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思い出。そして、地下へ。

 街へ到着した途端に住人達に囲まれてしまった。


 どうやら騒ぎを聞きつけ、島から様子を見ていたらしい。

 レイヴンが賑やかなのが苦手だと分かっている住人達は、口々に『よく来たな』『うちで飯を食っていけ』などと声をかけるだけだった。


(懐かしいな。またこの街に来るとは……)


ーーーーーー


 この街は俺にとって特別な場所だ。


 冒険者になったばかりの頃。

 エリスやリアーナとも出逢う少し前の話だ。


 森で迷った俺は、魔物に襲われ命からがら湖のほとりにたどり着いた。

 全身ズタボロで死にかけていた俺を救ってくれたのが、この街の住人達だった。


 魔物混じりだと邪険にする事もせず、警戒を解かない俺の手当てをしてくれた。


 多分、本心では関わりたくなかったと思う。


 みすぼらしい格好をした死にかけの魔物混じりに進んで関わろうとするなんてどうかしている。

 けれども、その変わり者がいたのだ。

 一人で住人達を説得して回った人物がいた。


 遺跡の管理人 ルイスだ。


 彼女は渋る住人達を説得し、瀕死の俺を助けた。

 いつもベッドの側で看病をしてくれていたが、会話をした事は無い。

 俺は感謝の言葉を言い出せず、彼女も何も言わなかった。


 ただ、静かに……彼女の横顔を眺めていたのを覚えている。



ーーーーーー



「レイヴン、よく来たな」


 声をかけてきたのはこの街の長 ダリル。

 ルイスの父親だ。


「この魔剣の事で遺跡に用があって来た。また暫く世話になる」


「魔剣の……。分かった。ルイスにも顔を見せてやってくれ」


「ああ……」



 住人達と別れた後、島の一角に生えている大きな木の元へやって来た。

 湖が一望出来るこの場所はいつも清々しい風が吹いている。


「ルイス……君の教えてくれた孤児院は今でも続けている。まだまだ君が言った言葉の意味を理解するには至ってはいないが……。それでも少しはマシになったと思うんだ。その……最近言われたんだ。強くなったと。きっと君のおかげだ……」


 木の下にひっそりと立つ墓石。

 ルイスはもうこの世にはいない。


「それから、俺にも仲間と呼べる存在が出来たよ。まだ上手く話せないけどな……」


 ……不思議だ。

 この場所に来ると自然と口数が多くなる。


ーーーーーー


 ルイスと会った時にはもうルイスの体は病に侵されていた。

 体の弱かった彼女は、農作業が出来ない代わりに、遺跡の管理人として毎日を静かに過ごしていた。


 管理人と言っても、特別何かする事がある訳じゃない。

 花を植えたり、刺繍をして過ごしていたり……。

 彼女の生活はとても穏やかで静かだった。


 レイヴンの傷が癒えて動けるようになった頃、礼の代わりに街の仕事の手伝いをする様になった。


 仕事が無い時は、決まってルイスのいる遺跡に顔を出しに行き、一日中そこで過ごしたりもした。

 特に何かを話す訳でも無い。

 ただ、遺跡の側に座って空や湖を眺めたり、彼女の育てている花を眺めたりするのが好きだった。

 時には街の子供達の相手をしたりもした。

 初めはおっかなびっくりといった様子だったが、好奇心旺盛な子供達は直ぐに近くに寄って来るようになった。


 魔物と戦う事も無い。

 魔物混じりだからと石を投げつけられたり、暴言を吐かれる事も無い。


 この街では全てがゆっくりと流れていく。


『ずっとこのまま静かに暮らせたなら、どんなに幸せだろうか』


 いつしかレイヴンは、そんな事ばかり考える様になっていた。

 けれど、そんな日は長くは続かない。


 ある日、旅の魔物混じりが街で暴れる出来事があった。

 街の人達を傷付け、街を荒らしたのだ。


 暴れ出した原因は、魔物堕ちの症状が現れた事だった。

 理性を失った魔物混じりは、平和な街に恐怖をもたらした。

 けれど、街には戦える者など居ない。


 レイヴンは剣を抜き、その魔物混じりと戦った。

 今よりもずっと弱かった。魔物堕ちしかけた魔物混じりと三日三晩戦い続けた末、ようやく倒す事が出来た。

 剣は折れ、治りかけていた傷口は開き、全身酷い有様だった。

 再び瀕死の状態になったレイヴンは、足を引きずりながら街へ戻ろうとした。


 だが、そこで気付いてしまった。


 家の中から怯えた目をして様子を伺う街の住人達。

 レイヴンが近付くと視線を逸らし窓を閉めた。


 そう……。


 居心地が良いと感じていたのは只の勘違いだった。

 街の住人達は親切にしていたのでは無い。いつ魔物堕ちするかも分からないレイヴンの事を、まるで腫物でも触るかのように、気を荒だてさせない様に、慎重に接していただけに過ぎなかったのだ。


 その時、レイヴンは悟った。

 魔物混じりである以上、安住の地など無いのだと。


 幸せを願ってはいけなかった。

 この街に留まっていてはいけなかったのだ。


 街に馴染んできたと思っていたのはレイヴンだけで、腹の底では早く出て行って欲しかったのだろう。

 そう思うと、何もかもがどうでもよくなった。



 静かに暮らしたい。

 そんなささやかな望みすら叶わない世界で、一体何を目的に生きれば良い?


 この胸にある苛立ちを、怒りを、虚しさを、寂しさを……。

 一体どうすれば良い?


 分からない。

 誰か教えてくれ……。


 レイヴンはそのまま街を出た。


 オルドによって一度は救われた命。

 しかし、この世界の現実を知れば知るほど、俺は生きていてはいけない様な気がしていた。


 生きてさえいれば……。

 そんな淡い希望は露と消えた。



 一度も振り返る事無く、森の中へ入ろうとするレイヴンを呼び止める声がした。

 振り返ると、そこにはルイスが居た。


 初めて聞くルイスの声。

 綺麗な澄んだ声だった。


 けれど、もう戻れない。


 ルイスが何かを叫んでいたが、そんなのはもうどうでも良かった。

 レイヴンは再び森を目指して歩き出した。


 もう二度と人とは関わらない。

 そう誓って……。


 その時だった。

 不意に手を誰かが掴んだ。


 小さくて温かい感触。

 手を掴んだ者の正体は、街の子供達だった。


 血まみれの手にしがみ付いて離れようとはしない子供達に戸惑っていると、また別の声がした。


 ルイスの体を支えて歩いて来たのは街の大人達だ。

 街にあるありったけの船を使って追いかけて来たらしかった。


 茫然と立ち尽くすレイヴンに皆は言った。

『戻って来てくれ』『傷の手当てをさせてくれ』そして、『すまなかった』と。


 街へ連れ戻されたその夜、ルイスの父ダリルから全てを聞かされた。


 街の住人達はやはり俺の事を恐れていたそうだ。けれども、街の仕事を手伝ったり、子供達の相手をしているのを見て、住人達は徐々に考えを改め始めたそうだ。


 全く気付かなかったが、ルイスは管理人の仕事をしながら、レイヴンの監視役もやっていたそうだ。


 子供は純粋だ。

 それ故に、善悪の匂いには敏感に反応する。

 当然、大人達は止めたそうだ。


 それはそうだ。相手は得体の知れない魔物混じりだ。警戒するのが普通だ。


 しかし、子供達は皆、俺の元へ行くのだと言って聞かなかったらしい。

 そこで大人達はある提案をした。誰かに俺を監視させようというものだった。

 白羽の矢が立ったのは、レイヴンの治療をしようと最初に言い出したルイスだったと言う訳だ。


 そして、あの魔物堕ちしかけた魔物混じりと必死になって戦う姿を見て、完全にレイヴンの事を認めたのだと言っていた。

 目を逸らしたり隠れたりしたのは、戦いや血を見ることに慣れていないからだそうだ。

 住人達の考えが変わったのは、ルイスが皆に俺の普段の様子を話していた事も大きな要因らしい。


 ダリルが話し終わった時、レイヴンは生まれて初めて人の本音を聞いた気がしていた。


 誰かに自分の存在を認めて貰った瞬間。

 生きていても良いのだと言って貰えた気がした。


 これは、『嬉しい』と呼ばれる感情なのだろうか。

 この感情はとても言葉では言い表す事が出来ない。

 人間という生き物に絶望していたレイヴンの中に、初めて芽生えた肯定的な感情だった。



ーーーーーー



(つい、昔の事を思い出してしまったな……)


「また来る……」


 ルイスの墓に挨拶を終え、その足で遺跡へと向かった。

 遺跡は居住区とは別の島にあり、橋で自由に行き来することが出来る。


 遺跡の周りには、あの頃と変わらず綺麗な花が咲いていた。

 きっと街の誰かが今も花の手入れをしているのだろう。


(あの時のままだ)


 遺跡の入り口は厳重に閉じられている。

 と、言っても特別な封印を施している訳では無い。

 重たい石の扉を無理矢理こじ開け中へと入る。


 中は光る鉱石と呼ばれる蛍石が天井に使われているので、松明などの灯りが無くとも充分に視認が可能だ。


 この遺跡の地下に魔剣『魔神喰い』が封印されていた場所がある。

 レイヴンの目的はその更に地下に封印されている“あるもの” に用があるのだ。


「前に来た時はこの先へは入れなかった。しかし……」


 この扉は何らかの魔法によって厳重に封印されている。

 前回は開く事が出来なかったが、今は魔剣の力を使う事が出来る。


「起きろ」


ーーードクン。


 魔剣の鼓動が地下に響く。


 鎧は必要無い。

 赤い魔力が黒い刀身を覆った所で力を制御する。


(良し。これならいける)


 レイヴンは剣を振り抜き地下へと続く扉を封印ごと叩き斬った。


 封印の解かれた地下から漂って来る不思議な魔力。

 やはりこの先に何かある。


 この魔剣の謎を解く鍵。

 それを見つける事が出来れば、魔物堕ちを抑えつつ戦う事が出来るようになるかもしれない。


 地下へと続く階段を一段降りる度に冷気を纏った魔力が足に纏わりつくのが分かる。


(氷?)


 地下にあったのは鎖で繋がれた巨大な氷の塊だった。


 それ以外には何も無い。

 広い空間の中に氷の塊だけがあるのだ。


 この部屋には蛍石があまり使われていない様だ。

 薄っすらと光を反射する氷に向かってゆっくりと歩いて行く。


 氷の中にあった何かと目が合ったと思った瞬間。

 魔剣が突如勝手に鼓動し始めた。


「何だ⁈ 」


 魔力を込めていないのに、勝手に力を解放し始めた魔剣の鼓動が加速して行く。

 勝手に魔力を吸う事はあっても、こんな事は今まで一度も無かった。


(くそ! どうなっている⁈ )


 魔剣を制御しようと手を伸ばしたその時。

 氷から発せられた眩い光が部屋を満たした。


 魔剣の鼓動が収まり、一先ず落ち着いた俺は氷を見て息を飲んだ。


「人間……なのか?」


 部屋を満たした光が照らし出したのは、氷漬けになった人間の女だった。




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