追憶の街の真実 後編
それはダリル達の懺悔だった。
魔術師として数々の研究を重ねていく中、出会ったのがレイヴンだ。
わざわざ辺境の地に街を作ったのも、外部との接触を避けていた為らしい。強力な魔物が蔓延る南の大陸は冒険者組合ですら手を出さない危険な場所だ。
この場所なら思う存分研究が出来る。そう考えるのも無理は無い。
人体実験などという禁忌を犯しているのだ、知られたく無いと思うのは当然だ。
自分達が魔術師である事を明かさなかったのも、後ろめたい事をしているという自覚はあっての事だったと言う。
「私達はレイヴンに教えられたのだ。対価を求めず、他人の為に命をかける。そんな事をする人間がいるだなんて知らなかった。魔術師はどんな事にも対価を求める。それは魔術師で無かったとしても、ごく自然な事だと思うし、無償で自分の力を貸すなどあり得ない事だ」
「人を助けるのに対価も理屈も必要無い。礼を言うも言わないも好きにすれば良い。俺は、俺がそうしたいからしただけだ」
この世界は理不尽な事ばかりだ。
ただ、リヴェリアがレイヴンに言った言葉は正しい。
『他者を救い、己の存在意義を見出す』
(きっと俺は、そうしなければ自分の居場所が無い事に怯えていた)
「そう言って仕舞える時点でレイヴンはかなり特殊だと思うよ」
「マクスヴェルト。お前は少し黙っていられないのか?」
「分かったよ。もう喋らない。だけど、これだけは言わせてよ。レイヴン。君のやっている事、やって来た事は素晴らしい事だと思うし、誰にでも出来る事じゃない。でも、君の事は一体誰が助けてくれるのさ? どんな力を持っていても助けてくれる人は必要だよ。人は一人では生きられない。一人で生きているつもりの君には周りが見えていないんだ。そこの所をよく考えた方が良い」
「なんだ、たまには良い事を言うではないか」
「う、うるさいな! はい! これで僕はもう喋らないからね!」
顔を赤くしたマクスヴェルトは後ろへ下がると、近くの木に寄りかかる様にして目を閉じた。
人は一人では生きられない。
昔のレイヴンなら全く理解出来なかっただろう。
けれど、今は違う。
仲間と呼べる者達がいる。
「レイヴンが魔物堕ちした魔物混じりと戦っている姿は私達にとって忘れられない出来事だ。私達は確かに君の治療をした。けれど、それは君に暴れられては困るという思惑があっての事だ。だと言うのに、君はそんな事も御構い無しに傷付いた体のまま戦いに赴いた。そして、皆を守り命を救ってくれた」
「だから、それはーーーーーー」
「嬉しかったのだよ、レイヴン」
「……?」
「君が嬉しいと感じてくれた様に、私達も嬉しかったのだ。事情を知らないとは言え、他人の為に命をかけて戦う君を見て何も思わないでいられる程、私達魔術師は薄情では無い」
「……」
「勿論、それだけで禁忌を犯そうとは思わない。私達にそう思わせたのはルイスだ」
「ルイスが?」
ダリルによって造られ、いつも街の片隅にいたルイスが一体何をしたと言うのだろうか。
「正直に言う。私達はルイスの事を実験の道具だとしか思っていなかった。姿形は人間でも、全てが偽物。そんな子を本当に私の娘として愛情を注ぐ事は出来なかった」
「……」
「街の仕事を手伝ってくれた後、ルイスのいる遺跡へ足を運んでいたのは知っている。君は何をするでも無く、ただじっとルイスの側にいた。そんなある日、私はルイスの変化に気付いた」
「変化?」
「そうだ。ルイスには感情が無かった。話す事は出来ても、それを表現する術を知らなかった。けれど、君が来てからルイスは少しづつ変わっていったよ。いつも無表情だったルイスが笑う様になった。短い言葉ではあったが、自分から私達に話しかけて来る様になった……。それは実験として見れば、素晴らしい成果と言えるものだ。しかし、そんなルイスを見ていた私達は恐ろしくなったのだ」
確かにルイスは次第に笑顔を見せる様になった。
全く言葉を交わさなかったのに、ぽつりぽつりと喋る様になっていったのだ。彼女から孤児院の話を聞いたのもそんな時だったと記憶している。
「それまで実験の道具だとしか思っていなかったルイスが、感情を発露した途端に私達と同じ人間なのだと気付かされた。私達は何て事をしてしまったのだろう。私達が手を出してしまった好奇心は狂気でしか無かったのだ」
「何を今更。そんな事は考えるまでも無く分かっていた事だろう!」
「ああ……私達はそんな簡単な事にも気付けない程に穢れていた」
「……」
「ルイスが、死の直前に言ったのだ」
ーーー私を造ってくれてありがとう。お陰でレイヴンに出会う事が出来た。もし今度、普通の人間に生まれる事が出来たら、私も誰かの力になってあげたい。
「そう言って笑顔で死んでいくルイスを見て、誰も言葉が出て来なかった。あの子の言葉も、笑顔も。私達には眩し過ぎたのだ。それ以来、この街の住人全員が魔術師である事を辞めた。それでも私達は結局のところ、本質的に人の道を外れた存在だ。通りすがりの冒険者に助けを求められても、自分達の身の安全を第一に考える。けれど魔物に襲われ、いよいよ自分達の命が助からないという時になって、ようやく決心が付いた。どうせ死ぬのなら、ルイスが言った様に最後くらい誰かの為に力を使ってみようとな。何とも情け無い話だ……」
ルイスの最期の言葉には驚いた。
あの無口なルイスがそんな風に思っていたなんて知らなかった。
「それが……リアム達を救う事なのか?」
「ああ。最後までレイヴンに頼ろうとするのはみっともなく思う。けれど、魔物を倒す力は私達には無いのでね。まさかレイヴンがこれ程強くなっているとは思わなかった。おかげで私達の目的は達成した」
「ダリル。お前達はどうなる?」
「既に私達の命は術の発動と、リアム達を生き返らせる為に使ってしまった。後は術が解ければそれでお終いだ」
「……そうか」
人間を造った事を許した訳では無いが、それでもダリル達は最後に人間であろうとした。
最後に下した決断が魔術師としてでは無く、人として選んだ道であるなら……それがダリル達の選んだ事なら最早何も言うまい。
「最後に一つだけ良いだろうか?」
「何だ?」
「また、ルイスの墓に来てやって欲しい。きっとあの子も喜ぶ……」
「ああ。分かった」
その直後、ダリルと街の住人達の体が光となって消えて行った。
自らの命を代価にして、リアム達を救ったダリル達は最後に胸を張って逝った。
それがこれまでの償いになるのかは分からない。ただ、その行為によって救われた人間がいる事は事実だ。
「逝ったか……」
「ああ。空気が変わった。かけられていた魔術が解けたのだろう」
後はリアム達に事情を説明してやるだけだ。
魔術に囚われていたリアム達に俺達との記憶があるのか……。
「それにしても魔術とは恐ろしい物だな。私も全く気付かなかったぞ。これはおそらくステラも気付いていなかったのだろうな」
「これは現実と幻を交錯させる魔術。その術の効果範囲内にいるダリルやリアム達はずっと同じ時を繰り返していた。魔術としてはかなりの規模だけど、仕組みとしては割と単純な物なんだよ。停止と再生を交互に……って! まさか僕まで術に囚われるとは……不覚……自信無くすなぁ。僕、賢者なのに……」
「いたのか」
「ずっと黙っているから、拗ねて何処かへ行ったのかと思ったぞ」
「リヴェリアが黙ってろって言ったからでしょ!」
お喋りなマクスヴェルトが素直に黙っている方がおかしい。
「もう喋らないと言ったのはお前ではないか」
「うっ…! 細かいんだよ!」
「おい。そんな事より、リアム達を起こしてくれ」
魔術が解けたのならリアム達にも事情を説明してやる必要がある。
「放って置けば自然に目を覚ますよ。それよりさぁ、レイヴンってもう魔力戻った?」
「完全では無いがな」
「そっかそっか。それは良かった!」
「?」
何やら機嫌良さげなマクスヴェルトは、ローブを羽織ると美しい装飾の施された短剣を手にした。
「二人にはまだ言って無かったんだけどさ。この魔術には重大な欠点があるんだ」
「どういう事だ? 既に術は解かれたのでは無いのか?」
リヴェリアは怪訝そうな表情をして腕を組んでいた。
確かにもうこれ以上何か起こるとは思えない。
ステラもこの魔術に気付いていなかったというリヴェリアの意見には同意するところだ。
「術はちゃんと解かれてるよ? 僕はリアム達を安全に術の効果から切り離す仕事をした訳なんだけど、どうしてそんな事をする必要があったのか? そこから説明しようか?」
「いらん。お前の説明は長い」
「だな。リアム達の事もあるが、そろそろ中央へ戻らねばならん」
マクスヴェルトはやれやれという風に首を振ると頼んでもいない説明を始めた。
どうやらこの男は喋らずにはいられないらしい。そうで無くとも苛つく奴だと言うのに困ったものだ。
「揺り戻しって分かるかい?」
「言葉の意味ならば。それがどうした? 私は早く中央に戻りたいのだが?」
「いやぁ、それはまだ無理かなぁ……」
その時だった。
今の今まで綺麗な外観だった家の壁が次々と崩れはじめた。と、同時に湖を囲む森の中には無数の魔物の気配を感じる。
(何だこの気配は……魔物の数が急激に増えて……)
「な、何なのだ⁈ 」
「ダリル達が使った魔術って、時間に干渉すると言うよりも、この場所に溜まった膨大な魔力を使って記憶に干渉するって方が正しいんだよね」
「何を呑気な! さっさと説明しろ!」
「要するに記憶を誤魔化していたんだよ。それが正常に戻ると……」
「戻ると何だ!」
「今まで経過した時間の間に起こる筈だった出来事や、自然発生する筈だった魔物が一斉にこの森に起こりまーーーす! 以上! じゃあ、頑張って討伐しよっか!」
「な……ッ⁉︎ 正気かマクスヴェルト!」
呆れて物が言えないとはこの事か。
これは想像だが、禁忌を犯したダリル達はこういう結果になる事は知らなかっただろう。
何せ、初めて使う魔術の上、効果が分かる頃には自分達は死んでいるのだから。
それに気づいたマクスヴェルトが、後処理を買って出たといったところか……。
「数年分の魔物だから、ちょっと数は多いけど……。ま、僕ら三人が揃っているんだし大丈夫大丈夫!」
(ふざけた奴だ)
何が大丈夫なものか。
気配を感じる限り、三人揃っていたとしても倒し終わる頃にはすっかり日が高くなっている事だろう。
「マクスヴェルト。対価に何か貰ったな?」
「え⁈ い、いや……何も?」
あからさまに動揺した様子のマクスヴェルトを見たレイヴンとリヴェリアは、溜め息を吐いて剣を抜いた。
「仕方ない。やるぞ、レーヴァテイン!」
「後で覚えていろマクスヴェルト……。起きろ」
それぞれの魔剣が力を解放し、小さな街に強烈な魔力の嵐が吹き荒れる。
「お、二人共やる気充分だね! 残り魔力が怪しかったら言ってよ。回復薬ならまだ沢山あるからさ。ミートボールパスタ味のやつだけど」
「「いらん!!!」」




