願望・魔女
予告無しの二話目投稿です。
前話を読まれていない方はご注意下さい。
町の外に迫っていた魔物を倒して戻って来たレイヴンは、木にもたれて騒ぎの元凶を見つめていた。
(俺には嫌いな物がいくつかあるんだ……)
魔物混じりだというだけで見下してくる奴。
権力や肩書きを振りかざすだけの愚か者。
そして、人の話を聞かない奴だ。
魔物を倒して町に戻ってみると、二人はまだ話をしていた。恩に着せるつもりは毛頭無いし、魔物がいれば倒すだけだ。だが、この危機感の無さは一体何だ?
(他の住人の気配は無い。俺達が来なかったらどうするつもりだったんだ?)
ノエルは良くも悪くも普通の外見をしている。直接戦闘が出来る様にはとても見えないし、魔術師見習いにしても殆ど魔力を感じ無い。
特徴と言えばゆったりと束ねられたグレーの長い髪と大きな眼鏡、顔のそばかすくらいだろうか。
魔女のローブと帽子を着ていなければ、ただの村娘にしか見えない。
「だから、違うって! この文章を真に受けちゃ駄目なんだって! この本はそのまま製法を書いてある部分と暗号化された文章がごちゃ混ぜになっているの! 一部分だけを読もうとしないで。全体から本当の文章を導き出すのよ」
「え、えっと……これが、こうで……あれが……」
「だーかーらー! 何でそこで区切っちゃうの⁈ こことそこは別の文章にも読めるけど、こっちの文章と合わせて読むと全く別の文章になるの! この一文が抜けただけで他の薬になっちゃうのよ」
「うー……」
「ほら、そこも! 書いてある数字も暗号だって言ったでしょう? ここまでは魔物避けだけど、あっちの数字まで合わせてしまうと別物! このページ全体を読み解きなさい!」
随分熱のこもった指導だ。
あっちだのこっちだの、レイヴンにはさっぱりだ。
「ノエル。町の住人は何処だ?」
「もう! 何度言ったら分かるの! ここと、ここは二つで一つの解釈が必要なの! この本を書いた人物の思考の裏を読まなくちゃ駄目よ」
「そんな事言われても……。もう、良いですよ。私にはまだ早かったんです」
「良くない! 魔女になるなら、この程度の暗号が読めないなんて話にならないわ! 魔女になりたいんでしょ? 」
「も、勿論です! 私はいつか師匠を超える立派な魔女になりたいんです!」
「そうこなくっちゃ! よおし、今日はとことんやるわよ!」
「えええええ⁈ 」
二人にはレイヴンの声が聞こえていない様だ。
熱が入るのは良いが、状況は切迫している。
「もういい。自分で探す……」
断じて拗ねている訳じゃ無い。
呆れているのだ。
会ったばかりの魔女見習いにどうしてそこまで真剣になれるのか理解できないし、ステラだけでなくノエルまで人の話を聞かないタイプではどうしようもない。
それなら、まだミーシャの方が話を聞く分マシだと思う。
(とりあえず、その辺りの家を訪ねてみるとするか)
仮に住人が居れば、魔物混じりが訪ねて来たと顔を顰める者もいるだろうが、安否が確認出来ればそれで良い。
何軒かドアをノックして回ってみたが、やはり人の気配が無い。
何処か安全な場所に避難しているのなら良いのだが、それにしては門番はそのままだ。
(門番を起こして聞いてみるか)
門へ向かって歩いていると、家の陰に人影が見えた。
どうやら子供のようだ。
「待ってくれ!」
何か知っているかと思い追いかけてみるが、路地を曲がったところで姿を見失ってしまった。
怯えて隠れてしまったのかもしれない。
(無事ならそれで良いのだが……)
人の気配のしない町に眠ったままの門番。
魔女見習いの少女といい、確実に何かが起きている。
「お爺さん、今日は息子達が帰って来るから何かご馳走を用意してやらないと」
「任せておけ。まだまだ狩の腕はなまっちゃあいないぞ? 今日は大物を仕留めて来るからな」
ステラ達の元へ戻ろうとした時だ。
向かいの家から老夫婦が出て来た。
(確かに人の気配を感じなかったのに)
「すまないが、この町の住人達は無事なのか教えて欲しい」
とにかく事情を聞いて情報を集めようとしたレイヴンであったが、老夫婦にはレイヴンの声どころか姿も見えていない様子だ。
「それじゃあ、夕方までには戻ってくるよ」
「気をつけてね」
「おい、町の住人の事を……」
もう一度声をかけた瞬間に、老夫婦は霧の様に消えてしまった。
(どうなっている?)
消えた老夫婦の出て来た家は変わらずそこにあるというのに人の姿は無く、声だけが微かに聞こえる。
だが、やはり不思議な事に気配は無い。
諦めて門番の元へ向かってみるが、今度は門番の姿が消えていた。
意識を取り戻して仕事に戻ったのかと思ったが、やはりこちらも気配ごと消えている。
一度ステラの元へ戻ろうと振り返ってたレイヴンは、あり得ない光景に目を疑った。
「馬鹿な……」
閑散としていた町には人が溢れ、さっきまで何も無かった通りでは、そこかしこで露店が開かれていた。
何事も無かったように生活する住人達。けれど、誰一人として気配を纏っている者はいない。
「何だ?何なんだこれは? 」
町を歩く住人達は互いにぶつかりそうになっても避けようとはしない。
ぶつかる寸前に霧になって消えて行く。
そしてまた別の場所に同じ人物が現れていた。
幻術の効果がある魔法もいくつか知っているし、実際にかけられた事もある。
しかし、これは初めて体験する魔法だ。
いや、そもそもこれは魔法の類いなのだろうか?
人が現れる瞬間にだけ確かに人間の気配がする。
話し声も物音も、屋台から匂う香ばしい香りも本物としか思えない。
(ステラの元へ急ごう……)
レイヴンの知らない魔法がある事自体は不思議でも何でもない。
問題は対処法が分からない事だ。
基本的にに幻術の類は気をしっかりと持ってさえいれば、ある程度までなら抵抗出来る。
だが、どうにも違和感がある。幻術にしては現実味があり過ぎるのだ。
「ステラ。この町は何かおかしい」
「お、やっと理解出来たじゃない。その調子よ。魔術は魔法と違って様々な道具を使うわ。極端な話だけれど、僅かでも魔力のある人間なら誰でも使える。でも、そこが魔術の怖いところよ。知識が無い者が術を行使しようとすれば、さっきのノエルみたいに間違った魔術を発動させてしまうの。今回のは分かり易いほうよ?」
「そうなんですか? 私にはかなり難しいです」
「タチの悪い魔道書には、目を通しただけで呪いをかけてしまう物もあるわ。その点、ノエルの持っている魔道書はかなり優しい部類よ。きちんとした知識さえあればそれなりに魔女としてやっていけるでしょうね」
「なるほど……。ステラさんってどうしてそんなに魔女に詳しいんですか?」
「ノエルが知らな過ぎるのよ。この程度なら魔法使いでも解読出来るもの」
「うっ……」
「おい、いい加減にしろ! 俺の話をーーーうっ⁉︎ な、何だ急に、頭がーーーー」
激しい耳鳴りがする。
魔核の共鳴とは違う音。
音は町全体に響いている様だ。
目の前が真っ白になっていく。
頭痛が治り視界が開けると、そこには見た事の無い景色が広がっていた。
丘の上に建つ小さな家。
その家から誰か出て来る。
(あれは……?)
小さな子供が二人。
母親らしき女性の手を引いて歩いていた。
どこか懐かしい様な……けれど、そんな筈は無い。
俺は自然と丘へ向かって歩き出していた。
暖かい太陽の光。
丘を吹き抜ける清々しい風。
どれも本物。
なのに、どうしてだろう?
歩いても歩いても丘は近付いて来ない。
(急がなければ……)
何故?
(早く追いかけないと……)
何の為に?
脚が次第に重くなり、気持ちだけが先走っていた。
再び視界が白くなっていく。
何処からだろう……誰かが呼ぶ声がする。
(俺の名前?)
ーーーーヴン、レイヴンーーーーレイヴン!!!
「レイヴン!!! しっかりして! 戻って来なさい!」
「……」
焦った表情をしたステラがレイヴンの肩を掴んで揺さぶっていた。
(さっきまでノエルと話をしていたのに……)
「ちょっと手荒くなるけど、我慢してよね!」
頬に痛みが走る。
ステラの放った平手打ちが乾いた音を響かせた。
「ステラ……痛いぞ」
「良かった……。どう? 此処が何処だか分かる?」
「町に入って、魔女見習いのノエルとステラが話を……」
「確かに町よ。けれど、此処は廃墟。ノエルなんて女はいないわ。此処には私とレイヴンしか居ないの! どう? 思い出した?」
次第に意識がはっきりとしていく。
辺りを見回してみると、そこは町の門の前だった。
「俺はステラを追いかけて……」
「そこまでは覚えているのね。突然レイヴンが立ち止まったまま動かなくなっちゃったの。何も覚えていないの?」
「そんな馬鹿な……俺は確かにノエルという魔女見習いと会って……魔物を引き寄せていた大鍋があって……ステラが魔術についてノエルと……」
「それは多分、死者と会話をしたって事ね」
「死者? ノエルが? だが、あれは……」
あれは確かに本物の人間だった。
町も、ノエルも、あの大量の薬の瓶も、手に残る感触もそうだ……。
魔物だって倒した……。
それが全て幻だというのか?
レイヴンは覚えている限りの事を話して聞かせた。
何もかもが生々しく経験として頭の中に残っている。
「レイヴン、着いてきて」
話を聞き終えたステラに案内されて町へ入ると、そこは既に廃墟となっていた。
「……」
崩れた壁に巨大な爪痕の残る家のドア。あちこちに人の骨らしき物が散乱している。
この町の住人達は魔物に襲われた様だ。
あちこちに残る住人達の生活の痕跡からして。少なくとも数ヶ月は経過していると思われる。
「レイヴン、こっちよ」
ステラに着いていった先にそれはあった。
ノエルが着ていた物と同じローブが大鍋の横で朽ちて風になびいていた。
飛ばされなかったのは、腰の辺りに見える短剣があったからだろう。
大きな鞄に入っていた瓶は割れ、中身は地面に染み込んだ跡を僅かに残して完全に乾いていた。
「レイヴンが見たのは町の記憶。そして、ノエルって魔女見習いと出会っていたとしたら起こり得た未来と願望」
「未来と願望……?」
「これは推測だけれど、ノエルって子が持っていた魔法薬の効果が町全体に広がっていたのでしょうね。誤った知識で発動させた魔術が、町に魔物を呼び寄せてしまった。それに、この町はまだ生きているわ」
「町が生きている? どういう事だ?」
「町の記憶は住人達の記憶。つまり魂はまだこの町に留まっているのよ。自分達が死んだ事も分からないまま……。とても信じられない事だけれど、そのノエルって魔女見習いが持っていた薬が混ざり合った結果、大魔術を発動させた。そう考えるのが一番可能性が高いわ」
「それが、あり得たかもしれない未来を見せた訳か」
「ええ。現実とは違う未来を見せるだなんて、どんなに修行を重ねた魔女であっても難しいでしょうね。偶然の産物として片付けてしまうのは簡単だけれど、魔術という物は魔法と違って正しい手順踏まなければ絶対に発動しないものよ」
(俺に幻を見せたのも、もしかしたら……)
ステラが説明してくれたお陰で理由は分かった。
だが、一つだけステラには言っていない事がある。
あの丘で見た二人の子供と母親。
この町とは明らかに違う場所だった。
(あれは一体……)
「町の人達を解き放ってあげましょう。ノエルも。このままじゃ、悲し過ぎるもの」
「そんな事が出来るのか?」
「見てて」
ステラは両手を広げ歌を奏で始めた。
それは聞いたことのない言葉。
魔剣にかけられた呪いを解いた時と同じ魔法だ。
(涙?)
泣いているのだろう。
ステラの声が微かに震えていた。
暖かい音の旋律は、静かに町に響き渡っていく。
それはやがて光を生み、いくつもの光の玉が空へと昇って行った。
見習い魔女のノエルは町を救おうとした結果、町を滅びに導いてしまった。
未熟な魔術が招いた悲劇。
多くの命が失われてしまった。
けれど、最期にとんでもない大魔術を発動させて、彼女は見習い魔女ではなくなった。
それが例え偶然だったとしても、望んだ結末では無かったとしても、ノエルは魔女になったのだ。
次回投稿は8月13日を予定しています。