意地と異変
レイヴンが通路の様子を見に行った直後。
謎の光が見えた後に何かが崩れる様な音がした事に気付いたランスロットはクレアとミーシャにジッとしているように手で合図をしてから、レイヴンが入った穴の中の様子を伺った。
(何かあったのか?あいつがヘマをするとは考えらんねぇんだけど……)
穴の中は奥の方まで真っ暗で、光を放つような鉱石が一つも無いらしかった。確実に分かっているのは人の気配がする事。それも複数人だ。耳を澄ましてみると、何処かで聞いた事がある様な声が聞こえて来た。
(この声、確か……)
確か、冒険者の街パラダイムの診療所へ行った時、怪しい三人組みがクレアを連れ去ろうとしていた。あの時の奴等にそっくりだ。
「お! いたいた! へっへっへ……」
下卑た男の声だ。徐々に入り口に近づいて来ると背の高い男が姿を見せた。
レイヴンが戻って来る様子はない。一体どうしたというのだろうか。万が一にも、こんな奴等にレイヴンが遅れを取るとは思えない。何かあったにしても、今はコイツらの目的を確かめるのが先だ。
「お前ら、パラダイムの診療所に居た奴等だな? また性懲りも無くクレアを連れ去ろうとしてやがるのか!」
「クレア? ああ、実験体に名前を付けたのか」
「連れ去るとは心外です。返してもらうだけですよ」
「あんたの事は調べさせて貰ったよ。SSランク冒険者ランスロットだろ? 」
背の高い男の後ろから現れたのは中肉中背の男と妙に派手な女だった。やはりあの時の三人組だ。
ランスロットは気安く自分の名を呼ばれたことよりもクレアの事を実験体だなんて呼び方をされたことが気に食わなかた。
たとえそれが本当の事だとしても、仲間が命懸けで救った小さな命を道具のように言われるのは腹が立つ。
普段なら先に手が出ているところだ。けれど今は背中にクレアとミーシャを庇っている。
「へえ、俺がSSランク冒険者だと知っていてクレアを連れ去ろうってのか? 」
ランスロットは三人と会話をしながらゆっくりとクレアとミーシャに下がっている様に合図を送る。
自分の事を知っていて尚、高圧的な態度を取るという事は何かしらの対抗手段を持っていると考えるべきだ。
レイヴンが姿を消したところを見ると、きっと何か思いも寄らない手段を使ったに違いない。
クレアの事を実験体と呼ぶ連中がまともである筈が無いのだ。
幸いこの空間は広い。いざとなったらツバメちゃんで二人の安全を確保しなければならない……。
「あんたらSSランク冒険者がとんでもなく強いのは知ってるさ。選ばれた人間だけが到達出来る最高位。お偉い貴族様達には人類の切り札みたいに言われてる。でも、そんなの関係無いね」
(最高位……?切り札?)
ランスロットは女がその程度の認識しか持っていない事に失笑を浮かべた。
女はSSランク冒険者を最高位だと言った。一般的な認識であればそのままの意味だと思うはずだ。だが、その選ばれた最高位になった途端、人間という種族の頂点に立った瞬間から只の人に戻るのだ。
力を得て初めて理解する領域がある。たった三人しかいない超常の存在。あの異次元の強さを持つ三人の足元にも及ばないのだと嫌でも思い知らされるのだ。だから高位の冒険者程、自分のランクにさほど強い拘りは無いし、自慢しようだなんて思う奴もいない。
「あの魔物混じりみたいにお前も排除してやる!」
「まあ、あれは焦って違う回路を発動させちゃって出来た穴に落ちただけですけどね……」
(穴?)
「馬鹿! 余計なこと言うんじゃないよ!」
(なるほどね。何となくだが分かったぜ)
間抜けな奴等で助かった。
背の低い男の発言から、どうやらレイヴンは“穴” とやらに落ちてしまったのが分かった。それもどうかと思うが、予め用意された罠にレイヴンがハマることはまずあり得ない。何らかの魔具を使用して瞬時に穴を作ったのだろう。となると、怪しいのはアレだ。
「読めたぜ。そこの女が持ってる水晶……そいつでダンジョンの通路を操ってたって訳だな?」
「ランスロットさん。と言う事は……」
「ああ、あの水晶を奪えば、此処から出られる。かもしれねぇ」
「かも……」
問題は奴等が何を仕掛けてくるかだ。
レイヴンが只の穴に落ちて抜け出せないなんて事は無い。直ぐに戻って来ないのにも理由がある筈。足元には気をつけておいた方が良さそうだ。
「よ、よく見破ったじゃないか。けど、だからなんだってんだい! 実験体は返して貰うよ! これでもくらいな!」
女が叫ぶと同時に水晶が不気味に光りを放った。すると何も無かった広い空間に無数の岩が出現してランスロット達目掛けて降って来た。あんなものに直撃したらひとたまりも無い。
「くそッ! 」
ランスロットはクレアとミーシャを抱えると岩を避けて走り出した。
こんな状況てばツバメちゃんを呼んでも意味が無い。
「あわわわ!」
「ぃいいいやぁあああああ! 何なんですかあの人達⁉︎ っていうか、ランスロットさん! クレアちゃんは普通に抱っこして、どうして私は荷物みたいな扱いなんですか⁈ 納得いきません! 私の待遇改善を要求します!」
「うるせぇ! 舌噛むから黙ってろ!」
(あいつらクレアまで一緒に潰す気か⁈ 本当は何も考えて無いだろ! けど、ただ岩を降らせて終わりって感じじゃあねぇよな……)
落ちて来た岩がグニャリと形を変え魔物の姿になっていく。
「いくらSSランク冒険者が強くても、この数には勝てないだろ? パラダイムじゃあ散々だったものなぁ? 精々足掻きなよ!」
「何だあの女?趣味悪過ぎだろ……お近付きにはなりたくないタイプだな」
落ちて来た岩と同じ数のカオスゴーレムがゆっくりと立ち上がる。
全く冗談では無い。
カオスゴーレムを倒すのは可能だが、これは数が多過ぎる。しかも、レイヴンを探しに行った時にいたカオスゴーレムは、コイツらが作り出したものだった可能性まで出て来た。
パラダイムでの一件以来、装備はリヴェリアが用意してくれたものをそのまま譲り受けている。多少の無茶は出来るが、二人を抱えたままでは話にならない。
(百ちょいってとこか……)
「ミーシャ、ツバメちゃんでクレアと一緒に空中へ逃げろ!」
「なら、ランスロットさんも一緒に!」
「あう!」
「いや、俺はコイツらを倒す」
「また……ですか? またあの時みたいに……」
ミーシャは不安そうな視線をランスロットへ向けていた。
魔物の群れを相手に命を投げ出す。例え信念があったとしても、命があってこそだ。
「あの時? いいや、パラダイムの時とは違う。俺の強さなんてのは確かにレイヴンに比べたら屁みてぇなもんだ。けどな、舐められたままじゃあ腹の虫が収まらねえのさ……」
「うぅ……ランス、リョット……」
「お、初めて俺の名前を呼んでくれたな。よく見てろよクレア。あまり参考にはならないかもしれないけど、型だけが全てじゃねぇってのを見せてやるからな」
「あい!」
こんな奴等相手にむざむざ命をかけるなんて真っ平御免だ。同じ汚い言葉を吐くにしても、乱暴者だとしても、どうせ命をかけるのなら、パダイムの連中の様な気の合う馬鹿が良い。
ランスロットが一番気に食わないのは、『あいつが相手ならどうにかなる』そう思われている事だ。
レイヴンが居ない今、クレアとミーシャを守ってやれるのは自分しか居ない。迂闊な行動をするべきじゃ無いだろう。レイヴンが戻ってくるまで時間を稼ぐ方法もあるかもしれない。
けれど、これだけは我慢ならない。
(俺は、俺を見下す奴を許さない。俺を馬鹿にして良いのは俺だけだ。何も知らない奴に俺の価値を決めさせはしない)
レイヴンや他の仲間達がそうであるように、自分の道は自分の手で切り開く。
誰にも文句は言わせない。言わせてなるものか。それを証明してやる。
(お前らが相手にしたのが誰なのか教えてやる……)
カオスゴーレムは確かに厄介な相手だ。
全身硬い鉱物で作られている上に、下手に触れれば魔力を奪われる。戦士職の中でも剣を得意とするランスロットとは相性が悪い。
(ま、俺は違うけどな)
純粋な剣士であれば、歯が立たないだろう。
レイヴンに憧れて剣士の道を選びはしたが、本来は剣士では無い。
ランスロットは愛用のロングソードを抜き放ち、一直線にカオスゴーレムの群れへと突撃を敢行した。
カオスゴーレムの唯一の弱点は機動性。しかし、密集しているせいで隙間を縫うように動き回るのは難しい。
「一つ教えておいてやるぜ。斬るだけが戦いじゃないんだよッ!」
ランスロットは力任せにカオスゴーレムへロングソードを叩き込んだ。けれど、それは斬る為では無い。
硬い体に押し付ける様に更に力を込めていく。
重心が僅かにズレたタイミングでもう一度踏み込んで力を込めると、カオスゴーレムの体が浮き上がった。
「うおおおおおおお!!! 吹っ飛べやぁあああ!!!」
常人離れしたランスロットの豪腕によって吹き飛んだカオスゴーレムは、轟音と共に数十体のカオスゴーレムを巻き込んで破壊を撒き散らした。
ゴーレム種は硬い体を持っているが故に、衝撃を吸収する様には作られてはいない。同じ硬度の物質が高速でぶつかれば、如何にカオスゴーレムとて砕け散るのは道理だ。
「な⁉︎ そんなのありかい⁈ 」
「何だあの馬鹿力は⁈ に、人間じゃねぇ!」
「い、い、い、今ので三割近くやられましたよ⁈ 」
「三割⁈ 三十体もやられたっていうのかい⁈」
カオスゴーレムがまとめて吹き飛んだのが余程ショックだったようだ。
とは言え、これだけ密集しているのだ。こうなる事は予測出来ていた。寧ろ数体ずつ相手にしなくてもいい分、戦い易い。
(ぎゃあぎゃあと煩い連中だ。これくらいで騒ぐなよ。あいつなら一撃で終わってんだ)
レイヴンの様に戦ってもレイヴンを越えられ無い。最強と言われる男を目標にした時から無茶を承知で自分を追い込んだ。剣士としてレイヴンを越える事に拘ったのも、同じ土俵に立って、憧れの冒険者の背中を追いかけたかったからだ。
無理だとか不可能だとか言ってくる連中もいるが、そんなものは余計なお世話だ。
ランスロットに言わせれば、戦いなんてのは『勝ってなんぼ』だ。
戦闘手段に綺麗も汚いも無い。それが周囲の不興を買ったとしても、泥臭く無様な戦いに見えたとしても。勝たなければ意味が無い。強くなる為なら何でもする。
(笑いたい奴には笑わせておけば良い。俺はそうやって生きて来た)
未だ燻る土煙の中から出て来たランスロットは首の骨を鳴らしながら次の標的へ向かって歩き出した。
「俺が剣を持ってるから剣で斬る? 馬鹿か?こんなもん勝ちゃあ良いんだよ!お前らが知ってるのは“SSランク冒険者ランスロット”だろ? こっちは久しぶりに頭にきてんだ!!! 全部ぶっ壊してやるよ!!!」
吠えるランスロットの顔は正に狂犬。目をギラつかせ、獰猛な笑みを浮かべる姿は、普段の飄々とした人物像からはかけ離れている。
「あ、あれがランスロットさん⁈ 普段のチャラチャラした雰囲気が全然無いです。それに……」
ツバメちゃんに乗ってランスロットの戦いを見ていたミーシャは、パラダイムで見たランスロットの戦い方のあまりの違いに驚愕を隠せない。
ライオネット、ガハルドと共に魔物の群れを薙ぎ払う姿は、SSランク冒険者の持つ圧倒的な力を見せ付けられた思いだった。けれど、今のランスロットはあの時よりも強い様に感じる。
再びカオスゴーレムへと突撃したランスロットは剣のみならず、全身を使って戦っていた。
剣で殴り付け、或いは斬り裂き、拳で砕き、脚で吹き飛ばす。
魔物を倒すなどと言う表現は生温い。
その行為は破壊そのものだった。
「や、ヤバイぜイザベラ! あいつがあんな強えなんて想定外だ!」
「だ、駄目だ…! もう半分以上やられてる⁉︎ 」
「狼狽えるんじゃないよ! まだ、こっちにはこの水晶があるんだ! 」
「そうだ! それだ! 早くゴーレムを作っちまおうぜ! 奴を疲れさせるんだ!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そんな事したら水晶の中に蓄えられた魔力が無くなってしまいますよ⁈ 」
「そんな事言ってる場合かい! そんなものまた貯めれば良いんだよ!」
ランスロットが破壊したカオスゴーレムが再び動き始める。飛び散った体が一つに集まり、先程よりも巨大なカオスゴーレムへと生まれ変わっていく。
「デカくなりゃあ俺を止められるとでも? そう言うのを……舐めてるって言ってんだよッ!!!」
ランスロットの放った拳がカオスゴーレムの頭を砕く。
大きくなった所で硬さが変わった訳じゃ無い。
「くっ、まだまだ終わりじゃないよ!」
「それ以上は不味いですって!」
「サイモン! ヴェスを黙らせな! 」
「水晶がーーーうぐぐ……!」
「黙って見とけよ! ここで畳み掛けりゃ俺達の勝ちだぜ?」
(しつこい奴等だ。だが、どんなに再生しようとも打ち砕くだけだ)
正直、もっと早く体力の限界が来るかと思っていた。けれど、剣士として培った無駄の無い動きや技の修練は、基礎能力を思っていた以上に引き上げてくれていたらしい。不本意だが、本来の戦い方をしている方が体が軽い。
「ランスロットさん凄いです……」
「あい……」
クレアにとってランスロットの戦い方は害にしかならないかもしれない。それでも、レイヴンと同じ“構え”を選んだクレアにはいずれ必要な戦い方になるに違いない。レイヴンの戦いは変幻自在。おまけに剣を持っていない時の方が強いときてる。
(レイヴンが知ったら嫌がるだろうな。でも、きっとクレアの役に立つ)
「くそ! なんてしぶといんだい! まだまだいくよ!」
「あっ! 痛え! 何すんだヴェス!」
「駄目だ! それ以上は水晶が保たない……!!!」
眩い光を明滅させた水晶が砕け散ってしまった。
地面に散らばった水晶の欠片は最後に怪しい光を放つと活動を停止した。
「ああっ! なんて事だ!水晶が!」
「くそ、ここまでか! せっかく上手く行く所だったのに!」
「ヤバイ……」
ヴェスの呟きと同時にダンジョンが揺れ始めた。
揺れは次第に激しくなり、立っている事もままならない。
「なんだいこりゃあ⁈ 」
「おい、ヴェス! 何がヤバイんだよ⁈ この揺れと水晶と関係あるのか⁈ 」
「あの水晶はダンジョンの核だったんだ……」
「そんな事は分かってるんだよ! 一体何が起きるってんだい⁈ 」
「暴走だよ……。制御を失ったダンジョンは魔力が尽きるまで活動を止め無いんだ……じきにダンジョンの中には魔物で溢れかえる……それが終わったら……」
「焦れったいね! 終わったらどうなるんだい!」
「ダンジョンは力を失って崩壊するんだ……」
「「………」」
ヴェスの言葉を聞いた二人は瞬時にその状況を思い浮かべて顔を青くした。
逃げ場の無い地下でダンジョンの中で潰されて死ぬなんて冗談では無い。
「だから、もうそれ以上は不味いって言ったんですよ!!!」
「あ、あんたの説明が悪いんだよ!何でそれを先に言わないのさ! さっさと逃げるよ!」
「逃げるって何処へ⁈ 」
「上に決まってるだろ!」
ダンジョンの揺れは収まる様子は無い。
カオスゴーレムは全て横倒しになって手足をバタつかせていた。
あまりに激しい揺れで、流石のランスロットも立っている事が出来ないでいた。
「何だこの揺れ⁈ 」
「ランスロットさん! ツバメちゃんの足に掴まって下さい! 頑張ってツバメちゃん!」
「くるっぽ!!!」
空中へと逃れた直後、地面の割れ目から瘴気が噴き出した。瘴気の霧はやがて魔物を生み出し始める。
その数は増え続け、あっという間にランスロットが立っていた場所を埋め尽くした。
「何ですか、これ……」
「マジかよ……魔物が魔物を食べていやがる……」




