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世界

 中央冒険者組合の一室。

 ライオネットとガハルドは、リヴェリアの机に広げられた地図の意味を聞かされ、それぞれに戸惑いを口にしていた。


「お嬢、本気なのかよ?」


「流石に大袈裟過ぎませんか? 確かに有事の際にはSSランク冒険者が陣頭指揮を執ることはありますけど……我々の本分はあくまでも冒険者ですよ?」


「ひふようなほとなのた(必要な事なのだ)」


「いや、お嬢が必要だってんなら、当然やるけどよぉ……」


 元老院と取引をしたらしいリヴェリアは、連日大好きなお茶の時間と、寝る間……は惜しんでは居なかったが、何やら忙しそうに動いていた。

 そして突然の呼び出しを受けた二人は、久しぶりのオヤツを頬張るリヴェリアの前にいるという訳だ。


 いつもはリヴェリアの身の回りの世話をユキノとフィオナが忙しなく焼いているのだが、二人のいない間、栗色の美しい髪は書類を纏めておく紐で乱雑に縛られていた。

 クッキーをぼろぼろとこぼしながら食べる姿は見た目の幼さも相まって、一層幼く感じさせる。

 この姿を街の住人に見せても、王家直轄冒険者の一人だとは絶対に思わないだろう。


 紅茶を飲み干したリヴェリアは二人に説明を始めた。


「ぷはぁ。私とて、こんな事までしたくは無いし。しないで済むのなら、それに越した事は無いと思っている」


「だったら……」


「言ったろ? 必要な事なのだ。お前達の言いたい事は理解している。本来、冒険者とは何者にも縛られず自由に世界を冒険する者の事を指す。けれど、他とは一線を画す力を持つ者には特殊な義務が生じるものでもある。それがSSランク以上の冒険者。そう、諸君らのことである! 」


 芝居じみた大袈裟な身振りをする時のリヴェリアは良くも悪くも頭の中が整理し切れていない時だ。


「何ですか急に」


「んな事は承知してるぜ? でなきゃ、お嬢の誘いに乗って、退屈な中央にケツを張り付けたりしてないからな」


 冒険者組合が掲げた“強者は弱者を救うべし” という思想は、現実味の無い、耳障りの良いだけの綺麗事だと思っている者が大半だ。

 強大な魔物が跋扈する世界で、誰しも自分と家族を守るだけで精一杯。とても他人の心配をしている余裕はない。

 それが例え、力を持った冒険者であってもだ。

 低級の魔物であれば抗う気力が起きるかもしれない。しかし、Sランク以上の魔物に対してはどうだ? 対処出来る力を持った者の数は少なく、SSランク、レイドランクの魔物が相手となると、中央に住む冒険者を総動員してやっと抗える程度だ。

 そのさらに上、フルレイイドランクの魔物の対処はSSランク冒険者が複数パーティーを組み、数ヶ月を準備に費やしてやっと勝てるかどうか。

 いくら強力な魔物の多くはダンジョン内に生息していると言っても、それがこの世界で生きる者の現実なのだ。


 本当の意味で実行出来ているのはレイヴンくらいのものだろう。


 自由に世界を旅し、何者をも退ける超常の力を持つ者。

 レイヴンに救われた者は多い。本人にそのつもりが無かったとしてもだ。

 そして、王家直轄冒険者の一人でありながら、唯一自由に行動する事を許されているのも、中央では対処し切れない問題を勝手に解決しているからでもある。


 そして問題は、この世界の住人が世界の現状を知らない事だ。


 敵は魔物だけでは無い。

 人間もまた、敵なのだ。


「我々の敵は魔物だけでは無いと言う事だ」


「例の噂ですか? 西の彼方にあるという国、アルドラス帝国」


「本当にあるのか? この地図が世界だろ?」


「そう思うのも無理は無い。そう認識させられて来たのだからな」


「どういう意味です?」


 リヴェリアは紅茶のお代わりを一口飲むと、世界にかけられた魔法の存在について話し始めた。


「我々が呼ぶ世界とは何だ? 王家とは? 中央とは? この地図上に描かれた物だけが“世界”なのか?お前達は、この世界が国では無いと知りながらも国という概念は知っていた。何故だ? 疑問に感じた事は無いか?レイヴンが昔言っていた。この世界が国だと。それは正しくもあるし、間違ってもいる。もう一度問う。この地図に書かれた物が世界か? 東の砂漠、西の大森林、南の湖、北の山脈。その果てに見える世界に何も無いと思うか?」


「「……」」


「答えは否だ。我々の呼ぶ世界とは、本当の意味での世界では無い。世界の中心に位置しているだけの集団とでも言うべき物だ。まだ不思議だと思わないのだろう? 当然だ。“我々が住む世界” は、とある魔法によって、“本物の世界”とは隔離されているからだ。我々が住む世界の住人は、その魔法によって内側にしか意識が向かない様にされているのだから無理もない」


 あまりにも突拍子も無い発言にライオネットとガハルドは目を丸くしていた。

 このところの忙しさで、リヴェリアはおかしくなってしまったのだろうか。


「世界は世界ですし、王家も中央も何もおかしな所は無いと思いますけど……」


「やっぱ疲れてるんじゃないか? お菓子食うか?」


 リヴェリアの説明は二人には全く伝わっていない様だ。

 調査に向かわせたユキノとフィオナの二人なら何か違和感を感じているかもしれない。

 だがそれでも、確信には至ってはいないだろう。


「ふむ。説明しても無駄か。あのクソじじいめ……面倒な魔法をかけてくれたものだな」


「クソじじい?」


「まあ良い。戯事と思うならそれで構わん。ただ、今私が言った事は覚えておけ。魔法が解けた時、お前達が信じるものを見失わない様にな」


「はあ……」


「お、おう……」


 世界を欺く規模の魔法が、説明しただけで解ける程度の魔法では無いとは思っていた。

 詳細に説明すればもしや? と考えて試してはみたが、楔すら打ち込めない。

 これはもう魔法を使った本人にしか解除出来ないと見て間違いない。


「さて、最初の話の続きだ。ここだ。この場所にお前達の部隊を集結させよ。遠過ぎても近過ぎても駄目だ」


「分かりました。ただ、本当に彼等は来るでしょうか?」


「なんつうか、お嬢の事は信じてるけど……こいつは何とも。一つ間違えば中央まで一気に抜かれ兼ねないぜ?」


「それについては問題あるまい。そろそろ報告が来る頃合いだ」


 コンコンーーー


 ドアをノックする音がする。


 ライオネットとガハルドは顔を見合わせ、まさか? という風な仕草をして声を掛けた。


「どなたですか? 今は取り込み中なのですが」


「あ、その声はライオネットさんですね。お久しぶりです。私です。ミーシャです! ユキノさんとフィオナさんからお手紙を預かって来ました!」


「まさか……」


 二人は驚愕に目を見開いてリヴェリアの方を見る。

 リヴェリアは『な? 来ただろ?』と、言わんばかりの満足そうな表情でクッキーを頬張っていた。


 一体何処まで見透し、予測しているのか……。

 だが、まだだ。ミーシャがやって来たのには驚いたが、手紙の内容を確認しない事には作戦を練り直さなければならない可能性はある。


 リヴェリアを疑う訳では断じて無い。けれど、ここまで正確に予測出来るものだろうか?

 二人に好奇心にも似た感情が沸き起こる。


「どうぞ。入って下さい」


 ミーシャを部屋へ招き入れると、早速手紙の内容を確認する。


 驚くべき事に、ドワーフ達はリヴェリアの予想通り、軍を起こして西へ向かう準備をしている最中だった。

 ランスロットが深手を負ったそうだが、どうにか一命は取り留めた様だ。


 二人は思わず開いていた口を閉じると、ミーシャに状況報告を促した。


 ミーシャの説明は実に興味深いものだった。

 特に驚いたのは三つ。


 一つ、西にあると言われていたアルドラス帝国が実在した事。

 二つ、姫と呼ばれる存在を探して騎士団がドワーフの街を襲撃し、クレアを攫って行った事。

 三つ、レイヴンが白い鎧を纏った騎士に敗北した事。


「アルドラス帝国、本当にあったのですか……。なら、僕達が信じていた世界とは一体……」


「レイヴンが負けたなんて信じられねえ! 何か理由があったんだろ⁈ そうだろう⁈ 」


 二人は動揺を露わにして取り乱した。

 どれも信じ難い話ばかりで、全く理解が追い付かない。


 だが、リヴェリアだけは二つ目の事案に注目して思慮していた。

 クレアを連れ去った騎士も気になる。しかし、奴等の言った『姫』という言葉が引っ掛かる。


 クレアは人工生命体と呼ばれる存在だ。出生は不明で血縁にあたる親は居ない。

 いるとすれば、クレアを造った者がそれに該当するくらいだが……。

 姫とは文字通りの意味では無いのかもしれない。それと……。


「姫というのが引っ掛かるが、情報が足りない。クレアの命は一先ず無事だと思うが、いずれにせよ早急に助け出してやらねばならん。急がなければ不味い事になる」


「きっと不安で泣いています! 早くクレアちゃんを助けてあげて下さい! 」


「落ち着け。勿論クレアは助ける。私が言っているのはレイヴンの事だ」


「どういう事ですか?」


 今回レイヴンが負けたのは魔力が枯渇状態にあったからだ。

 どんな人間でも体内には微量の魔力が流れている。それが無くなってしまうと、人間は活動を停止する。

 魂、生命力、魔力の三つはどれか一つでも異常を来たしただけで肉体の活動に大きく影響する。

 如何にレイヴンと言えど、満足に動く事も出来なくなってしまうのは当然だ。


 問題をややこしくしているのは、レイヴンが負けた事などでは無い。

 拐われたクレアを追ってレイヴンが姿を消した事。

 この一点だ。

 それ以外はほぼリヴェリアの予想通りと言って良い。


「クレアと出会った事もそうだが、レイヴンの感情は揺れ動いている。最悪の事態だけは何としても防がねばならん……」


「お嬢、それは……」


「このまま放っておけば、レイヴンは怒りのままに帝国を破壊するだろう。そこに住む者全てを巻き込んでな」


「そんな……レイヴンさんに限ってあるわけないじゃないですか!」


「レイヴンは優しい男だ。それも底抜けにな。だが、決してお人好しなどでは無い。もしも、その優しさの針が全く別の感情に振れた時、どうなると思う? 」


「……」


「私が動けない以上、レイヴンを直接止めるのは不可能だ。現在の状況で帝国が我々と友好的な関係を望んでいるとは思えないが、だからと言って無闇に人死にを出す必要はない」


 クレアが拐われず、レイヴンがドワーフの街に留まってさえ居てくれたなら、ライオネット、ガハルドの率いる部隊とドワーフ軍との連合部隊でアルドラス帝国からの侵攻を牽制する事も可能だった。

 レイヴンが帝国に接触してから部隊を展開したのでは遅い。

 これまで集めた情報から緻密に作戦を練っていたものを、レイヴン一人に全てひっくり返された気分だ。


「仕方ない。ライオネット、ガハルドは至急部隊を編成して出撃せよ。ドワーフ達の進路を塞ぎ、帝国に近付けさせるな。分かっていると思うが、なるべく直接戦闘は避けるのだ。行動開始!」


「「はっ!」」


 ライオネットとガハルドは表情を引き締めて部屋を出て行った。


「ミーシャにはまた手紙を届けてもらう。少し待て」


「は、はい!」


 リヴェリアは素早く手紙を認めるとミーシャに渡した。


「ミーシャはユキノ達と共にクレアの居場所を突き止め、可能ならば救出するのだ。ツバメちゃんなら出来るだろう」


「分かりました!」


「決して無茶はするなよ? 戦闘はユキノとフィオナに任せるのだ。それから、あの二人を怒らせない様に注意するのだぞ?」


「……?」


「まあ、もしもその機会があれば分かる……。と、とにかく! 幸運を祈る! 」


「はい! 行ってきます!」



 レイヴンを止められるのはクレアしか居ないだろう。

 取り返しのつかなくなる前にレイヴンを止めなければ……


「やれやれ、最後の詰めを用意しておくか……」


 リヴェリアは愛剣レーヴァテインを手にして組合を後にした。







ようやく次話から主人公回に戻ります。

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