岬での対話。新たな疑問 後編
「いやあ。それにしても、こうして僕ら三人が座って話をする日が来るとは思わなかったよね」
胡座をかいて座るマクスヴェルトは何や楽しそうにお茶の準備を始めた。
何処からともなく取り出した小さなテーブルにティーセットと菓子を並べていく。
「おい。さっさと話せ」
「そうだぞ。幾ら何でもこの状況で呑気すぎるのではないか?」
レイヴンとリヴェリアの苦言もどこ吹く風。
マクスヴェルトは鼻唄まで歌い出す始末だ。
「良いから先ずは落ち着きなよ。君達は状況に振り回され過ぎなのさ。感情的になる前に、一度情報を整理してじっくりと事を構えるべきだと思うよ」
振り回されるもなにも、情報が少ないのだからあれこれと考察してみる他無い。
「そんな事は言われなくても分かっている。問題は、その情報があやふやな事だ」
「はい、これ。君の好きなクッキー」
「マクスヴェルト!」
「いらないの? じゃあ僕が……」
甘い香りのするクッキーを自分の皿に入れようとするマクスヴェルトの手を遮る様に、リヴェリアの手が横から伸びて来た。
「何だい? その手は?」
「い、いらないとは言っておらん……」
リヴェリアは少し顔を赤らめて、ばつが悪そうに目を逸らしていた。
「リヴェリアは分かり易くて良いねえ」
「……うるさい」
リヴェリアはクッキーを頬張ると、満足気な顔になり、先程まで張り詰めていた空気が少し緩んだ。
なるほど、確かにリヴェリアは分かりやすい。
「レイヴンにはこれだね」
「何だこれは?」
「魔力回復薬さ。君がへばったままだと僕らの仕事が増えるだろ?」
「……」
相変わらず鼻に付く物言いをする奴だ。
だが、今はほとんど魔力が残っていない。有り難く貰っておく事にしよう。
レイヴンは早速回復薬を口にしたが、途端に噴き出してしまった。
「……ッ!何だこの味は⁈ 」
口の中に広がるソースと肉汁の香り。
この味には覚えがある。
「え?君の好きなミートボールパスタ味にしてみたんだけど、口に合わなかったかい?」
(コイツ……)
「ふむふむ。液体だとやっぱり好きな物でも違うのか。次回作に期待しててよ」
「いらん!それより、この魔剣が俺の為に作られたとはどういう意味だ?」
マクスヴェルトは紅茶をゆっくりと飲んだ後、ようやく話を始めた。
「レイヴンは魔物混じりだ」
何を今更?
そんな空気が流れる中、マクスヴェルトは俺達の顔を交互に見て何やら頷いている。
「そんな君が悪魔と神から呪いを受けたという魔剣の力を使うとどうなる? というか、出会っただけでも危ないのに、きっと触れただけで暴走を始める。力を使い果たした先にあるのは魔物堕ち。魔剣を持った君は暴走した意識のまま魔剣の力を闇雲に発動させてしまうだろう。それでは駄目だ」
「どういう事なのだ? 私はてっきりステラの目的はレイヴンを魔物堕ちさせる事だと思っていたのだが……違うと言うのか?」
「いや、それで大体合ってると思うよ?」
「「?」」
マクスヴェルトの話は要領を得ない。
分かりきった事をただ列挙しているだけだ。
「ステラはレイヴンを最終的に魔物堕ちさせたいと思っているのは間違い無いだろうね。でも、ただ魔物堕ちしたんじゃあ、始まりの剣の能力を最大限に発揮させられない。自我を失ったレイヴンの願いでは意味が無いからさ」
それはそうかもしれない。しかし、それでだけではレイヴンの為に作られたという事の説明にはなっていないし、ルナが犠牲になった理由も分からない。
「僕の仮説はこうだよ。呪いを受けた魔剣は誰にも扱う事が出来ず、この街にある遺跡に封印されたままだった。そこでステラは、使用者の代わりに呪いを引き受ける者を探した……」
「それが……」
「ルナだと言うのか……」
「そう。ルナって子を使って魔剣に掛けられた呪いを中和させたんだ。途方も無い怒りや憎しみを受けた筈さ。さぞ、苦しかったろうね……」
誰も言葉を発する事が出来なかった。
どうする事も出来ないまま呪いを受け続ける苦痛。
それは誰にも想像出来ない。
魔剣の呪いをただ引き受けさせる為だけにルナを作り、魔剣の材料にした。
一体何がステラをそんな歪んだんだ考え方にさせたというのか……。
「そうやって呪いの力を中和させる事で、魔物混じりであるレイヴンにも魔剣を扱う事が出来る様にしたんだ。多分ね。その魔剣の呪いを解いたのはステラで合ってるかい?」
「ああ……」
「なら、ステラも普通の人間じゃ無いね」
「人間じゃ無い?」
「昔、その魔剣の呪いを僕が解こうとした事があったでしょう? 僕にはどうしてもその呪いを解く事が出来なかった。いつか僕の手で解こうと思ってたんだけどなぁ……」
「おい、不謹慎だぞ」
「不謹慎? 僕は魔法の研究者でもあるんだ。未知への好奇心を抑えるなんて無理だね。というか、悔しいもの」
マクスヴェルトの性格を今更とやかく言うつもりは無い。
無いが……さすがに不快だ。
レイヴンの気が立っているのを察したリヴェリアが慌てて仲裁に入る。
「とにかくそう言う物言いは止せ。ステラがレイヴンにも魔剣が使える様に仕向けたのは分かった。しかし、ならどうしてわざわざ呪いを解いた? ルナによって呪いが中和されていたのなら目的は達成していた筈だ」
「それだと全力で魔剣の力が使えないからじゃないかな? ほら、呪いを解く前の魔剣はレイヴンの力を抑える役割もしていたでしょう? あまり魔剣を使っていなかったし」
(俺の力を抑える?)
レイヴンは魔剣が力を抑える役割を担っているなどと感じた事は無かった。扱い辛いと感じたのも、自分の思うよう調整が効かないという点での話だ。
「俺が魔剣を使っていたのは、魔物の素材を傷付けずに採取するのに丁度良かったからに過ぎない。俺が使っても折れない剣が他に無かったからな。それに、倒すだけなら扱い辛い魔剣を使うより素手で戦った方が戦い易い。その方が全力で戦える。剣を使っている時点で本来の動きでは無い」
なんとも言えない間の抜けた空気が流れる。
二人共クッキーを口に咥えたまま固まっていた。
「いやいやいやいやいやいや!!! 何だいその理由は⁉︎ 素手の方が強いって事⁈ おかしいでしょ!!! じゃあ、君は折れない剣なら今の魔剣と同じ様な力で戦えるって言うのかい?」
「そうだ」
またしても間の抜けた空気が流れた。
リヴェリアもマクスヴェルトも口を大きく開けてのけ反っていた。
「意味が分からないよッ!!! ちょっと、リヴェリアも何とか言ってよ!!! こんな馬鹿な話があるかい⁉︎ 」
マクスヴェルトは頭を掻きむしりながら必死にリヴェリアに同意を求めて詰め寄って行った。
魔剣を使っていた理由を言っただけだと言うのに失礼な奴だ。
この魔剣の力を解放した時の黒い鎧と翼は気に入っている。
多少無茶に突っ込んでも毒や融解液を持った魔物の攻撃を気にしないで済むし、翼を得た事で機動力が増した。魔物の大群が相手でも今まで以上に優位に立ち回る事が出来る。
「あははははははははは!!!」
「笑ってる場合じゃないでしょ! これじゃ、真面目に考えてた僕が馬鹿みたいじゃないか!」
「だ、駄目だ……腹が痛い。落ち着けマクスヴェルト。レイヴンはこういう奴だろ? いちいち腹を立てていては相手は出来ないぞ? ふふふ……あはははは!」
「だって! 武器を使わない方が強いだなんて意味不明じゃないか! しかも使ってるのは本物の魔剣だよ⁈ そりゃ、素手を主体に戦う人もいるけどさ、それはあくまでも対人でしょ⁈ 硬い外皮を持った魔物相手に素手で勝つとか訳がわからないよ!」
「落ち着け。ならば、魔剣の力の事だけ考えれば良くなったと思えば気が楽であろう?」
「そ、そうだけどさ……納得いかないよね。何なのさもう……」
すっかり拗ねてしまったマクスヴェルトは、紅茶を一気に飲み干すと腕を組んだまま黙り込んでしまった。
素手の方が自然な動きが出来るし、間合いを一気に詰めるのも容易だ。
だからと言って、武器を否定する訳では無い。
ただ、武器を持つと動きがそれに釣られてしまう。
上手く言えないが、剣なら剣の動き、槍なら槍の動きがある。要はどんな熟練者でも武器を持った時点で動きが限定されてしまうのだ。
勿論、その動きが限定された中で有利に立ち回るのが熟練者であり、リヴェリアの様な達人な訳だが、幼い頃から素手で生き残らなければならなかった。多分その影響もあるのだと思う。
ようやく笑い終えたリヴェリアは、皿に残った最後のクッキーを頬張る。
「それはさて置き、ステラの目的も調べなければな。願いとやらも気になる」
「俺がステラと出会ったのは偶然だ。初めから呪いを解くつもりなら、魔剣を手にした時に向こうから俺に接触して来ているだろう」
鉱山の地下に落ちてしまったのはあくまでも事故だ。
あの変な三人組が居なければ、レイヴンはステラに出会う事は無かった。
「偶然? 向こうから接触して来たのでは無かったのか」
「待ってよ。それじゃあ、いよいよ何の為に呪いを解いたのか分からなくなっちゃったよ。使い易くしたって事? 何で⁇ 」
「ふう……魔剣については引き続き私とマクスヴェルトで調べてみよう。ステラに何の目的があるのか知らないが、動き出したのなら何か分かるかもしれない」
「えーーーー⁈ 僕も調べるの?」
「当たり前だ。他にも問題は山積みなのだぞ」
ステラの動きは二人に任せておけばいずれ掴めるだろう。
二人と話をしたおかげで、ステラがどういう心理状態なのか少しだけ分かった気がする。
もしかしたら混乱しているのはステラの方なのかもしれない。支離滅裂な行動の理由もそれで一応の説明は出来る。
だが、レイヴンを壊すと言った以上、今回のような事がまた起こらないとも限らない。
どちらにせよ、また接触して来る可能性はある。
そしてもう一つ。
レイヴンは知らなければならない。
「俺は自分の過去についても調べるつもりだ。もう何も知らないままでは駄目だ。リヴェリア、何か知っている事はないか? 何でも良い。記憶が無い理由も知りたいんだ……」
「すまない。それについては今、私から話せる事は無いのだ」
「……」
「だが、これだけは信じて欲しい。私はレイヴンの味方だ。必ず力になる」
「……ま、僕も協力するよ。もし、外界へ行きたいなら連絡してよ」
「分かった」
こうして異例の話し合いを終えたレイヴン達は、これからの話し合いをする為に街へ向かう事にした。
リアム達を巻き込んでしまった件についてはマクスヴェルトが説明してくれたそうだ。
どういう説明をしたのかは知らないが、真実を話した訳では無いのだろう。
もしもそうなら、俺はリアム達に合わせる顔が無い。
「大丈夫だ。私達が付いている」
「ああ……」
リヴェリアの言葉に背中を押され、街へ向かって重たい足を踏み出した。




