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最初の町と魔女見習い

第三章始まります。

宜しくお願い致します。

 南の大陸の中心には巨大な湖があり、その他の陸地の殆どは深い森に覆われいる。


 目的地はその湖に浮かぶ島にある街……ではなく、島の外れにある遺跡だ。


 街はいくつかの小島に別れていて、それぞれが橋で繋がる事で小さな集落を形成している。

 街へ行く為には特定の時間帯、湖の水位が下がった時にだけ姿を現す橋を渡る必要がある。

 船もあるのだが、漁をする目的でしか使われていない。迂闊に岸へ近付いて魔物に襲われでもしたら大変だ。独特な地形のお陰で街には魔物による被害が少なく、住人達の暮らしぶりはのどかなものだ。

 湖の外へ出られないというのは少々不自由にも感じるが、命には変えられない。


 討伐ランクの高い魔物が多く生息している地域と聞き、金になると思って足を運んだのが最初だった。

 冒険者組合が無いと知った時には随分と落胆させられた記憶がある。

 そして、レイヴンの持つ魔剣『魔神喰い』が封印されていた遺跡がある場所でもある。




 ドワーフの街から西南を目指して歩いていたレイヴンは、南へ近付くにつれて森の様子が以前とは変わっている事に気付いた。


「確かこの辺りから魔物のランクが上がる筈だが。……おかしい、静か過ぎる」


 南の大陸はSランク以上の強力な魔物しか出現しない特殊な地域だ。


 他のダンジョンでBランクだった魔物もSランク並みの力を持った個体が出没する。

 素材の換金額は変わらないのに強さだけ増しているのだから、わざわざ手間をかけてまで倒そうとする冒険者はいない。その上、冒険者組合も無い為、この辺りで魔物を倒しても直ぐに素材を売る事が出来ない。

 素材を売るには、ドワーフの街へ戻るか、北上して冒険者の街パラダイムへ向かうのが一番近い。運ぶのに手間がかかる上に、高ランクの魔物の素材の中で最も価値の高い魔核などは鮮度が落ちてしまって売り物にならないし、人を頼もうにも南の大陸はSランク以上の魔物がひしめく地域だ。当然、そんな危険な場所での仕事など誰も受けたがらない。なんの旨味も無い場所だ。

 そんな場所に好んで来る者が居たとしたら、それは腕試しをしたい奴くらいだろう。


 せめてこんな時にパーティーを組んでいればと思わないでも無いが、ランスロットやユキノ達ならともかく、Aランク、Sランクの冒険者とではパーティーを組んだところで、今度は魔物を倒すのに時間が掛かり過ぎて効率が悪い。

  詰まるところ、南の大陸は冒険者の仕事には向いていないのだ。中央の冒険者組合が重たい腰を上げないのも頷ける話だ。



「あ! やっと来たわね! レイヴン、こっちよ!」


「……」


「何? どうしたの? 早く行きましょ!」


 真っ赤な髪、切れ長の目に青い瞳。

 こちらの話を聞く気がない一方的な女。

 鉱山内部のダンジョンの地下で会ったステラだ。


「何故こんな場所にいる?」


「え? 私も南の大陸に行ってみようと思ったからよ? さ、行きましょ! 早くしないと日が暮れちゃう。ここを少し進んだ所に小さな町があるからそこで泊めてもらうのが良いわね」


「いや、そういう……」


「何ぐずぐずしてるの! 早く早く! 女の子を一人で歩かせる気?」


「……」


 駄目だ。やはり人の話を聞かない。


 一人で歩かせる気かと言っておきながら、どんどん先に進んで行く。

 魔物が襲って来たらどうするつもりなのか。


 一人で南へ向かう予定だったのにとんだ邪魔が入ってしまった。


 ステラを一人にする訳にもいかないので町までは一緒に行ってやろうと思う。

 しばらく歩くと、小さな町が見えて来た。



「何か変……」


 呟いたステラが突然走り出した。


 その直後だった。

 町の方から血の臭いが漂って来ている事に気付いた。


(生臭い嫌な臭いだ)


 嫌な予感しか無い。しかし、経験上誰かが魔物に襲われているのだとしたら、もっと血の匂いが濃い筈だ。

 

 レイヴンは念の為に剣を抜き、ステラの後を追った。



(これは……)


 少し進んだ場所に、茂みに隠れた道を見つけた。人の手が入った形跡はあるが、随分長い間放置されていたのか、殆ど草や倒木で塞がっている。


「あははは!」


(笑い声?)


 声の聞こえる方に進んで行くと唐突に町の前に出た。

 町の門は閉じられたまま。

 中からはさっきと同じ人の笑い声が聞こえる。


(こんな場所に町が?以前は無かった様な……)


 ステラが門を叩いて開ける様に呼びかけているが、いくら待っても門番が出で来る気配は無い。

 

 この門は魔物を防ぐ要だ。安易に破壊する訳にはいかない。


(仕方がないか)


 目的の街はまだ先だ。出来れば迂回してでも早く進んでしまいたいところだったが、ステラが付いて来る気でいるのなら放っておく訳にもいかない。それに、町があるなら一応宿もある筈だ。


「そこで待っていろ。中の様子を確認して来る」


「え? あ、ちょっと、レイヴン! 私も連れて行きなさいよ!」


 門を飛び越え、町の中へ入る。

 門番は眠らされているらしく、椅子に座ったままいびきをかいていた。

 深い眠りについていて、いくら揺すっても起きる気配が無い。


(魔物では無い? なら……)


 何か異常事態が起こっているらしい事は分かった。しかし、どの門番も眠っているだけで他に危害を加えられた形跡は無い。


 町の一角から煙が上がっているのが見える。火事とは違うようだが、血の匂いはあちらから漂って来ている。

 笑い声が聞こえるのも煙が上がっている辺りからだ。


「あははは! だ、駄目だ……お、腹が……あははは! 誰か……助けて! あははは!」


 火にくべられた大鍋の前で、変な女が笑い転げていた。

 黒いローブに、三角帽子。腰に巻かれたベルトには短剣が下げられていた。

 魔女の様にも見えるが、一体何をしているのだろうか?

 何かの儀式をしていたようにも見えるが、他に人の姿が全く見えないのは変だ。


「これが臭いの原因だな」


 血の匂いの原因は大鍋からで間違いない。

 女の目的は不明。

 しかし、この大鍋は不味い。このままでは血の匂いに魔物が集まって来てしまう。



「おい。ここで一体何をしている?」


「あははは! よ、良かった! あははは! 悪いん、だ…あははは! わ、私、の! あははは! 鞄から…薬の入った、あははは! 瓶を…! あははは!」


「鞄?」


 女が指差した先に大きな鞄が転がっていた。

 はち切れそうな程に膨らんだ鞄を開け、薬が入っているという瓶を探す。


 だが……。


(何だこれは。荷物の半分が瓶だぞ。しかも見分けがつかない)


「どれだ?」


「あははは! ど、どれでも!あははは!」


「……どれでも?」


 察するに、あの状態を治す薬だと思うが、何でも良いとはどういう事かさっぱりだ。

 下手に間違った薬を飲んで大変な事になる可能性もある。


(これにするか……)


 選んだのは赤色の液体の入った瓶。

 特に理由は無い。

 本人がどれでも良いと言うなら問題無いのだろう。


「ほら」


「あ、ありがとう! あははは!」


 笑いながらどうにか薬を飲み干した女は、体をビクリとさせて仰向けに倒れてしまった。


「お、おい……」


 死んではいないが、本当に今の薬で大丈夫だったのだろうか?

 流石に不味いと思い近付こうとした時、女が突然跳ね起きた。


「治ったーーー!!! 危なかった……今のはかなり危なかったよ! 笑い死ぬとか洒落にならないから!」


「……説明してくれ。魔物の仕業では無いらしいが、何があった?」


「あ、ごめんなさい。助けてくれてありがとう! 私はノエルといいます。魔女見習いやってます!」


「見習い?」


 なるほど。血の匂いのする大鍋と良い……。

 大方、この街の住人は魔女見習いの実験に巻き込まれたのだろう。

 しかし、それにしては門番以外の住人の姿が見当たらない。


「ちょっと、レイヴン! 私を置いて行くなんて酷いじゃない!!!」


 鼻息を荒くしたステラが走って来た。

 どうやら自力で門をよじ登ったようだ。

 随分と逞しい事だ。


「……」


「あ、今ちょっと面倒だなって顔したでしょ⁈ 」


 本当に面倒だ。

 ステラの様なタイプはそういうのを自覚していない奴が多いと思う。


「あ、あのぅ……」


「貴女誰? レイヴンの知り合い?」


「おい……」


「ち、違います! 私はノエル。魔女見習いです。えっと、レイヴンさんですか? に、助けてもらった所です! 彼氏さん取ったりしませんよ!」


「よし。貴女なかなか分かる子ね。私はステラ。よろしくノエル」


「こ、こちらこそよろしくです!」


「おい!」


「何? どうかしたのレイヴン?」


(ようやくか……)


 喋るのは苦手だ。

 特に話を聞かないタイプの人間と話をするのは疲れる。


「ノエル。今すぐその鍋を片付けろ。町の外まで血の匂いが漂っている。魔物を呼び寄せて町を滅ぼすつもりか?」


「ええ⁈ そんな事しませんよ! でも、これ魔物避けの薬で……」


「そんな訳があるか。魔物が一番好むのは血と肉だ。それは魔物避けでは無く、魔物の注意を逸らす為に使う物だ」


「え? え? そんな筈は⁈ だってちゃんとこの本に……」


 ノエルは慌てた様子で、やたらと分厚い本を取り出すと、ここに書いてあるぞと指差した。

 本には小さな文字でビッシリと書き込みがされており、ノエルの勤勉さが伺える。


「ちょっと見せて」


「あ、はい。どうぞ……」


「ふむふむ……」


 ステラは指で文章をなぞりながら読み進め、「なるほど」と小さく呟いた後、ノエルに向かって本を見せる。


「確かにこのページには魔物避けの薬の製法が書かれているわ」


「ほ、ほら!」


「でも。これは間違いよ」


「え⁈ そんな筈……」


「知っていると思うけど、魔女の本は基本的に全ての文章が暗号になっているの。そのまま読めば魔物避けの薬の製法だけど、書いてある中身は全くの別物。レイヴンが言ったように、魔物を呼び寄せたり注意を逸らす為の薬の製法よ。ここをよく見て」


「んん?私には普通の文章にしか見えませんけど……」


 ステラが指差した文章を読んでも全く分からない。

 そもそも魔女が使う文字は暗号化された物が殆どで、一般には使われていない。


 魔女や魔法使いといった連中は、自分の研究成果が他人に盗まれない様に頻繁に暗号を使う。

 時には日記や料理のレシピに偽装する事もあるのだそうだ。


「ノエル……貴女って本当に魔女見習い? 師匠は解読法を教えてくれなかったの?」


「ちゃんといます! ただ、急に黙ってどっか行っちゃって……。それ以降、ずっと一人で勉強してます」


「呆れた……。良い? これはねーーーーーー」


 二人の話は長くなりそうだ。

 町の住人の事も気掛かりだが、レイヴンは魔女に関する知識は大して持ち合わせてはいない。魔物の素材を高く買い取ってくれる得意客。その程度の認識だ。


(それにしても厄介な事に巻き込まれてしまったな)


 町の周囲に魔物の気配を感じる。まだ数はそれ程多くは無いが、じきに相当数の魔物が臭いに釣られて集まって来るだろう。

 大鍋の効果が完全に消えるまではこの町で足止めをくう事になりそうだ。

 

(面倒だが、俺は俺の仕事をするとしよう)


全て倒してしまっても良いが、あの魔女見習いが魔物除けの薬を正しく作れれば戦う必要も無くなる。


「おい。その大鍋を早く片付けろ。俺は少し外の掃除をしてくる」


 二人は話に夢中で俺の話を聞いていない。

 本当に面倒だ。


(やれやれ……どうしていつもこうなるんだ)


 大鍋を町の外へ蹴り出し、そのまま壁を飛び越えて行く。

 周囲には既に魔物が群れを作り始めていた。


「起きろ」


ーーードクン。


 心臓の鼓動と共に魔剣が目覚める。


 鎧は必要無い。

 適当に数を減らして町を離れるとしよう。


 

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