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帝国に潜む闇

 レイヴンはクレアの魔力を探りながら慎重に進んでいた。

 まだ本調子では無いが、ある程度魔力も回復した。充分に戦える状態だ。


 今はドワーフの街を飛び出して来た時よりも随分と頭の中がスッキリしている。こうなったのは多分、咆哮を放ったからだ。あの直後、暴れ出しそうだった魔剣は急に大人しくなった。心なしか、一度魔力が空になってから体の中に流れる魔力の最大保有量が増した様な気がする。


 どういう理屈か分からないが、今度は遅れを取ったりしない。必ずクレアを連れ戻す。


 軍事拠点と思しき建物のある場所を抜け平野に差し掛かった所で数名の騎士が現れた。

 その内の一人には見覚えがある。

 クレアを連れ去った奴だ。


 剣を握る手に力が入る。

 レイヴンは焦る気持ちをどうにか抑えて、騎士達の出方を伺った。


 戦闘の意思は無い様だが、油断は出来ない。

 クレアを連れ去った白い鎧を着た騎士の隣にいる男。目を閉じたままの騎士からは、薄汚い臭いを感じる。

 まともな思考をしていない狂った奴等と同じ臭い。こういう輩は何をするか分からない。


(一番厄介そうなのはあいつか……)


 剣の間合いにはまだかなり遠いが、レイヴンであれば一足飛びで相手の間合いにギリギリ入れるかという距離で向き合ったまま停止する。


「さて……」


 そう呟いた騎士が徐に剣の柄に手をかけた次の瞬間。剣筋の見えない程の高速の剣技で仲間の騎士達を殺してしまった。

 仲間と思われる数名の騎士達を手にかけても、感情の乱れは一切無い。まるで作業だ。


(何だ?)


 全く訳が分からない。

 あの白い鎧を着た騎士はかなりの手練れだ。

 それをあっさりと殺してしまうとは侮れない。


 気になるのは、今の攻撃には違和感があった事だ。

 あるべきものが無いとでも言えば良いだろうか。


 騎士達が反応出来なかった理由は殺気の有無。

 驚いた事に、目を閉じた騎士の剣には殺気が全く感じられなかった。

 それでは攻撃を予想するのは困難だ。ましてや、仲間だと思っていた者からの攻撃など防ぎようがない。


 仲間を斬った騎士の顔にはべったりと返り血が付いていた。それを拭う事もせず、今まで閉じていた目をゆっくり開く。


 そこにあったのは闇。

 眼球はある筈なのに、奴の目の中には不気味な闇が広がっていた。

 見つめているだけで吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。


「初めまして。王家直轄冒険者レイヴン。早速ですが、私と交渉をしましょう」


「……」


 “王家直轄冒険者レイヴン” 確かに奴はそう言った。

 白い鎧の騎士は知らない様子だった。なのに何故?


「ああ、これは失礼。私は帝国軍 第一騎士団団長トラヴィス。以後お見知り置きを……」


 トラヴィスと名乗った騎士は優雅に礼をとった。

 その動きは余りにも自然で、つい今し方仲間を殺した者の纏う空気とは思えないほど掛け離れている。


「では、話の続きですがーーーー」


 やはり狂っている。

 このトラヴィスという男は確実に狂っている。

 どうしようもない悪党を散々見て来たが、憎悪も殺意も無い殺しを平然とやってのける男を見るのは初めてだ。


「交渉だと? 俺はそこの白い鎧の男に用があった」


「おや、そうでしたか。ですが、ご安心下さい。貴方の目的はこの少女ですね?」


 ほんの一瞬、黒い目を見た次の瞬間。

 トラヴィスの腕に気を失ったクレアが抱かれていた。


(クレア……!)


 クレアを見た瞬間に、今まで抑えていた魔力が堰を切ったように込み上げて来た。

 魔剣から迸る赤い魔力がバチバチと音を立てて吹き荒れる。

 今すぐにでも助けてやりたい。しかし、トラヴィスの手にはまだ剣が握られている。

 下手に動けばクレアを傷付けられる恐れがある。

 歯痒いがここは我慢するしかない。


「これは凄まじい……。いやはや、王家直轄冒険者レイヴン。聴きしに勝る力をお持ちだ。怖い怖い……」


(そういう事か……)


 トラヴィスが仲間を殺して見せたのは、レイヴンの動きを封じる為だった様だ。

 殺意の無い、予測困難な剣技。あれを間近で見せられては迂闊に手が出せない。


(だが、たったそれだけの為に仲間を殺したというのか?)


 だとしたら、やはりこの男は危険過ぎる。


「クレアを返せ」


「勿論お返ししますとも。ですが、その前に交渉をしましょう。私も遊びでやっている訳ではありませんので」


「……言ってみろ」


 トラヴィスはニヤリと笑みを見せると高らかに告げた。


()()()()()()()()()()!」


「何だと? 中央を滅ぼす?」


「そうです! 王家直轄冒険者である貴方のその力があれば容易いでしょう! どうです? たったそれだけで少女を無傷のままお返しすると約束致しましょう!!!」


 トラヴィスは目を見開きゆっくりとレイヴンに近付いて行く。


(クレアを引き渡す条件が中央の破壊?そんな事で良いのか。良いだろう……そのくらい容易い………容易い? 何だ? 意識が……)


「レイヴン! そいつの目を見ては駄目!!!」


 空から降って来たフィオナがレイヴンを包む様に結界を張って何かの魔法を発動させた。

 少し痺れた様な感覚がした後、ぼんやりとしていた意識がはっきりとしていく。


「……フィオナか⁉︎ 」


「あの目は魔眼よ! 相手の思考に入り込んで意識を奪う! 気をしっかり持って!」


 どうしてフィオナがこんな所にいるのか分からないが、とにかく助かった。


「あれが魔眼?」


「そうよ。私も実際に見るのは初めてだけど、お嬢が話していたのを思い出したの」


 魔眼とは主に悪魔が持つと言われる異能だ。いくつか種類があると言う話を耳にした事はある。しかし、トラヴィスは悪魔では無い。もしもそうであるなら、魔物混じりのレイヴンに何かしらの影響が出ている。


「チッ。余計な真似をしてくれるじゃありませんか。ですが、此方にはこの少女が居ることをーーー」


「忘れてる訳無いでしょ!!!」


 トラヴィスの頭上からユキノの剣が迫る。

 これはトラヴィスを仕留める為の攻撃では無い。狙いは別にある。


「くっ……!」


 不意を突かれたトラヴィスの体勢が僅かに崩れた隙に巨大な鳥が音もなく滑空する。

 風を切り裂く程の速度であっても、風の精霊の飛行に音は無い。


「ツバメちゃん!」


「くるっぽ!!!」


 ミーシャは見事にトラヴィスの死角からクレアの救出に成功した。

 後はそのままの勢いで天高く舞い上がるだけだ。


「小癪な真似を!」


 トラヴィスの剣がミーシャとツバメちゃんに迫る。

 しかし、その一瞬を見逃すレイヴンでは無い。


 一足飛びに間合いに入ったレイヴンの魔剣がトラヴィスの剣を弾き飛ばす。


「ぐぅっ……!!!」


 トラヴィスは素早く距離を取ると、殺した部下の剣を奪って態勢を立て直した。

 ユキノとフィオナは結界で身を守りつつ、クレアの様子を確認している。


「私とした事が油断しました。まさか風の精霊とはね……。やられましたよ。全く気付きませんでした」


 クレアというカードを失い、魔眼も見抜かれたというのに、トラヴィスには言葉程の焦りは見えなかった。


 まだ何か手を残しているのだろう。

 トラヴィスの余裕さは不気味だ。


「ふむ。少女は奪い返され、手持ちのカードは全て切った。私の負けです。ここは大人しく引くとしましょう」


 トラヴィスは剣を捨て魔眼を閉じると、帝都へ向かって歩き始めた。

 あまりにもあっさりとした引き際に疑念が湧く。


「待て。何を考えている?」


「いいえ、何も? そんなに疑わなくても()()何もしませんよ。ただ、少々実験に付き合って頂きます。私の玩具がどれだけ役に立つのか知りたいのです。少女は無事に取り戻したのですし、それ位は良いでしょう?」


「どういう意味だ?」


「直ぐに分かりますよ。いずれまた会う事もあるでしょう。その時にでも感想を聞かせて下さい。楽しみにしていますから。それではまた……」


「待て!!!」


 トラヴィスは何かの魔法を発動させると霧の様に姿を消した。


 トラヴィスは危険過ぎる。

 結局、魔眼を使っただけで実力の一切を明かしてはいない。

 躊躇なく仲間を殺し、平然としているなど狂人だ。

 あんな奴が騎士団の団長をしているなんて帝国はどうかしている。



「レイヴンさーん!!!」


 上空へ避難していたミーシャが降りて来た。

 レイヴンはクレアの元へ走り寄ると、クレアの無事を確認した。


 ユキノが状態を確認してくれている。

 

「大丈夫。クレアは無事よ」


 クレアはまだ気を失ったままだが、怪我も無くどこも異常は無いそうだ。

 本当に良かった。


(すまなかった。本当にすまなかった……)


 クレアの頬を撫でながら謝罪の言葉を繰り返す。


「レイヴンさん……」


「ユキノ、フィオナ。話がある」



 あまりこの選択をしたくは無かったが仕方がない。

 旅を続けるにも西の情勢は不安定過ぎる。

 それに、ミーシャが一緒に付いていてくれればまたいつでも会える。


 レイヴンは、クレアを一時的に中央のリヴェリアに預ける事にした。


 また一緒に……

 また、俺と一緒に旅がしたいと言ってくれるだろうか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「そうか。ガザフ達が……」


 クレアを取り戻した後は、ユキノから現在の状況について説明を受けた。


「ええ。今はライオネットとガハルドの部隊がドワーフ達をどうにか抑えているけれど、レイヴンが戻らない事には引かないでしょうね」


「早く戻りましょう! レイヴンさんとクレアちゃんが無事な姿を早く皆んなに見せてあげましょう!」


 ミーシャの言う通りだ。

 早く街へ戻ろう。


 だが、その前にやる事がある。


「三人はクレアを連れて先にガザフの元へ行け」


「レイヴン、貴方一緒に」


「いや。まだやる事がある。ガザフ達には念の為に防衛線を張る様に伝えてくれ」


「防衛線? 何を言っているの?」


 レイヴンが何を言っているのか理解出来ないでいると、答えの方からやって来た。

 地響きと共に平野の彼方が黒く染まる。

 いくつもの魔物の咆哮が無作為に放たれ重なり合い大気を揺らし始めた。


「まさか⁉︎ 」


「ちょっと、冗談でしょう⁈ 」


「そ、そんな……そんな事って……」


「トラヴィスとか言う奴の玩具らしいな。俺は此奴らを片付けてから戻る。討ち漏らした魔物の対処は任せた」


 トラヴィスが最後に言った実験とは魔物を意図的に発生させる事。

 故意に魔物の大群を発生させるなど自殺行為だ。

 一歩間違えば破滅が待っている。


「うああああ……」


 その時だ。死んだ筈の白い鎧の騎士が呻き声を上げて起き上がって来た。


「レ、レイヴンさんアレ!!!」


「ああ……」


 斬り裂かれた騎士の傷口から見えていたのは魔核。

 クレアに埋め込まれていたのと同じ類いの物だと思われる。

 つまり、クレアを造り魔核を埋め込んだのは……。


「早く行け。巻き込まれるぞ……」


「レイヴンさん! ドワーフの街で会いましょう! また皆んなで騒いで、クレアちゃんとレイヴンさんの大好きなミートボールパスタを食べましょうね!絶対ですよ?絶対ですからね?」


「……ふふ。ああ、分かった」


「笑った? レイヴンが⁈ 」


「お嬢に報告しなきゃ!」


(俺だって笑う事くらい……いや、随分昔に一度だけ笑ったきりだったな)


「早く行け」



 どこまで命を弄べば気が済むのか。

 あの時は母体となったクレアがまだ生きていたからどうにかなった。

 けれど、目の前の騎士は既に死んでいる。

 死者すらも魔物に変えてしまう悍ましい実験を帝国が行なっているというのなら、その企みは潰さなくてはならない。


 魔剣の扱いにはもう大分慣れた。

 鉱山を吹き飛ばした時の様な使い方をしなければ、今迄通りに戦えるだろう。


「お前には一度やられていたな。あの時の借りを返そう」


 白い鎧の騎士の体は肥大化を続け完全に魔物堕ちした。

 両腕を巨大な剣に変化させた姿はあの騎士の記憶からだろうか?


 声にならない咆哮が戦いの開始を告げた。



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