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換金と酒場

 慣れた手付きで魔核と眼球を回収したレイヴンは、珍しく上機嫌だった。と、言っても、顔には出ないので側から見ても仏頂面にしか見えないのはいつもの事だ。

 愛用の魔剣『魔神喰い』は元の黒剣に戻り鞘に収まっている。


 目標の金額にはまだまだ遠く及ばないが、この素材を売ればかなりの額になる。

 Bランクの依頼を何百こなすよりも報酬が良い。

 

 早速街へ戻って換金しようかと思ったところで、三人の存在をすっかり忘れていた事を思い出した。


(人間は白くなったりするんだな。怪我も無い様だし、放っておいても問題無いか)


 気を失うとは情け無い話だ。とは言え、カオスゴーレムが湧くフロアでうろついていたのだ、後は自分達でどうにかするだろう。


 レイヴンは紐で縛り上げた巨大な魔核を背負ってフロアを出た。


 帰り道には殆ど魔物がいなかった。おそらくランスロットが倒して行ったのだろう。

 予定よりも荷物が多くなってしまったので助かる。また魔物が再出現する前にさっさと街へ戻るとしよう。





 冒険者の街パラダイムに戻ったレイヴンは注目の的だった。


 酒場でCランク冒険者であるレイヴンが十人以上のAランク冒険者を倒した件で……というよりも、人々の視線はレイヴンの背中にある巨大な魔核に向けられていた。


「なんてデカい魔核だ」


「あんなに大きな魔核初めてみるわ!」


「きっと、とんでもない大きさの魔物を倒したに違いない」


「大きいってどのくらい?」


「ボスとか?」


「まさか。でも、はぐれ者にそんな事が出来るのか?」


「はぐれ者だからだろ? あいつは魔物混じりの禁忌の子だぜ?」


「ああ、人間じゃない化け物だもんな」



(いつにも増して好き放題に言ってくれる)


 わざと聞こえる様に喋っているのが丸分かりだ。


 慣れてはいるが、遠慮が無さ過ぎるのは少々気に触る。

 だが、今のレイヴンは機嫌が良い。

 心無い言葉を吐く人々を無視して、真っ直ぐ冒険者組合を目指した。


 依頼を受けるだけなら何処の店でも出来るのだが、換金となると冒険者組合へ直接出向く必要があった。

 どの街でも金のやり取りは組合が仕切っている。

 商売を始めるにも、金を借りるにも、冒険者組合の仲介無しにはどうにもならない。


 組合に到着したレイヴンは、呑気に欠伸をしながら入り口に立っている警備の男に声を掛けた。


「換金したい。いつもの男は居るか?」


「また、あんたか。毎日毎日……って、ええ⁈ そ、そいつをあんたが?」


「そうだ。居るのか居ないのかどっちだ?」


「あ、ああ……。居るとも。裏口へ回ってくれ。扉を開けておく」


「分かった」


 レイヴンは組合の建物の脇から裏口へと歩いて行った。


 魔物混じりは基本的に組合の建物へ入ることを許されてはいない。

 正面入り口から入ろうとすると警備に止められ、厳重に罰せられる。無理に入ろうとすれば最悪斬り殺される可能性すらある。

 そうなっても誰も助けてくれはしない。


 自分の身は自分で守る。

 そうやって生きて来た。


 毎日依頼をこなしていたおかげもあってか、裏口からであれば中に入る事が出来る様になった。

 組合にしてみれば良い金づるなのだろう。

 

 相場よりも安く買い叩かれる事も珍しく無いが、これから会う男はなかなか話の分かる奴だ。

 ただし、そこは檻で仕切られた薄暗い部屋。

 こっちは客だ。普通なら文句の一つでも言うのだろうが、換金さえ出来れば良いのだから関係無い。



 裏口へから入るといつもの男が待っていた。

 腹の出た中年の男。脂ぎった顔に大きさの合っていない丸眼鏡をかけている。

 かつては冒険者として活躍していたらしいが、引退してからは鑑定の腕を買われて組合の手伝いをしているそうだ。


「よく来たなレイヴン。こいつはまた……とんでもない物を持ち込んで来たな」


「ケルベロスの魔核と眼球。それと、Bランク依頼のキラーバッドの爪、ポイズンラットだ。ゴブリンの巣の殲滅に関しては後で確認してくれ。ちゃんと殲滅してある」


「ふむ。確かにBランク依頼の品だな。良いだろう。ゴブリンの巣に関しては、君の事だから問題あるまい。ただ、一つ確認したいんだが、そっちの魔核と眼球は一体どうやって?」


「巨大なケルベロスと遭遇したから倒した。それだけだ」


 男は腕を組み、目を瞑ると眉間にしわを寄せて何やら考え始めた。

 鑑定に関する知識は中央の鑑定士と比べても申し分無い。その男が考え込むとは、やはり素材が特殊過ぎたのだろうか。


「遭遇ねぇ……。魔核と眼球の大きさからして、戦ったのはレイドランクの魔物だろ? んー……」


(試してみるか)


 レイヴンは記憶を辿って、ある人物の真似をして喋ってみる事にした。


「無理なら他を当たる。だが、魔核は鮮度が落ちると価値も下がる。これ程の魔核にはそうそうお目にかかれないだろう。……しかし、惜しいな。こいつを上手く捌けば一財産。お前の取り分だけでも相当な額だ。遊んで暮らせるとまでは言わないが、少なくとも酒代を気にして財布を覗き込む必要は無くなる。悩む必要は無い。大金を手にして、俺もお前もハッピーだ」


 いつになく流暢な口調で喋るレイヴンを見て男は目を丸くしていた。

 上手く誘導出来れば換金額を誤魔化せると思っていたのは、どうやらお見通しという事らしい。


「……分かったよレイヴン。何も聞かないでおくよ。それにしても、此処へ来る度に口が上手くなっていくな。商売あがったりだぜ」


「そう言うな。いつもと同じ、色はつけるさ」


「良いだろう。魔核はうちで買い取ろう。ただし、これだけ特殊な魔核となると捌くのに手間がかかるし、金額も相当な物だ。金を用意するのに最低でも一週間はかかる。それでも良いか?」


「構わない。金が用意出来たら酒場の受付に伝言を頼む」


「了解した。では、契約成立だ」


 契約成立の握手も書類も無い。口約束。


 レイヴンはBランク依頼の報酬五千ゴールドだけ受け取ってさっさと部屋を出た。


 あの男は口が上手くなっていると言ったが、あれはタダの真似事だ。

 オルドが話していた昔話の中に、口先の上手い男の話があったのを思い出したに過ぎない。


 個人的な商売にうつつを抜かすのは頂けないものの、あの男の良い点は三つある。


 嘘を吐かない事。

 こちらの事情を詮索しない事。

 品物を見て、適正に近い値段を提示してくる事。


 中には居るのだ。魔物混じりだというだけで、ぼったくろうとする奴が。

 相場の七割までなら黙って見逃しておいてやるが、それ以下はこちらから願い下げだ。

 勿論、あの男も一割を自分の懐に入れている。


 男の取り分が安い理由は単純。

 レイヴンがほぼ毎日、複数の依頼品を持ち込むからだ。

 つまり、あの男にとってレイヴンは上客。ぼったくるよりも長い付き合いをした方が利益になる。

 こちらはいちいち鑑定士を探さなくても良いし、奴も儲かる。互いに利害が一致しているという訳だ。


 魔物混じりという存在はこの世界では生き辛い。

 それが例え自由な冒険者であったとしても、様々な制約がある。


 品物の売り買い、金の貸し借り、街への定住権etc. 他にもまだまだある。数えていたらきりが無い程だ。

 そういう事情もあって、信用出来る鑑定士を探すのも一苦労なのだ。



 大通りに出るとランスロットが待ち構えていた。

 顔を見るなり手を出して顎をしゃくって来た。何か寄越せという事だろうか?


「何だその手は」


「治療代。お前が拾ったあの女の子の治療代を俺が立て替えてやったんだろうが。ちゃんと払えよ」


(なるほど。そういえば人間を拾ったな……)


「いくらだ?」


「治療費、入院費、薬代。しめて五千ゴールドだ」


「高い。まけろ」


「まけられる訳ねぇだろ! 馬鹿かお前!」


(まったく……。受け取ったばかりの報酬と同額とはとんだ出費だ。だが、まあ良いだろう。魔核と眼球の報酬も手に入る予定だしな)


 レイヴンは手に持っていた皮袋をランスロットに差し出した。

 しかし、ランスロットは驚いた顔をしたままで受け取ろうとしない。


「どうした? 受け取らないのか?」


「う、受け取るに決まってるだろ! こっちはお前と違って、そんなに稼いでいないんだ」


 ランスロットはSSランクの冒険者。戦士職ともなればパーティーへの誘いは多い。

 一回の討伐報酬もそれなりの額が貰える筈だ。

 しかし、ランスロットは報酬の半分を武具の手入れに使って、残りは酒と女で浪費してしまう困った奴だ。


「なあ、レイヴン。もしかして何か良い事でもあったのか?」


「どうしてそう思う?」


「お前が素直に金を払うなんておかしいだろ」


「失礼な奴だな。金に煩い男は嫌われるぞ」


「お前が言うなよ! ……まあ良いや。飯食って無いだろ? ちょっと酒場まで付き合えよ」


 やれやれ。まだ日も沈まないうちから酒とはランスロットらしい。

 依頼の下見もある。ここはランスロットに着いていくとしよう。


 いつだったか、ランスロットに腕は良いのだからもっと働けば良いと言ったら、余計なお世話だと言われたので、それ以来言わない様にしている。気紛れで言っただけだったが、人の事を心配するなんて慣れない事をするものでは無い。


 酒場に入ると客が一斉に驚いた顔でレイヴン達を見てきた。


「ありゃ、テーブルは全部埋まってんのか。まあ良いや。レイヴン、カウンターで良いだろ?」


「構わない。飯が食えれば何処でも同じだ」


 ランスロットは良く冷えたエールとつまみ。

 レイヴンはミートボールの入ったパスタと水を注文した。


 あっという間に一杯目のエールを飲み干したランスロットは、おかわりを注文するとベラベラと喋り始めた。

 ランスロットは酒を飲むといつも以上によく喋る。不快という程でも無いが、一人でいる事が多いレイヴンは少しだけ煩わく感じていた。


「お前、何処の街に行っても、それ食べてるんだな。ミートボールパスタ好き過ぎだろ」


「放っておけ。俺の勝手だ」


「そう言えばレイヴン。あのフロアには何があったんだ? なんか良いもん見つけたのか? なあ、どうなんだよ? 教えろって〜」


(前言撤回だ。酒を飲んだランスロットは鬱陶しい)


「オリハルコン製の武具が一式あっただけだ。あのフロアには先客がいたからな。先に回収されたらしい」


「先客ぅ? カオスゴーレムを倒せる奴がこの街にいるってのか?」


(あの三人か。見かけだけで判断するべきでは無いかもしれないが……分からない。大した奴等には見えなかった)


「かもな」


「世の中は広いってか? だとしたら中央にスカウトしたいね。俺の代わりにお前のお守りをさせてやるぜ。っと、そういや忘れてた。お前に伝言があるんだった」


「誰からだ?」


「誰だと思う?」


 二杯目のエールを煽ったランスロットはニヤリと笑った。

 ランスロットがこういう顔をする時は、大抵碌でもない話だと相場が決まっている。


「団長だよ。遠征行くから帰って来いってさ。いやぁ、これでようやくお前を探す旅から解放されるぜ! エールが旨いわ! お姉ちゃんエールもう一杯!」


「……」


 やはり碌でも無い話だった。

 遠征は金になるので異論は無い。問題は、呼んだのが団長だということだ。

 レイヴンが誰とも関わらずにいた頃、獲物を横取りした挙句に、無理矢理レイヴンを中央に引っ張っていった人物。


 人の領域にずかずかと土足で入って来る。

 レイヴンは団長が苦手だ。


「そんな顔するなよ。別に今すぐ連れて行こうってんじゃない。俺もゆっくりしたいからな。なぁ、提案なんだけど、明日から暫く俺と組まないか? 旅費で財布がスッカラカンなんだよ。俺と組めば効率良いし、パーティーでしか受けられない依頼も行けるぜ? そして何より、報酬が良い。悪くない話だろ?」


「乗った」


 団長に会うくらいなら、ランスロットと組んだ方がマシだ。報酬も増えるのだ。断る理由は無い。


「よっしゃ! 決まりだ! 良かった良かった! あははははは!」


「止めろ。背中を叩くな。ミートボールにフォークが刺さらない」


「お姉ちゃんエールもう一杯!」



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