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冒険者の一団

 南の森はやはりどこかおかしい。

 何があったのか分からないが、魔物の数がやけに少ない。


 レイヴンは慎重に進みつつ、森の変化を確認していった。棲息している魔物の種類を把握しておくだけでも備えは出来る。


(ここまで遭遇した魔物の数は中央やパラダイム周辺の森よりも少ないな……)


 魔物の数が少ないのは良い事だ。稼ぎが減る事よりも人間の被害が少ない事の方が良いに決まっている。

 ただでさえ強力な魔物が多い南の大陸で、増え過ぎた魔物が溢れるなどという事態になったら最悪だ。


 湖の近くまで来ると爽やかな風が吹き始めた。

 風の音に混じって大勢の人の声も聞こえる。


 湖に浮かぶ島で暮らす人々がこんな場所にいる事は無い。

 どこかの冒険者パーティーの一団だろうか?


(廃墟になった町の生き残り、ではなさそうだな)


 声のする方角を目指して歩く。


 見えて来たのはやはり冒険者だ。

 組合の無い街では素材の換金は出来ない。

 大方、食料や水、薬などの補給に立ち寄ったのだろう。


「だから! 俺達は自分達が生きていく分の食料だけで精一杯なんだ! そんなに大勢の分の食料は無いって言ってるだろ!」


「そこをなんとかならないか? とりあえず今日の分だけでもあれば、明日には俺達が狩をして、分けて貰った分の食料を持ってくるから」


「しつこい兄ちゃんだな! その食料が無いって言ってるんだ! 大体、あんたらが明日食料を持って戻って来る保証なんて無いじゃないか!」


 湖のほとりに立つ冒険者の男と、船でやって来た街の男が大声でやりとりをしていた。


 食料は渡せ無いとの事だが、冒険者の一団を見たレイヴンは、その理由についてすぐに理解した。


 冒険者の一団は少なく見積もっても百人以上。

 確かにこの人数分の食料を渡すのは、食料の確保が難しい湖で暮らす人にとっては厳しい。


 湖でとれる魚を中心に、狭い土地を使った農地と僅かな家畜がこの街にとっての貴重な食料源だ。

 島に住む人の人口は約五百人だったと記憶している。それでも、限られた資源の事を考えれば決して余裕は無い。寧ろ備蓄など無いギリギリの状態だろう。そんな街に突然やって来た百人以上の冒険者を受け入れる余裕が無いのは当然だ。


 南の大陸に来るくらいだ。Sランクの魔物を倒す力はあるのだろう。

 明日と言わず、今からでも狩をすれば日暮れには間に合うと思う。


 よく見ると冒険者の一団は若い奴が多い様だ。

 ほとんどの冒険者がまだ駆け出しといった風に見える。


(Sランク冒険者の実力がありそうなのは十人程度。残りはAランク冒険者といったところか)


 レイヴンは冒険者の一団の前を通って、船の上にいる男に向かって手を振って合図を送る。

 この湖を渡るには、水位の下がる特定の時間に来るか、こうして手で合図を送って船に迎えに来て貰うしか無い。


「お? レイヴンじゃないか! 随分久しぶりだな! 迎えに行ってやりたいんだが、生憎立て込んでてな。少し待っててくれ!」


「分かった」


 魔剣の力を使えば飛んで行けるが、こんな事で力を無闇に使う程馬鹿じゃない。

 あの力はいざという時以外、なるべく使わない様にするのが良い。力を使わなければ魔物堕ちのリスクも低くなる。


「話の邪魔をして悪かったな。続けてくれ」


 そのまま冒険者達の前を通り過ぎたレイヴンは、近くの岩の上に座って待つ事にした。

 遺跡に入るのは早くて明日。それまではゆっくりしていれば良い。


 岩の上で様子を見守っていると、街の住人と話をしていた男が話しかけて来た。


「ちょっといいか?俺の名前はリアム。なあ、あんたレイヴンっていうんだろ? 良かったら俺達のパーティーに入らないか?」


「……」



 金色の短い髪。魔物にやられたのだろう。顔には大きな傷が一つある。

 活発そうな好青年といった風で首には赤いバンダナを巻いていた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ガラの悪い連中ばかりだけど、盗賊じゃ無い。それに、仲間の半分はレイヴンと同じ魔物混じりなんだ。今は修行を兼ねて旅の途中なんだけど、レイヴンは見たところ一人みたいだし、良かったら俺達と一緒にどうかなと思って声をかけさせて貰ったんだ」


「……」


「俺達は見ての通りの大所帯でね。南の大陸を一人で旅が出来るなんて腕の良い冒険者なら大歓迎だよ。是非、考えてみて欲しい」


 個の力で劣っていたとしても格上の魔物に勝つ方法。

 それがパーティーを組むという事だ。


 それについては何も異論は無いし、協力し合えるなら率先してするべきだ。

 ただ、このパーティーは人数が多過ぎる。レイドランクの魔物との遭遇を想定しているのだとしら百歩譲って……。


(いや、無いな)


 レイドランク以上の魔物とパーティーを組んで戦うなら、人数よりもパーティーの構成に配慮するべきだ。

 優秀なアタッカーに引きつけ役の重戦士、支援職のヒーラーやレンジャーが揃っている事の方が重要だ。

 後は個の質。結局のところ状況を打破出来る力が無ければレイドランクの魔物とは戦えない。


 だが、此処にいる冒険者のほとんどが戦士。

 レンジャーや治療を行えそうな者の数が極端に少ない。これではいざ戦闘になったとしても、数の有利すらまともに生かす事は出来ないだろう。一人一人が何役もこなせる程に器用なら話は別だ。


「リアム。お前のパーティーは全員が一緒に戦うのか?」


「ん? そりゃまあ……そうしないと俺達じゃあ、この大陸の魔物には勝てないからな」


「……」


 せっかく戦闘力の高い魔物混じりが半数も居るのに、これでは意味が無い。

 ましてや此処は森だ。

 拓けた平地ならいざ知らず、木の生い茂る森の中で、こんな大人数ではとても柔軟には立ち回れない。


「食料の調達はいつもどうしている?」


「皆んなで狩に行く。時間はかかるけど、この人数なら追い込むのも楽だしな」


 駄目だ。

 まるで話にならない。


「そんな程度の考えと備えで、よくこの森に来たものだ」


「何だと⁈ ちょっと腕が良いからって、初対面でそんな事を言われる覚えはないぞ!」


「お前がリーダーなのだろう? 直ぐに感情的になる時点で話にならない。この森に来たからには、それなりに戦えるのかもしれないが、お前達がやっているのは子供のお遊びだ」


「この野郎! 言わせておけば……!!!」


 怒りを露わにしたリアムが剣を抜いた。


 短気な男だが、基本がしっかりとしているのだろう。

 構えは悪くない。


「お前はリーダー失格だ。パーティーを率いる者としての責任の重さが理解出来ていない。他人の命を背負う覚悟がまるでなっちゃいないんだ。今まで無事だったのは運が良かっただけだ」


 パーティーを組まないレイヴンにそんな事を言う資格は無い。

 しかし、その程度の知識は当然あるし、真剣に考えている者であれば誰でもリアム達の置かれている状況が冒険に適さない事くらい分かる。


「この! 言わせておけば……!」


「ちょっと、止めなよリアム! 食料の確保が先でしょう?」


「……だけど」


(やれやれ……)


 リアムを止めたのは、おそらくこの大所帯の中でも上位の実力者だ。

 歩き方の癖を見る限り、斥候を得意とするレンジャーだろう。

 リアムと同じ金色の髪。顔の半分はスカーフで隠れている。


「お前達が食料を確保したいのは分かるが、少しは街の事情を考える事だ」


 俺は岩から降りると、リアム達の方に向かって歩き始めた。


「な、何だ? やるってのか?」


「止めなって言ってるでしょう!」


「血の気の多い奴だ。そんなに戦いたいのなら戦ってやっても良いぞ? その代わり、俺が勝ったら一つだけ俺の言う通りにしろ」


「良いぜ! あんたがどれだけ強いか知らないけど、俺だってこの森に入ってから強くなったんだ。簡単には負けない!」


「ダメだ……完全に挑発に乗っちゃってる。もう良いよ。さっさとやりなよ」


 どうにも短気な男だ。

 ランスロットに初めて会った時もこんな感じだった。


 リアムの仲間と街の住人が見守る中で向かい合う。


 リアムの仲間達はリアムの実力に安心しているのだろう。

 皆、余裕の表情を浮かべている。


「何故剣を抜かない? 俺の事を舐めているのか⁈ 」


「ああ。そうだ。お前程度なら素手で充分だ」


「舐めやがって!!!」


 リアムが踏み込もうとして体重を移動させた瞬間。

 レイヴンはリアムの懐に飛び込み、防具の上から腹に拳を叩き込んだ。


「ーーーッ!!!」

 

 防具がミシリと音を立てて砕け、声を上げる事も出来ずにリアムがその場に崩れ落ちた。


「そんな⁉︎ リアム!嘘でしょ⁈ 」


(やはりこの程度か……)


 期待以上でも以下でも無い。

 最初に感じた通りの実力。


 感情的になって動きが読み易かったとはいえ、これならクレアの方が余程強い。


 こんな茶番をやった理由は一つ。

 パーティーの編成を変えさせる為だ。

 別に他人が口を出すような事では無いし、お節介だと分かっている。だとしても、あの町の件もある。リアム達の気配が魔物を呼び寄せてしまう事だってある。


「俺の勝ちだ。約束通り一つだけ俺の言う通りにしろ」


「……言ってみなさいよ」


 冒険者達の中を歩いて目ぼしい奴を何人か選んだ。


 レンジャーを六人。

 足の速そうな戦士を十人。

 その十六人をそれぞれ八人のパーティーに分ける。


「お前とお前。二人がパーティーのリーダーだ。今から狩に行って来い。俺の要求は以上だ」


「……」


 狩に向かった冒険者は気配の薄い者達だ。

 野生の獣は人の気配に敏感だ。

 こんな大人数で狩をするなど無茶も良いところだ。


 他人のパーティーに口を出すのは好ましく無い事だ。

 大体、こいつらが此処に留まっている限り俺が街に入れないではないか。

 それは困る。


「終わったぞ。街へ連れて行ってくれ」


「へへっ。流石だなレイヴン」


「今日も野宿をしたくは無かったからな」


「乗ってくれ。街の皆んなにもレイヴンが来たって教えてやらねえとな!」


 ここに来たのはもう随分昔の事なのに、男はまるで気にした様子は無かった。

 

「……止めてくれ。賑やかなのは苦手だ」


「そうだったな。じゃあ行くとしようか」


「ちょっと待ってよ!」


 船に乗り込んだところで、さっきの女がレイヴンを呼び止めた。


「何だ? 」


「あなた、確かレイヴンっていったけど、一体何者?リアムは短気なところは確かにあるけど、実力は私達の中でも一番。中央のSランク冒険者とだってやり合える実力なのよ? それを素手の一撃だなんて信じられない」


(Sランク冒険者と戦った経験があるのか……)


「信じるも何も結果が全てだ。俺の方が強かった。それだけだ」


 中央の冒険者でSランクというのはそれ程珍しい存在では無い。依頼の質と報酬、SSランク冒険者やリヴェリアとの繋がりを持ちたいと思う強者が自然と集まって来る。


「そうかもしれないけど……。どうしてーーーー」


「待てアンジュ。俺が話す……」


 リアムはどうにか起き上がるとレイヴンの前まで歩いて来た。


(あの女レンジャーはアンジュというのか)


 手加減はしたが、それなりの拳を叩き込んだ。この短時間で起き上がって来るとは思っていたよりも見込みのある奴らしい。


「俺の負けだ。さっきはついカッとなって悪かった。すまない」


「……」


 意外に素直な性格の様だ。

 自分の負けを素直に認められる奴は少ない。


 それは当然だと思う。Sランク以上に上がってくる冒険者は負ける事に対して前向きな奴が多い傾向にあると思う。

 悔しく無い訳じゃ無い。現実が見えている者。受け入れられる者は強くなる。

 ランスロットが良い例だ。


「さっきのパーティー……あれと同じ編成でカバーに行け。狩の効率が格段に向上するだろう。それで当面の食料には困らない筈だ」


「……レイヴン。あんたは一体?」


「ただのお節介だ。気にするな」


 パーティーに誘われる事はあっても、殆どが囮役。

 使い捨ての魔物混じりとしてでしかパーティーに関わった事が無い。


 そんなレイヴンにパーティーのイロハを口やかましく言って来た奴がいた。

 そいつはリアムの様に大規模な冒険者パーティーを組んで、あちこちに遠征に行っているのだが、パーティーの編成については妥協が無い。

 個の力もそうだが、それを活かしきる事に関して、あいつ程優れたリーダー性を持った奴を知らない。

 実はリアム達に教えた狩の為のパーティー編成もそいつからの受け売りだ。


「また会えるか?」


「さあな」


「そうか……。俺達はまだ暫くこの森にいる。今回の詫びと礼がしたい。何かあったら声をかけて欲しい」


「覚えておく」


 リアム達と別れ、ようやく街へと向かう。

 明日には早速遺跡に行ってみるとしよう。


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