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氷漬けの少女

 レイヴンが遺跡に足を踏み入れた頃、リアム達は狩の最中だった。


「そっちに行ったぞ……」


「ああ、見えてる」


「向こうの奴らが追い込んで来たら一斉に行くぞ」


 慎重に獲物を追い込んで確実に仕留める。


「よし! 今だ!」


「やった! これでもう食料に困る事は無いぞ!」


「すげぇ、こんなに簡単に狩が出来るなんて……」


 あのレイヴンという冒険者に教わったパーティーは大成功だった。

 狩の効率が飛躍的に改善され、直ぐにメンバー全員の胃袋を満たす事が出来る様になった。


 しかも、効果はそれだけじゃない。

 メインのパーティーにいるレンジャーが魔物と遭遇する前に位置を特定し、後続に控えていた別パーティーにいるレンジャーに知らせる事で、速やかに魔物を包囲撃破するという役割を担う事が可能となった。

 狩と魔物討伐を同時に行えるというのはかなり良い。

 大所帯で全てのメンバーを活かしきれていなかった問題点がまとめて解決出来たのはありがたい。


 

 勿論、今までだってレンジャーを使った周囲の警戒や狩はしていた。

 旅に出る前に基本的な探索の心得は一通り学んで来ていたし、実際に他の冒険者パーティーに参加させてもらったりもしたのだ。

 けれど、レイヴンが指名したメンバーと自分達で選んだメンバー構成とでは、その効果に天と地ほどの開きがある。


「レイヴンって何者? 私達もそれなりに旅の経験は積んで来たのに……」


「ああ……」


 情報の伝達まで改善された事で、いきなり飛び出して来た魔物に襲われたり、後手に回る事態が明らかに減ったのも大きい。

 精神的、肉体的にも余裕が持てるようになり、怪我をする者も少なくなった。


「この森を一人で旅をしているくらいだもの。何処か有名な組合に所属する冒険者なのかしら? 」


「ああ……」


「パーティーを組むタイプには見えなかったけど、実はこういう経験が豊富なのかしら? って……ちょっとリアム、聞いてる? 」


「ああ……」


 レイヴンはあの時、全く本気じゃ無かった。

 それなのに、反応するどころか姿を追う事も出来なかった。


 リアムはたった一度だけだが、SSランク冒険者と手合わせをさせて貰った事だってある。

 人間として最高峰の実力者。文字通り、最強の存在だ。

 結果はぼろ負け。けれど、遥か高みの存在だとは感じても、手が届かないとは思わなかった。


 だが、レイヴンは違う。

 手が届くとか届かないだなんて次元じゃない。


「ねえ! リアムったら!」


「え? あ、ああ……何の話だっけ?」


「しっかりしてよリーダー。レイヴンに負けたのがショックなのは分かるけど、上には上がいるんだって。いつも自分で言ってるじゃない」


 ショック?

 違う。

 今感じているのはショックなんかじゃない。


「ショックなんて感じてやいないよ。俺は感動しているんだ」


「感動?」


「そうさ。今まで強いって言われてる冒険者には何度も挑んで来た。でも、届かないと思った事は一度も無いんだ」


「それって……」


「レイヴンは、あの人は強い。今まで出会ったどんな冒険者よりも、桁違いに強い……と、思う」


「思うって、何よそれ……」


「実力が違い過ぎてよく分からないんだよ。仕方がないだろ?」


「へえ、リアムがそんな風に言うなんて珍しいわね」


 手を抜いていたって良い。

 本気じゃ無くても良い。

 もう一度戦ってみたい。


 向かい合って剣を交えれば何か掴めるかもしれない。


「アンジュ! 悪い。皆んなを頼むよ! 」


「え⁈ ちょっと何処行くのよ!」


「レイヴンにもう一度会って来る!」


 あんなに強い冒険者に会える機会はそうそう無い。

 せめて一度。

 今度は素手ではなく剣で勝負してみたい。


 頭の中にあるのはレイヴンの得体の知れない強さの事だけ。

 リアムは仲間の制止を振り切って街へと走り出した。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 巨大な氷の中に見えるのは間違いなく人間だ。

 まさか生きている筈は無いと思うが、体は綺麗な状態だ。氷が無ければ、ただ眠っている様にしか見えないだろう。白い髪の少女はどこと無く悲しそうな表情をしている様にも見える。


(クレアやゲイルと雰囲気が似ている様な……)


 魔剣が反応したという事は、この少女は何か関係があるのだろう。


 レイヴンが期待していたのは、もっと別の魔剣にまつわる文献や石版だった。

 この魔剣がどういう風に使われていたのか。それを知るだけでも何かヒントが得られると思ったのだ。


「この氷からは何か特別な力を感じる。不快では無い。しかし……」


 氷を保っているのは、この部屋に充満している魔力の影響だと思われる。

 一体何の目的で少女を氷漬けにしたのだろうか?


 魔剣があった遺跡の地下に封印された少女。

 この少女が魔剣の本来の持ち主という事も考えられる。

 だとしたら、悪魔や神と戦ったという伝承に残っているのはこの少女という事になる。


 氷の周囲をぐるりと一周してみたが、特に何も無い様だ。

 トラップの類いも無いとなると益々訳が分からない。

 おまけに、あれきり魔剣には何の反応も無い。


「興味深いが、これは無駄足だったかもしれない。街で遺跡の情報がないかダリルに聞いてみた方が良いか……」


 この氷漬けの少女に魔剣が反応したのは事実だ。

 結局、もう少し何かないか調べてみる事にした。


 こんな事なら魔法や結界に詳しいフィオナに頼んで、ついて来て貰えば良かった。

 本人は嫌がるだろうが、こういう調査にはうってつけだと思う。


(斬ってみる、か?)


 レイヴンは再び魔剣を抜き魔力を込めた。


ーーードクン。


 ただの氷では無いのは明らかだ。

 しかし、ここは慎重に力を制御しなくてはならない。


(細かい制御は苦手なんだが……)


 黒い刀身に薄っすらと赤い魔力が帯びた所で魔力の流れを一旦止める。


 あの鉱山の一件で、一つ収穫があった。

 魔剣を使うという事は、常に一定の魔力を注いでいる必要がある。

 長時間の戦闘を想定するなら、魔力の消費はなるべく抑える様にするのが良い。


 放出し続けるのでは無く、刀身を包んだ魔力がゆっくりと循環していくイメージを思い浮かべながら制御して行く。そうする事で無駄な魔力消費を軽減させるのだ。


 放っておけば無尽蔵に魔力を吸い尽くそうとする魔剣の制御はかなり大変だ。

 それでも以前よりは馴染んで来たとは思う。と言うよりも、馴染んで来て初めてこの魔剣の気難しさが分かって来た様な気がする。

 リヴェリアの持つ魔剣も同じなのだろうか?


(良い機会だ。少し調整してみるか……)


 体を沈めて剣を構える。


 間違っても少女を傷付ける訳にはいかない。

 下手に手加減をして氷を砕いてしまうような事があれば、やはり少女の体を傷つけてしまう。


 いつも無遠慮に魔物を斬っているのとはまるで違う感覚。

 ただ力を解放するのでは無く、必要な瞬間にだけ力を解放する。


(違う。もっとだ)


 静かに魔力を込め、刀身を魔力が覆ったタイミングで止める。

 これを幾度か繰り返し、徐々に速度を上げて行くのだ。


 呼吸をする様に静かに。

 戦闘中にこんな事をしている暇は無い。

 自然に出来る様に訓練しておく必要があるだろう。


 感覚を研ぎ澄ます。

 こんなに集中したのはいつ以来だろうか。


(このタイミングか……)


 調整を終えたレイヴンは、氷漬けの少女を見据え呼吸を整える。


 氷に巻かれた鎖を避け、一気に剣を振り抜いた。


(……⁈ )


 刃が氷に触れる瞬間に妙な違和感があった。

 すり抜ける様な軽い手応えだ。


「……!!!」


 氷を斬った経験など無いが、魔力を纏った氷がこんなに簡単に斬れるわけが無い。


(氷が剣を避けた……? まさかな……)


 氷は斬る前と同じ。

 何事もなかったかの様に光を反射していた。

 刃が通った箇所には傷一つない。


 どうやらこの氷を取り除く為には力技では駄目らしい。

 扉の封印すら斬り裂いた魔剣が通用しないとなると今のレイヴンにはどうしようも無い。


「思ったより厄介だな」


 レイヴンは氷に近付くと斬った箇所に触れた。

 だが、手にある筈の感触が無い。


 手が氷の中へと沈み込んで行く。


(何だこの氷は?これも魔法なのか?冷たい冷気は感じるのに、氷の中は何も感じない?)


 氷は確かに此処にある。

 鎖も、冷気も、氷漬けの少女もだ。

 現実なのに現実では無い何か。

 この感覚には覚えがある。


(しまった……!俺とした事が、あの時と同じ魔術か⁉︎ )


 最初の街で体験した魔術と同じだとしたら、既に術中に陥っている可能性がある。

 斬れない氷も、手がすり抜けるのもそれで説明がつく。


(一体いつ発動した?)


「この部屋に入った時からだよ」


 部屋の中に響く声。


(男? 女?)


「誰だ⁈ 何処にいる?」


「何言ってるの? さっきからずっと目の前にいるじゃない」


「……?」


 氷の中に入れた手に何かが触れた瞬間。

 目の前の景色が見た事も無い草原へと変化した。


 何も無い草原。

 暖かい風が吹き抜ける。


 これは魔術だ。

 分かっているのに、受け入れられない。

 あの時の魔術よりももっと鮮明な感触。

 踏みしめた地面の感触も、風の匂いも全てが現実と変わらない。


「やっと会えたね。レイヴン……」


「お前は……」


 いつの間に現れたのか……。


 レイヴンの目の前に氷漬けの少女が立っていた。



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