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トラヴィス

 魔物の襲撃を報せる咆哮に大混乱に陥った帝国は、第一、第八以外の動ける騎士団を全て動員すると、東の壁を目指して進軍を開始した。

 帝都に駐留していた帝国兵は使い物にならず、近隣領地との連絡もまだつかない状況という前代未聞の一大事。

 帝国民は騎士団の出撃に全てを託す様に大いに沸き立った。


 そんな緊急時のさなか、第一、第八騎士団長は皇帝との謁見の最中だった。

 剣の携帯が許されているのは皇帝からの信頼の証だ。


「あの咆哮、並の魔物ではあるまい。第一騎士団団長トラヴィス、第八騎士団団長ゲイル。お前達の意見を聞かせよ」


 アルドラス帝国皇帝ロズヴィック・ストロガウス。

 その外見は全く老いを感じさせない荘厳な雰囲気を身に纏った美丈夫であった。

 金色の髪を短く刈り上げ、鋭くつり上がった目は赤い瞳をしていた。

 そして、特徴的なのは口元から覗く牙は獰猛な肉食獣を彷彿とさせる。


「恐れながら、陛下に申し上げます」


 口を開いたのは第八騎士団団長ゲイル。

 皇帝の命を受け、西の森にある結界の先にある街より姫と思しき少女クレアを連れ去った騎士だ。

 兜を脱いだ顔には大きな傷。それを隠す様に顔の半分には布が巻かれていた。


「申せ」


「中央大陸において、この規模の咆哮を放つ事が出来る魔物は、レイドランク、フルレイドランクと言われる様です。討伐には冒険者ランクSSの証を持つ者が数十人単位で必要になるとの報告がございます」


「冒険者? 確か、魔物狩りを専門にする者達であったな。それで? SSランクとはどの程度の力を持つのだ?」


「はっ。私の部下、副団長ギルがSSランク冒険者と思われる人物とドワーフの街で交戦しております。実力は五分かと……」


 皇帝は目を半分閉じて、帝国に襲撃して来た魔物との戦力状況を分析していた。

 状況から推測される結論だけから言えば、討伐は可能。


 副団長クラスで事足りるなら、それなりの人数は確保出来る。

 但し、帝国にも相応の犠牲が出る。

 咆哮だけで帝国を混乱せしめた魔物だ。甘く見て足元を掬われるなど愚の骨頂である。


 予想では騎士団は壊滅、団長の中で生き残れるのもトラヴィス、ゲイルの二名といったところだろう。

 二人が生き残るなら騎士団の再建は然程難しくは無い。しかし、戦力の著しい低下は、北と南の国からの侵攻を誘発する危険がある。

 帝国兵が万全であれば、対処は可能だが……。いずれにしても、あまり大きな動きを他国に見せるのは特策ではない。


「トラヴィス、お前は何か意見があるか?」


 第一騎士団団長トラヴィスは盲目の騎士。

 実力は帝国一と言われ、第八騎士団団長ゲイルと二人で帝国騎士団を支えて来た。

 皇帝が最も信頼を寄せている人物だ。

 絶世の美女でも羨む程の端整な顔に、白銀に輝く美しい髪を丁寧に結い上げている。


 容姿、実力共に帝国随一と謳われるトラヴィスではあるが、一つだけ大きな難点がある。

 人を率いる要素の一つ、人徳というものが欠落しているのだ。


 彼の部下は決してトラヴィスの人間性や魅力によって集まった騎士では無い。

 部下を道具としか思っておらず、作戦遂行の為とあれば自分以外の人間を囮に使うのも厭わない。

 そんな騎士道精神の欠片も持ち合わせていないトラヴィスに付き従うの者は、さながらトラヴィスの狂信者である。

 しかしそれでも、要求に応えられるだけの実力がありさえすれば、帝国騎士団の中でも皇帝陛下の覚えのめでたい第一騎士団へ所属する事が出来る。

 成果によって名誉を求める騎士にとって、トラヴィスの歪んだ性格など些末な事なのだ。

 そうして集まった騎士は帝国でも指折りの強者達。騎士団を率いる事も出来る高い実力を持ちながら、トラヴィスと栄誉を選んだ者達だ。

 そうと知りながら皇帝がトラヴィスを好きにさせているのは、また別の話だ。


「恐れながら……」


 トラヴィスの澄んだ声が玉座の間に澄み渡る。

 ゆっくりと顔を上げ皇帝陛下への敬意を示した。


「今すぐ騎士団をお呼び戻し下さい。北と南の情勢が不明瞭な現在、戦力を失う愚は避けるべきです」


「ほう……。続けよ」


「はっ。東より襲来した魔物には私とゲイル団長だけで対処してご覧にいれましょう。あの魔物、確かに強大な力を有してはおりますが、先程の咆哮には殺意がありませんでした。信じ難い事ですが、東の城壁より生還した者の言によれば、魔物の正体はおそらく魔物混じり。話が通じる相手であれば帝国を襲撃した理由も分かるでしょう。被害を最小に、しかし、情報は最大限にと愚考致します」


 他の者が聞けば、帝国一と言われる第一騎士団ともあろう者が、魔物一匹に怖気付いたと批判する者もいるだろう。しかし、トラヴィスは帝国の理を優先させた。皇帝の意を見通した様な発言を堂々としてのけたのだ。


 だが、隣で聞いていたゲイルはトラヴィスの考え方が気に入らなかった。

 確かにトラヴィスの作戦が上手くいけば、帝国の貴重な戦力をこれ以上失わずに済む。しかし、誇りある騎士が敵と刃を交える事なく、魔物混じり一匹を好き放題に暴れさせたままというのは看過出来ない。

 作戦において効率を優先するゲイルにも騎士団団長として、一人の騎士として意地と誇りというものがある。


「恐れながら陛下にーーーーー」


「待てゲイル。余はトラヴィスの意見を採用する。これは決定事項だ」


「はっ……」


 ゲイルは発しかけた言葉を飲み込む。

 皇帝陛下の決定は絶対だ。しかし……。


「作戦の指揮はトラヴィスに一任する。必要な物があれば何なりと言うが良い。迅速に行動を開始せよ」


「「はっ!」」



 二人が居なくなった後、皇帝ロズヴィックはほくそ笑んでいた。


 トラヴィスは正しく自分の考え見抜いた様な発言をした。

 ゲイルは優秀な騎士だ。冷酷な面もあるが、全ての行動は帝国の為に捧げられていると分かる。しかし、このような状況では、騎士道精神などという物は邪魔でしか無い。

 必要なのは生き残る事。


 まだ西の情勢を把握出来ていない段階で迂闊に手を出すべきではない。

 戦って勝ったとしても帝国の目指す目標が遠のくだけ。

 あらゆる手を使ってでも、危機を回避出来るなら恥も外聞も関係ない。むしろ好都合だ。圧倒的な脅威から犠牲を最小限に民を救ったとなれば、帝国を心酔する者が増えるだろう。


 巨大になり過ぎた帝国は柔軟さに欠ける。

 このくらいで良いのだ。

 このくらい大胆な策を講じる者こそ帝国に必要な人間だ。

 

 が、しかし。皇帝ロズヴィックはトラヴィスの言葉を信用していなかった。


「今はトラヴィスの好きにさせておけば良い。西の情勢が分かるまではな」





 出撃した騎士団は帝都からいくらも進まない平野で待機を命じられていた。

 帝国に迫る脅威を打ち滅ぼすべく出撃した彼等は誰一人として命令に納得していない。

 当然だ。

 命令を伝えに来たのはトラヴィスの部下。


 つまり、皇帝陛下はトラヴィスの案を採用したのだ。

 トラヴィスの人となりを知らない者などいない。皆、一様に苦い顔をしながらも命令を受け入れていた。

 どんなに不満のある命令だろうと、皇帝陛下が下した命ならば従わざるを得ない。


「ギル、何か詳しい作戦内容は聞いているか?」


 ギルに話しかけてきたのは第六騎士団団長。

 その表情は怒りに満ちていた。


「いえ、何も」


「そうか。くそ! トラヴィスめ……! 我等に恥をかかせおって!」


「……」


 恥? そうだろうか?

 少し考えればこの作戦が最も被害を最小限に留める為の物だと気付きそうなものだ。


 ギルはゲイルの誘いによって騎士となった。しかし、騎士道精神なる物は持ち合わせてはいない。

 誇りで腹は膨れない。生きる為なら何でもするべきだ。そういう意味ではトラヴィス団長の考え方には同意する部分が多い。

 魔物の襲撃も気になる。しかし、ギルが今最も気にしていたのはランスロットの安否だ。ゲイル団長が敵を背後から攻撃する時は、取るに足らない存在だったからでは無い。まともに戦っては時間がかかると踏んだからだ。それだけランスロットの事を高く評価していると分かるのも、生死を確認しなかった事が物語っているからだ。


 ギルは他の騎士団長に絡まれない様に森の中へと姿を消した。




 数名の部下を連れ、平野の先にある軍事拠点に進むトラヴィスとゲイルは、前方から感じる巨大な魔力に恐怖し、初めて感じる強大な力に感嘆していた。


「これほどとは……やはり近付いて見なければ正確な戦力分析は出来ませんね。早く会ってみたいですね。自分の目で見るのが一番だ」


 あれだけの咆哮を放ったのだ。並の力では無い事は分かっていた。

 普通なら交渉などとは考えもしないだろう。しかし、理性があるのなら交渉をする余地は充分にある。例え交渉にならなくとも部下を囮にして逃げれば良い。簡単な話だ。


 トラヴィスがここまで大胆な策を講じた理由、それは全て咆哮に殺意が込められていなかった事に起因する。なんとも悲しげな咆哮を放った魔物。その殺意の有無に気付けた事の意味は大きい。勝ち負けなど端っからどうでも良いのだ。

 問題は帝国の機能が麻痺している事。北と南の国が動く前に、一度態勢を立て直す時間が必要だ。


「……」


「ゲイル、どうかしましたか?」


「どういうつもりだ。アレを勝手に持ち出すなど正気か?」


「皇帝陛下は許可なさいました。何も問題はありません。また奪えば良いのです」


「陛下が……」


「そう言う事です。ですが、確実とは言えません。状況を精査した結果、魔物の目的がコレだという推論に至っただけの事。もしも、交渉にならないのであれば即刻帝都へ引き返します」


「ふん。上手く行くと良いがな」


「ええ。上手くいきますよ()()()()





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ツバメちゃんの背から帝都を見下ろしていた三人は眼下に広がる光景に唖然としていた。

 街の住人はほとんどが気絶し、意識のある者は道に蹲り震えていた。

 何処を見渡しても同じ光景。兵士の一人も見当たらない。


「どういう事……」


「分からない。でも、おそらく…」


「レイヴンさん、ですよね……」


「考えたくも無いけど、それしか無いわね。一般人が死んでいないのは奇跡よ」


 帝国に響き渡ったレイヴンの咆哮は念の為にと展開しておいた結界が無ければ危なかった。

 あんな咆哮をまともに聞いた人々が生きているのは本当に奇跡だ。リヴェリアであれば何か分かるかもしれないが、ユキノ達ではレイヴンの咆哮が示す正確な意味が理解出来ない。


「ユキノさん! フィオナさん! あそこ! 」


 ミーシャが指差した先には騎士の一団。それと、黒い鎧を身に纏ったレイヴンが騎士と向かいあっていた。


「クレアちゃんの匂いもあそこからします! すぐに降りましょう!」


「いいえ。待ってミーシャ」


「様子が変ね……」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 トラヴィス達の前に立つのは黒い鎧を纏い、黒い翼を持つ化け物。

 やはり途方も無い力を感じる。

 

 常軌を逸した化け物を前にしたトラヴィスはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「さて……」


 トラヴィスは徐に剣を抜くと……連れて来た騎士、そしてーーーーー


「な、何故だ……⁈ 血迷ったか…トラ、ヴィス……!!!」


 ゲイルを斬った。


 トラヴィスは返り血を拭う事もせず、閉じられていた目を開いた。


「初めまして。王家直轄冒険者レイヴン。早速ですが、私と交渉をしましょう」


 光の無いトラヴィスの目は真っ直ぐにレイヴンを見つめていた。


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