岬での対話。新たな疑問。 前編
全ての魔物を倒し終えた後。
レイヴン達はマクスヴェルトの転移魔法によって街へと戻って来た。
百人以上はいたリアム達のパーティーで生き残ったのは普通の人間が六名、魔物混じりが二十名という悲惨なものだった。それでも全滅するよりはずっとマシだとリヴェリアは言ったが、レイヴンは全く納得出来なかった。
目覚めたリアムと酷い怪我の状態から回復したアンジュは、街の人達の手を借りながら付ききっきりで仲間の看病をしていた。
リヴェリアとマクスヴェルトの二人はダリルを始め、村の管理をしている者達に顛末を報告しに行った様だ。
かける言葉の見つからないレイヴンは一人、ルイスの墓のある岬へと来ていた。
今は一人になりたい。
風が止み、波の無い湖面に写る月を、ただ黙って眺めていた。
こうしてじっとしていても、自分が関わったばかりに犠牲者が出てしまった事への苛立ちが募る。
何も出来ない自分。
何も知らない自分。
知ろうとしても事態は勝手に進んで行く。
何もかも空回りしている様な気分だ。
どんな力を持っていようが、どうにもならない。
レイヴンはパラダイムでクレアを救う前、皆に言った言葉を思い出していた。
『どんなに力があっても、どんなに願っても、どうにもならない現実というのはある』
自分で言っておきながら情けない話だ。
分かっていたつもりでも、結局はこの様なのだから。
魔剣を指でなぞりながらルナの心臓に語りかけた。
「願いとは何なのだろうな……。俺は、想いを貫きさえすれば、それが願いなのだと思っていた。けれど、現実は違う。思うようにならない事、叶わない事ばかりだ……。いろんな物が俺の手をすり抜けて溢れていく……どうするのが正しいんだ?」
応える筈の無い魔剣を見つめていると、不意に背後からリヴェリアが声をかけて来た。
「そんなものに答えなどありはしない。だからこそ皆、悩む。立ち止まる。そんな時は周りを見渡すのだ。お前の手を掴んでくれる者は必ずいる。それが仲間というものだ。お前が一人で悩んだところで、出来る事など、たかが知れていると私は思うぞ」
「リヴェリア……聞いていたのか」
「聞こえたのだ。心配しなくても、マクスヴェルトは怪我人の治療をしている。しばらく此処には来ない」
リヴェリアはレーヴァテインを外すと、レイヴンの隣に腰を下ろした。
今は一人でいたいというのに面倒な事だ。
「一人でいたいという顔だな」
「……」
「お前は仏頂面の癖に考えている事が全部顔に出るな」
「放っておいてくれ……」
「ふふふ……」
再び訪れる沈黙。
二人は黙ったまま、月明かりの写る湖を眺めていた。
リヴェリアには聞きたい事がいくつもある。
けれど、レイヴンは頭の中が混乱していて、何から聞けば良いか考えあぐねていた。
そんな時だ、最初に口を開いたのはリヴェリアだった。
「……ステラの事が聞きたいのか?」
「……」
やはりリヴェリアは勘付いていた様だ。
「期待を裏切って悪いが、実はな、私もよく分からないのだ」
「そんな訳……」
「本当なのだ。ステラには何度か会ったが、魔法の力を使って魔剣を作る研究をするので手伝って欲しいと言われて協力していただけだ。レーヴァテインの様な魔剣を作りたいと言っていた」
リヴェリアの愛剣レーヴァテインは謎の多い魔剣だ。
清浄な魔力の持ち主にしか扱えない“聖剣”に位置するという特殊な剣。
ルナの話では、魔剣の力を自身の封印の為に使っているとの事だが、それはリヴェリア自身が言っていた事でもあるし、何となく分かっていた。
だが、それだけとは思えない。封印を解いたリヴェリアの力は強大だ。
剣聖と呼ばれるリヴェリアの本気の剣は未だ誰も見た事が無い。
もしも敵になったとしたら、リヴェリアほど厄介な敵はいないと断言出来る。
「その魔剣にはお前の力を抑える事意外にも特別な力があるのか?」
「特別?いいや。私の力を抑えてくれているだけだ。私も人間でいたいからな」
「どういう意味だ?」
リヴェリアは俺の問いには答えず、レーヴァテインを手に取り立ち上がった。
「レーヴァテイン……」
『しかし……』
「第六までで良い」
レーヴァテインから発せられた声は黄金の魔力を放ち、リヴェリアの体を包み込んだ。
やがて、黄金の魔力が鎮まると、リヴェリアの体に薄っすらと鱗が浮かび上がった。
「じっくりと見せるのは初めてだったな。見ての通り、私は純粋な人間では無い。魔物では無いが、私にも人間以外の血が混ざっている。以前戦った時にもこの姿は見ただろう?」
「あ、ああ……」
「レーヴァテイン、もう良い。戻せ」
『はっ』
元の姿に戻ったリヴェリアは再び腰を下ろすと話を続けた。
「私自身いろいろと誓約があって詳しくは話せないのは申し訳なく思うが、私もレイヴンと似通った悩みを抱えているのだ」
「そうか……」
「……そんな事より、私とマクスヴェルトがこの遺跡に来た理由を聞かないのだな」
「何となくだが、見当が付いている。マクスヴェルトの変わり様には驚いたがな」
「うむ。まあ、マクスヴェルトにもいろいろとあるのだ……。その内、奴が自分で話す事もあるだろう」
二人がこの街に来た理由。それは、マクスヴェルトの魔法による監視だろう。
世界を隔てる壁などという馬鹿げた大魔法を発動しているくらいだ。突然レイドランクに匹敵する魔物が大量に出現すれば、あのマクスヴェルトが気付かない訳が無い。
異常を感知したマクスヴェルトがリヴェリアに報告したといったところだ。
考えの纏まらないレイヴンであったが、一つだけリヴェリアに言っておく事にした。
「リヴェリア。一つだけ言っておかなければならない事がある」
「ん?」
「ステラが魔剣を作ろうとした話に関係している事だ」
「あれは面白い実験だった。だが、本当の意味での魔剣は作れなかった。あの実験は失敗し、私はそれきりステラとは会っていない」
「ルナという名の少女を知っているな」
「……!」
リヴェリアは明らかに動揺した様な素振りを見せ、ゆっくりと頷いてみせた。
「この魔剣……」
俺はリヴェリアに魔剣を見せる様に持ち上げ、ルナから聞いた魔神喰いの真実を告げた。
「この部分にはルナの心臓が使われている」
「……馬鹿な! 何の冗談だレイヴン⁈ 」
「本当の事だ。ルナ本人から聞いたからな……」
「本人だと⁉︎ まさか、生きていたのか⁈ 」
「意識だけだがな」
「ま、待ってくれ! どういう事だ⁈ もっと詳しく説明しろレイヴン!」
これだけ取り乱すという事はステラが単独で魔剣を作ったという話は本当なのだろう。
「その前に、リヴェリアはこの魔剣について知っていたのか?」
「いや、誓って私は何も知らない」
俺はリヴェリアの金色の目を見て、今の言葉が真実だと悟った。
「そ、そうか。なら、お前を信じよう」
試す様な真似をするのは好きでは無いが、リヴェリアが人間を材料に魔剣を作る実験に与していたのでは無いとはっきりしただけでも安心した。
ならば、この場でリヴェリアに遺跡であった事を話しても良いだろう。
「この街にある遺跡にこの魔剣が封印されていたのは知っているな? その更に地下、厳重に封印された扉の先に氷漬けになったルナがいたんだ」
「……」
「俺はーーーーーー」
俺は遺跡の地下であった事を出来るだけ詳細にリヴェリアに説明して聞かせた。
話を聞いている間のリヴェリアは終始険しい表情をしていた。
無理も無い。人間を材料に魔剣を作ったというだけでも異常。その上、ルナは自分の事を造られた人間だと言った。クレアが最初の成功事例だと思っていたのはレイヴンも同じだ。
人間を造ろうとしている魔術師と呼ばれる連中がいるのは知っていても、そんな昔に成功事例があるとはリヴェリアも気付かなかった様だ。
「そんな事が……狂っている…………人間を材料にした魔剣? 」
「ああ。胸糞悪い話だ。それと、ルナは生まれ変わった」
「生まれ変わった?」
「氷漬けにされていたルナにはクレアと同じ様に魔核が埋め込まれていた。だから俺は魔物堕ちしたルナを魔剣の力を使って新しい命として生まれ変わらせたんだ」
「……」
「始まりの剣。ステラはこの魔剣をそう呼んでいた。願いを叶える剣だと……」
魔剣の事を調べている最中に始まりの剣などという記述は一切見られなかった。
詳細は不明のままだが、魔神喰いの元になった剣があるのは間違いなさそうだ。
「私がステラに協力していた時はそんな名前の魔剣は持っていなかった。精々がドワーフの作った魔導剣が数本あった程度だ。それに、願いを叶える剣とは何だ? 第一、それでは話が……辻褄が合わないではないか」
「どういう意味だ?」
「考えても見ろ。その魔剣が魔神喰いと呼ばれる由来を。ステラがいつ何処でその剣を手に入れたのかは分からない。しかし、その剣は呪いを受けていたんだ。なら、その剣は作り直すまでも無く、ステラが手にした時には既に魔剣だったという事だ」
「……?」
「分からないか? ステラはルナを使って魔剣を作り直したのでは無い。元々魔剣だった物にルナを……」
「まさか……レーヴァテインと同じ魔剣を作るとは……」
「分からない。それなら、今になって呪いを解いた理由が分からない……分からないんだ…」
ステラもルナも始まりの剣を魔剣にする為だと言っていた。
しかし、今のリヴェリアの話を聞く限り、確かに辻褄が合わない……。
「やれやれ、君達はもっと大事な事を忘れて無いかい?」
まったく答えが出ないまま行き詰まっているとマクスヴェルトがやって来た。
「マクスヴェルト、治療はどうした?」
「何言ってるのさ。そんなの僕にかかれば一瞬だよ。今は不自然にならない様に皆んなには眠ってもらっているよ。それよりも、魔剣だなんだと言っているけど、今回の件といい、どう考えてもレイヴンの為に作ってるでしょ」
「俺の為だと?」
「そうさ。簡単な話だよ。仕方ないから僕が説明してあげるよ。時間も無い事だしね」
マクスヴェルトはそう言って二人の正面に腰を下ろした。




