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 ドワーフの街に戻ったレイヴンとユキノを出迎えてくれたのはクレアだった。

 ガザフに肩車をしてもらっていたクレアは、地面に降ろしてもらうなり一目散に駆けて来た。


「レイヴン! レイヴンが帰って来た!」


(クレア…! )


 いつの間にか喋れるようになったのだろう?

 連れ去られる前まではまだたどたどしい喋り方しか出来なかったのに。

 怯えた様子も無いようで安心した。


 そのまま抱き着いて来たクレアを抱きしめてやる。


「お帰りなさい!」


「ああ。た、ただ、ただい、たー……」


「ただいま。でしょ? ちゃんと言ってあげなさいよ」


 こういうのはなんというか、照れる。

 慣れようと努力はしているつもりだが、いざとなるとなかなか言葉にし辛い。


「……ただいま」


「あい!」


 ガザフ達にも迎えられ、その日の夜はドワーフの街で盛大な宴が催される事になった。


 ドワーフ達は戦えなかった事を申し訳ないと言っていたが、何というか……上手く言えないのだが、嬉しかった……。

 この気持ちは何だろう?


 レイヴンにはこの感情をどう言い表せば良いのか分からなかった。


「さあ、レイヴン! こっちへ来て休んでくれ! クレアから聞いてるぜ。ミートボールパスタが好きなんだってな? 」


「行こっ、レイヴン!」


「……あ、ああ」


「わわわ! 待って下さい、クレアちゃん! 私も行きますよー!」



 宴に参加したのはドワーフ達全員とユキノ、フィオナ、ミーシャ、クレア、そしてレイヴンだ。

 ランスロットはまだ意識が戻っていないそうだが、逆に良かったかもしれない。どうせ、自分も、混ぜろと言って聞かないに決まっている。


 やって来たのは街で唯一の食堂。


 此処には何度か来た事がある。


「あれ? 前に来た時と随分変わっていませんか⁈ 」


「ああ、騎士達にあちこち壊されちまったからな。なに、ちょっとばかり風通しが良くなっただけだ」


 驚くべき事にドワーフ達は、破壊された食堂を改造して、大通りまで長く伸びたテーブルを用意していた。つい先程まで騒ぎに巻き込まれていたというのに、宴の為にここまでするとは流石お祭り好きのドワーフだ。

 技術の無駄使いの様にも思えるが、作業を終えたドワーフ達は早速、満足気な顔でエールを飲んでいる。


 クレアはレイヴンの手を引いて席へ案内すると、ミーシャと一緒に食堂の奥へ駆けて行った。

 あの二人も随分と仲良くなったものだ。


「レイヴン、ちょっと良いかしら?」


 ユキノとフィオナが声をかけて来た。

 手にはちゃっかり冷えたエールの入ったジョッキが握られている。

 

 この二人が来てくれていなかったらランスロットは助からず、クレアを無事に救出出来ていたかも怪しい。リヴェリアが手を打っていてくれたおかげでもあるが、本当に助かった。


「何だ?」


「ゲイルの事なんだけど……」


「それが? 目を覚ましたのか?」


 ゲイルという名の帝国の騎士は魔物堕ちしても自我を保てた。そろそろ目を覚ましても何ら不思議では無い。


「いいえ。中央に連れて行くまでは私の魔法で寝かせてあるわ。大丈夫だとは思ったのだけれど、暴れられても困るし。何より貴重な情報提供者になってくれるだろうから、逃げられたらお嬢に怒られるもの」


「そうか」


 当然と言えば当然の処置だ。ゲイルの事を信用しろと言う方が無理がある。しかし、レイヴンにはゲイルならそんな事はしないだろうという確信があった。根拠は無い。ただ、そう思っただけだ。


「ねえ、レイヴンはどうしてゲイルを助けたの?」


「何となくだ」


「それだけ?」


「ああ。充分な理由だ。素性も知らない相手だ。直感以上に重要な情報は何も無いからな」


「そう……直感ね。レイヴンが言うのなら、確かに充分な理由だわ」


 ゲイルを助けたのは本当に気紛れだった。

 この世界が少しでもマシな世界になる為には必要な事の様な気がしたのだ。

 あの男に感じた執念や後悔。そして誰かの為の忠誠心。それらを全て理解していた訳では無い。

 正に直感とでも言うのだろう。


「お、なんだよレイヴン。綺麗なお嬢さんを二人も独占たぁ、へへっ、案外隅におけねえな」


「ガザフ……」


 エールの入った巨大な樽を担いだガザフは、俺の隣に座るなり早速エールを飲み始めた。

 既に出来上がった顔をしているが、まだ足りないらしい。


「俺はドワーフ達のまとめ役をしているガザフだ。お嬢さん達には仲間が世話になった。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」


 怪我をしたドワーフ達の治療をした事を言っているのだろう。

 ガザフは神妙な面持ちで頭を下げた。


「構わないわよ。困った時はお互い様だもの。美味しいエールにも与れたし」


「そうね。こんなに美味しいエールを飲んだのは初めてだわ」


「がははははは! そうか! そうか! 俺達は職人気質の奴ばっかりだからよ。このエールも自分達で改良して作ったんだ。気に入ってくれて良かったぜ」


 そうこうしている内に料理が次々と運ばれて来始めた。

 見渡してみると、食堂を中心に街中の連中が集まり、思い思いの場所へ座って酒盛りをしていた。


 テーブルに乗り切らない程の料理も瞬く間にドワーフ達の胃袋に収まっていく。

 ユキノとフィオナもどうやらドワーフ達に受け入れらたらしい。ガザフや他のドワーフ達と楽しそうに武具の話で盛り上がっている。


 そこへようやく、クレアとミーシャが戻って来た。

 二人は大きな皿に盛られた大量のミートボールパスタを持って照れ臭そうにしている。


「ふっふっふっ……」


「何だ?」


「レイヴン、これ……私とミーシャお姉ちゃんと作ったの」


「クレアが……?」


「ちょっと! 私も! ですよ! と言うか、クレアちゃん! 今、私の事をミーシャお姉ちゃんって言いましたね⁈ 」


「う、うん。言ったよ? ミーシャお姉ちゃん」


「くうぅぅぅぅぅ!!! クレアちゃん可愛いですぅ!!! 」


「いちいち抱きつくなって言っただろ。クレアが困ってるじゃねえか」


 突如現れたのは、未だ意識の戻っていなかった筈のランスロットだった。

 包帯を巻いたままの姿ではあったが、どうやら大丈夫そうだ。


「ランスロット、もう具合は良いのか?」


「おう。危うく死に掛けたけどな。取り敢えず無事だぜ。それに、こんな馬鹿騒ぎされてたんじゃあ寝てられねえっつうの。俺も混ぜやがれ!」


(本当に言った……)


 ランスロットが頑丈なのはよく知っている。

 それにしても、ここまで予想通りの行動を取るとは分かり易い奴だ。大方、騒ぎを聞きつけて我慢していられなくなったのだろう。いずれにせよ無事で良かった。

 

「ランスロットさん! 良かった!」


「ちょっと、私達には何か一言無いわけ?」


「ランスロットは馬鹿だから仕方ない」


「あら、そうだったわね」


「お前らなぁ! ……ったく、ありがとうな。お前らが来て無かったらやばかった。助かったぜ」


「よろしい」


「ランスロットにしては上出来」


「この野郎……。まあ良いや。それより、もう一人良いか? 混ぜてやってくれ」


「……?」


 ランスロットが手招きすると騒いでいたドワーフ達が一斉に静まり返った。

 皆、その男を睨みつけ、先程までの賑やかな雰囲気は消え失せていた。


「嘘⁈ どうして⁈ 眠らせて結界まで張っていたのに⁉︎ 」


「私にはその手の魔法は効かない。訓練されているのでな」


 ランスロットが連れて来たのはゲイルだった。

 自分を刺した張本人を連れて来るとはどういうつもりなのだろうか。


 レイヴンはランスロットらしいと頷いて、耳を傾けたまま様子を見守る事にした。

 ゲイルがどういう言葉を発するか興味がある。


「ランスロット! あんた何考えてるの⁈ 」


「別に。良いじゃねえか。取り敢えずは終わったんだろ? 俺も別に恨んじゃいないし」


「本当にあんたって奴は……!」


 ユキノとフィオナもランスロットの判断にこれ以上口を挟むつもりは無い様だ。

 どういう経緯があったにせよ、当の本人が構わないと言っているのだ。それ以上周りがどうこう言う事では無い。 


 皆の注目が集まる中。ゲイルはレイヴンの元へやって来るなり、深々と頭を垂れた。


「感謝する。敵である私の命を救ってくれた事、この恩は生涯忘れはしない」


 やはり律儀な男だ。

 だが、頭を下げるべき相手を間違えている。


「そうか。だが、そんな事はどうでも良い。お前には先に頭を下げるべき相手がいるだろう?」


「……!」


 ゲイルは騎士として帝国の任務を遂行しただけ。けれど、そんな事は関係無い。

 この場にいるのは皆、帝国に怒りを持つ者達だ。


「すまなかった。君達に危害を加えた事を謝罪させてくれ。しかし、私は私の任務を遂行したに過ぎない。後悔はしていない。以上だ」


 ゲイルは辺りを見回した後、深々と頭を垂れ謝罪の言葉を口にした。

 謝罪と呼ぶには不可解な物ではあったが、ゲイルの偽りの無い言葉だった。


 それはドワーフ達にも伝わっただろう。

 飾り立てた謝罪の言葉など無意味だ。偽りのない本心からの謝罪にこそ意味がある。

 そうであるからこそ、ゲイルという人間がドワーフ達にも伝わる筈だ。


「ふん……。そうかよ。……ま、今の謝罪は悪く無かったぜ。それがお前の本心なんだろうからよ。今回の事はレイヴンの顔を立てて水に流してやる。だが、次は無いぞ。俺達ドワーフは寛容だが、お人好しじゃあ無え。それを忘れるな」


「ああ、理解した」


「けっ。澄ました野郎だぜ。お前も飲め! 今夜は宴だ! 辛気くせえ奴は叩き出すからな! お前らも良いか?」


「「おおおお!!!」」


 ガザフが許した事で一先ずはドワーフ達の怒りは鎮まった様だ。

 この後どうなるかはゲイル次第。


「レイヴン。感謝する」


「俺は何もしていない。ドワーフが許した。それが答えだ。後は自分で考えろ」


「ああ」


「ったく、辛気臭いのは無しだぜ! なあ、クレア?」


 クレアは怯えた様子でランスロットの後ろに隠れていた。


「君にも怖い思いをさせた、どうか許して欲しい……」


「あい……」


 クレアはそう言うと、今度はレイヴの膝の上に乗って隠れてしまった。

 無理も無い。突然襲われて一人連れ去られたのだ。

 気を失ったままだったのはせめてもの救いだろう。


 レイヴンは震えるクレアの頭を撫でてやりながら、ゲイルに釘を刺しておこうと思い立った。


「ゲイル。クレアにまた手を出して見ろ。お前も、お前の信じる皇帝も、帝国も、全て俺が壊してやる。魔物の大群を屠るより容易い事だ」


「お前、それ脅迫じゃねえか……」


「レイヴンが言うと洒落にならないわね」


「ダンジョンに一人で潜った方が生存確率が高い」


 脅迫だなんて解せない。クレアを安心させてやろうと思って言っただけだ。

 本当にそんな事をするつもりも、そんなくだらない事に力を使う気も無い。


「分かっている。あれ程の力を間近で見せられてはな。私の命をも救ったあの強大な力が帝国に向けられるのは本意では無い。誓おう。私は君達に危害を加えない」


「なら、良い」


 クレアの手が緩む。

 どうやら少しは安心させてやる事が出来た様だ。


「クレア。お前の作ったミートボールパスタを食べよう」


「あい!」


「あ、私が取り分けますね! パスタは私で、ミートボールはクレアちゃんが作ったんですよ」


 小さくて形の不揃いなミートボール。

 フォークで突き刺し口へと運ぶ。


「美味しい?」


 不思議だ。

 エリスとリアーナの作ったミートボールパスタに良く似た味がする。

 とても懐かしい味だ……。


「ああ。美味しい」


「やりました! レイヴンさんに美味しいって言ってもらえましたよ!良かったですね!」


「あい!」


 ミートボールパスタを食べていると、皆の視線が俺に集まっているのに気付いた。

 一体何だというのだ?


「な、何だ?」


「ううん。ただ、レイヴンってそんな顔もするんだなぁって」


「だな。レイヴンはいつも無愛想な顔してるからな」


「……余計なお世話だ。お前達も冷める前に食べろ」


「へいへい。ミーシャ、俺にも取り分けてくれよ!」


「え、それくらい自分でやって下さいよ」


「何でそうなるんだよ⁉︎ 」


「「「あははははははは」」」



 今回の件では分からない事が多過ぎた。

 マクスヴェルトによって世界を隔てる壁が再び展開された今、西の大国アルドラス帝国との接触は当分の間は無いと思われる。

 けれど、まだ何も終わってなどいない。

 クレアの事を姫だと言った意味も、帝国の目的も、トラヴィスの思惑も、何一つ解決していないのだ。


(クレアを狙う輩が存在していると分かった以上、共に旅を続けるのはやはり危険だ。俺が守ってやりたいが……)


 そういう選択肢もあるのだが、ここはリヴェリアに預けるのが最も安全だと思う。

 問題はクレアにどう伝えるかだ……。


 答えの出ないまま、宴の夜は更けていった。



次回更新は8月9日を予定しています。


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