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魔人襲来

「また帰って来やがった。おい、魔物混じりが()()戻って来たぞ。情報の確認をしたら、餌を与えてやれ」


 赤い目をした魔物混じりが森から出て来たのを見た衛兵は、いつもの様にはぐれ者の身元確認をしようとした。


 帝国は魔物混じりを森の調査に使っている。

 持って帰った情報を確認したら、また食料を少し渡して森へ向かわせる。

 表向きは魔物混じりに職を与え普通の人間として扱う政策の一つとして認知されているが、実情は異なる。

 一度壁の外へ出た魔物混じりは再び内側へ戻る事は無い。

 調査が終わるまで延々と森の中で暮らす事を強いられる。飢え死にしようが、魔物に襲われて死のうが代わりはいくらでも居る。中には自我が崩壊してただ彷徨っているだけの者も居る。そういう奴は魔物落ちして自滅するのがほとんどだ。

 帝国は民を失う事なく情報だけを得る。魔物混じりを使い捨ての道具にしか思っていない。

 それが帝国の“今の” やり方だった。


 いつの間に抜いたのだろう。

 魔物混じりの手には黒い剣が握られていた。


「何だ?見慣れない剣を持ってやがるぞ」


「止まれ! 剣を鞘に納め所定の場所で手続きをしろ! 」


 しかし、衛兵の言葉を無視する様に魔物混じりは歩き続ける。


「チッ、あいつも壊れているのか。手間かけさせやがって」


「弓隊構え! 速やかに処分せよ!」


 一斉に放たれた無数の弓は魔物混じに突き刺さる事無く全て叩き落とされた。


「ほう、やるな……」


「処分は勿体無い気もするが、従わない奴は帝国に必要無い」


 衛兵は慌てた様子も無く、第二射を構える様に合図を出した。


 魔物混じりの高い戦闘能力は承知している。一対一では勝てなくても、此方は訓練された軍隊なのだ。

 数に勝るものは無い。相手が強力な魔物であろうとも、物の数ではないという自負と実績がある。

 例え弓を避けても、壁に近付けば槍兵の餌食だ。

 この壁がある限り魔物混じりは帝国へ入って来られない。


「精々頑張りな」


 弓隊が次矢を構える。

 一射目よりも強く引き絞られた弓は正確に魔物混じりに狙いを定める。


 だが、矢が放たれようとした時、それは唐突に訪れた。

 姿勢を低くした魔物混じりの姿が霞んだ次の瞬間。けたたましい轟音と共に弓兵のいた壁が崩れ落ちたのだ。

 悲鳴を上げて落ちていく弓兵達は、下で待機していた槍兵諸共瓦礫の下敷きになって動かなくなってしまった。


「な……! か、壁が⁉︎ あ、あ、あ、あり得ない! 強大な魔物ですら歯が立たなかった壁を破壊しただと⁈ 一体何が起こった⁈ 」


「壁の内側に入れるな! 応援要請!」


 魔物の攻撃をも防ぎ切ることが出来る帝国の壁は一体の魔物混じりによって呆気なく破壊されてしまったのだ。


「……クレアは、何処だ?」


 背後から聞こえる冷たい声。

 

 衛兵は感情の無いその声を聞いた瞬間から、心臓を鷲掴みにされてしまった様な錯覚に陥っていた。体が震え、歯がガチガチと音を立てる。首筋に触れる黒い刃が衛兵に死を予感させる。


「ク、クレア……⁈ 何を言って……」


「白い鎧を着た騎士が連れ去った少女だ。居場所を吐け」


 白い鎧の騎士。それはおさらく第八騎士団団長ゲイルの事だ。

 先日、第八騎士団が森へ向かったのは知っているが、この場所は通ってはいない。

 騎士団の作戦内容など知らないし、例えこの場所を通ったとしても、何をしに行ったのかまでは知らされないのだ。


 救援に駆け付けた仲間からの合図が視界に映る。

 どうやら、このまま時間を稼げとの事らしい。


「し、知らない……。そ、それよりもお前…良い腕をしているな。その力を失うのは惜しい。帝国の為に力を尽くす気はないか? 今なら俺の紹介で騎士団に口を聞いてやる事も出来るぞ。どうだ? そこでなら、お前と同じ魔物混じりも大勢いる。もう、森の探索調査をしなくて済むんだ。悪い話じゃあ無いだろう? クレアとかいう少女なら、その後探せば良い! な? 考えてみてくれ。こんなチャンスは二度と無い。帝国の魔物混じりなら俺の言っている意味が分かるだろう?」


 遠くで準備完了の狼煙を確認した衛兵はニヤリと笑う。

 これで魔物混じりを始末出来る。

 しかし、衛兵の視線の先にあったのは上空から飛来する無数の矢。


 空が暗く感じる程の大量の矢が放たれていた。

 風を切る音と共に衛兵の体を矢が貫いて行く。


「あがががが……!!! な、どう、して……俺、ごと……」


 衛兵はその場に崩れ落ち息絶えた。


 矢を放った部隊は魔物混じりの生死を確認する為に斥候を放つ。

 壁を破壊する程の力を持った魔物混じりなど前代未聞。

 必ず此処で仕留めなければならない。


(どいつもこいつも……)


ーーードクン!


 不気味な鼓動が響く。


「あれは何だ?」


「くそ!まだ生きてやがるのか!化け物め!」


 崩れた瓦礫の中から黒い霧が溢れ出しているのが見えた。

 どうやら先程の攻撃は瓦礫に隠れて躱していたらしい。

 斥候は仲間に居場所を教えると静かにその場所を離れた。


「あの黒い霧は何だ⁈ 」


 黒い霧は次第に量を増し、嵐の如く激しく吹き荒れ始めた。

 巨大な瓦礫が宙を舞い。周囲を取り囲む様に展開していた部隊は後退を余儀なくされていた。


「ええい! 構うものか! 第二射用意!」


 黒い霧の中から覗く赤い目が輝きを増す。


「ひいっ⁉︎ 」


「は、放てーーーー!!!」


 再び放たれた大量の矢。

 今度こそ魔物混じりを仕留める筈だった矢は赤い閃光に飲み込まれ消滅した。


「な、何だ⁈ 今度は何だ⁈ 」


「馬鹿な! あれだけの矢を全部一撃でだと⁈ 」


 増援に駆け付けた部隊は黒い霧から距離を取る様にして布陣した。


 この時、指揮官の男は応援要請を出すべきか迷っていた。

 壁の内側から帝都までの間には軍事拠点がいくつもある。この場所から一番近くに居る騎士団は第三、第五、第六。彼等へ応援要請を出せば、魔物混じりが如何に強くとも倒す事は可能だろう。

 だが、たった一体の魔物混じりにこれ程の被害を被ったなどど報告したら、どんな処罰を受けるか分からない。せめて自分達だけで倒して、壁を修復しさえすれば言い訳も通るかもしれない。


 男は愚かにも自らの保身と突如として現れた魔物混じりとを天秤に掛けていたのだ。

 この男の選択が帝国に更なる災厄をもたらす事になるとも知らずに。


 黒い霧が晴れ、漆黒の鎧に身を包んだ魔物混じりが姿を見せると、兵士達の間にどよめきが起こった。


 魔物混じりの持っていた黒い剣は禍々しい形に変型し、赤い魔力が雷の様に迸っている。

 背中には黒い翼が生え、その姿は正しく異形の者だった。


「狼狽えるな! 見かけに騙されてはならない! 相手はたった一匹の魔物混じりだ! 誇りある我等帝国軍の敵では無い! 数で押し潰せ! 総員戦闘用意!」


 指揮官の声で動揺していた兵士達が落ち着きを取り戻す。


 レイヴンを迎え撃つのは屈強な帝国軍約三千。

 数で圧倒的に有利なのは明らかに帝国軍。

 一体何を恐れる必要があるというのか。


 戦意を取り戻した兵士達は一斉に武器を構える。


 指揮官の男は判断を誤った。壁を破壊された時、彼等は逃げるべきだった。

 武器を捨て、一目散に逃げてさえいれば命は助かったかもしれない。


 彼等は知らない。

 自分達の目の前にいる一匹の化け物が、最強の魔人と化したレイヴンである事を。

 SSランク冒険者が束になっても討伐困難な魔物を、単騎で撃破し得る超常の存在である事を……。


 怒れるレイヴンと戦うと決めた瞬間から彼等の命運は尽きていた。

 レイヴンの敵は戦う意思を持って立ち向かって来る者全て。


 異変を感じ恐怖した兵士が逃げ始めた。だが、何もかもが遅過ぎた。

 これから帝国で始まるのは魔物混じり退治などでは無い。

 魔人レイヴンによる一方的な蹂躙だ。


 黒い翼を広げたレイヴンが深く息を吸い込む。

 深く、深くーーーーー


 広い帝国の何処かにいるクレアに届く様に。

 少しでも安心させてやれる様に。

 自分が助けに来たと知らせる為に。


(クレア、今行くからな……)


 そして放たれる。

 最強の魔人による絶望の咆哮が。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」


 フルレイドランクの魔物の咆哮を遥かに超えるレイヴンの咆哮は、大気を揺るがし帝国全土へと響き渡る。

 貴族も兵士も一般人も関係無い。精神の弱い者、力の弱い者は咆哮を聞いただけで恐慌状態に陥ってしまった。


 レイヴンに最も近い場所で武器を構えていた兵士達は、気絶する者、発狂して味方を攻撃する者、蹲りガタガタと震える者で大混乱となっていた。

 辛うじて意識を保っている者でも、手足が震えて武器を持つ事が出来ない状況で、もはや戦うどころではなくなっている。


 そんな中、ゆっくりとレイヴンが歩き始める。

 兵士達は我先に逃げようと仲間を押し退け這いずって行く。その姿はあまりにも哀れで、帝国軍の誇りなど微塵も感じられない無様な有様だった。

 泡を吹く者、失禁する者。誰もが少しでもレイヴンの視界から逃れようと必死だった。


「ひ、ひいいいいい!!!」


 指揮官の男はこの状況になってようやく自らの過ちに気付く。

 手足が言う事を聞かず、武器を持つ事も逃げる事も出来ない状態ではあったが、辛うじて意識を保つ事に成功していた。


 保身など考えている場合では無かった。

 魔物堕ちもしていないというのに、目の前の魔物混じりから感じる力は常軌を逸している。

 咆哮一つであれだけいた兵士達が全員戦闘不能になってしまった。この様子では近くに居た騎士団にも被害が出ているだろう。

 幹部クラスならば或いは正気を保っているかもしれない。しかし、そうだったとしてこの魔物混じりに勝てるとは到底思えない。あまりにも力の差があり過ぎる。これは騎士団を一つ二つ呼んだ程度でどうにか出来る相手では無い。


 戦争だ。


 信じたくは無いが、たった一匹の魔物混じりと帝国が、互いの存亡を賭けた戦争をしなければならなくなってしまった。


 帝国が生き残る唯一の希望は、帝国軍最強の存在。

 第一、第八騎士団団長の二人に託されたと言っても過言ではない。

 或いは皇帝自らが戦うしか……。


 アルドラス帝国皇帝ロズヴィック・ストロガウス

 一代で帝国を築き上げた傑物。

 千年以上前から存在している人外の皇帝とも言われる人物だ。

 謁見を許されているのは一部の上級貴族のみで、その姿を直接目にした者はごく僅か。

 様々な呼び名のある中で、国民の間では不死皇帝と呼ばれ恐れられていた。


 その噂が本当ならば、もしかしたらこの魔物混じりを倒せるかもしれない。

 しかし、理由が分からない。

 一体何故帝国を襲うのか……その理由さえ分かれば……。


 指揮官の男は帝国の帝都へと向かう魔物混じり背を見ながら生き残る道を模索し始めた。


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