西の騎士団 前編
ユキノ達がドワーフの街にやって来てから更に一週間が経とうとしていた。
だと言うのに、未だにレイヴンは目を覚ます気配は無い。魔力の使い過ぎが原因と分かったのは良いが、それにしたって魔力の回復にこれ程時間がかかるものなのだろうか?
「ランスロット! 急いで来てくれ! あの三人組が脱走しやがった!」
「は? 組合の地下牢だぞ? 一体どうやって?」
突然駆け込んで来たガザフと共に組合へ向かう。
到着早々、組合長が必死に弁明しているが今は相手をしていられない。どうせ保身の為なのだからどうでも良い。
三人組が捕らえられていた地下牢はもぬけの殻。
牢は別々にして、持ち物は全て没収していたし、見張りもいた筈だ。それなのにどうやって脱走したと言うのだろうか。
ガザフの話では、何者かに見張りが倒され牢の鍵を奪ったのではないかと言う。
何者かが手引きしたと考えるのが普通だが、見張りに付いていたのはAランク冒険者の資格を持つ職員だ。素手の相手にそう簡単にやられるとは思えない。
最低でもSランク以上の冒険者か、或いはそれに匹敵する力を持った何者かの仕業だろうと推測される。
「一撃で昏倒させられているな。かなり手慣れた奴の仕業だ……」
あの三人組にこんな芸当が出来る様には見えなかった。だとしたら他にも仲間が潜んでいた事になる。
「組合の奴が言うには今朝までは何の異常も無かったそうだ」
「参ったな。これじゃあ俺達の疑いを晴らせねぇじゃねぇか……」
ダンジョンが暴走した原因はおそらくあの女が持っていた水晶だ。証拠になればと思って探しに行ったが、砕けた破片の一部が回収出来ただけだった。
「心配するな。逃げられたのは残念だが、お前達への疑いは晴れたぜ」
「どういう事だ? あれだけ説明しても信じなかったのに」
「ダンジョンが暴走したっていう話を裏付ける証拠が見つかったからだ。お前さんが回収して来た水晶の欠片の解析結果が出たんだ。あれは一般には知られていない物騒な代物でな。ダンジョンの核で間違い無い」
「ダンジョンの核? 俺も長いこと冒険者をやってるけど、ダンジョンに核があるなんて知らなかったぜ」
SSランク冒険者でも知らない、或いは知らされていない情報があってもおかしくは無い。しかし、直接ダンジョンに潜っている冒険者が一番早く情報を得られる。それを知らないというのは変だ。
「そりゃそうだろ。普通はそんな事知る訳がねぇ。本来はダンジョンの何処か地下奥深くに埋まっているもんなんだが、あの三人はどういう方法でか水晶を見つけて掘り起こしたんだろうよ」
ダンジョンの核を何故ドワーフ達が知っていたのか?
その疑問を解くのは簡単だった。
質の良い鉱物を得る為にドワーフ達は先祖代々、長い刻をかけて、あちこちの山を採掘調査をして来た。
その中にはダンジョン化する前の洞窟や山もあったそうで、採掘の途中にダンジョンの核を見つける事があったのだと言う。
仕組みを全て理解するには至ってはいないものの、どうやら一定以上の大きさの水晶に溜まった瘴気が魔物を生み出し、洞窟や山をダンジョンへと変えてしまうらしい事が分かったそうだ。
ダンジョンによって発生する魔物の強さが異なるのも、水晶の大きさが関係しているらしい。
では、何故その話が一般には知られていないのか? という話だが、ドワーフ達は質の良い鉱物が採れる場所を役人や冒険者組合に横取りされるのを嫌っていたからだそうだ。
今はもう自分達で採掘する事が無くなったので、特に秘密という訳では無いのだが、わざわざ流布するまでも無く『俺達以外に掘る奴は居ない』というものだった。
それに、どんなに掘ったところで簡単に見つけられる物でも無い。ドワーフ達の持つ採掘記録にも数件情報が残っているだけらしい。
(となると、あいつらは一体どうやって水晶のある場所を見つけだしたんだ?)
「ガザフさん! 大変だ!」
ドワーフの一人が酷く慌てた様子で駆け込んで来た。
「どうしたそんなに慌てて? こっちも捕まえてた奴が居なくなって大変なんだぞ」
「それが、見た事の無い騎士が大勢やって来て、姫を渡せって暴れてやがるんだ!!!」
「何だと⁈ だいたいその姫ってのは何だ?」
「分からない、とにかく来て来れ! 」
見た事の無い騎士という言葉を聞いたランスロットは眉を潜めた。中央にも衛兵は存在するが、騎士という制度は無い。姫と言うからには王族の関係者だと思われるが、一度も姿を見せた事の無い王族がこんな辺鄙な街にいる事はまず考えられない。
「ランスロット、悪いが力を貸してくれ! 何だったら正式な依頼としてーーー」
「野暮な事言うなよ。レイヴンの知り合いを放っておく訳無いだろ?」
「へへ、気に入ったぜランスロット!」
さほど広くは無いドワーフの街には見た事の無い紋章を掲げた騎士達が溢れかえっていた。
店や家に押し入って姫とやらを探しているようだ。
街は荒らされ、住民達は縄で縛られて街の広場に集められていた。
「野郎…! なんて事を!!!」
「待てガザフ! 俺が奴等と話をして時間を稼いでみる。あんたはレイヴン達の所へ行ってくれ。どうにも嫌な予感がするんだ。頼む」
「くそ!……分かった。無茶するなよ」
姫と言われて最初に思い当たったのはクレアとミーシャだ。まさかとは思うが、三人組の件もある。
思い違いであって欲しい。
診療所は奴等とは反対の場所にある。今ならまだ間に合う筈だ。
騎士達を指揮しているのは多分、黒い馬に乗っている奴だ。兜で顔が見えないが、体格から男だと思われる。
一見、シンプルなデザインの何処にでもありそうな軽装鎧に見える。しかし、よく見ると動き回る為にわざと無駄な部分を削ぎ落としている印象だ。
防御力を下げてまで鎧の形状に拘る辺り、よほど腕に自信があるのだろう。
「さっさと姫を渡せばこれ以上の手荒な真似はしないと約束してやろう」
「だから、何度も言ってるだろう⁈ 俺達は姫なんて知らない!」
「貴様! 何だその口の利き方は!!!」
「よせ。住民達にこれ以上の危害を加えるつもりは無い。他の者にもそう伝えろ」
「し、しかし……」
「命令だ。それから、全員武器を構えろ。客だ」
騎士達が一斉に抜刀して身構える。
それぞれ違う作業をしていたにも関わらず、一糸乱れず行われたその動きは、気味が悪いくらいよく訓練されているのが分かる。
「おっと、そう構えるなよ。何もいきなり剣を抜く事は無いと思うけどな」
「今にも飛び掛かって来そうな目をしてよく言う。その殺気をどうにかしてから言うのだな」
「そりゃご忠告どう…もっ!!!」
ランスロットは振り返り様に愛用のロングソードを抜き放ち、背後からの奇襲を迎え撃つ。
「へえ、今のをよく止めたな。貴様、只の冒険者じゃないな?」
「これがテメエらのやり方か? 随分と気の利いた挨拶じゃねぇか!俺は話を聞きに来ただけだぜ?」
(赤い目? 魔物混じりか⁈ )
ランスロットに奇襲を仕掛けて来た男の目はレイヴンやミーシャと同じ赤い目をしていた。
鎧は身に付けておらず、騎士達と同じ紋章の描かれたバンダナを巻いている。
手には二本のナイフを持ち背中には弓を背負っている。
男はランスロットから距離を取ると、指揮をしている男の元へゆっくりと歩いて行く。
奇襲が失敗したというのに男の表情には焦った様子は無い。おそらく力試しのつもりだったのだろう。
「惜しいな。お前が人間じゃなかったら俺の部下として使ってやるのに」
「部下? 遠慮しておくぜ。生憎、しつこい先約があるんでね」
部下にしてやるという傲慢にも思える台詞。しかし、ランスロットは男の台詞が満更でも無いと感じていた。
振り返り様に放ったロングソードの一撃はそう易々と止められるものでは無い。それをナイフを二本持っていたとは言え、力で押し負けなかった。
魔物混じりの力はレイヴンで嫌と言うほど知っている。勿論、全ての魔物混じりがレイヴンの様な馬鹿げた強さを持っている訳じゃ無い。しかし、あの男の攻撃はやたらと重かった。体の芯に響く様な力強さがある。
力試し程度であの力なら、本気で戦った時の力は相当なものだろう。
レイヴンと剣を交えた時程の力の差は感じなかった。けれど、決して油断して良い相手では無い。
(戦闘になると不利だな。あの男が一番強いのならどうにかなったかもしれないが……)
「お前らは一体何処から来た? 見た所、中央の連中って感じじゃあ無さそうだ」
「中央?あんな連中と一緒にして欲しくは無いな。我々は西の大国『アルドラス帝国』第八騎士団。私は団長のゲイル。貴様は冒険者か?」
(アルドラス帝国? 西の大国だと? 一体何の冗談だ?)
この世界には国という概念は無い。
かつてこの世界に国としてあったものは全て滅んだとされている。
しかし、ゲイルと名乗った男には嘘を言っている様子は無い。
「そいつは初耳だ。まさか西の奥地にそんな国があったとは知らなかったぜ。おっと、自己紹介しなくちゃな。俺は中央冒険者組合所属ランスロットだ。宜しくって雰囲気じゃ無いな」
「中央の犬か。お前達は何も知らされていないのだな。この世界はお前達の言う中央だけの物では無い。そんな事も知らない輩とこれ以上話すことは無い」
「犬だと? そいつは随分じゃねえか」
世界が中央だけの物では無い?ランスロットの言う中央とはリヴェリアのいる中央都市の事だ。しかし、ゲイルと名乗った男の言う中央は意味が違う様だ。
「去れ。帰って中央の愚か者共に伝えるが良い。我等アルドラス帝国は中央の作った歪みをあるべき姿へと解放する者だと」
(歪み?)
「ゲイル団長、姫と思しき娘を発見致しました。しかし……」
「どうした? 早く連れてこい」
「妙な男が抵抗しておりまして……。随分と弱っている様なのですが、激しく抵抗しております」
「チッ。私が直接行く。ギル、中央の犬が邪魔をしない様に抑えておけ」
「了解っす」
奇襲を仕掛けて来た男の名はギル。
ギルはナイフを器用に回しながらランスロットに対峙した。
妙な男と言うのはレイヴンだ。
どうやら目覚めたらしいが、まだ本調子とは程遠いだろう。
クレアかミーシャか。どちらがこの連中の目的の姫なのかは知らないが、どちらにせよ黙って連れて行かれる訳にはいかない。
しかし……
「俺から逃げられると思うなよ? ゲイルさんが戻るまで相手をしてもらうぜ。精々楽しませてくれよ。ランスロットさんよ」
「やれやれ、俺は綺麗なお姉ちゃんが好みなんだけどな」