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追憶の街の真実 前編

 リアム達がいる筈の広場に着いたレイヴンとリヴェリアは言葉を失い立ち尽くしていた。


「どうしたの二人共? 早く行こうよ」


 呑気に歩き出したマクスヴェルトの肩を掴んで引き戻したレイヴンとリヴェリアは、ほぼ同時に彼の胸ぐらを掴んで吊り上げた。


「おい……これはどういう事だ?」


「お前に任せたのは彼らの治療と説明の筈だ」


「い、嫌だなぁ。何を怒ってるのさ? 僕はちゃんと仕事をしただけだよ」


(ちゃんと仕事をしただと?)


 まさか、マクスヴェルトがここまでふざけた奴だとは思わなかった。

 二人が怒っている理由が分からないとでも言うのだろうか?


「どうして全員生きている?」


「生きている?死んでるよ?」


「お前の下らない問答に付き合う気は無いぞ……」


「これはやり過ぎだ……私もレイヴンと同じ気持ちだマクスヴェルト」


 レイヴンが剣を抜くのに合わせてリヴェリアも剣を抜いた。


「起きろ……」


「レーヴァテイン……」


 赤い魔力と黄金の魔力がそれぞれの刀身を包み込んで圧力を増して行く。


「うわあっ⁈ ちょ、ちょっと⁈ 流石にそれは僕死んじゃうから!!! 欠片も残さずに死んじゃうから!!!」


 吊り上げられたままジタバタと暴れるマクスヴェルトの胸ぐらを掴む手をぎりぎりと締め上げていく。

 こんなふざけた真似をしたマクスヴェルトを許せる筈が無い。


「ぐえぇ……く、苦しい……! 」


「俺はこの手の冗談が大嫌いだ。弁解する気があるのなら、言葉は慎重に選べ。俺にうっかりなんて期待するなよ? 正確にお前の心臓を貫いてやろう……」


「わ、わ、わ、わ、わっ!!! 喋るから! ちゃんと説明するから、とにかく落ち着いてよ!」


 少しだけ手を緩め、マクスヴェルトが白状するのを待ってやる。

 レイヴンもリヴェリアも返答次第では一思いに剣を振り抜く構えだ。


「この街にある遺跡が何て言われてるか知っているかい?」


「回りくどい説明は止めろ」


「分かった! 分かったから! 僕もすっかり忘れていたんだけれどね。この街にある遺跡の名前は“追憶の遺跡” と呼ばれていてね。だから街の名前もそれに因んで“追憶の街” って呼ばれてる。昔はね。そして、湖を囲む森全体に大規模な仕掛けがあったんだ」


(昔は?)


「どうして今になって思い出したのだ?」


「治療をしようとして違和感を感じたのさ。僕とした事がこの程度の魔術に気付かないなんてショックだよ。まあ、とくかくそれで思い出したんだ。追憶の遺跡は過去を見せる。レイヴンが見たのもそうさ。リアム達は最初から死んでいたんだよ」


(死んでいた?)


 それはつまり、最初の町で見た魔術と同じという事だ。

 だとしたら、一体いつから?

 賢者と言われる魔法の大家であるマクスヴェルトすら欺く魔術がこの街に展開されている。

 その事実だけでも驚愕だ。


「なら、俺達が体験していたのは全て魔術だったと言うのか?」


「いや、ちょっと違うかなぁ。リアム達は死んでいたんだけど、正確には半分死んでたって事だよ」


「何を言っている? ちゃんと説明しないか!」


「それは私から説明させて欲しい」


 我慢の限界に近付いていたレイヴン達の前にダリルが現れた。


「ダリルさん遅いよ! もう少しで僕死んじゃうところだったじゃないか!」


「お前は……説明とはどういう事だダリル」


 街の住人達を伴って現れたダリルは神妙な面持ちでレイヴンを見ていた。


 只ならない様子を感じたレイヴン達はダリルに向き直る。



「レイヴン。黙っていてすまなかった。私は、いいや……この街の住人達は全員魔術師なのだ……」


(魔術師?)


 そんな話は聞いた事が無い。

 当時、ルイスも何も言ってはいなかった。


「この街はずっと前、俺がこの街に最初に来た時から、お前達の魔術が見せた幻だったのか?」


 ダリルはレイヴンの言葉を否定する様に首を振り、レイヴンがこの街を去ってからの経緯を語った。


「それは違う。レイヴンが去った後、この街は魔物に襲われたのだ」


「魔物に? ちょっと待つのだ。この街には湖という天然の守りがある。この森に生息する魔物では湖は渡れない筈では無いのか?」


 リヴェリアの言う通りだ。

 この街が強力な魔物の襲撃を受けずに済んでいるのは湖のおかげだ。

 湖の水位が下がった時でさえ、魔物は近付かない。


「ある日、リアム達がこの街にやって来た。食料を分けて欲しい。そう言ってな。襲われたのはその後だ」


「どう言う事だ? 俺がこの街に来た時もリアム達は食料を求めてこの街に来ていた。あれは何だったんだ?」


 ダリルの話とレイヴンがこの街を再び訪れてからの話がまるで噛み合っていない。

 それが魔術の効果なのだとしても理解の範疇を超えている。


「記憶。この街と、それを囲む森が覚えていた記憶だ。あの日、リアム達を追い返した後、今回と同じ様に仲間の何人かが魔物堕ちしたのだ。助けを求めて来たアンジュの報せを聞いた私達は、住人達を集めて話し合った。私達は研究を主とした魔術師だ。戦ったとしても勝てる見込みは万が一にも無い。もしも、またレイヴンがこの街を訪れるまで時間を稼ぐ事が出来たなら……この危機的な状況をどうにか出来るのではないか?レイヴンならばきっと助けてくれる。そう考えた。私達の意見は一致し、レイヴンが再び訪れる時まで周囲の時間と記憶を切り離す事にしたのだ」


「そんな事が可能なのか? どうなのだマクスヴェルト⁈ 」


「理論的にはね。だけど、それは……」


 マクスヴェルトは言葉を濁し俯いた。

 その表情は先程までヘラヘラとしていたマクスヴェルトのものでは無い。

 厳しい表情を浮かべた顔は賢者マクスヴェルトのそれだった。


「助けを求めて来た時には既に大半の者達が死んでいた。だから私達は、街とリアム達を救う為に禁忌を犯した」


「 “生命の譲渡” だね」


(譲渡?)


「そうだ。命を操る術は最大の禁忌だ。だが、どうしても助けたかった。例え、禁忌を犯したとしても助けたかったのだ」


「何故?」


 偶々通りかかった冒険者の一団を助ける?

 それも、命をかけて?


 レイヴンの事を見たダリルは意を決した様に話始めた。


「君達は、私達魔術師がどういう事をやって来たか知っているかね?」


 剣を鞘に納めたリヴェリアが前へ出る。


「凡そはな。世間で言うところの魔術師の評判は最悪だ。しかし、全てが悪では無い。そうであるなら今頃、魔術師という魔術師はこの世界から追いやられてる」


 リヴェリアが言わんとしているのはおそらく人体実験の事だ。

 魔術師からの依頼は冒険者組合にもある。

 何に使うのか分からない魔物の素材を採取する依頼は常に豊富にある。それは冒険者組合が魔術師の存在を認めているということに他ならない。

 実際、魔術師が作る薬や魔具の大半は人々の生活の中に溶け込んでいる。

 火を起こす札や、街を照らす灯の動力源となる魔核の加工も魔術師の手によるものだ。

 冒険者の使う道具や魔具も魔術師が開発に深く関わった物が多いと聞く。


「私は昔…既に一度、禁忌を犯している。私の娘、ルイスは私が造った人間だ」


「な……」


 レイヴンは足元がぐらつく感覚に襲われた。

 ダリルから告げられた事が理解出来ない。


「あの子がよく病気をしていたのを知っているだろう? あれは本来、母親の胎内と母乳から得る筈だった免疫力を備えていないからだ。普通の人間と変わらない肉体を持ちながら、寿命が短いのもそれが原因だと結論が出ている……」


 人間を、娘として育てたルイスの事を実験成果を告げる様に淡々と告げるその思考も心も分からない。

 理解出来る筈が無い。したくも無い。


「どうして……! どうしてお前達は平然とそんな真似が出来るんだ! ルイスは必死に生きていた……自分には街の手伝いは出来ないからと、花を植え、子供達の相手をし……それでも、笑って生きていた。どうしてなんだダリル! 教えてくれ!何がお前達をそうさせる⁈ 」


「レイヴン……」


 信頼出来る人物だと思っていたダリルの言葉は、レイヴンにとって余りにも衝撃的なものだった。

 初めて存在を認めてくれた街の住人達にそんな重大な隠し事があるなんて思いも寄らなかった。


「私達が行った事は人の道を外れた許されざる行為だ。だとしても、それが魔術師というものなんだ……。求めずにはいられない。人の手では届かない未知の領域を求める渇望は抑える事が出来ないんだ。研究の為なら他人がどうなろうとも構わない。私達はそれが正しい事だと思い込んでいた。だが、研究を極めようとする余り、いつしか私達は魔物よりも恐ろしい化け物になってしまっていたようだ……」


「だからルイスの命も弄んだのか……? お前達は最低だ!!! どいつもこいつも、何故普通に生きられるだけで満足しない⁈ 俺は嬉しかったんだ……この街で初めて、俺は生きていても良いのだと感じる事が出来たのに……。そう思わせてくれたのに…なのに、どうしてなんだ……」


「それが魔術師の願いだからだよ」


 マクスヴェルトはレイヴンの目を真っ直ぐに見つめる。


 願いだと言い放ったその目には一切の揺らぎは無い。

 マクスヴェルトは本気で言っている。


「そんなものが願いだと?笑わせるな!人の命を弄ぶ事が願いだと⁈ そんな願いがあってたまるか!」


「願いとは欲望。欲望とは願望。そこには正しいとか間違っているとか、そういうものは一切関係無いんだよ。君が無意識に良かれと思ってやっている事もまた願いなんだ。そこに善悪は関係無い。そうでなければ純粋な願いとは言えないんだよ!」


「黙れッ!俺は認めない! 他者を犠牲にした願いなど断じて認めない!!!」


「君が認めなくても、そういうものなんだよ! レイヴンが魔物堕ちした魔物混じりを助けたのだって、自然の理に逆らっているじゃないか! 死ぬ筈だった人間を君の願いで助けてるだろ!」


「……ッ!」


「よさないか! お前達が言い争ってどうする⁉︎ 落ち着け、ダリルの話はまだ終わってはおらん」


「ごめん……」


「……」


 俺がやっている事が……

 そうなのだろうか……

 だとした俺のやっている事はダリル達と変わらないのか?

 同じだと言うのか?


「レイヴンが私達を許せないのはもっともだ。だが、それでも言っておかなければならなかった。これでもう、レイヴンに隠している事は無い」


「……」


「その上で聞いて欲しい。私達が禁忌を犯してでもリアム達を救おうとした理由を……」



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