願いの果てにある狂気
遺跡を出ると既に日は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
レイヴンは、遺跡の調査が終わった事を知らせる為、そしてルナの為に何か温かい毛布を分けて貰う為に、赤ん坊になったルナを連れてダリルの元を訪れた。
「レイヴン……その赤ん坊は一体どうしたんだ? 誰の子だ?」
「遺跡の調査をしていて見つけた」
「遺跡で? ……いや、詳しくは聞かないでおこう」
「それが良い」
賢明な判断だ。ダリルは何か感じたのだろう。
ダリルに毛布や赤ん坊用の食事の相談をすると、街の女性たちが協力を申し出てくれた。
子供の相手をした事はあっても赤ん坊の世話などした事が無い。正直助かった。
ルナを街の女性達に預けたレイヴンは、もう一度遺跡の前に来ていた。
昔、いつも花を眺めていた場所に腰を下ろして、真相を知る人物が現れるのをじっと待つ。
遺跡に施した封印が解かれたのだ、ここで待っていれば現れるだろう。
花を眺めていると昔から不思議と心を落ち着かせる事が出来た。けれど、今はそれも難しい。
月明かりに照らされた花が風に揺らぎ、花に影を落とす様に俺が待っていた人物が現れた。
「レイヴン……」
「ステラか」
「もう、すっかり夜ね。寄り道してたら来るのが遅くなっちゃった。もう宿はとったの? 夕食は? 食べて無いなら一緒にーーー 」
「何故、俺の事を知っていて黙っていた? ルナの事もだ」
「……」
何を言われるか予測していたのだろう。
ステラは驚いた様子もなく、レイヴンの視線を受け止めた。
「そっか……もう、知ってるんだね」
やはりルナの見せた記憶は正しいかった様だ。
「ルナが教えてくれた。俺の……俺達の過去について。だが俺にとって、そんな過去の事はどうでも良い事だ。過去がどうであれ、俺は今を生きている。俺は俺だ」
どうしてこんな事をステラに喋っているのだろう? 不安なのか?
レイヴンは言わずにはいられなかった。
「お前は何者だ? あの家で何をしていた? 人間を造り、ルナを魔剣の材料にしたのは何故だ? リヴェリアとお前は何を企んでいる?」
「リヴェリアは魔剣の研究に協力してくれただけ。人間を造った事も、始まりの剣が魔神喰いと同一の物だという事も知らないわ。本当よ」
ステラの目は真っ直ぐにレイヴンを見つめている。
その青い瞳は暗く揺らいでいた。
この期に及んで嘘を吐いている様には見えないが、ステラの言葉を鵜呑みには出来ない。
ルナは言った。知っているのは自分の知る事だけだと。
ならば、当事者達に話を聞かなければならない。
「クレアもお前が造ったのか?」
「私じゃ無いって言っても信じてくれないのでしょうね……」
「当然だ」
人間を造れる連中が他にもいて堪るものか。
「聞いてレイヴン! 私はーーー」
「言い訳など聞きたく無い」
「……」
「人間を造る?命を造るだと?お前は神にでもなったつもりか?それとも悪魔か?何の目的があるのか知らないが、お前がやった事は人殺しだ」
この湧き上がる感情は何だ? 怒り? それとも失望?
「私はただ、レイヴンに幸せになって欲しいだけ。何もかもをやり直して、幸せに暮らして欲しいだけよ! 確かに私は過ちを犯した。だけど、やり直せる」
「……幸せだと?」
レイヴンはステラの口から幸せという言葉が出た事に憤りを隠せなかった。
「始まりの剣は願いを叶える剣。その気になれば世界そのものを変えられるわ! でも、レイヴンは魔物混じりだから聖剣を扱う事は出来ない。だから私はルナを使って聖剣を魔剣に作り変えた! そうすれば、レイヴンにも始まりの剣が使えるもの! レイヴンが自分で望む世界を作ることだって出来るもの!」
「何だそれは?その為に他者を犠牲にしてもか?」
「レイヴンの為ならなんだってするわ!貴方を苦しめたのは私だもの……何もかも私のせいだって分かってる。私はレイヴンから何もかも奪った。当たり前の幸せも、日常も……だから貴方は幸せにならなくちゃいけないの! その為ならなんだってする!」
「俺の為だと?そんなくだらない理由で皆を……ルナの命を弄んだのか!」
「くだらなくなんか無い! 私にとっては大事な事だもの!!!」
ステラは狂っている。
結局のところ、ステラはレイヴンにこの魔剣を使わせる為だけにルナの命を利用したという事だ。
ルナの憎しみを利用して魔剣を作るだなんて正気じゃない。
「お前は狂っている。自らの過ちを正す為に世界を変える? 第一、それを俺に話した時点で、お前の計画は破綻している。俺がこの剣を使わなければ良いだけの話だ」
ステラは首を横に振って俺の言葉を否定した。
「レイヴンはその魔剣を使う。必ずよ……」
「何故そう言い切れる?」
「貴方は優しいから」
そう言ってステラは微笑んで見せた。
けれど、ステラの青い目には狂気が宿っていた。
記憶の中で見たステラの優しい笑顔の面影は無い。
「私は、私の目的の為に世界を壊す。だから、レイヴン……貴方も壊すの」
「……⁈ 」
ステラを中心に魔法が発動する。
狂気に満ちたステラとは対照的な美しい魔法陣は、幾重にも重なり夜空を明るく照らしていった。
「何をした⁉︎ 」
「その内に分かる。私はもう後戻り出来ない。だから……ごめんね、レイヴン……」
「待て! まだ、話がーーーー」
光に包まれたステラが姿を消すと、また元の暗闇に戻った。
ステラにはまだ聞きたい事があったというのに、みすみす逃してしまった。
何を企んでいるのかは分かった。ステラの発動させた魔法の正体は不明だが、その内分かるという事は今直ぐという訳では無いのだろう。とにかく、リヴェリアが本当に敵では無いのなら力を借りる必要がある。
(くそ……何が俺の幸せだ。周囲の者を犠牲にして、一体それのどこが幸せだと言うんだ!)
全てが唐突過ぎて何がなんだか分からない。
いつだってそうだ。いつもレイヴンを置き去りにして、世界は全てを押し付けようとする。
理不尽も不条理も、何もかもだ。
(俺は一体何者なんだ……)
「レイヴン! 今のは一体何だ⁈ 」
「すげぇ光が見えたけど……」
今の光を見たダリルが駆け付けて来たようだ。
隣には何故かリアムが一緒にいる。
レイヴンはステラが最後に見せた歪んだ微笑みが気掛かりだった。
「ダリル。すまないが何が起こるか俺にも分からない。状況が把握出来るまで街の住人達には家から出ない様に伝えてくれ」
「わ、分かった。お前がそう言うなら、言う通りにしよう」
「よく分からないけど、俺も力になるぜ! レイヴンには借りがあるからな。何でも言ってくれ」
「不要だ。それより何故お前が此処にいる? 仲間はどうした?」
「あ、いや……もう一度レイヴンと戦ってみたくてな。ダリルさんに聞いたら、遺跡に行ってるって言うから待ってたんだ。仲間達はアンジュに任せて来た」
リアムはやはり何も分かっていない。
この危険な森で仲間を置き去りにしたも同然だ。
「……皆の元へ戻れ。お前の相手をしている暇は無い」
「いや、だけど」
レイヴンはリアムを無視して街の周囲に異変が起きていないか確認し始めた。
(俺と戦いたいだと?)
何をどうすればそんな考えになるのか分からないが、仲間を置いて来る様な奴に教える事など何も無い。
「ダリルさん! 急いで来てくれ! それから、リアムって人も早く!」
街の住人が慌てた様子で走って来た。
レイヴン達について来るように言うと、街の入り口に向かって走り出した。
街の入り口には住人達が集まって誰かを治療している様だった。
魔物が入って来られないこの街で怪我人が出たとしたら、それは街の人間以外だろう。
「こっちだ! 岸で倒れているのを見つけて連れて来たんだ」
(あの女は確か……)
「アンジュ⁈ どうしたんだその傷は⁈ 」
アンジュに気付いたリアムが慌てて駆け寄り呼び掛ける。
「リアム……うっく…!」
「待て! 起き上がらなくて良い!」
見たところ、アンジュの傷はかなり深い。
住人達が必死に手当てをしているが、相当な出血量だ。
魔物にやられた様だが、あれだけ大人数のパーティーにいて、これ程の深手を負うのはおかしい。
あのパーティーにはこの二人の他にも腕の立ちそうな者が数人はいた。リアム一人抜けたからと言って総崩れになるとは考え難い事だ。
「早くしないと、皆んなが……ううっ」
「しっかりしろ! 何があったんだ⁈ 他の奴等はどうした⁈ 」
「分からない……突然魔物に襲われて、気付いた時には皆んな……」
「おい!アンジュ!アンジュ!くそ!一体何があったんだ……!」
アンジュは意識を失ってしまった様だ。
事情は気になるが今は傷の手当てが先だ。
「ダリル、この街に治癒魔法が使える者はいないのか?」
「此処から西の森を進んだところにある街まで行けば……しかし……」
「魔物か」
「あ、ああ。怪我人を連れて行くには危険過ぎる。それに夜は魔物が活発に動き出す。残念だが……」
西の街には行った事が無い。正確な場所が分かった所で、それまでアンジュが保つか分からない。
「俺が行く! 俺が治療できる奴を連れて戻って来る!」
「止めておけ」
「見殺しに出来るか! あんたが止めても俺は行く!」
今にも飛び出して行きそうなリアムの前に立ち進路を塞ぐ。
「どけ! 直ぐに行かなきゃならないんだ!」
「他の仲間はどうする? 見殺しにするのか? まだ森の中で生きているかもしれないのに。お前は仲間を見捨てるのか?」
「ぐっ……!」
パーティーのリーダーが仲間を見捨てるなどあってはならない。
確かにそうせざるを得ない状況もあるだろう。自分の命を優先させるのは仕方のない事だ。救える仲間を優先するのもそうだ。しかし、仲間の安否も確認しないまま自分勝手に動くのは、仲間への裏切りだ。
拳を握りしめたまま歯噛みするリアム。
答えが出せないのだろう。
それもまた正しい。どちらも見捨てられないからこそ悩む。
「……仕方ない。俺が力を貸してやる」
「良いのか⁈ 」
「ダリル、この薬を使え。一先ず瀕死の状態からは回復するだろう」
ユキノに分けて貰った回復薬をダリルに渡した。
自分には必要無いと言ったのだが、持っておけと言って渡してくれた物だ。まさか、こんな所で役に立つとは思わなかったが、見殺しにする訳にもいかない。
ユキノ特製の回復薬ならかなりの回復効果が見込めるだろう。
じきにアンジュの容態も安定する筈だ。
レイヴンはリアムの仲間達がまだいるであろう森に向かって歩き始めた。
もし、この状況がステラの引き起こした事なら、レイヴンにも責任がある。
「どうするつもりだ?」
「森へ入って他の仲間を探す」
「無茶だ! いくらレイヴンでも、またあの時みたいに……!」
「問題ない。直ぐに戻る」
ダリルの言いたい事は分かる。しかし、もうあの頃とは違う。
今なら魔物に遅れを取ったりはしない。
「ほ、本当に良いのか?」
「仲間を助けたいのだろう? 行くぞ」
「ああ! 恩に着る!」
森の中へ足を踏み入れたたと同時に、直ぐ状況を理解した。
暗い森の中。
月明かりに照らされた複数の巨大な魔物が、人間を貪り食べていた。
「うっぷ……!」
リアムが蹲り嗚咽を漏らす。
(無理もない。これはいくら俺でもキツい……)
醜く肥大化した体。
幾人もの人間を貪っても尚、腹を空かせて蠢く者。
あり得ない。
魔物堕ちは確かに突然起こる症状だ。
だが、これは違う。
「そうか……コレがステラの使った魔法か」
そう、リアムのパーティーにいた魔物混じり達が一斉に魔物堕ちしていたのだ。
百人はいた仲間の内、魔物混じりはその約半数。
ステラは魔法を使って強制的に魔物堕ちを引き起こさせた。
「……何がお前をそうさせた? どうして自分の目的の為に他者を犠牲に出来る? 俺の幸せだと⁈ 笑わせるな! 」
「うぁアアアアああァァァ……コロ、シテ……」
「苦シ……イ……誰カ……」
魔物堕ちしたリアムの仲間達の悲痛な叫びが耳にこびりつく。
救いを求め、死を願い、それでも魔物の本能が仲間を貪る事を止めさせ無いのだ。
「そうまでして俺に魔剣を使わせたいのか……ステラッ!!!」
ーーードクンッ!!!
レイヴンの叫びと、ルナの心臓の音が森の中に響いた。




