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世界を隔てる壁と魔法

 レイヴンが戦闘を始めてどのくらい経過したしただろう。

 後方で展開していたライオネット達は苦笑いを浮かべていた。


 最初にレイヴンが倒した魔物の死体を境界線として、第二波、第三波の魔物は一匹もやって来ていないのだ。


「あ、今ので五百体目ですねー……」


「そんなの数えるなよ。虚しくなるぜ」


「そうは言っても、あの様子じゃあ僕達の出番なんて絶対にありませんよ」


 レイヴンがあの姿になって戦っている以上、並の魔物では相手にならない。

 それでも共闘を申し出たのは、やはり一人では全てをカバーし切れないだろうと思ったからだった。

 けれども、それは杞憂だった様だ。

 魔剣の力を存分に発揮して振るわれる剣の攻撃範囲は出鱈目に広い。おまけにあの背中に生えた黒い翼のおかげで機動力まで段違いに増している。


 何しろこれは依頼では無い。素材を回収する必要も無いので手加減する必要が無いのだ。

 結果はご覧の通り。

 普段のレイヴンがどれだけ手加減して戦っていたのかがよく分かる。


「出番ならまだあるわよ」


「ユキノ。フィオナ達の方はもう良いのか?」


「ええ。クレアちゃんもじきに目を覚ますでしょう。二人も一緒にいるわ」


「じゃあ、レイヴンが魔物を倒したらさっさと帰ろうぜ」


「何言ってるのよ…、そもそも私達がここへ来たのは西の大陸にあるっていうアルドラス帝国の調査でしょう?」


「分かってるって。マジになるなよ」


 ユキノは、ミーシャがリヴェリアから預かって来た手紙を二人に渡す。


「この手紙は? 」


「勿論、お嬢からよ?」


「お嬢から?嫌な予感しかしないぞ……」


「お嬢は可能なら帝国の調査をして欲しいって言ってるけど。状況的に出直した方が良さそうっていうのが、私とフィオナの出した結論。帝国の存在は確認出来たし、レイヴンが助けた騎士は帝国でもかなりの実力者だったみたいだから、無理に潜入しなくてもある程度正確な情報の入手は可能だと判断したの」


 レイヴンがわざわざ助けるくらいだ。

 素性がはっきりとした訳では無いが、信用しても問題無いだろう。


「それともう一つ。ライオネットとガハルドは、次の指示があるまでの間、部隊を率いたままドワーフの街及び周辺の警戒にあたれって。手紙と一緒に中央冒険者組合からの依頼書が入ってるから、ちゃんと確認しておいてね。で、これは私の予想なんだけど……」


「まだあるのか」


 ユキノは二人にそっと耳打ちすると不敵な笑みを浮かべて見せた。


「最近のお嬢は容赦無いですね……」


「まあ、仕方ねえ。これだけ事が一気に動いたんじゃあな……」


 二人は自分の率いて来た部隊の元へ戻り行動を開始する。


 最後の耳打ちの内容はユキノとフィオナの勘に過ぎない。

 けれど、リヴェリアに対して異常な執着を見せる二人が言うのなら、まず間違いなく勘は的中する。

 いつでも動ける様に備えておくに越した事は無いのだ。


 ガザフに事情を説明したら、ドワーフの街まで即座に後退……いや、撤退するべきだ。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「レイヴン!」


「ユキノか。こっちはもう終わったぞ」


「ええ。見てたわ。それよりも早くこの場所から離れて。ドワーフの町まで戻るわよ」


「……?」


 何をそんなに急いでいるのだろう。

 いつも落ち着いているユキノらしく無い。


「良いから早く! レイヴンだってあまり関わりたく無いでしょう?」


「さっきから何の話だ?」


 ユキノの要領の掴めない話に首を傾げていると、何も無い場所に唐突に人の気配が出現した。


「儂も随分と嫌われたものじゃな」


「遅かった……」


 背後から聞こえて来たのは俺の良く知る男の声。

 唯一、俺を本気で怒らせた奴だ。


「ほお、これが魔人化か? どれどれ、儂の研究材料に……」


「触るな!」


 手加減の無い一撃を振り返りざまに放つ。

 けれど、全力の一撃は見えない壁の様な物によって止められていた。


「ちょ…レイヴン⁈ 」


 壁に阻まれた魔剣から赤い魔力が迸っていることから間違いなく本気の一撃だと分かる。


「相変わらず気の短い奴じゃ。年寄りにはもっと敬意を払うものじゃろうて」


「黙れ、マクスヴェルト。何故、貴様が此処にいる?」


 現れたのは滅多に中央にある研究室から出て来ないマクスヴェルトだった。

 旅をして来た訳では無いだろう。おそらく空間を操る魔法によって直接この場所へとやって来たに違いない。


「何じゃ、聞いておらんのか?」


 ヘラヘラと笑うマクスヴェルトはレイヴンの刺すような視線も意に介さずおどけて見せた。

 普段の老人の姿では無く。何処にでもいそうな若い青年の姿をしている。

 姿を変えてまで、自身の研究にしか興味の無いマクスヴェルトが自ら中央を離れたとは考え難い。


(チッ…。リヴェリアか……)


 そう、マクスヴェルトを動かせる人物は中央でも王家でも無い。

 リヴェリアしかあり得ない。

 相互協力関係がどうのと言っていた事があったが、それを使ったという事らしい。

 だが一体何の為に?


 ユキノが珍しく焦った様子を見せたのは俺とマクスヴェルトを会わせたく無かったからの様だ。


「そうじゃ、前に会った時の話……考えてくれたかの?」


 マクスヴェルトが事もなげに口にした瞬間。

 強烈な怒りが俺の感情を支配した。


 魔剣の鼓動が一際大きく響き、溢れ出した魔力が平野に吹き荒れる。


「きゃっ! ちょ、ちょっと! 落ち着いてレイヴン! 」


 相変わらずふざけた奴だ。

 初めて会った時と何も変わっていない。


「マクスヴェルトもふざけないで! 此処は敵地なのよ⁈ ちゃんとやる事分かってるんでしょうね? 」


「ちょっと聞いただけじゃろう……分かっておるわい。やれやれ…もっと楽しもうという気は無いものかの。のう? レイヴン」


「……」


「ほう。お主、少し変わったか?」


「どういう意味だ。俺は何も変わってなどいない」


 以前のレイヴンであればマクスヴェルトの安い挑発に乗って斬りかかっていた。

 勿論、それもマクスヴェルトの研究の一環だった訳だが、今回は一撃を放って来ただけで荒ぶっていた魔力の高まりは鎮まっている。


「ふむ……」


 マクスヴェルトはじっくりとレイヴンを観察する。


 正直に言って驚いた。

 レイヴンの力が以前よりも増した原因は魔剣の呪いが解かれた事。

 魔人化した異形の姿は魔剣の力によるものだと推測出来る。

 最も興味をそそられたのは、魔剣にかけられていた呪いが解呪されている点だ。

 これならば存分に魔剣の力を振るう事が出来るだろう。

 だが、それは同時に『魔剣によってレイヴンの力を抑える』という役割を果たしていない事になる。

 レイヴンの並外れた戦闘力と精神力があれば、そう簡単に魔物堕ちしたりはしないとは思われるが、絶対では無い。

 そんな事は今更言わなくても本人が一番理解しているだろう。


 そして何よりも気に入らない事がある。

 魔法の大家。賢者とまで言われた自分にも解けなかった呪いの魔法を解いた者がいるという事実。

 あの魔法は()()()()()()()()

 魔剣の由来の通り、悪魔と神を喰らった魔剣は、その両者から呪いを受けた。

 つまり、呪いを解いた者は少なくとも人間では無いという事だ。


「お主、その魔剣の呪いを解いた者とは何処で知り合った?」


「何故貴様にそんな事をいちいち言わなくてはならない」


 レイヴンは嘘の吐けない男だ。

 目を見れば何かを隠しているのは直ぐに分かる。

 しかし、このまま問い詰めてもレイヴンは喋らないだろう。時間の無駄だ。

 今は魔剣の呪いが本当に解かれている事が確認出来ただけで良しとしておく。


「まあ良いわい。儂も暇では無いのでな。とっとと終わらせて研究に戻る」


 マクスヴェルトが指を鳴らすと一瞬で景色が変わった。

 何処かの森の様だが……


「嘘……一瞬で? レイヴン、此処は中央と外界との境界線。今まで私達が世界の果てだと思っていた場所よ」


「世界の果て?」


「同じ場所に結界を張り直す方が手間が無くて良いからの」


「ちょっと待って! 他の皆んながまだ西に…!」


「案ずるな。ドワーフの街に転移させてあるわい」


「あれだけの人数を一度に⁈ 」


「そうじゃ。では、始めるぞ」


 マクスヴェルトの魔力がありえない程高まっていく。


 ふざけた奴だが実力は本物だ。

 俺の放った一撃を難なく止めて見せた力は侮れない。


 隣で見ていたユキノの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。

 ユキノも魔法を使う者の一人として賢者マクスヴェルトの使う魔法に興味があるのだろう。


「さて、何処じゃったかのう……確かこの辺りにある筈なんじゃが」


「……?」


「何を探しているの?」


「ん? この辺りに石版を隠しておいたんじゃが……」


「石版? それってもしかしてこれの事? 何かの手掛かりになればと思って回収しておいたのだけど」


 ユキノが鞄から取り出したのは手のひらに収まる大きさの石版だった。

 表面には模様が描かれているが、何を意味した物かさっぱり分からない。


「おお! それじゃ! では、改めて…」


 マクスヴェルトが石版に魔力を込めると、ユキノが境界だと言っていた場所が光り始めた。

 光は天高く伸びて行き、北と南に分かれて急速に広がって行った。

 中央と外界を隔てる光の壁は世界を隔てる見えない壁となって再び展開されたのだ。


(これが、こんな物が世界を隔てる壁……)


「これで良し。儂の仕事は終わりじゃ」


「え? 今ので? だって、光が広がっただけで……」


「何じゃ? もしかして、巨大な魔法陣が出現して、長い長い呪文の詠唱をするとでも思っておったのか?」


「え、ええ……」


「言ったじゃろう。この結界は些か手間がかかる。何の為に儂が研究を続けていると思っておる。魔法は日々進化しておるのだ。巨大な魔法陣も長い詠唱も、今では殆ど使用されない。自分とて、魔法を行使するのに呪文の詠唱はしておらんじゃろう?」


「それは、規模の小さい魔法だから頭の中で……」


「それじゃ」


「え?」


「魔法とは、究極的に突き詰めれば、イメージの具現化じゃ。例えば、治癒魔法にも呪いの魔法にも、術者の心が大きく関わっておる」


「心? 精神力では無いの?」


「精神力とは術式を元にイメージした魔法を形にするもの。心とは発動した魔法の効力を左右するもの。この二つは似て非なるものじゃ。

 理屈では、同じ術式の治癒魔法を使ったなら、効果は同じでなければおかしい。儂が使ってもお嬢さんが使っても、使用する精神力は同じなのじゃよ。しかし、実際に発動した魔法の効力には、時に大きな違いが出る。何故か? もう分かるじゃろ? 」


「そうか…だから……」

「賢いお嬢さんじゃな。思い当たる事があったと見える。では、最後におまけじゃ。魔法を自在に操るという事は、自分の心を制するという事。一の魔力で十の効果を生み出せるかどうかは術者次第。これを極める事こそが魔法の深淵に辿り着く極意。そう儂は思っておる。未だに辿り着けてはおらんがな」


「ありがとうございます! 貴重な話を聞かせて頂き感謝します」


 ユキノは今まで見たことの無い態度でマクスヴェルトに感謝の言葉を送る。

 それも当然だろう。賢者マクスヴェルトの直接の講義など、いくら大金を注ぎ込んだ所で受けられる物では無いのだから。


「構わんよ。この結界の仕組みについては教えてやれんからの。それと、レイヴン。その魔剣の呪いを解いた者と再び会う事があったなら用心しておけ」


「………」


「ふん。愛想の無い奴め。ではな……」


 マクスヴェルトはそれだけ言い残すと転移魔法を発動させ、中央の研究室に帰って行った。


 自分の研究ばかりで他人の心配など微塵も考えいないマクスヴェルトがわざわざ注意しろと言う。

 癪だが、念の為に用心しておいた方が良さそうだ。


 俺は魔剣の発動を止め、ユキノと共にドワーフの街へと歩き出した。


(クレアが目覚めていたらミートボールパスタを食べさせてやろう)







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