レイヴン係
扉を開けた先に居たのは、リヴェリアと共に中央へ帰った筈のミーシャだった。
冒険者の街パラダイムの復興にはリヴェリアの部下達が残って作業を続けている。ミーシャは風の精霊魔法使いとして、そのメンバーと中央との間で必要な連絡係を引き受けていたように思う。
ちなみに、中央から内偵に来ていたモーガンは今度正式にパラダイム冒険者組合の長に推薦される事になっているそうだ。
内偵でありながら実力で冒険者組合長の補佐になり、大胆にも内偵相手のすぐ傍にいた図太さをリヴェリアが気に入ったのだ。
レイヴンはリヴェリアにそんな権限があったとは知らなかったが、モーガンの働きを実際に目の当たりにした事と、前組合長ドルガの不正を暴いた功績があれば“ゴリ押せる” と言って不敵な笑みを浮かべていたのを見て丸投げする事にした。。
とにもかくにも、ミーシャがこんな所にいるのは変だ。
「レイヴンさん、お久しぶりです! えっと、その子の名前は……」
「クレアだ」
「なるほど、クレアちゃんですね! よろしくクレアちゃん。私はミーシャと言います!」
「あい!」
「くうぅー…! 可愛いですぅーー!」
ミーシャは子供好きのようだ。クレアを抱きしめるなり夢中で頬ずりを始めた。
クレアも嫌がってはいないので、そのまま好きにさせておけば良いだろう。
(確か、中央の郵便局員だと言っていたと思うが、仕事で偶然……にしては、いつも持っていた大きな鞄が無い)
帽子も以前の物とは違うデザインだ。
レイヴンがどう話を切り出せばいいのか分からずにいると、ランスロットが先にミーシャに問いかけた。
「んで? 何でミーシャがこんなところにいるんだよ?リヴェリアに頼まれてた仕事はどうしたんだよ?」
「仕事……仕事だったらまだ良かったんですけどねー……」
「……?」
ミーシャの話を聞く為にとりあえずテーブルに着く。
ミートボールパスタを美味しそうに食べるクレアの頭を撫でながら、悲壮感漂う顔をして事情を説明し始めた。
先程までクレアを抱きしめて幸福そうな顔をしていたのに、今は死んだ魚の様な目をしている。
一体何があったというのだろうか?
「実は私、今無職なんですよ……」
「は、何で?」
「何でって…お仕事中に魔物の大軍事件に巻き込まれて期日までに職場に戻れなかったからですよ」
「いやいやいや、それだけでクビっておかしいだろ。リヴェリアの事とか魔物の大軍の事もちゃんと話したんだろ?」
「当たり前じゃないですか。でも、そんな事は関係無いの一点張りで……。そもそも、リヴェリアちゃん達が中央から出た事は公にはなっていませんし……。他の理由を聞いても教えてくれないんですよぉ……」
話を聞いたレイヴンとランスロットは、あれだけの事件に関わっていたのにそんな事があるのかと首を傾げてはみたものの、あの中央でなら有り得なくも無い話だと思って何も言わないでおいた。
とは言えだ。ミーシャは魔法使いでも特に希少な精霊魔法が使える。
ツバメちゃん以外の精霊が使役出来ないにしても、郵便局員としてならツバメちゃんが使役出来るミーシャは最適だと思う。何しろ中央から遠く離れた冒険者の街パラダイムまでたったの三時間で往復したのだ。徒歩での移動なら七日はかかる。しかも、この広い世界の中で匂いだけで何処にいるかも分からない相手の居場所を特定するツバメちゃんの能力は喉から手が出る程欲しい能力の筈だ。
「クビになった理由はさっぱり分からねぇが、それがどうしてこの街に来る理由になるんだ?」
「うっ…!」
あからさまに視線を逸らしたミーシャを見たランスロットはニヤリと笑みを浮かる。
「お前、さては行く所が無いな?新人配達員って言ってたもんなぁ。仕事が無いんじゃあ家賃も払えない。出てけーーーーー!!!ってところか? 」
「うぐぐぐ……」
「それで西へ向かった俺達を頼って、ツバメちゃんの能力で追いかけて来た、と」
「ぐぅああああああッ!!!」
クレアの頭を撫でる手がどんどん速くなっている。
フォークに刺さったミートボールを追いかけてクレアが口を開けているが、揺れが激しくてなかやか口に入らない様だ。
「あー、あ、ああう!」
「止めてやれ」
「ご、ごめんなさい!」
「たべ、るっ?」
クレアはフォークに刺さったままのミートボールをミーシャの口元へ差し出す。にこりと笑うクレアの顔を見たミーシャは目を潤ませてミートボールに食いついた。
なんともおかしな光景ではあるが、ミーシャがいる事でクレアも楽しそうなのでこれも良しとする。
「おい、しいっ?」
「ううっ…美味しいです。ありがとうクレアちゃん。ミートボールが私の傷付いた心に染み込んでいくのが分かりますぅ……」
「どんな心だよ……」
「あーもう!クレアちゃんマジ天使です!私を癒してくれるのはクレアちゃんだけですぅ!!!」
「いちいち抱きしめるな。けど、これからどうするんだ? 真面目な話、俺達はダンジョンに行くからミーシャの相手はしてる暇は無いんだ」
「き、聞きましたかクレアちゃん! ランスロットさんは可愛い可愛いミーシャちゃんを見知らぬ土地に一人で置いて行くそうですよ! 置き去りにしちゃうんですよ⁉︎ 」
「ウザっ……」
クレアに抱き着きつつも、チラチラと此方の様子を伺っているなんて、如何にもミーシャらしい。
しかし、なんと言われようが冒険者ですら無いミーシャを危険なダンジョンへ連れて行く訳にはいかない。
いくら誰でも出入り出来て、低級の魔物しか出ないダンジョンだとしても、素人二人のお守りをしながら進むのは効率が悪い。
とは言え、ミーシャには救援を連れて帰って来てくれた借りがある。どうにかしてやりたいところなのだが……。
「どうしてもって言うならユキノやフィオナに仕事を口利いて……って、待て。リヴェリアからの頼まれごとはどうしたんだよ。あいつのとこは金払い良いぜ?」
「あーーーっ!!!」
リヴェリアの名前を聞いた途端、突然大声を出して立ち上がったミーシャは慌てた様子で鞄を机の上に置いた。
「な、何だ?」
「うー……」
「クレアが怯える。静かにしろ」
「ご、ごめんなさい……」
ミーシャはクレアに謝罪すると鞄の中を漁り始めた。
肩から下げている鞄はさして大きくは無いにも関わらず、化粧品や着替えに始まり、食器、鍋、家具、よく分からない玩具などなど、明らかに鞄の容量を超えた品が入っていた。
鞄は一体どういう仕組みになっているのか不思議なほどの私物が次々と出て来て、レイヴン達がいるテーブルの上に乗りきらないほどだ。
きっと魔法の一種だとは思うが、こんな魔法は聞いた事も見た事も無い。実用化されているなら、一般のみならず、冒険者の間でも広く普及されている筈だ。
渦高く積み上がったミーシャの私物がゆらゆらと今にも倒れそうな気配を見せ始めた頃、最後に一通の手紙を取り出した。
「これです! この手紙をーーーー」
「待った! 」
「何ですかランスロットさん。 内容によっては、これから私の身の振り方が決まるかもしれないのに」
「いや、おかしいだろ! お前の鞄は一体どうなってんだよ⁈ どんだけ入ってるんだ⁈ 」
(ふむ。それは俺も興味があるな)
「え?いきなり借りてた部屋を追い出されて、沢山の荷物を抱えて困っていたら、何だかとっても立派な髭を生やしたお爺さんが通りかかって『儂の魔法の実験に協力してくれたら、御礼に鞄の中の空間を広くしてやろう』って」
(空間?もしや……)
「お爺さん?で、その実験ってのは?」
「さあ?私に何か魔法をかけようとしたみたいなんですけど『これも駄目か、魔法の深淵には程遠い』とかなんとかブツブツ言いながら、どっか行っちゃいました。あ、でもご覧の通り鞄の中をすっごく広くしてくれたんですよ!おかげで何でも入っちゃいます! しかも重たくならない! あのお爺さんには感謝です。今度会ったら何か御礼をしないといけませんね!」
レイヴンとランスロットは顔を見合わせてため息をついた。
空間に干渉出来るほど高度な魔法を使えるのは、この広い世界でたった一人しかいない。
ミーシャが出会ったという老人は、まず間違い無く賢者マクスヴェルトだ。
王家直轄冒険者の一人で魔法の大家。賢者の異名を持つ大魔法使い。賢者マクスヴェルト。
魔法を操る者の中で、知識、実力、名声ともに並ぶ者は無く。この世界に存在する全ての魔法を使う事が出来るとも言われている。
その話の信憑性はともかくとして、マクスヴェルトは変わり者としても有名だ。
老いた見た目をしてはいるが、実際の年齢は不明らしい。実は若いだの、何百年も前から生きているだのと、噂話が尽きない。
滅多な事では人前に姿を見せない性格が拍車をかけているといった感じだ。
普段は自分の書庫に篭って出てこないが、何年かに一度、中央の街をふらついて新しく考えた魔法を試しているらしい。
ミーシャが出会ったのは、その何年かに一度の外出中だったという訳だ。
「なんつうか、お前すげぇな……」
「ああ」
「……?」
王家の人間であっても、会おうと思っても簡単には会えない人物が三人いる。
王家直轄冒険者の三人だ。
剣聖リヴェリア、賢者マクスヴェルト、魔人レイヴン。
王家に認められた冒険者なのに、王家の人間でさえ滅多に会えないとはこれ如何に。
リヴェリアなら普段は中央冒険者組合にいるので会えなくも無いが、王家の人間でも元老院の許可を得なければ面会を許されないし、逆もまた然り。それはリヴェリアが、というよりも王家の人間が軽々しく冒険者と面会するな。という意味合いらしいが、おかしな話だ。
他の二人は言うまでも無いのだが……、一言で言えば『引き篭もり』と『根無し草』であるから。
マクスヴェルトも中央に住んでいるのだが、館には侵入防止の結界が常時張られていて、連絡しようにもその結界が邪魔をして館に近付けない。運良く数年に一度の機会に連絡をつけられれば会えるだろう。
レイヴンに関しては説明は要らないだろう。
そんな三人に短期間で直接会うなんて、ミーシャはとんでもない強運だ。
だが、それはミーシャには言わない方が良いだろう。どうせまた騒ぐに決まっている。
「何だかよく分かりませんけど、コレです! この手紙をリヴェリアちゃんから貰っていたのを忘れていました!」
「忘れてたって……」
「無職になったショックですっかり忘れてました!」
(元気そうだが……)
「きっとこの手紙にはリヴェリアちゃんからのご褒美が書かれているに違いありません!」
「ご褒美?」
「救援を知らせたご褒美らしいですよ? いやあ、良い事はしておくものです」
「「………」」
「では、早速中身を……………」
意気揚々と手紙を読み始めたミーシャの顔が次第に驚愕へと変わって行った。
手が震えて顔から血の気が引いている。
「な、な、な、な、な、な、何してくれてるんですかーーーーーー!!!!!!」
手紙を放り投げたミーシャの魂の叫びが店内に響き渡る。酒を飲み騒いでいたドワーフ達も目を丸くして驚いていた。
「あーう! 」
「どうした?これが食べたいのか?」
「あい!」
「すまないが、このイチゴパフェとやらを一つ頼む」
「あり、がとうっ!」
「構わない。今日は特別だ」
「あい!」
「おお、良かったなクレア」
拳を突き上げたまま固まっていたミーシャがようやく動き出したと思ったらテーブルに突っ伏して、また動かなくなった。
心配したクレアがミーシャの頭を撫でるが反応が無い。
「ったく、本当に騒がしい奴だな。手紙には何て書いてあったんだ?どれどれ?……ぶっ! あっはっはっはっはっは!!! だ、駄目だ! 腹がよじれて……あははははははは!!!レイヴンも見てみろよ!最高だぜ!」
今度は手紙を読んだランスロットが腹を抱えて笑い出した。激しくテーブルを叩いて肩を震わせている。
一体何が書かれていたのだろうか?
手紙にはこう書かれていた。
『今回の件で何か褒美をと考えたのだが、喜べ! 良い案を思い付いたぞ! 中央郵便局でミーシャの力を埋もれさせるのは実に惜しい。私が手を回してミーシャを辞めさせる様に言っておいたので、今頃さぞ困っておるだろう! あははは!
そこでだ、ツバメちゃんの能力を活かしてミーシャを中央冒険者組合専属の連絡員とする!
うむ、分かっておるぞ。私が考えた褒美に感謝しておるのだろう? 可愛い奴め。
今後は中央とレイヴンとの連絡係として働くが良い!
この手紙を読んだ瞬間からミーシャはレイヴン係となる!手紙と一緒に推薦状をしたためておいた。これがあれば、何処の冒険者組合でも無条件で“Bランク冒険者”として登録可能だ。精々頑張ってくれ!
では、元気でな!
美人のお姉ちゃんより。』
「………余計な事を」
「うまうまーー!」
「そうか、良かったな」
「あい!」
(どうにもリヴェリアは俺を困らせたいらしい)
レイヴンとランスロットだけでは、クレアの世話をするにも困っている部分はあった。
騒がしいのは苦手だ。でも、賑やかなのは嫌いじゃない。女手があるのは助かる。そう思う事にしよう。




