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ケルベロス討伐

 巨大なケルベロスが放つ咆哮がフロア全体を揺らす。

 三つの頭はそれぞれ獲物を見定める様に牙を剥き出しにして舌舐めずりしている。待ち切れないのか爪で地面を抉る仕草を繰り返していた。


(案外行儀が良いんだな)


 戦いの始まる前に大型の魔物が咆えるのはよくある事だ。

 威圧の効果の込められた咆哮など微風程度にしか感じないし、この程度で威圧される様では話にならない。だが、後ろの三人には効果があったらしい。後退していた足が止まり、小刻みに体が震えている。

 

(そんな様でカオスゴーレムの湧くフロアでよく生き残れたものだ)


「あ、あ、あ、足がすくんで動けない……」


「ヤバイヤバイヤバイ! 」


「やっぱり着いて来るんじゃ無かったあああああ!」


 喚き散らし始めた三人は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


 勝手に着いて来た奴を助ける義理は無い。しかし、このまま放っておけば三人仲良くケルベロスの餌だ。


「仕方ない。今日はいつもより少し多く魔力をくれてやる。その分、働け」


ーーードクン。


 心臓の鼓動音がフロアに響く。

 魔剣「魔神喰い」の黒い刀身を魔力の膜が覆い、赤い光を放ち始めた。


「上出来だ。さぁ、始めようか」


 レイヴンは重心を低く落とす。

 剣を持つ手をだらりと脱力させ、剣先が地面に触れるか触れないか、すれすれの位置を保つ。


 レイヴンの剣技に流派は無い。

 戦っている内に体が自然と覚えたものだ。

 

 戦いに不慣れな者や、変に力んだ者、流派に拘る者の構えには柔軟さが無い。

 人間よりも力の強い魔物を相手にするのに、人間の剣技だけでは限界がある。

 パーティーを組んでいれば弱点を補えるだろうが、生憎レイヴンはソロばかりだった。

 

 振るう剣は魔物を倒す為の物。

 独特な構えは、魔物を相手に生き残る為の構え。


 動きの速いケルベロスが動き始めたら面倒だ。

 レイヴン一人であればどうにでもなるが、三人がいる方向へケルベロスが向かわない様にしなければならない。


(先に動きを止めるか)


 ケルベロスが僅かに動いた瞬間、レイヴンはフロアの反対側にいた。


「先ずは一本……」


「グガアァアアアアアッ!!!」


 三人は悲鳴を上げて倒れるケルベロスを顎が外れそうなほど口を大きく開けたまま見ていた。


 魔物混じりの姿が霞んだ次の瞬間には、前足を切り飛ばされたケルベロスが地面に倒れて悲鳴を上げていたのだ。のたうち回る振動で地面が揺れる。


「う、そ……」


「え? 今……何やった……?」


「あわわわわ…!」


 ケルベロスは残った足を使って器用に起き上がると、レイヴンに向き直り三つの頭から特大の火球を放った。

 怒り任せに放ったであろう火球の熱がフロアの反対側にいる三人にまで熱波となって伝わって来る。


「邪魔な頭だ。三つも要らないだろう?」


 巨大な火球を躱したレイヴンは、そのままケルベロスの頭上に飛び上がると魔剣を一振りし、ケルベロスの首を斬り飛ばした。


 三つとも首を跳ねるつもりだったのだが、手加減し過ぎた様だ。

 右の頭が一つだけ残ってしまった。


「……俺もまだまだだな。おっと、これ以上動き回られると面倒だ。残りの足をもらうぞ」


 無造作に振った剣尖が残っていた足を斬り飛ばす。


「ーーーーーーッ!!!」


 足を失ったケルベロスは、声にならない絶叫を上げながら地面に落下して盛大に土煙を上げた。


 熱と土煙を浴びた三人は、必死に目と顔を拭いながら、魔物混じりとケルベロスの戦いを目で追っていた。


 禁忌の子と呼ばれる魔物混じりは生まれながらに強い力を持っている。個人差はあれ、冒険者をやるような魔物混じりは並の人間よりも強い。

 そんな事は当然知っていた。だからこそ、おこぼれに預かろうとボス部屋までのこのこ着いて来たのだ。

 しかし、この魔物混じりは何かが違う。


 Sランク、いや、SSランク冒険者でもレイドランクのボスに単騎で挑む馬鹿はいない。

 勝てる勝てないでは無いのだ。どれだけ優れた冒険者であっても死を覚悟する。理不尽の化身。それがレイドランクという魔物なのだ。

 しかも、あのケルベロスは亜種だ。通常のケルベロスとは比べ物にならない程に強力な魔物だ。それこそ、中央冒険者組合から精鋭パーティーを派遣して貰い、長い準備期間を設けた後に万全を期して挑むべき相手だ。それをたった一人で圧倒するなんて有り得ない。


「何者なんだい……」


「分からねぇ。あんなに強い魔物混じりは見た事が無い」


「な、なあ。あいつが持ってる剣……もしかして魔剣じゃないかな?」


 レイヴンの手に握られた黒い剣を凝視した三人は各々の記憶を探り、知っている限りの魔剣を思い浮かべて照らし合わせていく。

 すると、魔力の膜に覆われた刀身に赤い血管の様な模様が脈打つ様に動いている事にいち早く気付いた背の低い男は、鞄から分厚い本を取り出すと猛烈な勢いでページをめくっていった。


「あ、あった! これだッ!」


 男が取り出したのは、伝承を含めて現在までに確認されている武器や防具のリストだった。


 本を覗き込んだ他の二人は剣の名前を見て目を見開いた。

 先ず間違いなく、あの黒い剣は魔剣だ。

 それもとびきり貴重な価値を有している。


 そこには剣の絵と共に、短くこう記してあった。


『神と悪魔が入り乱れた七日間の神魔大戦の折に、第三勢力として参戦した "魔物落ちの子" が持っていた黒剣。数々の神と悪魔を屠った剣は血を吸い、呪いを受けた。剣は後にこう呼ばれた【魔神喰いの魔剣】と』


「じゃ、じゃあ、あいつが持っている剣がそうなのか⁈ 」


「それじゃよく分からないじゃないか! もっと他に詳しい事は載っていないのかい⁉︎ 」


「分かっているのはこれだけだよ。何しろ伝承でしか記録が残っていない幻の魔剣なんだ」


「ふふふ。幻の魔剣か。良いねぇ……これは上手くすればあの魔剣を奪えるかもしれないよ。そうすりゃ大儲け出来る」


 魔剣の噂は様々あれど、本物に巡り合う事はまず無い。どれも人工的に鋳造された人工魔剣。世界中にある魔剣はオリジナルの伝承を元に作られた模造品だ。


「ばっ! 無茶だろ! そもそも、あんなに強え魔物混じりからどうやって奪うってんだよ⁈ 」


「んなもん、あいつに付き纏ってれば、そのうち隙の一つでも出来るって!」


「い、嫌な予感しかしないんだけど……」


 三人が悪巧みをしているのを知らないレイヴンは、足を失い頭を二つ斬り落とされたケルベロスが踠いて暴れる様子を観察していた。


 別に甚振る趣味がある訳では無い。レイヴンの頭にあるのは、『このまま倒してしまうのは簡単だ。だが、問題はどの部位が高く売れるのか?』 という事だった。


「どうしたものか。どこを持って帰れば一番高い値が付くんだ? 魔核は当然回収するにしても他は……」


 鑑定に関する知識はそれなりにあるが、レイドランクの亜種の素材などは殆ど市場に流通していないので相場が分からない。どの部位だろうとそれなりの値が付くのは間違い無いのだが……全て持って帰ろうにも手が足りない。なんとも歯痒い状況である。


 ケルベロスは残った頭をレイヴンに向けると、今までよりもさらに大きな極大の火球を放つべく、魔力を貯めていた。

 大きく開かれた口から回避不可能な極大の火球が放たれた。


「死体を運ぶのは骨が折れるし面倒だ。うーん……」


 最大火力で放たれた極大の火球がもうそこまで迫っていると言うのに、レイヴンは考え込むような姿勢のまま動こうとしない。


「しめた! あのままやられてくれれば、魔剣もケルベロスの素材も私達の物だ!!!」


 女の発言に他の二人が同意を示した直後、異変は起こった。


 レイヴンは、絶対に回避不可能だと思われた極大の火球を見向きもしないまま、まるで木の葉でも振り払うように斬り裂いたのだ。


「はあああ⁈⁈ なんだいそりゃあ!!?」


「む、無茶苦茶だ……」


「斬れるものなのか⁉︎」


 次々に放たれる極大の火球を適当にあしらっていたレイヴンは、ようやく持ち帰る部位を決めた。


(良し。これでいこう)


 持ち帰るのは、『ケルベロスの魔核』『眼球』の二つだ。


 牙や爪も武具の素材にはなるが荷物がかさばるので却下だ。

 魔核は魔具の動力として使える。街や都市の生活には欠かせない物だ。レイドランクの魔物の魔核なら中規模の街一つに必要な魔力は賄えるだろう。次に眼球だが、使い道がよく分からない。何の儀式に使うのか知らないし、知りたくも無いが、魔術師が高値で買い取ってくれるだろう。

 

 方針の決まったレイヴンは黒剣に魔力を込めながらケルベロスに向かって近付いて行った。


「さて、苦しめて悪かったな。魔核はなるべく新鮮な方が価値が高いんだ」


 火球を放ち続けるケルベロスはレイヴンが歩き出すと体を震えさせた。

 火球の狙いは大きく外れ、フロアの壁を崩すばかりだ。


「こ、こんな事が……。あんなに強大な力を持った魔物が何も出来ずに怯えているってのかい……」


 レイドランクの魔物が怯えて震える様など信じられない。

 ケルベロスは、無くなった足をバタつかせて、少しでもレイヴンから離れようと巨体を捩っている。


「今、楽にしてやる」


 レイヴンはそう言うと、心臓にある魔核を傷付けない様にケルベロスを真っ二つに両断した。


 その光景を見ていた三人は真っ白になって固まっていた。

 最早、何も言葉が出て来ない。


 結局のところ、レイヴンはケルベロスを一撃で仕留める事が出来たのだ。

 それをしなかったのは、端から持ち帰る素材の事を考え、手加減して戦っていたに過ぎないという事だ。

 

 レイドランクの魔物相手に単騎で挑んだ挙句、手加減していたなど、一体どこの誰が信じるというのか。

 ぐるぐると頭の中を渦巻く感情に答えが出せないまま、三人は考えるのを止めた。



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