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騎士として

 大抵の魔物は無作為な攻撃を闇雲に繰り返すものだ。だが、この騎士は違う。

 魔物堕ちした騎士の振るう剣は重く、鋭い。

 一撃交わす度に、騎士の感情が伝わって来るのを感じる。


 虚しさ、後悔、憎悪……。


 体は醜く変化し、泣くように呻き声を上げながらも、剣筋には騎士として生きてきた男の意地とも呼べる物が垣間見える。

 仲間に裏切られ、騎士として死ぬ事すら出来なかった事への無念さ。

 その強い後悔が剣に宿っているのだ。


(悔しいのか……)


 魔物堕ちし、意識を失っても尚。騎士としてありたいと願う心が、この男にはまだ残っているのだ。

 であれば、この男にはせめて最期に剣で応えてやらねばならない。これ以上、この男の魂が暗闇に染まらないように。騎士として逝けるように。


(俺に何が出来る?戦って死ねるなら或いは……)


 幾度も剣を交わしていく内、男の目に光が宿るのが見えた。

 やがて目の輝きは激しい炎を滾らせてレイヴンの目を見据えて来た。


「帝国は……陛下ハ……ワタシの夢、だっタ……」


(まさか、意識が戻ったのか⁈ )


「忠誠ヲ、尽スニ……値スルお方だっタ……」


「……」


 男は剣を振るいながら、必死に何かを伝えようとしていた。

 一度は死に、魔物にされても帝国への想いが男の魂をこちら側へ呼び戻したらしい。


 僅かに蘇った意識が徐々に男の剣を冴え渡らせていく。

 鋭く、速く、力強く。

 きっとそれでも、本来の剣技には程遠いに違いない。

 日頃の鍛錬と並外れた精神力のなせる奇跡。

 これだけの技量を持っていながら、何も出来ずに殺された男の無念さは如何許りのものだろうか……。


「陛下ヲ、救ッテクレ……トラヴィス…ヲ……奴ノ手カラ帝国、ヲ……」


「それが……お前の願いか?」


 男は言った。

 皇帝を救ってくれと、トラヴィスの手から救ってくれと……。

 口振りからすると、皇帝は既にトラヴィスの魔眼によって何らかの支配を受けているのだろう。

 やはりあのトラヴィスという男は危険だ。


 だが、帝国がどうなろうと俺には関係の無い事だ。


「そんなに帝国が心配なら自分でやれ」


「無理ダ……私ハ、モウ……頼ム……」


「……」


 レイヴンは一度距離を置き、剣を握り直した。


(……今の俺にやれるか?)


 これは賭けだ。

 剣から伝わって来た男の心に偽りは無い。自分が死んでしまった事への無念さでは無い、願いを口にした。

 死して尚、皇帝の身を案じるこの男の忠誠心は、例え敵であったとしてもこのまま死なすには惜しい。

 この腐った世界で、己の信じる道をひたすらに真っ直ぐ歩いて来たであろう男が信じる皇帝に興味が湧いた。

 男を生かす事で、少しでもマシな世界になる可能性があるのなら、信じてみる価値はあるかもしれない。


「やはりお前が自分でやれ。俺はその為の力を貸そう。生き残れるかどうかはお前次第だ」


「何ヲ……俺ニハ……」


「お前が連れ去った少女。クレアは耐えたぞ? そして乗り越えた。魔物落ちしても人間でありたいと、生きたいと願った。その小さな体で、生きる為にこちら側へと戻って来た。生きたいと願う意思は何よりも強い。あの子はそれを証明した」


「ソンナ、事が……」


「あの子は必死に生きている。お前にそれだけの覚悟があるか? 生き残ったとして、お前がお前のままである保証は無い。それでも生きて行く覚悟があるか? 」


「……ッ!」


「……無いなら止めておけ。お前の願いなど所詮その程度だ。このまま葬ってやろう」


 力は貸してやる。

 けれど、生き残れるかどうかは本人次第。

 生きたと願う意思が力になる。

 俺はそれをほんの少しだけ手助けしてやるだけだ。


 トラヴィスが仕向けた魔物の大群が近付いて来ている。

 やるなら今しか無い。


「名は何という?」


「ゲイル……ダ…」


「そうか。俺の名はレイヴン。冒険者レイヴンだ。ゲイル、もう一度だけ言う。生き残れるかどうかはお前次第だ。お前の覚悟を見せてみろ!」


「俺ニ…ハ、まだヤラナケレバ、ナラナ、イ、事ガ……ある! お前ニ…出来る、ノカ?」


「問題無い」


ーーードクンッ!


 魔剣の鼓動が平野に響き渡る。

 クレアの時よりも魔力の伝達が容易になった事で、魔神喰いの力も少しは制御可能となった。

 赤い魔力が黒い刀身を覆い準備が完了する。


 狙うのは魔核。

 男の振るう剣を掻い潜って魔神喰いの力を発動させてやれば良い。

 成功するかどうかは分からない。けれど、生きたと願うのなら、可能性はゼロでは無い。


 ゆっくりと体を沈め、黒い翼を広げていく。

 強烈な踏み込みと共に、よく引き絞られた矢の如き突進により一気に魔核を貫き叫ぶ。


「喰らい尽くせ!!!」


「ウグァギギギッ! グアアアアーーーーーーーーッ!!! 」


(生き残ってみせろ!)


 黒い霧がゲイルの体を包み込む。

 魔核の力が弱まり、醜く肥大化した体が人間の物へと変化していく。

 クレアの時と同様にゲイルの髪は白くなっていた。

 体格は然程変わらないが、少しだけ若返った様な印象を受ける。


(……大した男だ)


 魔神喰いの力は問題無く発動し、ゲイルは無事人間に戻った。


 魔剣の呪が解かれた状態でもやはり扱いは難しく、かなりの魔力を持って行かれてしまった。

 今のところ連続での使用は出来そうに無い。


(魔剣に体の制御を奪われないだけマシか。それはそうと……)


 平野にはまだ魔物の大群が残っている。

 さっさと片付けてしまいたいところだが、動けないゲイルが居ては邪魔だ。


(ゲイルを連れて一旦ユキノ達の元へ行くか)


 治療はユキノ達に任せれば良いだろう。

 きっとゲイルにとっても悪い話にはならない筈だ。


 ゲイルを担ぎ空へと飛翔する。

 魔剣の力を解放しなければならないとは言え、空を飛ぶというのも慣れれば便利なものだ。


「レイヴン、感謝、す…る……」


(律儀な奴だ。まだ意識が朦朧としているだろうに)


「寝てろ。話は全て終わってからだ」


「ああ……」


 最初は怒りしか無かった。

 クレアを連れ去った騎士への恨みとは違う。

 自分自身の不甲斐なさから来る怒り……。

 もっと慎重にならなければ。

 そうしなければ守れない事もあるのだと思い知らされた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 平野を見渡す事の出来る小高い丘の上に集まっている一団を確認したレイヴンは、急いで皆の元へ降り立った。

 皆が漆黒の鎧姿のレイヴンをみて騒いでいる中、ゲイルを預ける為にユキノ達の姿を探していると、武装したドワーフ達に囲まれてしまった。

 少々驚いたが、皆無事な様で良かった。

 けれど、これは一体……?


 何がなんだか分からないでいると、ガザフが姿を見せた。

 いつもの服装とは違い、全身に鎧を纏っている。

 どうしたのだろうか? 深妙な面持ちをして、いつものガザフらしく無い。


「すまん! 俺達はレイヴンの役に立ちたかったんだが間に合わなかった……この通りだ! 本当にすまねぇ!」


 ガザフに合わせ、一斉に頭を下げるドワーフ達の姿に俺は困惑するばかりだ。

 ドワーフが武装したのはてっきり、騎士達への報復をする為だと思っていたのだが、それは違っていた様だ。

 役に立つとは一体どういう意味だろうか?


「……よく分からないが、まだ安心するのは早い。ライオネット! ガ、ガー……」


「ガハルドだ! 大事な時に忘れてんじゃねぇよ!!!」


「よし、集まったな」


「この野郎…!!!」


「まあまあ、ガハルド落ち着いて。 レイヴン。ユキノ達から事情は聞いています。我々はいつでも動けますよ」


 ライオネットの言葉にガザフを始め、ドワーフ達がようやく頭を上げる。

 皆、闘志をみなぎらせた目をしていた。

 戦う覚悟は出来ているらしい。


「なら話は早い。だが、その前に…ユキノ、この男を治療してやってくれ。名はゲイルと言う」


「まさか……あの騎士を助けたの⁈ 」


「そうだ。魔物混じりとしてだが、ちゃんと人間に戻っている」


「そんな事を言っているんじゃないの! この男は…!!!」


「知っている。ランスロットには俺から話をする」


「だけど……」


 街から出る時、ランスロットがドワーフ達に介抱されているのを見て、事情は何となくだが分かっている。

 魔剣の力を発動させた時、ゲイルの記憶の一部が垣間見えた。だが、重要なのは二人共生きているという事。


 文句があるなら直接言えば良い。納得がいかないのなら、戦って白黒付ければ良い。

 それだけの事だ。

 思うに、二人は剣を交えさえすれば理解し合える筈だ。


「ガザフ達にも手伝ってもらう。ライオネット達と一緒に俺が討ち漏らした魔物の迎撃だ」


「待ってくれ、レイヴン! 俺達も一緒に戦わせてくれ! その為に来たんだ!」


「ああ、頼りにしている」


「……‼︎ お、おうよ! やるぞテメエら!!!」


「「おおおおおおお!!!」


 士気は上々。これならどうにかなるだろう。

 もっとも、レイヴンに魔物を討ち漏らす気などさらさら無かった。


「レイヴン。私とガハルドで援護します。お嬢には遠く及びませんが、役に立つと思いますよ?」


「不要だ」


「そりゃねえぜ。せっかく此処まで来たってのによ……」


「魔剣の具合を確かめる。俺の側に居ると巻き込まれる」


 軽く振っただけでダンジョンの壁を抉ってしまう。これから試そうとしている事に二人を巻き込んではリヴェリアが煩いだろう。


「私達の事なら気にしなくても大丈夫ですよ?」


「巻き込まれるなんてヘマするかよ。駆け出しの冒険者じゃあるまいし」


「ふむ……」


 それもそうかと思い直した俺は平野に向き直ると翼を広げた。


「先に行く。問題ないと感じたら来てくれ」


 二人の返事を待たず平野へ向かって飛翔する。

 平野を横断して来る魔物の大群にはこれといって強力な魔物の姿は確認出来ない。

 精々がレイドランク。大半はSランク依頼程度の魔物の様だ。これであれば自分だけで戦った方が効率が良い。


(……しまった。こういう考えは改めないとな。また、ランスロットに愚痴を言われてしまう)


 ランスロットが言っていた。

 目線を合わせろと。

 分かってはいるのだ。


「まあ良い。さっさと始めるとしよう」


ーーードクン!


 魔剣の鼓動が響き渡ると、赤い魔力が空をも赤く染めていった。


 丘の上から見守っていた皆は、魔剣の鼓動に息を飲む。

 王家直轄冒険者の戦いを間近で見られる機会はそうそう無い。

 離れていてもレイヴンの纏う赤い魔力が尋常では無い力を有しているのが分かる。


「薙ぎ払え」


 レイヴンが徐に振るった剣先から赤い雷の様な魔力が、波動となって平野を埋め尽くそうとする魔物の大群に降り注ぐ。

 大地が赤く光った次の瞬間、それは起こった。


 魔物の間をすり抜ける様に広がった赤い魔力の波動は、見渡す限りの魔物を巻き込んで爆散し、破壊と死を撒き散らしていく。


 圧倒的な破壊力。

 大地に広がる魔物のおびただしい数の死体がそれを証明している。


「な…⁈ 」


「なんつう威力だよ⁈ お嬢と戦った時より強くなってねえか⁈ 」


「あの戦い以上の事なんて無いと思っていましたけど……」


 たった一振り。それだけの事で見渡す限りの魔物が倒されてしまった。

 パラダイムの時にはこんな力は無かった筈だ。


「どうする? 行くか?」


「正気ですか? 助けに行って巻き込まれたなんて、お嬢になんて報告すれば良いのか分かりませんよ」


「だな。にしても、やっぱあれは魔剣の力なのか?」


「それもあるでしょう。けれど、それ以上にレイヴンが強くなっているんすよ。何があったのか分かりませんけど、これは驚異的な事です」


「あれからまだいくらも経って無いってのに。ランスロットの奴、とんでもねえ奴を目標にしたもんだな」


 呆れ返る二人とは対照的にドワーフ達は大いに盛り上がっていた。

 口々にレイヴンを讃えて騒ぐ様子は祭りと見間違う程だ。


 その時だった。

 巨大な咆哮がいくつも平野に響き渡り、地響きと共に新たな魔物の大群が迫って来る。

 どうやらトラヴィスの用意した魔物はあれで終わりでは無かったらしい。



「トラヴィス……本当に厄介な奴だ」


 このままではキリがない。

 レイヴンはため息を吐くと魔物の大群へ向かって滑空して行った。











投稿する事に追われてブクマの確認が出来ていませんでした。ごめんなさい。

多くの方に読んで頂けて、本当に有り難い事です。

感謝を申し上げます。


ありがとうございます!

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