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ステラ

 レイヴンとステラは可能な限りの人骨を拾い集めて埋葬した後、廃墟となった町で夜が明けるのを待つ事にした。

 焚き火を囲んでいる最中も周囲の警戒は怠らない。


「野宿なんて久しぶり! 体は痛いし、お風呂には入れないしで最悪だけど、こういうのって実は嫌いじゃないのよね〜」


 ステラは楽しそうに焚き火を眺めていた。

 久し振りだと言う割に、薪を集めて火を起こすまでの手際は慣れたものの様に見えた。


「……」


「レイヴンはやっぱり、野宿が多いの? それとも冒険者の依頼の後は宿に泊まるの?」


 見張りをしているから眠っても良いと言ったのだが、目が冴えてしまって眠れ無いのだろう。

 あれやこれやとよく喋る。


(いや、逆か……)


 ステラが眠れないのも仕方の無い事だ。

 あれからずっとレイヴンも、ノエルという名の見習い魔女と丘の上にいた三人の姿の事が頭から離れ無い。

 あれは今までにない経験だった。

 瓶を持った感触がまだ残っている。


「なあ、ステラは何者なんだ? どうして俺について来る?」


 何を聞いているのだろう。

 ステラの事は確かに気になるが、今聞く必要の無い事だ。

 けれど、何か喋っていないと落ち着かない。

 どうしようもなく、心が騒ついている。


「私は私。ちょっと魔法が使えるだけの、ただのステラよ」


「そ、そうか……」


「そうよ」


 会話が続かない。


 ステラは自分の事を聞かれるのが好きでは無い様だ。


 レイヴンは今まで、自分から相手に会話を求めた事が無い。

 こんな時、相手の素性以外に何を喋ったら良いのか分からない。



「レイヴンは南の大陸に何をしに行くつもりだったの?」


「……この魔剣について調べる為だ」


「何の為に?」


「それは……」


 魔剣にかけられた呪いが解けた事で、これまで以上の力を引き出す事が出来る様になった。

 だが、力を使えば使う程に不安が頭をよぎるのだ。


 ステラは呪いを解いた時に言った。『限界があやふやになる』と。


 あの鉱山での無様な失態もそうだ。

 魔剣は力の代償として莫大な魔力を要求するる代わりに、望んだだけ力を貸してくれる。

 けれど、使い方を誤れば己自身をも滅ぼしかねないリスクが伴う。


 何の代償も無い力など無い。

 そんな都合の良い力なんて無い事は分かっている。


 大切な者を守る為ならどんな相手とでも戦ってみせる。

 魔物だろうが、人だろうが、国が相手でも関係ない。


 ただ、自分が人では無くなる事が恐ろしくて堪らない。

 感情のままに限界を超え、魔物堕ちしてしまう事が恐ろしい。


 化け物になりたく無いという強い想いはあっても、今迄恐ろしいなどと感じた事は無かった。


「魔物混じりである以上、魔物堕ちは避けられない。けど、魔剣の本当の使い方を知れば抑え込む事は出来るかもしれない」


「本当か⁈ だが、どうしてそんな事を知っている? 魔剣の呪いを解いてくれた事には感謝している。ただ、俺はその……戸惑っている。上手く言えないが、感情が制御出来ない事がある。以前はこんな事無かったんだ……」


 クレアが連れ去られ、かつてないほどに怒りが込み上げて来た。

 もしも、トラヴィスがあの場にクレアを連れて来ていなかったから何をしていたか分からない。

 きっとクレアを救う為に関係の無い人間を巻き込んでいた。そんな事は望んでなといない。


 力を振るい、他者を虐げ、自らの欲求を満たす。


 その欲望に危うく引きずり込まれるところだった。

 レイヴン自身がもっとも嫌う力の在り方。

 それをしようとしていたかもしれないのだ。


()()()()()。その魔剣がどうして魔神喰いだなんて物騒な名前で呼ばれているか知ってる?」


「ああ。この魔剣を手に入れた時に経緯程度なら聞いた……」


「そう……。でも、レイヴンが知っているのは悪魔だの神だのって話でしょう?」


「そうだ」


 自分なりに魔剣について手掛かりを探していた。しかし、魔剣について記された文献は少なく、あったとしても大抵が同じ記述の物ばかりだった。


「ふーん」


「……?」


「じゃあ、魔剣って呼ばれる前の事は?」


「いや、何も。そもそも、この魔剣には名前があるのか?」


 ステラは魔剣に目線をやると、レイヴンの問いには答えず、急に毛布をかぶって横になってしまった。


「何だか急に眠くなって来ちゃった。お休み!」


「お、おい……!」


「ちゃんと見張っててよね」


「……」


 何か知っているようだが、教える気は無い。そういう事らしい。


 ステラが魔剣について何か知っているのは間違いない。


(そう言えば、ステラは南の大陸に何をしに行くつもりだ?ああ、そうか……こういう事を話せば良かったのか)




 ーーー翌朝。


 ステラは昨晩の魔剣の話題には触れようとはしなかった。

 無理に聞き出そうとは思わないが、ステラは魔剣の事を知る手がかりだ。

 このまま一緒に旅をしていればその内聞く機会があるかもしれない。


 昼を過ぎた頃、ステラは南の街とは別の方角へ行くと言い出した。


「レイヴン。私はこっちに用があるから、此処で別れましょう」


 目的地が違うのなら仕方が無いが、ステラの指差した方角には森しかなかった筈だ。


「その方向には街は無い筈だが?」


「良いの良いの。こっちで合ってるから」


「だが、魔物が出たらどうする? 対処出来るのか? 女の一人旅は推奨出来ないぞ? 危険だ」


「……」


 ステラは青い瞳でレイヴンをジッと見つめたまま固まっていた。


「な、何だ? 俺の顔に何か付いているか?」


「え? あ、ううん! 何でもない! 私は大丈夫よ。逃げるの得意だから!」


「どうやって逃げる? この辺りには討伐ランクS以上の魔物しかいないんだぞ? 武器は持っているのか?」


「大丈夫だって! ほら、これ見て」


 ステラが指を軽く鳴らすと姿が見えなくなった。


「どう? 私のいる場所が分かる?」


 レイヴンは素直に驚いていた。

 余程集中していないと気配も分からない。これであれば、魔物も欺けるだろう。


「これも魔法なのか?」


 マクスヴェルトも魔法を発動させる時に指を鳴らす癖がある。だが、ステラの場合は魔力の反応を感じなかった。


()()()()()()()()? 私が使えるのは殆どが護身用ばかりだけどね」


「……分かった。それならまあ、大丈夫だろう。だが、過信はするな。魔物は時に予想外のーーーー」


「あはははははははは!!!」


 突然ステラが笑い出した。

 こっちは心配して言っているのに失礼なやつだ。


「……何がおかしい?」


「だって、レイヴンったら心配し過ぎなんだもの」


「……そんな事は」


「じゃあ行くね! 南の街には、その内私も行くからまた会えるかも!」


「あ、ああ。分かった」


 ステラの背中を見送った俺は改めて一人、南へ向かう事にした。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 レイヴンと別れたステラは一人森を歩く。


 本当はレイヴンと一緒に南の街へ行くつもりだった。

 けれど、レイヴンと話をしている内に、隣に居るべきなのは自分では無いと思い知った。


 レイヴンが見た幻。

 あの中に出て来た自分はノエルという魔女見習いに魔道書の解読方法を教えていたそうだ。


 あり得ない。


 願望と未来。

 あの大魔術は確かにその二つをレイヴンに見せたのだろう。しかし、幻とは言え、魔術に掛かった本人の記憶以上の出来事は起こり得ない。あくまでも記憶を媒体に可能性を見せるだけの魔術だ。


 人が夢を見る時、夢の中で会った覚えの無い人物が出て来る事がある。

 あれは無意識のうちに視界の何処かに収まっていた記憶が蘇った為に起こる現象だと言われる。

 それと同じだ。


「私はレイヴンに魔法使いだとも、魔術師だとも言っていない」


 魔法の使い手である事は流石に気付いていたと思うが、魔術に関する知識、ましてや魔道書の解読だなんて事は話していないのだ。


 見習い魔女のノエルが知らない知識を何故レイヴンが知っているのか?

 答えは簡単だ。


 レイヴンは記憶を失っているだけで、覚えているのだ。


「私の事全然覚えてない癖に、何であんなに優しいのよ……。参ったなあ、全然変わって無いんだもの……」


 レイヴンはステラの事を忘れていても、あの日の事を覚えている。

 それに気付いた時は嬉しかった。


 思い切ってレイヴンの後を追いかけて来て良かったと思う。

 記憶の片隅でも良い。一緒に過ごした時の事を忘れないでいてくれた。

 だからこそ、一緒に行く訳には行かなくなった。


(私はレイヴンの味方でいたいけれど、そんな資格はもう無い)



「お待ちしていました。ステラさん。森を一人で歩くのは危険ですよ? あのまま南へ行ってしまわれるのかと思いました」


 木の陰から現れたのは、白銀に輝く美しい髪を持つ男。

 整った顔立ちは女性と見紛う程に不気味な美しさをしていた。


「トラヴィス……」


「嫌だなあ。私は女性にそんな顔をされる覚えは無いのですけれど」


「何しに来たの?」


「勿論、貴女を迎えにですよ? さ、参りましょうか。実験の続きをお願いします。貴重な戦闘データも取れましたしたからね」


 突如姿を見せたトラヴィスは、敵意が無い事を示す為なのか、部下を数名連れているだけで丸越しだった。


「……言っておくけど、私があんた達に協力するのは、私の目的の為よ」


「分かっていますとも。我々は対等な関係です。利害が一致している内は仲良くしようじゃありませんか」


「仲良く? あんたの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ」


「おやおや。随分と嫌われたものです。それはそうとステラさん。本当に良いんですね?」


「……」


「また、そんな恐い顔をする。お肌に良くありませんよ?」


 本当に嫌な奴だ。

 私が断れないのを知っていて聞いてきている。


「あんたなんかに言われなくても覚悟なら出来てるわ」


「そうですか。それは良かった。では、参りましょうか」



 ステラはレイヴンが向かった方角を振り返って視線を伏せた。


(レイヴン……ごめんなさい)



 私はレイヴンから何もかも奪った。


 記憶が無いのを良い事にレイヴンに近付いた。

 そんな浅ましい自分が嫌いだ。


 けれど、今度は与えよう。

 これは私のエゴだ。

 分かってる。


 全てを奪っておいて今更善人面するなんて最低だ。

 それでも私は与えよう。


 私はレイヴンの為なら、喜んで闇に堕ちよう。



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