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ドワーフの街の真実

 西の大国、アルドラス帝国 騎士団を名乗る一団の襲撃から一夜明け、街にはドワーフ達が慌ただしく何かを準備する槌の音が忙しなく響いていた。

 診療所のベッドの上で目を覚ましたミーシャは、まだぼんやりとする意識で天井を見つめていた。


「おう、お嬢ちゃん。目が覚めたか」


 声をかけてきたのは包帯を巻き痛々しい姿になったガザフという名のドワーフだった。


「此処は……?」


「診療所だ。昨日の襲撃を覚えてるか?あれから丸一日、気絶していたんだ」


「気絶……」


 ミーシャは跳ね起きると慌てて辺りを見回した。


「クレアちゃんは⁈ レイヴンさんにランスロットさんは何処ですか⁈ 皆んな無事なんですか⁈ いっ……!」


「お、おい、まだ無理をするな」


 頭が割れそうに痛い。

 ガザフが差し出した薬を飲んで少し落ち着いてきたミーシャは改めて三人の安否を聞く。


「ランスロットは重傷だ。あの後、レイヴンの仲間だっていう女の冒険者が二人来てな。今は他の部屋でランスロットの治療をしている。だが、まだ助かるか分からねえ危険な状態だ」


「そんな……」


 あのSSランク冒険者であるランスロットが生死の境を彷徨う程の重症を負っただなんて信じられない。

 魔物の大群でも勇敢に立ち向かって行った。人間相手に遅れを取る様な人じゃない。


「仲間から聞いた話によると、他の強い奴と戦っている最中に背後から刺されたらしいんだ。かなりの手練れだと言う話だが、背後から刺すなんざ汚ねえ真似しやがる……!」


「そんな……」


「あの小さい嬢ちゃん、確かクレアって言ったか。あの嬢ちゃんも連れて行かれちまった……何処に連れて行かれたのかまでは分からない。多分、あいつらが来たっていうアルドラス帝国って国だろう」


「……ッ!!!」


 自分が気絶している間にクレアまで……。

 騎士達は姫を渡せと言っていた。最初は何の事なのかさっぱり分からなかったが、クレアを連れ去ったということは、その姫とやらはクレアの事だったのだ。


 でも今はそんなことよりも、連れ去られたクレアの身が心配だ。

 きっと心細くて……不安でいっぱいで泣いているに違いない。


 レイヴンと出会い、やっと普通の生き方を探して歩き始めたばかりなのに……

 どうしてクレアが……

 ミーシャは溢れる涙を抑えることが出来ない。クレアの不安な気持ちを想うと胸が張り裂けそうになる。


 レイヴンさんならーーーー


 クレアの事を一番気にかけ、可愛がっていたのはレイヴンだ。このまま黙っている筈が無い。

 騎士達は強く、あの白い鎧を来た騎士もとんでもなく強い。

 

 けれど、レイヴンならば救える筈だ。

 あの時のレイヴンは魔力も無い、病み上がりの状態だった。

 王家直轄冒険者の証を持ち、最強の冒険者であるレイヴンならば、万全の状態のレイヴンなら、きっとあの騎士達にも負けはしない。


「レイヴンさんは何処ですか⁈ レイヴンさんならきっとクレアちゃんを救える筈です!」


 ガザフとてミーシャの言いたい事は痛いほど分かる。レイヴンの強さは人間程度では相手にもならない。レイドランクだろうがフルレイドランクだろうが単騎で挑み無傷で生還する。そんなレイヴンならと思うのは当然だ。


「レイヴンはもう街には居ない。姿が見え無いんだ。あいつが吹き飛ばされた場所には血の跡が残っていただけだ」


「そんな…! でも、私ならレイヴンさんを見つけられます! 私にはーーーー」


「……知ってるよ」


「え…? それってどういう?」


 ガザフは椅子に座り直すとゆっくりと話始めた。


「俺は……いや、俺達ドワーフはレイヴンやあんたらの事、実は()()()()()()()()んだ。ミーシャ、クレア、ランスロット。この三人について知ったのは冒険者の街パラダイムからだがな。不思議か? そりゃそうだろうな。けど、俺達はこう見えて商人でもあるんだ。俺達ドワーフにとって情報は、槌と金床の次に大事なもんだ。近隣の街の情報くらい簡単に調べられる。だから、魔物の大軍に襲われた事も、ミーシャが精霊を使役して何処に居るかも分からないレイヴンを探し出した事も知ってる。知ったのは事が済んでから直ぐの事だがな」


「……」


「当然、レイヴンが王家直轄冒険者っつうとんでもねえ肩書きを持つ、最強の冒険者だって事も知っている」


 ガザフは全て知っていた。なのに何故何も言わなかったのか。何故、知らないフリをしていたのだろうか? しかも、ガザフの口ぶりでは、この街の住人全員が知っていたと言うではないか。


「だったら早くレイヴンさんを見つけてーーー」


「よせ。レイヴンに近付くな」


「どうしてですか⁈ レイヴンさんの強さを知っているなら早く……!!!」


「駄目だ。今のレイヴンには会わせられねぇ。今のあいつを知らない方が良い」


 そんな馬鹿な話があるものか。

 ミーシャはシーツを強く握りしめてガザフを睨みつけた。


「意味が分かりません! レイヴンさんは仲間です! クレアちゃんの事だって必ずどうにかしてくれます!!! レイヴンさん、見た目はぶっきら棒で愛想ありませんけど、とっても優しい人なんです! 絶対に仲間を見捨てたりしません!!!」


 だが、ガザフの表情は暗い。疲れた様な目でミーシャを見つめ返して来るだけだった。


「それも知ってる」


「だったら!」


「まあ、聞け」


 ガザフは立派に蓄えられた髭を撫でながら、昔を思い出すかのように語り始めた。


「レイヴンがあちこちで孤児院の面倒を見ているのを知っているか?」


「はい……」


「あいつはな、俺達ドワーフにとって英雄なんだ」


「英雄?」


「そうだ。昔、パラダイム程じゃねえが……この街は魔物の大軍に襲われた事があった。かつては工房の街と呼ばれ、腕利きの職人として名を馳せていた俺達も、魔物の相手をするのは専門外だ。頼りにしてた冒険者組合の連中も、街に来ていた冒険者達も魔物にびびっちまって、皆真っ先に逃げやがった。残されたのは工房の職人と女子供だけ。お前さんならそれが何を意味するか分かるだろう?」


 ミーシャはあらん限りの想像力を働かせてガザフの言った光景を頭に描いていた。それは絶望。信頼していた冒険者達が居なくなった街で、魔物一体ですら手を焼くだろう。それが大群となるといよいよ打つ手など無い。

 ガザフ達の恐怖がどれ程のものだったか想像もつかない。


「……」


「けど、レイヴンは残った。当時から変な奴でな。毎日の様に剣を買いに来てたから、面白い奴だと思って何度か話した事があった。だが、その程度の関係だった。実は、あいつが強いってのは何となく分かってたんだ。何しろ俺達が鍛えた自慢の剣を、たった一度の依頼で潰しちまうんだ。勿論、下手くそが無茶な使い方したんじゃねぇって事は分かってた。剣についた癖や傷を見れば、どんな使い方をしたのか分かるからな」


「……」


「あいつは俺達の制止も聞かず、一人で魔物の大軍に突っ込んで行った。強かったぜ……。あんなに恐ろしい魔物が、木の葉でも払うかの様に見る間に倒されて行くんだ。あいつが並の冒険者じゃねえのは直ぐに分かった。けど、どんなに強くても一人で街を守るなんて出来る訳がねえ。俺達も必死に戦ったが、まるで歯が立たなかった。そうしている内に、あいつの手が届かねえ場所で、一人、また一人と殺されていった……」


 ガザフは悔しさに顔を歪める。

 あの時感じた絶望感と無力さは、言葉だけでは説明出来ない。


 ミーシャはパラダイムでの出来事が、実は途轍も無い幸運に恵まれていたのだと痛感していた。

 あの街には四方を囲う高い壁、冒険者、中央からの応援。そして、王家直轄冒険者と言われる最強の冒険者が二人もいた。

 それに比べガザフ達には……何も無かった。


「悔しかったぜ。俺達には家族も仲間も、そして自分の身すら守る力が無かったんだからよ。けどよ、あいつは……レイヴンは戦い続けた。数百…いや、もっと多かった筈だ。戦って戦って戦って。街を襲った魔物を一人で全部倒しちまった」


「凄い……」


「それでも街の半分の人間は助からなかった。いや、違うな……あいつはたった一人で街の半分もの人間を助けたんだ。全滅すら覚悟してたってのに、まるで夢でも見ている様だったぜ」


「……」


「感謝してもした足りない。あの場にいた全員がレイヴンに感謝したさ。頼りにしてた冒険者が皆逃げちまっても、魔物混じりだと蔑まれても関係ねえ。あいつは一人で俺達の街の為に戦ってくれた。そんな時だ、ふと、“これ程の大恩を一体どうやって返せば良い?” そんな事が頭をよぎった。何も無しなんてのは絶対に有り得ねえ。でもよ、俺達は何をしてやれるのか答えが出せなかったんだ。そんな俺達を見て、あいつは何て言ったと思う?」


「何て……言ったんですか?」


 ミーシャはいつしか自然に溢れてくる涙を拭いながらガザフに問うた。


「あいつは死んだ俺達の仲間の前で、頭を下げてこう言ったんだ『守り切れなくてすまなかった……』ってな。分かるか? 感謝してもし足りない程の恩を受けたのは俺達の方だってのに……。どうやって返せば良いだなんて考えてた俺達に、すまねぇって言って頭を下げたんだぜ?そりゃあもう面食らったぜ。衝撃的だった!正直、俺達は皆、あいつが魔物混じりだってだけで避けてた。はぐれ者に関わっても碌な事にならねえってのが共通認識だったんだ。俺も良い金づるになる面白い客だ、くらいにしか思って無かったんだからよ。それがどうだ? あいつは俺達の街を守った!頼まれた訳でも、借りがある訳でもねえ。逃げようと思えば逃げられたのに、命をかけて守ってくれた!……あの時程、自分達のやって来た事が恥ずかしくてたまらなかった事は後にも先にもねぇよ……」


 興奮した様に話すガザフの言葉だけで、レイヴンがどういう戦いをしたのか容易に想像がつく。

 パラダイムの時の様な魔剣の力も無い状態で街の人達を守りながら、全方位から迫り来る魔物と戦う。誰かが倒れても駆け寄る暇も無い。手を止めれば、もっと多くの命が失われてしまう。それでもレイヴンは絶望的な状況から住人の半数にも及ぶ人数を助けてみせた。そんな事はレイヴンにしか出来ないと確信出来る。


「……」


「それからのあいつは、親を亡くした子供達の為に孤児院を建てる金と、面倒を見てくれる人間を探してくれた。俺達には何も言わずにな。あれで隠してたつもりなんだろうけどバレバレだ。でも、そんな事知りませんよって面して、いつもの様に剣を買いに来るんだぜ? あんなに強い冒険者が、自分のやった事を自慢するでも、恩に着せる事もしねぇ。だから俺達も知らないフリをした。知ってるだろ? あいつはとことん不器用な奴だからよ」


「はい…!」


 ガザフはミーシャの手を取ると、外へ向かって歩き出した。


「だからよ、そんなレイヴンを見て俺達は決心したのさ。あいつに受けた恩は俺達ドワーフが一族を上げて返すってよ。この街がどうして一般の客に工房を解放していないか知ってるか?」

「いいえ」


「それはなーーー」


 開かれた扉の向こうに待っていたのは、全身武装したドワーフの大軍勢だった。


「……これって⁉︎」


 皆、ドワーフ特製の武具を纏い、誇らし気に胸を張っている。

 見渡す限りの武装したドワーフ達。

 街に入りきらない程の大軍勢にミーシャは言葉を失う。


「ドワーフの本職は鍛治師だ。俺達は待っていたのさ」


「……待っていた?」


「ああ。いつかレイヴンに助けが必要になった時。少しでも力になれる様に、金や素材を集めて武器や防具を作り続けてた。あいつは助けてくれなんて絶対に言わねえからよ。足手纏いにならない様に力を蓄えていたんだ。全てはこの時の為。レイヴンに受けた、どデカい恩を返す為に! その為のドワーフの街だ! そうだろう? お前ら!!!」


「「うおおおおおおおおおおーーーーッ!!!」」


 高らかに武器を掲げガザフの問いに応えるドワーフ達の雄叫びが大地を揺らす。


「す、凄い……。皆んなレイヴンさんの為に……」


「おうよ! この街だけじゃねえ。周りにある集落からも続々と集まって来ている。アルドラス帝国だかなんだか知らねえが、西の森に住むドワーフ全員を敵に回した事を後悔させてやるぜ! 恩には恩を! 仇には仇を!!! これが俺達ドワーフの流儀の真骨頂だぜ!」


 


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