穴の中に潜む者
街へ戻ろうとして振り返った先にあったのは、通って来た通路とは明らかに違う形状をした通路だった。
レイヴン達が今立っている場所と、新たに出現した通路とでは土の質感も生えている苔の種類すら違う。これだけの変化があってレイヴンとランスロットが全く気付かないだなんて考えられない事だ。なのにダンジョンは音も無く姿を変えてしまった。
「何だこりゃ⁈ 」
「え? え? え? どういう事なんですか⁈ ランスロットさんったら!ねぇ!もしかして街に帰れ無いとかじゃないですよね⁈ 」
「落ち着けって。まだ帰れ無いと決まった訳じゃ無い。そっちはどうだ、レイヴン」
「出口を作れという話なら手が無い事も……」
「アホか!却下だ!却下!」
「……」
「うー……レイヴン……」
「大丈夫だ、俺が必ず外へ出してやる」
脱出するだけなら打つ手が全く無い訳でもない。坑道を拡げる為に使っていた爆薬や道具はそこらを探せばいくらでも見つかるのだ。だが、ランスロットには問答無用で却下されてしまった。
クレアとミーシャの事も考えろと言われたばかりだ。出来るだけ安全な方法を探した方が良さそうだ。
(とは言え、どうしたものか……)
考え付いた案は最終手段として、何か他の方法を探してみるしかない。
「ど、どうしますか? 一応ツバメちゃん呼んでおきましょうか?」
「確かに……ツバメちゃんの力ならどうにかなるかもしれないか」
「無理だ」
「何でだよ? ツバメちゃんは風の精霊だろ。出口から吹く風の流れを辿る事だってーーーー」
「その風が止んでいるんだ」
鉱山内部の坑道には呼吸をする為に人が通る道とは別に、風の抜け道を用意してあるものだ。
ダンジョンの中へと吹き込んで来ていた風の流れが無い。それはつまり、外界と繋がる穴は既に無くなっている、或いは今いる場所だけが隔離されている事を意味していた。
「しゃーない、他の通路を探してみるか。ダンジョンってのはこういう事もあるもんさ」
「え、レイヴンさん達冒険者っていつもこんな危ない目にあってるんですか……?」
「まさか、これはーーー」
普通ありえない。
そう言おうとしたのをランスロットが慌てて遮った。
「わざわざ怖がらせること言わなくていいんだよ」
「だが、情報の共有は……」
「二人共ダンジョン初めてなんだぞ?余計不安になるだけだろ。さっさと出口を探して脱出する。いいな?」
「……」
「返事は?」
「分かった……」
非常時に仲間と情報を共有しておくのは大切だと言ったのは、レイヴンに冒険者の事を教えてくれたオルドだった。しかし、こういう場合はなんでも共有すれば良いというものではないらしい。
「どうしたんですか?」
「風の流れが無いんじゃあツバメちゃんの力を使ったところで、同じ場所をぐるぐると歩き回る羽目になるだけだし、魔物が出て来る可能性もある。俺らとしても守る対象は少ない方が良いって話さ」
「なるほどです」
「あまり動き回るのは得策とは言えねぇけど、待っていたってダンジョンに救援なんか来ない。とりあえず進んでみようぜ。またさっきみたいに通路が変化すれば、出口と繋がるかもしれない。その時になったらツバメちゃんを呼んでくれ」
「わ、分かりました!クレアちゃん!手を繋ぎましょう!ね?ね?」
「あう……」
「お前なあ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダンジョン内部のとある部屋で、三人は巨大な装置に置かれた水晶を覗き込むようにレイヴン達を観察していた。
「何とか上手くいった様だね」
「でも、勝手な真似して怒られたりしないですかね?」
「そりゃ怒られるだろうさ。手を出すなって言われたのに、早速手ぇ出してんだから」
「うるさいね! 私達があの魔物混じりから魔剣を奪うか、あの実験体を連れて帰れば、褒美がたんまり貰えるじゃないか!」
「それ、打算的過ぎやしませんかね? サイモンもイザベラも見たでしょう? あの魔物混じり、半端なく強いですよ? それに、見た事の無い奴も居ますし……」
「今更になってごちゃごちゃ言うんじゃ無いよヴェス! 別に私達が直接戦う必要なんか無いんだよ。奴等を分断する事だけ考えな! チャンスはその時さ」
「まさか、狙いは実験体だけって事か?」
「当たり前の事聞くんじゃないよ! あんな化け物に私達が勝てる訳無いんだよ! 関わらないのが一番さ!」
「「……」」
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通路を歩く事一時間あまり。
あれから大した変化も無いまま時間だけが過ぎていた。途中休憩をとりながらとは言え慣れない道を歩き通しでミーシャの体力が限界に来ていた。
「ま、待ってください……もう無理、もう歩けないです」
「しょうがねぇな。おい、レイヴン!休憩だ!」
慣れた冒険者でもあてもなく歩き続けるのはキツい。全く経験の無いミーシャが動けなくなるのは仕方が無いことだ。だが、意外な事にクレアはレイヴンと同じ歩調で歩いていても大して疲れた様子はなかった。
「それにしても大したもんだな」
「何がだ?」
「クレアだよ。なあ、脚痛くないのか?」
「あい」
「本当に?」
「あい……」
「ったく、無理にレイヴンに合わせなくて良いんだからな。ほれ、脚こっちに出してみろ。左脚痛めてるだろ?重心がズレてるのくらい後ろから見てりゃ直ぐ分かる」
「うう……」
「レイヴンみたいに頑丈で出鱈目な回復力があるなら別だけど、クレアはまだ小さくて体も弱い。こういうケアをちゃんとしておかないと大怪我の元だ」
ランスロットはクレアの脚を少し触って状態を確認すると慣れた手つきでマッサージをしてやった。
「すまない……」
「俺に謝ってどうすんだよ。悪いと思うなら少しはペースを落としてやれよな」
「ランスロットさん、私にもマッサージを……」
「分かったって。大人しく待ってろ」
これまでに遭遇した魔物の数はゼロ。しかし、奇妙な事に気配だけはある。
一つだけ変化があったと言えば、進めば進む程、入り組んでいた通路が段々と単純な分かれ道になっている事くらいだ。五つあった道が四つになり、三つになり……。そんな感じだ。
明らかに不自然だ。誰かに誘導されている様な違和感を感じる。
やがて分かれ道も無くなり、長い通路を進んで行くと、突然巨大な空間へ出た。その空間の先には通路は無い様だ。どうやら此処で行き止まりらしい。
気掛かりなのは、ダンジョンの中にある巨大な空間には大抵の場合、レイドランクの魔物が待ち構えているものだ。所謂ボス部屋というやつである。
「嫌な予感しかしねぇな」
「何ですかこの空間? なんにも無くて逆に気持ち悪いです……」
「ぁうー……」
「クレアちゃん、絶対に私の手を離しちゃ駄目ですよ? 私がとっても不安になりますからね」
「あい」
「いや、だから普通逆だろ……」
何も無い空間。しかし、通路を歩いていた時よりも魔物の気配は濃い。
(必ず何かある筈だが)
「レイヴン! レイヴン! あ、れっ! みてっ!」
クレアが空間の上の方を指差して何かを伝えようとしている。
しかし、見上げた先には何の変哲も無い、ただの岩壁があるだけだ。
(あれは…?)
よく見てみると、壁がぐにゃりと粘土の様に形を変え、穴が開いていくのが見えた。
音も無く通路が変化していたのはこういう事らしい。
「でかしたクレア!なるほど、これが通路が出来上がる瞬間ってやつか。しっかし、一体どういう仕組みだ?」
「うえええ……。何だか気味が悪いです……」
穴は次第に大きくなってゆき人が普通に通れるくらいの通路が出来上がった。壁は元の硬い岩に戻り、直前まで粘土の様に形を変えていたとは思えない。
問題は通路が出来た場所はかなり高い位置にあるという事だ。
ツバメちゃんでなら通路へ入る事が出来るのだが、何故あんな場所に通路が出来たのかが引っかかる。
迂闊に近付かない方が良いだろう。
「レイヴン、どう思う? あれはどう見ても不自然過ぎるぜ」
「ああ。罠という可能性もある。いや……これは?」
「何だ? 思い当たることがあるのか?」
皆に黙るように合図を送って耳をすませてみる。
風の音に混ざって微かに人の声が聞こえる。
(風の音…あの通路は外へ繋がっているのか?)
人の声は三つ。
徐々に近付いて来る。
(調べてみるか)
このまま手をこまねいているよりは良いだろう。
レイヴンは情報を得る為に、あえて穴の中を調べてみることにした。
「ランスロット、二人を頼む」
「え⁉︎ お、おい! レイヴン!」
人の声はもうそこまで近付いている。何者か知らないが、このダンジョンについて何か情報を持っているかもしれない。
「へへへ、今頃奴ら袋の鼠だな!」
「上手くいって良かったですよ。後はじっくりと追い込んでやれば良いだけですしね」
「ま、私にかかればこんなものさ。あんな化け物と正面から喧嘩しようってのは馬鹿のやる事さ」
(この声…何処かで……)
「おい、聞きたい事があるんだがーーー」
「ぎゃああああああああ!!!」
「でででででで、出たああああああ!!!」
「き、緊急封鎖するよ!!!」
「……ッ⁈ 」
女の持っている水晶が光るのと同時。突然襲って来た浮遊感に対応の遅れたレイヴンは迂闊にも穴へと落ちてしまった。
壁を蹴って登ろうにも、穴は既に塞がり下へと向かって広がっている。途中、剣を突き立てて落下を止めたものの、穴はレイヴンを地下へと追いやる様に迫ってくる。
(チッ。やられた。このまま落下していくしか無いか)
その頃、穴の上では三人が顔を見合わせていた。
「や、やったか?」
「どうやら上手く穴に落ちてくれた様ですね……」
「と、言う事は……?」
「あの魔物混じりの排除に成功……した?」
「よっしゃああああああ!!! 何だかよく分からないけど、最大の障害を排除出来たぜ!」
「落ち着きな! まだ作戦は終わっちゃいないんだよ! さっさと実験体を回収するよ! そうすりゃ、暫く遊んで暮らせるさ!」
「うひょー! 堪んねえぜ!」
「うぐっ、いつも失敗ばかりだったのに、ようやく報われる時が来たんですね……」
「ヴェス! 泣くんじゃないよ! これからだって言ってるだろ?」
「あ、ああ。そうですね、行きましょう!」
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(やれやれ。とんだ間抜けだ。まさか、こんな古典的な罠に掛かってしまうとはな)
ようやく地面に着地したが、随分と下まで落ちてしまった。クレア達の方はランスロットが居ればどうにかなるだろうが、ダンジョンが初めての二人を連れている状態では不安だ。
それにしても、先程の連中は何だったのか分からない。何処かで聞いた声だと思ったのだが……今はとにかく上へ戻る方法を探さなければならない。
(早くランスロット達と合流しないと)
どういう訳か、落ちた先は小綺麗に家具が整頓された部屋になっていた。まさかこんな地下に人が住んでいるとは思えないが、それにしてはやけに生活の匂いがする。
全く覚えのない場所。だというのに何故かここに居ると落ち着く。
「人が住んでいるのか……?」
扉を開けると、そこにはテーブルと火にかけられた鍋があった。
香ばしい香りが部屋の中に漂っている。
信じ難い事だが、本当に誰かが此処で暮らしているらしい。
(水の音……?)
耳を澄ませてみると水の流れる音と誰かの鼻歌が聞こえて来た。こんなダンジョンの地下で随分と呑気な事だ。だが、此処に住んでいるなら上へ戻る方法も知っているかもしれない。
(行ってみるか)
水の音が聞こえる部屋の扉を開けると女が居た。
どうやら湯浴みの途中だった様だ。
「すまないが、上へ戻る方法を教えて欲しーーー」
「いやぁああああああ!!! 出てけーーーーー!!!」
女の悲鳴と共に大量の物が飛んで来た。
さっさと上へ戻る方法を聞いてしまいたいのに面倒な事だ。
仕方がないので一旦部屋を出る。
ようやく静かになったところで、もう一度聞いてみることにした。
「すまないが、上へ戻る方法を教えて欲しーーー」
「その前に言う事があるでしょう⁈ 大体あんた誰よ⁈ 何処から入って来たの⁈ 答えなさいよ!」
(やれやれ……)
こっちはさっさと上に戻らなければならないというのに、質問の多い女だ。
「ダンジョンの穴に落ちた」
「穴? 穴って何よ?ていうか、それより先に言う事があるでしょう⁈ 人の裸見ておいて謝罪の一つも無いわけ⁉︎」
扉越しだというのに女の声はよく響いた。
裸を見たくらいで大袈裟な奴だと思うレイヴンであったが、それは言わないでおいた。このままでは話が先に進まない。
「悪かった。湯浴みの途中だとは思わなかった。すまない」
「……何だか適当ね。まあ、良いわ。それで? 穴ってどういう事よ?」
「俺が聞きたい。穴に落ちた先がこの場所だった。上へ戻る方法を教えて欲しい」
「……」
(……?)
急に女が黙ってしまった。
何か気に触ることを言ったのだろうか? 時間が無い。早く答えて欲しい。
焦れたレイヴンが扉を開けようと手を伸ばすと、勢いよく扉が開かれた。
「お待たせ。それで?詳しく聞かせなさいよ」
黙っていたのは服を着ていたからの様だ。
腕を組み仁王立ちして立つ姿は、どこかリヴェリアに似ている様な気がする。
真っ赤な長い髪、整った顔立ちに、切れ長の目に青い瞳をしている。背も大人の姿になったリヴェリアと同じくらいだろうか。
女もレイヴンを上から下へと舐める様に見て、視線が合ったところで頷いた。
「ふうん。魔物混じりか。それじゃあ、先ずは自己紹介ね! あたしの名前はステラ。あんたは?」
「レイヴンだ……」
「……レイヴン」
「何か?」
「……ううん。何でもないわ!宜しくねレイヴン!」
ステラと名乗った女はレイヴンの手を掴むと、無理矢理握手をして来た。
この一方的な感じ……やはりリヴェリアに似ている気がする。




