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第十一話 リヴェリアの憂鬱

 

 中央から東へ向かう途中にあるとあるダンジョンの中層辺り。渇いた土ばかりの山岳地帯に大きな荷物と鉱石採掘用の道具を担いで歩くリヴェリアの姿があった。


「やれやれ……。歩いても歩いても岩と砂ばかりだ。予想ではそろそろかとも思ったのだが……あてが外れたな」


 近くにあった一番大きな岩に登ったリヴェリアは、滴る大量の汗を拭って荷物を降ろした。


 地下だというのに異様に高い気温。見渡す限り大小様々な岩場が点在しており、地面の所々に見える黒い部分には大地が裂けて出来たらしい深い穴がぽっかりと口を開けている。

 穴の中からは冷んやりとした風が吹いていて涼むには丁度良さそうだ。だが、同時に何かが腐った様な臭いが鼻をつく。

 それもその筈、どの穴の底を覗いても数える気にもならない無数の魔物の気配がするのだ。これではいくら涼しそうでも魔物を片付ける頃には臭いと汗で今より酷い有り様になっているだろう。


(私も二人と一緒に休んでいれば良かったかな)


 一緒に来ていたシェリルとステラはあちこちを飛び回って周辺の地形を調べてもらっていた。

 どうやらこの階層は全体が渇いた状態になる前には殆どが水で満たされていたようだ。

 地下水脈とも考えられたが、長期に渡って水没していた訳でも無いらしく、これもダンジョンの特性だという結論に至った。


 今は二人共、偶然見つけた水場の近くで休ませている。

 水場は危険が多いので長居するには向かないが、周囲の魔物は粗方倒して来たのでしばらくは安全な筈だ。


「目的の物は見つけられず終い。かと言って、今更引き返すにもなぁ……」


 進むにしても戻るにしても、疲れて動けない二人を連れていては強力な魔物が多い中を移動するのはリヴェリアでも難しい。

 ステラの転移魔法を使えば一つ前の階層には戻る事が出来るのだが、地下ダンジョン内はマナが濃い瘴気に邪魔をされているのか、長距離転移が阻害されてしまう事があるので、完全に回復していない状態で無駄に魔力を消耗させる訳にいかない。


 そして事情は他にもある。

 悪い事に食料の入った魔法の鞄を一つ、魔物に奇襲を受けた時に穴に落としてしまったのだ。

 なのでこのまま二人の回復を待つにしても戻るにしても、手持ちの物資が心許無い状況であった。


 決してダンジョン探索を甘く見てなどいない。寧ろダンジョン探索の本当の難しさは一流と言われる自分の部下達よりもよく分かっているつもりだ。

 ただ、慎重に気配を探りながら進んでいたにも関わらず奇襲を受けるだなんて思ってもみなかった。幸いどの個体も力は大した事は無かったが、以前とは比べ物にならないくらい魔物の知能が高い。


「Aランク未満の魔物でもレイドランクやフルレイドランク並の判断能力を持っているのは非常に厄介だな」


『その割に手こずってはいなかったようでしたが?』


 聖剣レーヴァテインが何でもないように言ってきた。


 確かに奇襲を受けた程度でどうにかなったりはしない。レイヴンのようにとはいかなくても、それなりに修羅場を潜って来た経験もある。


「私を基準にしては意味が無い。もっと多くの冒険者達の事を考えねば」


 昼は空から、夜は地中から、見た事の無い種類の魔物が次から次へとそこら中から飛び出して来る。

 知性を獲得した影響なのか、異なる種同士が徒党を組み群れで襲って来るので全く気が抜けない。

 この有り様では熟練の冒険者パーティーでも長期間の滞在は不可能そうだ。なにしろ戦闘能力や危機管理能力以前に精神的な疲労で参ってしまうだろうからだ。


「改めて冒険者制度を見直しておいて正解だったと思う。私の部下でも中層の魔物と戦うには苦戦するだろうな。調査が完全に終わるまでは中層へ行ける冒険者の選別をもっと厳しくした方が良さそうだ」


 レイヴンが創り出したと言って過言で無いまったく新しい概念のダンジョン。

 その攻略難易度は、これまでとは比べ物にならないくらい高くなっている。

 実際リヴェリアでも子供の姿のままでは押し切られそうになる場面が何度かあった。


 ダンジョン内部は大まかに上層、中層、下層の三つに区分されている。

 上層は十階層、中層以降は最低二十から三十階層、下層についてははっきりとしておらず、出現する敵の強さで判断している段階だ。

 上層まではこれまでのダンジョンと作りはそう大差無い。魔物も単独で行動している。ただし、中層からは全くの別物だ。

 まず、一定周期で内部の構造がガラリと変化する。

 地形、気候、魔物の種類、魔物の強さ。

 事前の下調べが意味をなさない魔境であり、下手な先入観は命取りになる。熟練の冒険者であれば尚更だ。

 これまでのダンジョンに対する冒険者達の常識を根底から破壊し尽くしたと言って良いだろう。


 狭くジメジメして薄暗い穴蔵は地平線が見える程に広くなり、太陽の光が届かない筈の天井には燦然と輝く太陽らしき巨大な光源がある。その為、中層で十分な探索を行うには、カレンと専属冒険者達が行うような遠征並の物資と実力が必要不可欠だ。


「そう言えば、あの時は振り回されてばかりだってたな……』


『レイヴンの強さは血だけでは無いという事でしょうか。私にも理解不能です』


「まあ、レイヴンが居たから何とかなったのも事実だ。でも、どうしてだろうな。釈然としないぞ」



 下層の詳しい全容は未だに知れず、最下層まで潜った事があるのはレイヴン、リヴェリア、カレンの三名だけ。

 非公式ながら、たった十日で踏破するという大記録を打ち立てた強行調査だった。

 それを可能にしたのはレイヴンの実力もさることながら、異様に冴えた勘だ。


「こうしてレイヴン無しで探索してみると新しく出来たダンジョンの恐ろしさがよく分かる……」


 ダンジョン探索中のレイヴンは普段のぎこちなさとは違って実に自然体だ。

 勿論、警戒していない訳ではないだろうが、まるで自分の家の庭を歩くようにどんどん先へ進んで行く。

 下層へと続く道が初めから分かっているとしか思えない程だった。


 魔物の変化などお構い無し。強力な個体だろうが、魔物の群れだろうが文字通り一撃で斬り伏せる。

 因みに、レイヴンが走り出した時にはもう遅い。リヴェリアとカレンですら察知出来ていない魔物を魔物に見つかる前に全部一人で倒してしまうのだから、加勢の為に剣を抜く暇も無い程だ。

 二人はただレイヴンの後ろを必死に追いかけて行くだけで、やった事といえば研究用素材の回収と食事の用意くらいだろうか。

 とにかく道中ずっとそんな調子で、本当に下層に来ているのか分からなくなった。


 しかし、現在ダンジョンの中層に入るまでに既に二十日あまりを要しても尚、調査は殆ど進んでいない。

 次の階層へ繋がる入り口すら見つけられていなかった。


「下層については当面は立ち入り禁止だな」


『Sランクの魔物が統制されている時点で並の冒険者では半日滞在するのも困難でしょう』


「だな。私とて地図も作れないような場所に一人で行く気にはならないさ。レイヴンがおかしいのだ。レイヴンが」


 此処へ来るまでにも階層内をレイドランククラスの魔物が当たり前に跋扈していたし、フルレイドランクの魔物も何体か見かけた。

 本来なら同じ種類の魔物として分類されていた個体も、今は階層の環境に合わせて性質や戦い方が変化しているようで、遠目には全く区別が付かない。

 初見時はそれなりに苦戦させられたものだ。

 こんな出鱈目な物が、この先まだ何階層もあると思うとうんざりする。レイヴンは豊富な素材に満足していたようだったが、正直旅を楽しむどころではなかった。


「今更レイヴンの事で愚痴っても仕方がないのは分かってるんだがな……。それにユキノかライオネットを連れて来るんだった。帰ったら冒険者組合に報告する報告書を作らねば……)


『それについては上層部分までの情報開示だけで問題ないと思われます』


「どういうことだ?」


 レーヴァテインは冒険者達に対して組合から情報を提供する必要は無い言い出した。

 魔物の強さに目が行きがちだが、それよりもダンジョンの構造に問題があるというのが一番の理由だった。


『魔剣ミストルティンによる世界改変はまだ完全ではありません。ダンジョン内の構造と気候が変動する周期を把握しない事には現時点での情報開示には何の意味も無いでしょう』


「成る程。つまり現段階で魔物の生態情報を開示するのは、先入観が邪魔をして余計な混乱を招く恐れがあると言いたいのだな」


『そうです。この岩だらけの階層も明日とは言わず数時間後には氷で覆い尽くされているかもしれないのですから』


 先入観は死を招く。

 それは冒険者にとって至極当たり前の事で、見た目が同じでも特性が異なる個体を判別する方法が確立されてはいない現状では、不確かな情報は判断を誤る要因にしかならない。

 であれば、中途半端に情報を開示せず、冒険者達には上層階で魔物の強さに慣れておく事を優先させるべきだろう。

 情報が身を守るのは間違いないが、今は情報を開示しない事を情報とするのが良さそうだ。


『新たに冒険者へ志願する者も増えています。若い芽を潰してしまうような真似は避けるべきだと愚考します』


「それもそうだ。地上へ戻ったら各国の代表と話し合ってみよう」


 リヴェリアはレーヴァテインとの会話に一区切りつけると魔法の鞄から取り出した紅茶をゆっくり飲み干した。



(レイヴンは全ての魔物の根源となる闇をダンジョン内に封じた。結果、魔物の発生を促す瘴気は濃くなり、強力な魔物が誕生し易い環境を創り出したわけだ)


 そこまではいい。

 まだ許容範囲内だ。


 瘴気の発生場所を限定した段階で予想は出来ていたし、如何に強力な個体であっても一部の例外を除いて “魔物はダンジョン内にのみ存在する” という世界の理がある以上、倒せないのならこちらから不用意に近付かなければ良いだけだからだ。


 カレンの所にいた腕利きの冒険者達が複数のチームに別れて調査をしてくれているのだが、正直そちらもあまり芳しくない。

 全ての調査を終える前に寿命が尽きてしまいそうだと、何やら嬉しそうな報告を受けている。

 ただ、現段階で分かった事もいくつかある。


 一つ、冒険者の街パラダイムを中心に円を描くようにダンジョンが出現している事。

 二つ、パラダイムから離れた場所になるほど、階層の規模や魔物の強さが弱くなっているという事。

 三つ、どんな魔物も各階層間を決して移動しない事。

 四つ、地平線の先に壁は無く、空には見えない壁がある事。

 五つ、食物連鎖が存在し、魔物以外の生物も普通に存在している事。


 調べないといけないことが多過ぎる。

 リヴェリアは段々と考えるのが億劫になっていた。


「昼は太陽が、夜になれば月が昇り、日が経てば満ち欠けもする。レイヴンの奴め、何がダンジョンに魔物を封じ込めるだ。これでは階層一つが世界そのものではないか……」


 世界の理を改変して出来たダンジョンは言葉通りの世界だった。

 マクスヴェルトが旅したという異界の存在とレイヴンが具現化した地下世界。

 北のニブルヘイムで起きた超常現象はレイヴンの深層心理にある世界を映し出した物ではないかという報告もある。

 最後の戦いでマクスヴェルトが魔剣魔神喰いに貫かれた時、レイヴンの精神と同調したらしい。だとすれば、レイヴンが異界の情景を知ったとしてもおかしくはない。

 無意識に異なる複数の世界をダンジョン内に再現したとも考えられるのではないだろうか。


(駄目だ。スケールが大き過ぎてまったく現実味が無いぞ……)


 神や悪魔ですら恐れた願いの力。

 世界の理すら書き換えたレイヴンの持つ力を測る物差しなどあるわけが無い。

 考えれば考える程、リヴェリアを悩ませる。


「兎にも角にも先ずは調査を続けるしかないな。何か良い考えはあるか?」


 調査の及ばない階層内ではこうしている間も急激に状況が変化している。

 広大なダンジョンは魔物の縄張りにも影響を与え、個体数を爆発的に増加させた魔物の中から種を統制する個体が誕生したのだ。

 これにより下位の魔物が集団で上位の魔物を撃退するという事例も見られるようになった。

 全ては知能の上昇による現象。

 濃度を増した瘴気は皮肉にも知恵の実となり、力の上下関係を歪めてしまった。


『申し訳ありません。レイヴンと魔剣ミストルテインの成長は既に私の予想を大きく上回っているのです。現象だけ見た場合、非常に興味深いのですが……』


「ああ、厄介な事だ。要するに食物連鎖が上手く機能していない。これも摂理とは言え無茶苦茶だ……」


 レイヴンが片っ端から依頼を引き受けているのは他の冒険者達に良くないと思って自制させたのが裏目に出たかもしれない。専用の依頼を用意してでも以前のように数を減らしてもらっておけば良かった。

 そうすれば少なくとも魔物の生態は維持出来ただろう。


 レイヴンが無理に戦わなくても済むようにと頑張って来たのに、またレイヴンに頼る事になるかもしれないと思うと憂鬱だ。


(駄目だ駄目だ!レイヴンに負担をかけては元も子もない!レイヴンに頼らずともダンジョンを上手く活用する方法を探さねばならん)


 ダンジョン内の調査というのは実際には建前みたいなものだ。

 今リヴェリアが抱えている最大の懸念は世界樹では処理しきれていない世界の歪みにある。

 時を巻き戻した事、世界の特異点であるレイヴンとクレアの存在、そして異界から来たもう一人のルナ、マクスヴェルトの存在だ。

 この世界はあまりに出来過ぎている。

 全てが良い方向へと向かっているのは、皆がそうありたいと願い努力した結果であり、両手を挙げて歓迎すべき成果と言えなくもない。がしかし、正直な所何もかもが上手く行き過ぎて腑に落ちないのだ。

 まるで異界を含めた世界の幸運が全てこの世界に収束している様な気さえする。


 レイヴンは冒険者であり続けることを選んだ。

 手にした力は大きく、人の身には余る。

 それでもようやく手にした平穏な日常だ。常識を学び、人並みの生活を送ろうと努力するレイヴンをこちらの都合だけで戦わせたくは無い。

 しかし、現実は残酷だ。

 レイヴンの協力無しではダンジョンの探索どころか、生態系を維持する事もままならないだろうという事がはっきりしただけだった。


『我が主……』


「ああ、分かっている。さっさと片付けよう」


 リヴェリアは腰を降ろしたままの状態で聖剣レーヴァテインを構えると、後方へ向かって薙ぎ払うように振り抜いた。


 けたたましい轟音と土煙が上がり、魔核を砕かれた魔物が瘴気となって霧散した。


 もう何度目だろう。

 狙い澄ましたように一番警戒心が緩むタイミングで襲って来る。


(同種個体間の意思疎通は縄張り全体で共有されている?予想より進化が早い……)


 リヴェリアは溜め息を吐いて元の姿勢に戻った。


『お見事です。力の制御が以前より格段に向上しましたね』


「レイヴンに嫌な顔をされても懲りずに何度も挑んだ甲斐があったというやつだ。今ではこの姿のままでも瞬間的になら全力に近い力を出せるようになった」


 全部で十三段階から成るリヴェリアの封印はレイヴンの一件をきっかけに全て解かれた。

 しかし、竜化現象を自在に操るにはまだまだ力の制御が不十分で、実戦形式で体に覚えさせるのが早いと思ったリヴェリアは、時間さえあればレイヴンを捕まえて戦いを挑んだ。

 強引に相手をさせたり、時にはリアーナ特製ミートボールパスタで釣ったりと、あの手この手で……。おかげで不安定だった力が安定し体に定着した状態になったという訳だ。



 力の制御を覚える最も手っ取り早く効率の良い方法は己の限界を正確に知る事だ。

 そこから徐々に力の制御を体に覚えさせるのだが……。

 まあ何というか、今回のような無茶なやり方は十中八九失敗する。

 限界という名の壁を踏み越えるギリギリの場所は、濃い霧に隠された切り立つ崖に似ている。

 暴走して自滅しないように慎重に力を解放して少しずつ進んで行くのだが、これがどうにも一人ではままならない。

 その点、レイヴンが相手ならば遠慮は無用だ。

 リヴェリアが崖から足を踏み外しそうになっても手を掴み、それ以上の力で押し返してくれる。


 技術だけではどうにもならないことを力で。

 力だけでなどうにもならないことを技術で。


 技術に自信のあったリヴェリアですら苦心することをいつもの無愛想な顔で淡々と補助するレイヴンは実に頼もしく見えたものだ。

 今では限界ギリギリの力でもレイヴンの相手はなかなか務まらない。


「私が全力を出せる相手はレイヴンか叔父上くらいだからな」


『そうですね。まさか一国の皇帝を相手にする訳にもいきませんから』


「どうだろうな。叔父上なら喜んで力を貸して下さるだろうが、私との血縁は公にはされていない。意図せず争いの火種を作るのは御免だ」


 貴族制が根強い帝国には、未だに他の四ヵ国との友和を快く思わない者達が多い。

 皇帝ロズヴィックはその辺りをよく抑えているが、地上で魔物の脅威が無くなった現在、彼等が自分達の利益と名誉の為に領土拡大を企てようとするのは当然の成り行きだった。

 四ヵ国を繋ぐ貿易路の構築を優先する計画が先に成立していなければ、ロズヴィックといえど暴走する貴族達を抑えるのは難しかっただろう。


『賢明な判断かと。それから、私が思うにレイヴンも発散する場が持てて満更でもないように感じました』


 レイヴン自身は今でも自分には魔物を倒すくらいしか出来ないと考えているらしいが、リヴェリアはそんなことは無いと思うのだ。


 何度も限界を超えて来たレイヴンならではの絶妙な力加減は、どうやら本人ですら自覚していない秘めた力を引き出す事が出来るようだ。

 敵意を持たずに相対する者には恩恵をもたらす。

 かつてセス達にそうしたように、レイヴンには冒険者を育てる指導者としての素質がある。願いの力では無い、レイヴンが本来持つ力なのではないだろうか。

 魔物を倒すこと以外にも生きて行く術は案外近くにあるものだ。


「……そうか。その手があるな」


『察するに良い考えかと。ですが、先ずはもっと一般常識を学ばねばなりませんね』


「ふふ。もしかしたら案外今のまま、なる様になる方がレイヴンには向いているのかもしれん。あやつから言って来ない限り、こちらが要らぬ世話を焼かないというのが良いのではないか?まあ、ある程度の常識は教えたことだし、ここで話しても仕方のない事か。これも帰ったらユキノ達と相談してみよう」



 その後、十分に休息を取ったリヴェリアは、これ以上留まっても成果が得られないと判断して一旦引き返す事にした。


 貴重な魔法の鞄を無くしたのは痛かった。またマクスヴェルトに作ってもらうとしよう。

 荷物を担ぎ直して岩山を降りようとした時だった。


「「リヴェリア!」」


 水場の近くで休んでいた筈のシェリルとステラがひどく慌てた様子で飛んで来た。

 まだ回復しきっていないようで少しフラついている。


「そんなに慌てて一体どうしたのだ?魔物が出た訳でもなさそうだが……。これから帰る準備をするから二人共まだ休んでいても大丈夫だぞ?」


「それはもう大丈夫!それよりーーー」


「それより大変なのよ!!!」


「大変?……ハッ!まさか私達のおやつがもう無くなりそうとかか?!それはダメなのだ!」


「「違うわよッ!!!」」


「じゃ、じゃあ何なの……だ?!って、な、な、なんだ?!」


 二人は同時に叫んでリヴェリアの手を取ると空高く飛翔した。


 何がなんだか分からないリヴェリアであったが、小さくなった地面を見て言葉を詰まらせた。


 どうやら近くに潜んでいた魔物達が一斉に騒ぎ始めたらしく、岩と砂しかなかった場所にはびっしりと埋め尽くすように魔物が溢れ返っていた。

 けれど魔物達はリヴェリアを襲おうとした訳ではない様だ。


 まるで何かに怯えている。

 そんな印象を受ける。


「「来る……」」


「来る?今度は一体何なのだ?」


 シェリルとステラはリヴェリアの手を強く握って周囲を警戒し始めた。

 その気配はフルレイドランクの魔物と鉢合わせしてしまった時の様に厳しい様子で張り詰めている。


 ーーードクンッ!!!


 ビリビリと空気を震わせる心臓の鼓動。

 魔剣ミストルテインが目覚めた音だ。


「これは、まさか……」


 リヴェリアはレイヴンが魔剣を発動させたのを察知して嫌な予感がしてならならなった。


 地下世界にまで影響を及ぼす程強大な力の行使が必要になる状況。

 それはリヴェリアが予想していた中で最悪の事態だったからだ。


「駄目だレイヴン……まだ早すぎる!」


 気付けばリヴェリアは地上に向かって叫んでいた。


「早い?どういう意味なのリヴェリア」


「ちゃんと教えて!また何か見えているのね?」


 シェリルとステラの懐疑的な視線を受けてどう説明したら良いものかと思案していると、再び心臓の鼓動がした。


「いかん!レーヴァテイン!!!」


 リヴェリアは聖剣レーヴァテインを解放して翼を翻すなり、強引に二人を明後日の方向へと力一杯投げ飛ばした。


「ちょ……何を?!」


 突然空中に投げられた二人は訳が分からずに混乱したが、リヴェリアの方を振り返って絶句した。

 さっきまで三人でいた場所に黒い霧が立ち込めており、空間に出来た亀裂から無数に伸びた人間の手のような物がリヴェリアに絡み付いていた。

 その手はリヴェリアの力でも振り解けないらしく、体が徐々に黒い霧に呑み込まれていく。


「「リヴェリア!!!」」


 二人はリヴェリアを救い出そうと手を伸ばした。


「来るな!」


「「……ッ!?」」


 はっきりとした拒絶の言葉。リヴェリアらしくない厳しい表情と焦った姿に二人は目を丸くして驚いた。


 リヴェリアは本気だ。

 赤毛だった髪は金色になり、全身から凄まじい力の波動を放出している。

 それでも無数の手に絡め取られた体はびくともしていない。

 無数の手は尚も増え続け、リヴェリアの体は黒い霧に沈んで行く。


「ちょっとステラ!どうにかならないの?!」


「どうにかって……」


 既にリヴェリアに対して転移魔法を発動させていたステラは魔法が効果を発揮しない事に困惑していた。

 リヴェリアに取り付いているのは魔法では無い何かだ。途方も無い巨大な力の畝りを感じる。なのに魔法の根源たる魔力もマナの反応すら無い。

 何度転移魔法を使っても結果は同じ。目の前にいる筈なのにリヴェリアの正確な位置が掴めないのだ。

 レイヴン同様に並の拘束魔法なら物ともしないリヴェリアが自力で抜け出せない時点で異常事態だった。


「二人共聞いてくれ。今すぐ地上へ戻ってクレアとルナを見つけて保護するのだ」


「お菓子食べられてなかったからって諦めるの?!」


「そうよ!後でお菓子あげるから!遺言だなんてリヴェリアらしくないわよ!」


「ふ、二人共私を何だと思っているのだ……」


 まったくこんな状況で何でそんな言葉が出て来るのやら。だが、そう言っている間にもあらゆる魔法を試しているのは流石だ。


(レーヴァテイン、何とかなりそうか?)


『……』


 レーヴァテインからの返答は無い。

 全力で解析を行なっているようだが、おそらく間に合わないだろう。

 脱力しそうになるのをグッと堪えて覚悟を決めたリヴェリアは、二人に向かって今後の取るべき行動を手短に伝える事にした。

 まだ声が届くうちに伝えておかなければならないことがある。


「聞いてくれ。これは冗談などでは無い。クレアとルナを何としても守れ。再び門を開く鍵はあの二人だ」


「門?門って何?何のことなの?!」


「この黒い霧もよ!魔法も通じないし、一体なんなの?!」


「と、とにかく二人を……!詳しい話はアルフレッドに……」


 リヴェリアが言い終わる前に、黒い霧の中に出現した白い手が口を塞いで暗い穴の中へと引き摺り込んだ。


 黒い霧が晴れた後にはただ不快な気配だけが残っていた。


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