パラダイム冒険者組合からの呼び出し
本日中にもう一話投稿します。
ランスロットが随分良い具合に酔い始めた頃。
ふと、周囲の騒つき方がいつもと違う事に気付いた。
普段なら全く気にせず食べ続けるのだが、おかしい。余りにも多くの視線を背中に感じる。
静まり返った店内に、コツコツと靴の音が響く。
音は真っ直ぐ此方へ近付いて来た。
昼間の騒ぎは皆知っている筈だ。
喧嘩をふっかけてくる馬鹿はいないと思いたい。
一応警戒する事にしたレイヴンは、食べかけのミートボールを口へ放り込んだ。
「食事中に申し訳ない。ちょっと良いかね?」
声を掛けて来たのは眼帯をした紳士風の大男。
冒険者なのだろうか? 服の上からでも鍛えられた筋肉が隆起しているのが分かる。
背後には冒険者組合の警備兵達が数人立っていた。
「待ちな、おっさん。俺の連れに何の用だ?」
酔っ払っていた筈のランスロットが大男の前に立つ。
別に余計なことをしなくても良いのにと思ったが、ミートボールパスタが冷めてしまうのも嫌なので任せることにした。
「私はパラダイム冒険者組合で組合長の補佐をしているモーガンだ。君は確か……中央冒険者組合所属、SSランク冒険者ランスロット。戦士職で臨機応変な立ち回りの出来る優秀なアタッカー。現在はフリーの冒険者だったかな? 中央の第一線で活躍している冒険者に会えて光栄だ。だが、私が用があるのは君では無い。どいてくれないか?」
「へえ、よく知ってるな。で? そのSSランク冒険者の連れに何の用だって?」
遠巻きに此方の様子を見ていた店の客達は、手に持ったエールや料理をそのままに、睨み合う二人の様子を固唾を飲んで見守っている。
緊迫した空間の中でレイヴンの使うフォークだけが、カチャカチャと音を立てていた。
「連れ? そちらの少年は確かCランク冒険者。ああ……そういう事か。残念だが、他のはぐれ者を探した方が良い。他にもいくらでもいる。君なら選び放題だろ?」
「おい、今直ぐそのくだらねぇ勘ぐりは止めろ。レイヴンは俺の仲間だ。あまり俺を舐めるなよ、おっさん」
フォークが床に落ちた音が響く。
振り返って見ると、レイヴンが目を丸くして口をポカンと開けていた。
「ランスロット……」
「あ? 何だよ? 今、取り込み中だ」
「お前、仲間だったのか……」
本当の静寂とはこういう事を言うのかもしれない。
ほぼ満席の店内で息遣い一つ聞こえて来ない。
数秒だったのか、数十秒だったか、最初に我に返ったのはランスロットだった。
「はあああああああああ⁈ ふざけんなよレイヴン! お前は俺達の仲間だろうが‼︎? 」
「すまん、俺はてっきり、その……ランスロットは俺を探しに来る係だと思っていた」
「んな訳ねぇだろ‼︎ いや、係っちゃあ、係だけどよ! 何度も同じパーティーで戦っただろうが⁉︎ 」
「そ、そう言えば、あ! ああ……あ? いた……気がする。……あれは、そうか……仲間だったのか」
「嘘だろ? マジで言ってんのかよ……」
レイヴンがまだ冒険者として依頼を受け始めたばかりの頃、使い捨ての魔物混じりとして依頼内容を問わず数々の依頼に呼ばれていた時期があった。
(そう言えば……)
確かにランスロットとも何度か同じパーティーになった事がある。
何かと突っかかって来るランスロットの態度を見て、随分と嫌われていた様に感じていたのだが、実はそうでは無かったらしい。
ぼんやりと覚えているランスロットの第一印象は狂犬。
魔物を相手に一歩も引かず、魔物を見れば斬りかかる。
見かけの割に泥臭い戦い方をする男。
腕は確かなのだが、事あるごとに自分の功績をひけらかす、いけ好かないタイプの人間だと思った。
けれど、ランスロットだけは唯一、魔物混じりであるレイヴンを無視しなかった。
(確か初めは興味本位で絡んで来るだけだと思っていた。しかし、ランスロットは他のメンバーが皆反対する中で、俺を含めたパーティーでの戦闘に拘った)
ランスロットはレイヴンとの二人で攻撃の起点とする編成を強く提案していた。生存確率を上げる為に必要な事だと言うのが理由だった。
内心ではレイヴンもランスロットの意見には賛成だった。だが、魔物混じりの役割は一体でも多くの魔物を道連れにした特効。使い捨ての消耗品であり、それが大多数の意見だった。
レイヴンは話し合いの最中、一言も喋らなかった。
その時は結局、他のメンバーの意向が変わる事は無く、レイヴン自身も何も言わなかったこともあって、予定通りレイヴンが一人で魔物を相手にする事になった。
魔物の群れの前に一人で歩いて行く姿を皆が薄ら笑いを浮かべながら見送っていた時。歯痒そうに目を逸らしたランスロットを見て、ランスロットへの印象が変わった。
『コイツは信用出来るかもしれない』
思えば、あの時初めて他人を認めた様な気がする。
他人と関わるのは苦手だが、ランクの低いレイヴンにとって、高ランク冒険者からの誘いは報酬が良いと言う理由だけで魅力的だった。それが例え、使い捨ての戦力として呼ばれたにしてもだ。
他人を見下す事しか脳の無い糞みたいな連中も居れば、レイヴンが思わず心配してしまいそうになるくらいのお人好しもいるには居た。
ランスロットは後者だ。
(ふむ……懐かしい話だ)
がっくりと肩を落として項垂れるランスロットを押し退けて、大男が俺の前に立った。
「どうやら君達の関係ははっきりした様だな。Cランク冒険者レイヴン。君が先程組合に持ち込んだ魔核について少々聞きたい事がある。組合まで同行願えるかな?」
(魔核? あの男に任せておいた筈だが……)
返事を待たずに警備兵が近付いて来る。
どうやらレイヴンの意思は関係無いらしい。
「良いだろう」
「良い返事が聞けて良かった。では、武器は此方へ渡してもらおうか。君が組合に足を踏み入れるだけでも一大事。特例なのだ。私の言いたい事は分かるだろう?」
(どいつもこいつも……)
レイヴンは黒剣を警備兵に渡そうとして躊躇した。
黒剣は持ち主を選ぶ魔剣だ。持ち主以外が持てば気を失うまで魔力を奪われる。
それなりの実力者なら暫くは大丈夫……かもしれない。
だが、警備兵程度の実力では無理だ。
ムカつく人間を心配しても仕方ないが、魔剣の事をとやかく言われても面倒だ。
「どうした? この場は従っておいた方が賢明だと思うがね」
「この剣は特殊でな。俺にしか持てない。だから此処に置いていく。手ぶらなら構わないんだろ?」
「……まあ良いでしょう。問題ありませんよ」
「ランスロット、剣を頼む。仲間だろ?」
「お前、調子良すぎだろ……。ああ! 分かった分かった! さっさと行って用事を済ませて来いよ」
カウンターに黒剣を立て掛けた俺は再び大男に向き直った。
「準備出来た」
「結構。ですが、これも必要でしょう」
モーガンが手で合図すると、警備兵が俺の手に縄をかけた。
まるで犯罪者扱いだ。
(Cランク冒険者程度なら、この程度の貧弱な縄で十分だと思ったのか)
「…ッ! テメェら!!!」
「ランスロット! 構わない。こういう扱いには慣れている」
「だけどよお! ……クソッ。レイヴン」
ランスロットはそれ以上何も言わず、胸の辺りを指差した。
レイヴンはランスロットの意図を理解すると、一度だけ頷いて酒場を出た。
大通りを歩くレイヴンは、また注目の的になった。
騒ぎを嗅ぎ付けた野次馬が大勢集まって通りに群がっている。
街へ戻った時には、賞賛と皮肉を。
そして今は、嘲笑と侮蔑の言葉が浴びせられた。
人間と魔物。どちらを信用するかと問われたら、魔物だと答えるだろう。
凶悪な魔物を数多く見て来た。だが、この場にいる人間の心よりも醜い魔物はいなかった。
冒険者組合の建物の前で、俺の換金を担当していた男が落ち着かない様子で立っていた。
大きさの合っていない丸眼鏡をしきりにずり上げながら大量の汗を拭いている。
「すまないレイヴン。ヘマをしちまった……」
レイヴンはすれ違い様にかけられた言葉に、首を横に振って答える。
この男の腕は確かだし、信用して任せたのも自分だ。
男に非は無い。
それに、呼ばれた理由は予想出来ている。
“魔核をどうやって入手したのか?” だろう。
頭の固い連中は、Cランク冒険者であるレイヴンが倒したと言ってもまず信じない。
レイヴンは、どうやって説明したものかと思案しながら、一度も入った事の無い組合の入り口が開かれるのを見つめていた。