付きの荒唐無稽な話だけれど……」
「ほう? 話してみてくれ。もし、可能ならば検討してみよう」
リアムの隣で唖然としていたアンジュが提案した方法はこうだ。
先ずは湖を中心に一定範囲をぐるりと囲む様にして魔物を湖の側に追い込む。
次に木を切り倒し、効果範囲が広く威力の高い炎系の魔法を放てば一気に殲滅する事も可能だろうと言うものだ。
要は田畑でやる様な野焼きを森でやってしまおうと言う訳だ。
「出来る訳無いだろ! 大体どうやって魔物を追い込むんだ⁈ そんなの軍隊でも居なきゃ無理に決まってる! 」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃ無い!」
「やらなくても分かるだろ!何考えてるんだ⁈ 」
「全員が助かる方法だよ!」
言い争いを始めたリアムとアンジュを他所に、リヴェリアは腕を組んだまま考え込んでいた。
確かに荒唐無稽な話だ。
リアムの言う通り、数万人規模の軍隊でも引っ張り出すくらいの事をしなければ難しいだろう。
だが……魔物を追い込む事が出来れば、木を切り倒すくらい造作も無い。
リヴェリアは思考から浮上すると、隣で平然としているレイヴンを見てニヤリと笑みを浮かべた。
魔物との戦闘において、最も経験豊富なレイヴンがこれだけ落ち着いた様子でいるという事はアンジュの案をまんざらでも無いと思っているからだろう。
「レイヴン。やれるか?」
「問題無い。俺が魔物を追い込む。リヴェリアが木を切り倒し、マクスヴェルトが広範囲魔法を使う。それで終わりだ」
やはりそうだ。
レイヴンがそう言うのなら、荒唐無稽だとしてもアンジュの作戦は成功する。
「良し! 作戦は決まった。マクスヴェルト、回復薬をレイヴンに渡してやってくれ。それと、リアム達を結界で保護するのだ。レイヴンと私の準備が終わったら、遠慮はいらん! 一思いに焼き払え」
マクスヴェルトは作戦の内容を瞬時に察すると怪訝な顔をリヴェリアに向けた。
「本気かい? まあ、その方が僕にとっては有難いけどさ。結構な範囲で森が無くなっちゃうんじゃない?」
「なに、少々視界が良くなる程度で済む。では、作戦開始だ!」
マクスヴェルトから渡された不味い回復薬を飲み干したところで、リアム達が慌ててレイヴン達を引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんた達が強いのは知ってるけど、まさか今の作戦をたった三人でやるつもりか⁈ 」
「発案した私が言うのもおかしいけれど、考え直した方が良いと思うわ! せめて私達にも何かーーー」
「問題無い。お前達はじっとしてろ。これは俺達自身の尻拭いでもある」
「尻拭い……?」
「では、先に行く。マクスヴェルト、ちゃんと結界を張っておけよ」
「分かってるよ。君もほどほどにね」
「ふん……」
マクスヴェルトの返事を確認したレイヴンは、リアム達に返答する間も無く翼を広げると、北の空へと向けて飛び立った。
この漆黒の鎧を纏っている時にだけ放つことが出来る咆哮を使えば、大半の魔物を追い込める筈だ。
リヴェリアが配置に付いたのを確認したレイヴンは魔力を集中させる。
深く息を吸い込み、これまで溜まった鬱憤を晴らすかの様に咆哮を放った。
フルレイドランクの魔物すら凌駕するレイヴンの咆哮は大気を揺るがし、眼前に広がる森へと叩きつけられた。
「ぐああッ!!! 何だこれ⁈ 魔物の咆哮⁉︎ 」
「頭が割れそうに痛い!」
パニックになるリアム達を素早く魔法で落ち着かせたマクスヴェルトは、溜め息混じりにぼやいていた。
「ったく、まぁた強くなってる……。どうかしてるよ……レイヴンには限界が無いわけ? リアム、安心しなよ。君達の精神はちゃんと結界で保護してあるから」
「そんな事言ったってこんなの……!」
レイヴンの咆哮に怯えた魔物達が一斉に避難を始めて動き出す。
大地は揺れ、巨大な地鳴りと共に木をなぎ倒しながら湖の岸辺まで押し寄せて来た。
「うわわあああああ!!!」
「ま、魔物が来た!」
リアムは仲間達が怯えて騒ぎ出したのを一喝して鎮める。
「落ち着け!!! 大丈夫だ! 今は水位も高い! 魔物はこの島までは来られない!」
(あれ? 何で俺、水位の事知ってるんだ?)
「見てあれ!」
リアム達は魔物の変化を見て驚愕の声を上げた。
「嘘だろ…魔物が怯えてるぞ……」
「あり得ないだろ…あんなに強い魔物が……たった一度の咆哮で怯えてるってのか……」
馬鹿げた光景だ。
どれもリアム達が総がかりでやっとの魔物が怯えて我を失っている。
「まあ、こんなレベルの咆哮なんて、フルレイドランクでも無い限りまず無いからねー。レイヴンは特別だから」
「レイヴン⁈ 今の咆哮はレイヴンが放ったのか⁈ 」
「そうだよ? あの黒い鎧を纏っている間しか使えないみたいだけどね」
リアム達は岸辺に群がり怯える魔物達を見て息を飲む。
レイヴンは最早、強いとかそう言う次元の話では無い。
ランクの低い魔物が戦士の使う戦士の雄叫びで萎縮して動きを止めるのを見た事がある。しかし、その効果は一時的なものだし、Aランク以上の魔物には通用しない場合が殆どだ。
それなのに、S以上の魔物しか存在しないこの森で、しかもこれ程の数の魔物を萎縮させ怯えさせるなんて馬鹿げてる。
「何者なんだ……」
「冒険者さ。僕とリヴェリアは、今ではもう殆ど冒険をしていないけれど、レイヴンは君達と同じ冒険者だよ」
「冒険者?こんな馬鹿げた力……」
「君もいつか機会があればだけど、レイヴンと一緒にダンジョンへ潜ってみると良い。きっと良い刺激になると思うよ?ついて行ければ、ね」
「いや……でも……」
レイヴン程の実力者が受ける依頼は相当な難度の筈だ。リアムにいくら腕に自信があってもレイヴンの足元にも及ばない。足手纏いになるだけだ。
「大丈夫。普段のレイヴンはCランク冒険者やってるから」
「は?」
マクスヴェルトの言葉を聞いた全員、間抜けな顔をして固まってしまった。
こんな馬鹿げた力を持った冒険者がCランク冒険者だなどと言われても困る。
「Cランク? え? えぇっ⁈ 」
「俺達より下のランク⁉︎ 」
「嘘だろ? だってレイヴンはSランクの魔物の群れをたった一人で……俺はこの目で確かに、今だって……」
信じないのは勝手だが、本当の事だ。
レイヴンは何処の街でもCランク冒険者として登録している。
いくらなんでも無理があるだろうと思うが、一部の人間にしか心を許していない今のレイヴンでは、パーティーでの行動は無理だ。
「おっと、そろそろ僕の出番だ」
マクスヴェルトはふわりと空へ浮かぶと指を鳴らし短剣を構えた。
すると、マクスヴェルトを中心に森を覆い尽くしてしまうのではないかと思われる規模で魔方陣が展開された。
空の色と同じ鮮やかな青色の魔方陣はゆっくりと回転している。
「うはぁ、空から見ると凄い事になってるなぁ。それにしても、リヴェリアの切り倒した木の範囲が僕の広範囲魔法の限界値と同じとはね……。いつの間に調べたんだか。それともその目で見抜いたのかな? 流石、と言っておこうか……」
遠くで手を振るリヴェリアを見たマクスヴェルトは苦笑すると、無言のまま短剣振り下ろし魔法を発動させた。
青色の魔方陣が一際大きな光を放ったと同時、大地に蜘蛛の巣にも似た亀裂が走った。
亀裂から吹き上がる炎は瞬く間に魔物と森を包み燃やし尽くしていく。
「あ、いけない。リアム達に酸素送ってあげないと」
マクスヴェルトが慌てて風の魔法を使って結界内に風を送っているとも知らず、リアム達は只々、燃え盛る炎を見つめていた。
業火に焼かれる魔物達が息絶えていく中、リアムの仲間の魔法使いがポツリと呟いた。
「あり得ない……こんな大規模な魔法を無詠唱だなんて……あり得ない……」
この魔法使いは知らない。
いくら賢者マクスヴェルトでも、この規模の魔法を無詠唱で発動させるのは不可能だ。
彼は魔法の詠唱を先に済ませて待機させる事で、あらゆる系統の魔法が即時発動可能な状態となっているのだ。
無論、こんな真似は魔法に全てを捧げたマクスヴェルトにしか出来ない。
普通の魔法使いが同じ事をしようとしても、待機させておける魔法は精々一つか二つ。
それ以上は術者の魔力的な問題や、術式を待機させておく領域が不足する為に、他の魔法を使う余裕が無くなってしまう。
「魔法で焼き払うって事は、この辺り一帯の木も全て切り倒したって事だよな?」
「まだ、いくらも時間が経ってないぞ……」
「何なんだよ、この三人……。一人一人が化け物みたいな力を持ってるのか……」
三人の圧倒的な力を目の当たりにして仲間達が唖然とする中、リアムとアンジュは気付き始めていた。
思い付きでしか無かったアンジュの荒唐無稽な作戦を実現してみせた力。
それ以外にもSランクの魔物をたった一人で圧倒し、魔物堕ちした仲間を救った理解不能なレイヴンの力。
大規模魔法を無詠唱で発動してみせたマクスヴェルト。
誰もが耳を塞ぐ中、巨大な湖を囲う森の木を瞬く間に切り倒してみせたリヴェリア。
間近で見せられた他を圧倒する超常の力の数々。
どれも普通の冒険者に出来る事では無い。
こんな事はSSランク冒険者にだって出来やしない。
「まさか……そうなの?」
リアムとアンジュは答えに辿り着く。
この世界にたった三人だけ、王家に認められた冒険者がいる。
「嘘だろ……王家直轄冒険者なのか……」
リアムの呟きは燃え盛る炎に焼かれる魔物の絶叫に掻き消された。
感想でご指摘頂いた一人称視点の改稿作業の為、8月30日の投稿はお休みします。
次回投稿は8月31日を予定しております。
宜しくお願いします。




