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西の騎士団 後編

 ギルと呼ばれた男はナイフをひと舐めすると猛然と突っ込んで来た。

 緩急を付けた素早く変則的な動きから、かなり戦い慣れしている事が伺える。しかも、魔物だけじゃ無い。人間との戦闘経験も豊富そうだ。


 ロングソードとナイフという一見リーチの差で有利に戦えそうではあるが、ギルは巧みな足捌きでロングソードの間合いの内側へ入って来る。

 こうなってしまうとロングソードの長いリーチは不利でしかない。けれど、ランスロットにとって変則的な動きをする相手と戦う事は不利にはならない。


 冒険者は元々、動きの読めない魔物とばかり戦っている。その上、ランスロットが目指している力の象徴はあのレイヴンだ。

 変則的なスタイルの戦闘において、レイヴン以上の強者はいない。

 しかもつい最近、レイヴンとリヴェリアという異次元の力を持つ二人の戦いを見たばかりだ。あの戦いを見た経験はちゃんとランスロットの中で活かされている。


 そうこうしている内にギルの動きにも慣れて来た。

 ギルの動きは確かに速い。けれど、なにも此方が合わせてやる必要は無いのだ。足を止めずに戦うのは自分も同じ。であれば、ギルの間合いにわざと踏み込んでリズムを狂わせるくらい造作も無い事だ。


(もっと強いのかと思ったけど、案外どうにかなりそうだ。とは言え、まだ本気って感じじゃあ無いよな……)


「良い反応だ! 人間にしとくには勿体ないな!」


「そうかよ!」


 レイヴンの元へ行こうにも、ギルは相当な手練れだ。やられる心配は無さそうだが、簡単には倒せそうにない。

 同じSSランク冒険者のライオネットと戦っている様な手応えを感じる。

 これ程の力を持った奴が今まで知られていなかったのはアルドラス帝国とやらに居たからだろう。


(それにしても、高ランク冒険者以外でここまで戦える奴がいるってのは、ちょっとばかし驚いたぜ)


 SSランク冒険者であるランスロットは人間の中でも隔絶した力を持っている。

 レイヴンやリヴェリアなどの人外の力を持った者を除けば、最強クラスの実力者である。

 

 そのランスロットと誤解に渡り合っているという今の状況はあまり思わしくは無い。


「ギルとか言ったか、お前もなかなかやるじゃねぇか! 一体何処で戦い方を覚えた?魔物だけってかんじじゃあ無えよな?」


「何処でだぁ⁈ そんなもん、戦い全部に決まってるだろうが! テメエらみたいな温室育ちと一緒にするな!」


「魔物混じりに対する待遇はお前らのアルドラス帝国とやらでも一緒らしいな。そうか、あのゲイルって奴に弱味でもーーー」


「黙れッ!!!」


 突如激昂したギルの一撃がランスロットを吹き飛ばす。

 ギルの赤い目が怒りで鋭さを増している。


「確かに、俺達の国でも魔物混じりに対する偏見や迫害はある。けどな……第八騎士団は! ゲイルさんは! そんな俺や俺の同胞に居場所をくれた恩人だ。あの人の事を悪く言う奴は絶対に許さねえ!!!」


(なるほど。そういう事情か……)


 ランスロットとて言いたくは無かった。

 ただ、気になったのだ。


 ギルは強い。その気になれば、自分の力だけで身を立てる事も出来た筈だ。

 ギルがあのゲイルという団長に従う理由が知りたかったのだ。


 魔物混じりと呼ばれる者達は基本的に普通の人間と距離を置く。

 それは、距離を置かざるを得ない状況である事が要因だが、ミーシャの様に溶け込もうとする者もいる。

 まさか素直に喋るとは思わなかったが、見た目の印象とは違って意外と真っ直ぐな性格らしい。


「そうか。理由があるなら良いんだ」


「あん? 舐めてんのかテメエ!」


 鋭さを増したギルの攻撃を躱す。

 感情が昂ぶれば動きも読み易い。

 如何に変則的な戦闘をしようとも、攻撃に無駄な力が入るものだ。


(分かり易い奴だな。参ったな……こういうタイプは嫌いじゃないんだけど……)


 レイヴン達の事が気にかかる。

 本調子のレイヴンなら何も心配いらないのだが、報告に来た男の発言によると、かなり弱ったままだと言う。


(急がねえとな……)



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ランスロットがギルと戦闘を始めた頃。

 診療所の前でレイヴンと騎士達が乱戦を繰り広げていた。

 壁際ではガザフが恐怖で震えるミーシャとクレアを庇う様にして抱き寄せている。



 ガザフが診療所へ駆けつけた時、騎士達がミーシャとクレアを連れ去ろうとしているところだった。

 機転を利かせたガザフが体当たりをかまして二人を救出したまでは良かったのだが、レイヴンのいる病室に立て篭もろうとしたところで背中を斬られてしまった。

 二人を逃がそうにも騎士が行く手を阻んでどうにもならない。

 動けないガザフを押し退け、再びミーシャとクレアに騎士が迫った時、突然眠っていた筈のレイヴンが目を覚まして動き出した。

 騎士を殴り飛ばしたレイヴンは虚ろな目をしたまま、ミーシャ、クレア、ガザフの三人を抱えて窓から飛び出したのだ。

 けれど、診療所の周りは既に応援に駆け付けた騎士に囲まれてしまっていた。


「くそ! 何だコイツは⁈ 」


「くたばりかけの病人の癖に強い……!」


「落ち着け! あれだけ弱っているんだ、全員で確実に仕留めるぞ!」


 レイヴンを取り囲み、ゆっくりと近づいて行く。


 いつものレイヴンなら、どんな相手だろうと者の数では無い。瞬く間に騎士達を倒してしまったことだろう。

 しかし、レイヴンは俯き、素手のまま両手をだらりと下げ、どうにか騎士達の攻撃を防ぐのでやっとの状態だった。


 騎士の放った剣を素手で止め、弾く。

 レイヴンの腕は真っ赤な血に染まり、見るも無惨なまでにボロボロになっていた。


「レイヴン! 無茶はよせ! 腕がちぎれちまうぞ!!!」


「……」


 レイヴンにはガザフの声が聞こえていないのだろう。

 先程から何を呼びかけても反応が無い。


「何を手こずっている」


 現れたのは黒い馬に跨った騎士。

 周囲の騎士達の反応から指揮官だと思われた。


「も、申し訳ございません。あの魔物混じり、病人の割に存外に強く……」


「言い訳は不要だ。第八騎士団の騎士たる者が、たった一人の魔物混じりになんたる様だ」


 指揮官の男は、真っ赤に染まった腕をしたレイヴンを観察する。

 足はふらつき、呼吸も荒く、押しただけで倒れてしまいそうだ。

 そんな状態であるにも関わらず、歴戦の騎士達を相手に互角以上に戦ってみせた。


「大したものだ。だが、我等に逆らう者は敵だ」


 男は馬から降りると剣を抜きレイヴンへ向かって歩き始めた。


 これまで防戦に徹していたレイヴンが男に向かって拳を突き出す。しかし……


「そんな状態でまだこれ程の力があるのか。本当に大した奴だ。だが……」


 レイヴンの放った拳は難なく受け止められ、男の放った突きを諸に受けてしまったレイヴンは吹き飛ばされてしまった。

 その衝撃は凄まじく、診療所の壁を突き破り路地裏にある家の壁にめり込んだところでようやく止まる程だった。

 レイヴンは大量の血を吐き、それきり動かなくなってしまった。


「レイヴン!!!」


「これで邪魔者は消えたな」


「ちくしょう! よくもレイヴンを!!!」


 掴みかかろうとするガザフを拳で払いのけると、怯えて震えるミーシャとクレアを手刀で気絶させた。

 あっという間の出来事に騎士達が感嘆の声を上げる。


「流石はゲイル団長閣下!」


「お見事でした!」


 男は再び黒い馬に跨ると広場のある方へ向き直る。


「世辞など不要だ。己の至らなさを恥じるが良い」


「申し訳ございません……以後、引き締めます」


「次は無い。白い髪の少女が姫だ。丁重にお連れしろ」


「はっ!」


 部下達が姫を回収している間、ゲイルは自分の手に残る感触に衝撃を受けていた。


(まだ手が痺れている……。何者だ?万全の状態であったなら或いは……)




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 広場ではランスロットとギルの激しい戦闘が続いていた。

 感情を剥き出しにして攻撃してくるギルの動きが単調になったにも関わらず、ランスロットは決定的な一撃を与える事が出来ないでいた。


「くそ! 只の人間の癖に頑丈な奴め! いい加減に倒れやがれ!」


「俺の台詞だ! こっちはこれ以上テメエに構ってる暇はねえんだよ!!!」


 広場に集められていたドワーフも、監視役に残った騎士達も二人の戦いを固唾を飲んで見守っていた。

 もうどれだけ時間が経っただろうか。

 二人共一度も足を止めずに動き回りながら剣を交わし続けている。

 互いの攻撃は徐々に傷を増やしていってはいるが、どちらも致命傷を与えるには至ってはいない。


 だが、終わりの見えない戦いの幕切れは呆気ないものだった。

 異変に気付いたドワーフがランスロットへ向かって声を張り上げる。


「避けろあんちゃん!!! 後ろだ!!!」


 直後、ランスロットの背中に鈍い痛みが走る。


「ギル。目的は果たした。帝国へ戻るぞ」


 ランスロットの背後にはいつの間にかゲイルが立っていた。

 ゲイルの持つ剣はランスロットの背中から突き立てられ……


「ゴフッ……!」


(ま、まじか、よ……気配が……)


 ランスロットの胸から突き出した剣から血が滴り落ちる。


「ゲイルさん! 何故だ⁉︎ そいつとは俺が……!」


 激昂するギルを一睨みで抑えたゲイルは自分の馬に跨ると背を向けて淡々と言った。


「お前に下した命令は足止めだ。命令は果たされ、目的は達成された」


「くっ……」


「もうじき雨が降る。さっさと戻るぞ」


「はい……」


 ゲイルはランスロットから剣を引き抜くと騎士達に帰還の命令を発した。


 大量の血を流し、膝から崩れ落ちたランスロットは薄れ行く意識の中、朦朧としながらも連れ去られて行くクレアに向かって手を伸ばしていた。


(クレア…! くそ……レイヴン、すま、ねえ……)



 意識を失ったランスロットを見下ろし、ギルは苦悶の表情を浮かべて血が滲む程に唇を噛み締めていた。


 命令は絶対だ。けれどギルは、数多の剣を交わす内にランスロットという男を理解していた。

 この男は私利私欲で戦うタイプでは無い。魔物混じりである事を持ち出した真意も、剣を交わしてみて分かった。


 今なら分かる。

 ランスロットは決して馬鹿にしていた訳じゃない。


「俺の名はギル。アルドラス帝国 第八騎士団 副団長ギル。ランスロット……お前との決着はまだ着いていない。死ぬなよ……」


 ギルはそれだけ言い残すと騎士団の隊列に戻って行った。


 残されたドワーフ達はどうにか縄を切るとランスロットの治療をするべく行動を開始した。




 やがて雨が降り始めた。

 雨はレイヴンの頬を濡らし、腕から流れる血が雨に濡れた地面に広がって行く。


「クレア……クレア…うああああああああああああああああああああああッ!!!」


 魔物の咆哮にも似たレイヴンの叫びがドワーフの街にこだまする。


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