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超常の力、地上への道

 ダンジョン内に溢れかえった魔物は増殖の一途を辿っていた。

 幸い出口が塞がれている為、外へ溢れ出た魔物がドワーフの街や工房を襲う危険は無い。とは言え、行き場を無くした魔物が折り重なる様にして密集している様は、魔物を見慣れているランスロットでもゾッとする。


「ミーシャ!クレアには見せないようにしてやってくれ! 」


「そんなのもうやってますよ! 」


 極度のストレスからか魔物同士で共喰いを始めている。


 魔物にも相性というのはあるらしい。実際に冒険の最中に何度か見た事がある。人間を含む自然界の食物連鎖と同じ理屈らしいが、これは弱肉強食をまさに地で行く感じだ。普段なら襲わない格上の相手だろうが御構い無しに喰らい付いている。


 ランスロット達が入って来た通路は既に塞がりつつある。

 この様子ではダンジョン内にある他の通路も既に塞がっていると思って良いだろう。


「他の通路が一杯って事は……こりゃ、マジでヤバい。じきに此処も魔物で埋まっちまう」


「という事は……」


「このままじゃ俺らもアイツらの餌って事だ」


 魔物同士で共喰いをして数が増えたり減ったりを繰り返しているが、総数は確実に増えている。

 食べ切れなくなった魔物の死骸の上に重なって少しずつランスロット達のいる空間を圧迫してきているのだ。


「さ、さっきみたいにランスロットさんがやっつけちゃうのはどうですか⁈ こう、ずばーっと!」


「馬鹿か!出来る訳ねぇだろ!急に何言い出すんだよ、心臓止まるかと思ったわ!」


「だってランスロットさん強いから……」


「あのな、限度ってもんがあるだろ。確かにこのダンジョンの魔物は然程強くは無い。さっきのゴーレムも他にはいないみたいだし、普通に戦うだけなら倒せるだろう。けど、数が多過ぎて俺でもスタミナが持たねぇよ」


「じゃ、じゃあ、どうするんですか⁈ せっかく魔物の大群から助かったばかりなのに……」


 あの時の大群に比べれば、魔物の強さも数も可愛いものだ。但し、状況だけで言えばパラダイムの時より絶望的かもしれない。

 何しろ本当に逃げ場が無いのだ。よしんば魔物を倒せたとして、地上へ繋がる通路が無いのでは、窒息するか飢えて死ぬしか無い。


 せめてレイヴンが戻って来ればどうにかなりそうなのだが……。


「ん?さっきの奴等がいた通路だけ魔物が湧いていないのか。おい、ミーシャ! あそこに見えてる通路まで行ってくれ!」


「い、良いですけど。大丈夫なんですか?」


「あそこだけまだ魔物が湧いてない。調べて無理そうなら直ぐに戻る。けど、さっきの三人が戻って来ないところを見ると、もしかしたら安全な場所があるかもしれないからな」


「……ツバメちゃん、お願いします」


「くるっぽ……」


 あの三人組が通路の先で魔物に喰われているとしたら魔物が溢れて来る筈だ。そうでないならまだ脱出出来る可能性はある。

 一か八か。それでも、こうしてツバメちゃんにぶら下がったままでいるよりはマシだ。何か行動を起こさなければ活路は開けない。


 試しに光る鉱石をいくつか投げ入れてみる。

 通路は一本道のようだが、奥は暗く所々崩れているのが確認出来た。


「もうちょい寄せてくれ!」


 ツバメちゃんはゆっくりと慎重に通路へ近づいていく。


 通路の入り口に着地したランスロットは、ミーシャに出来るだけ高い場所を飛ぶ様に指示をして通路の奥へと向かって歩き始めた。


「確か、穴がどうとか言ってたよな。……ッ!な、何だ⁈ 」


 まだいくらも進まない内に今度は突き上げるような激しい揺れが起こった。今までの揺れとは明らかに異質。しかも、何かを砕く様な轟音が物凄い速さで近付いて来ていて、ランスロットは直ぐに立っていられなくなった。


「ったく、勘弁しろよ! 今度は何だってんだ⁉︎ 」


 次から次へと勘弁して欲しい。頭を抱えるランスロットの僅か数メートル先を何かが突き抜けた。

 いくつもの破片が通路にあたって反響する。


 ランスロットは土煙を浴びながらも目を凝らし油断無く剣を構えた。


 やがて重たい甲冑を着ているような足音と、何かを引きずる音が聞こえて来た。

 ソレは、とてつもない圧力と魔力を放ちながらランスロットの方へと近付いてくる。


(何だよこれ。マジでやべえ……足が竦んじまって動けねぇ)


 ランスロットの体を恐怖が支配していく。

 鎧がガチャガチャと音を立て、呼吸が荒くなっていくが止められない。


 長いこと冒険者をやって無茶もやったが、こんなに強力な魔力の気配を感じたのは初めてフルレイドランクの魔物に遭遇した時以来だ。

 あの時は本当に運良く逃げられて命が助かった。

 そして今、こちらへ近付いてくるソレはフルレイドランクの魔物を遥かに上回る力を持つ何かだ

 レイヴンやリヴェリアならいざ知らず、ランスロットではとても太刀打ち出来る相手では無い。


(ミーシャにはああ言ったけど、こりゃ魔物の群れに飛び込んだ方が良かったかもな……)


 土煙で姿がはっきり見えない。

 魔物とは違う様にも思えなくも無いが……。


 もうすぐそこまで来ている。もう逃げられない。

 そう思った矢先、聞き覚えのある声がした。


「そこに居るのはランスロットか。すまない、今戻った」


「……」


「どうした?」


 土煙の中から現れたのは、クレアを魔物堕ちから救った時と同じで全身を黒い鎧で覆われたレイヴンだった。


 前に見た時よりも体を覆う外殻の形状がはっきりとしていて、一目で鎧だと分かる。

 背中には黒い翼、兜から覗く赤い目。右手には見覚えのある黒剣を持ち、左手には逃げた三人組が気を失ったままロープで縛られていた。


 レイヴンだと分かったおかげでどうにか体の震えは止まりはしたが、まだ気を抜けない。


「ふ、ふざけんなよ!びっくりさせやがって! あー! くそ! マジで焦ったぜ……なんつう魔力垂れ流してんだよ」


「すまん。少し抑える」


 黒い鎧を纏った異様な姿も、声もレイヴンだと分かる。けれど、一つだけ確かめておかなければならない事がある。


「おい、レイヴン……。また魔剣が暴走してるなんて事は……?」


「ああ、問題無い。魔剣の力は一応制御出来ている」


「……本当か?」


「本当だ。ただ、どこからどう説明すれば良いのか分からない。まあ、こんな感じだ」


 レイヴンは右手に持つ魔剣を無造作に一振りしてみせた。


 赤い魔力の残光が暗闇に煌めいた次の瞬間、通路の壁が抉られる様に吹き飛び新たな通路が出来上がった。


「なっ……⁈ 」


 たった一振り。

 たった一振り、何気無く剣を振っただけ。


 その一振りが撒き散らした破壊の力は常軌を逸していた。

 今までもレイヴンは数々の非常識な力を見せて来た。だが、これはあまりにも異質。こんな力を何食わぬ顔で振るっているのも驚きだが、それを自分の意思で操っているとなると開いた口が塞がらない。


「困った……。まだ上手く加減が出来ないか。これでは使い物にならないな。素材が剥ぎ取れなくなる」


「……加減て。おいおい、勘弁しろよ。問題はそこじゃねぇだろ」


「むぅ……」


「大体だな……!」


「……?」


 止めだ。

 レイヴンの馬鹿げだ力について今更真剣に考えるだけ無駄だ。

 化け物みたいな強さも、どこか抜けているところも分かっている。それはきっとレイヴンがどんな力を手にしたとしても変わらない。


「はあ……まあ良いや。因みに、その三人がこの騒ぎの原因だ。組合に突き出して事情を吐かせようぜ」


「なるほど、やはりそうか。では、二人と合流して脱出するとしよう」


 歩き出したレイヴンには先程までの威圧感はもう無かった。


(参ったぜ。どんな方法使ったのか知らないけど、本当に魔剣の力を制御してやがる)


 今のレイヴンは、力が安定した事でクレアの時よりも力が増している様だ。しかも、不思議な事に最初に感じた威圧感が今はもう感じられない。敵意を向けられていないからだとは思うが、纏う異常な力はひしひしと感じられる。


「その姿、自在に操れるようになったのか?」


「ああ。だが、あまりこの姿ではいたくない……。クレアが……その、怯えるかもしれない」


「ぷっ……あははははははは!」


「何故笑う?」


「ああ、悪い。けど、そうかそうか。それを聞いて安心したよ」


「安心?」


「まあな!お前が生粋の変わり者だって再認識したって事だな!」


「何だそれは。失礼な奴だな」


 どんな力を得ても、やはりレイヴンはレイヴンだ。

 もしも自分がそんな強大な力を得たら、きっと増長する。周りが見えなくなって、力に溺れてしまうだろう。

 強さに憧れる者なら必ずそうなる。

 それが普通だ。


 ミーシャの元へ戻ると、高い場所にあった筈の通路の入り口ギリギリまで魔物が迫って来ていた。

 もう少し戻るのが遅れていたら危なかった。


「おーい! ミーシャ!」


「ランスロットさん!早く!早く助けて下さいよーーーー!もう無理!無理ですぅー!!!」


「慌てるな。問題無い」


 暗い通路が一瞬赤く光ると、ツバメちゃんの直ぐ下を掠めるようにして何かが通り過ぎた。


 あともう少しで魔物に飲み込まれてしまいそうだったのに、今は随分と余裕が出来ている。


「き、消えた?!魔物が消えちゃいましたよランスロットさん!そんなの出来るなら何でもっと早くに……!」


「俺じゃねぇよ。レイヴンだ」


 暗がりから姿を見せた全身鎧の人物を見たミーシャは口をあんぐりと開けてワナワナと震えた後、ようやく声を絞り出した。


「っと、うええええええ⁈ まさか、その黒い鎧の人ってまさか、レイヴンさん⁈ ホントに??本当にレイヴンさんですか?!」


「ああ」


「はぇー……」


 クレアを助けた時、ミーシャは上空から周囲を警戒していたし、レイヴンの動きをツバメちゃんで鈍らせた時もツバメちゃんの背中に掴まっているので精一杯だった。

 なので鎧姿のレイヴンをちゃんと見るのはこれが初めてだ。


「レイヴン? ぁう!レイヴン! レイヴン!」


「何俺の後ろにいるんだよ。呼んでるんだから行ってやれよ」


「だが……」


「かぁ〜……いいからさっさと行け!時間無いっつうの!」


 背中を押されたレイヴンは手を伸ばして呼ぶクレアの前に立った。


「レイヴン!レイヴン!」


「心配かけた。その……こんな姿で怖くはないか?」


「あい!」


「そ、そうか(良かった)」


 どうやら思い過ごしだったらしい。

 クレアに嫌われなくて良かった。魔物堕ちした時のことを思い出したらどうしようかと心配だった。


「まさか、また暴走したりは……」


「問題無い」


「話はその辺でいいか?時間が無い。また魔物の数が増えて来てやがる。それからレイヴン」


「何だ?」


「どんな方法かは聞かない。最初に言ってた出口を開けるって話だけどよ、出来るか?」


「ああ」


「なら任せたぜ」


 ランスロットはレイヴンと魔神喰いの間で淀みなく魔力が流れているのを確認していた。

 暴走した魔剣にレイヴンの腕を侵食された時とは別物だ。そして何よりレイヴン自身が落ち着いている。

魔剣の制御が突然出来るようになるだなんて穴に落ちた間に何かあったのだろうか。


「ミーシャ!ツバメちゃんの足で俺を引き上げてくれ!ダンジョンから脱出する!」


「脱出って、出口が見つかったんですか⁈ 」


「俺が()()


 レイヴンは黒い翼を広げ空中へ飛び立った。

 広場の中央で停止すると魔剣に魔力を込めていく。


 あっという間に赤く染まった空間にレイヴンの魔力が何かを弾いているような音が鳴り出した。


「クレア、直ぐに出してやるからな。少し離れていろ」


「あい!」


「あ、あの……レイヴンさん、一体何を?」


「穴を開ける」


「あ、穴?」


「地上までどの程度の距離があるのか分からない。加減は無しだ。全力でいく……」


「え? 今最後になんて……? う、うわあああああ⁉︎」


 レイヴンが魔剣を構えると黒い刀身から赤い魔力がバチバチと雷のような音を立てて迸り出した。

 下で蠢いていた魔物達も尋常では無い魔力の高まりに騒ぎ始める。


「穿て」


 レイヴンは地上へ向けて全力で魔剣を振り抜いた。


 刀身から放たれた巨大で赤い閃光が、轟音を立ててダンジョンの天井を穿ち地上への道を作っていく。


「きゃあああああ!!!」


「ぁうーーー!!!」


「踏ん張れツバメちゃん! 爆風に流されるなよ!」


「く、くるっぽーーー!!!」


 行き場を無くした魔力の衝撃は下で蠢いていた魔物達に抗いようの無い絶望を撒き散らしていた。


 魔物達は通路へ逃げる事も出来ず、ただただ少しでも破壊の力から逃れようと踠いていた。しかし、そんな事はお構い無しに真っ赤に染まった魔力が無数の刃時なって魔物達を追い立てた。


「レイヴンの奴、無茶苦茶過ぎだろ!」


 赤い閃光が収まり、やがてダンジョンの中に太陽の光が降り注ぐ。

 土煙が晴れ、太陽の暖かさを感じ始めた頃、ランスロット達の目に飛び込んで来たのは地上へ向かってくり抜かれたダンジョンの天井……では無く。


「う、そぉ……」


「ぁう……」


「山が……鉱山が吹き飛んじまった……」


 穴は直径数百メートルの大きさとなり……ダンジョンの上にあった鉱山を丸ごと吹き飛ばしてしまっていた。

 僅かに視界の端に映る鉱山の設備だけが、この場所が鉱山であったのだと教えてくれる。


「すまん、やり過ぎたようだ……」


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