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第八話 マクスヴェルトの魔法

 

 青空が一瞬真っ白に染まってしまう程の強烈な眩い光の後、それは唐突に訪れた。

 何処からともなく空中に出現した巨大な鐘が鳴り響き、虚空から伸びた無数の手がレイヴンとミストルテインに絡みついたのだ。

 その手はどれも小さく色白で、人間の子供の物によく似ていた。



「レイヴン!」


 マクスヴェルトが咄嗟に隣にいたレイヴンを引き寄せようと手を伸ばした。


 しかし、一瞬の内に動きを封じられてしまったレイヴンは、マクスヴェルトの手を掴むどころか、声を発する事はおろか指先一つ動かす事が出来なかった。


(くそッ!何だこれは?!ミストルテイン、どうなっている?!)


 ーーーすまない。油断はしていなかったが、どうやら外部との繋がりを完全に遮断されてしまったようだ。封印を内側から破ろうにも解析にまだ時間がかかる。


(チッ……!)


 完全にしてやられた。

 まさかこうも簡単に先手を取られるだなんて思ってもみなかった。


 レイヴンとミストルテインに油断も慢心も無かった。

 脱力した状態からでも瞬きする間に相手の懐へ飛び込めるように体内の魔力を練って準備していた。封印魔法や防御結界の類いについてもミストルテインがこれまでの戦闘の記憶から対応策を用意していた。

 それでも相手の方が速かったというのは最悪だ。

 不幸中の幸いは一番警戒していたロズヴィックが戦闘に参加する様子が無い事だ。



 マクスヴェルトは直ぐに対策を練り始める。

 魔法的な力の塊である世界樹の根による拘束ですら物ともしないレイヴンの馬鹿力がまるで通用していないのを見るに、無数の手は結界では無く封印系の魔法であると推測される。

 であれば、マクスヴェルトが取るべき手段は一つだ。


「これならどうだ!」


 無数の手には実体が無い。それなら同じ封印魔法で得体の知れない封印を中和して隙間を作ってやれば良い。

 魔法そのものを解除出来なくても、封印が緩みさえすればミストルテインを持つレイヴンなら自力で脱出出来ると考えた。


 いつものように指を鳴らして発動させた魔法が手で作られた不気味な結界を徐々に浸食していく。


「レイヴン!タイミングは分かってるね?」


(ああ!)


 レイヴンはやっと動くようになった手で拳を握り、一気に力を込めるタイミングを見計らっていた。

 しかし、もう少しで上手くいくかと思われた矢先。今度はマクスヴェルトの魔法の上からも無数の手が覆い被さるようにして伸びて、逆にマクスヴェルトの魔法を浸食して無効化してしまった。


「どうして?!しかも封印が更に強くなった?!」


 どうにか引き剥がそうともがけばもがく程、身体を締め付けるようにして伸びる手はあっという間にレイヴンの身体全体を更に分厚く覆い尽くして封印が強くなってしまった。

 まるで無数にある手の一つ一つが意思を持っているかのように指を絡め合い繋がっていく。


「なるほど、発想は大したもんだ。けどな、そいつはお前には無理だぜ賢者マクスヴェルト。いや、元だったか?」


「言ったでしょう。脅威では無いと」


「どんなに馬鹿げた力を持っていようが“人間” にこの結界は破れねぇ」


「先程も言いましたが、我々は戦いに来たわけでは無いのです。無駄な抵抗はせず、このまま大人しくしてれば直ぐに終わりますよ」



 顔を青くして見ていたミアはマクスヴェルトですら不可解な封印魔法への対処が出来ないと知って愕然としていた。


 ミアの認識している限りたとえ神聖魔法を用いた封印魔法であってもレイヴンを完全に拘束するのは不可能に近い。

 ましてや今はミストルテインと一緒だ。それなのにレイヴンが自力で拘束を解けない時点で異常事態だと言えた。


 気付けばロズヴィックに向かって叫んでいた。


「叔父様!これは一体どういう事なのですか?!どうしてこんな事を!」


 ミアの叫びにロズヴィックは表情も変えずに淡々と答えを口にした。


「ダンは……いや、竜人族は古の契約に従うと決めた。これは竜人族、ひいては世界の総意だ。この世界からレイヴンを排除する」


「そんな……そんなのあんまりだわ!レイヴンが何をしたというのですか!今日は皆で食事をして、明日は島を沢山案内してあげようと思ってたのに……レイヴンだってあんなに喜んでくれたのに!

 こんなのおかしいです叔父様!レイヴンは世界をこんなにも豊かで美しくしてくれたのに!帝国にいた魔物混じり達の事も、叔父様も!私達が今こうしていられるのは全部レイヴンが力を尽くしてくれたからではありませんか!なのに叔父様はレイヴンよりも掟を選ぶというのですか?!」


 ロズヴィックとてミアの言っている事はよく分かっている。

 脅威でしかなかったレイヴンの魔物堕ちという難局を乗り越え、世界中の魔物混じり達は救われた。

 何千年もの間、魔物堕ちしていく民をただ見ている事しか出来なかったロズヴィックには成せなかった大業を見事にやってのけた。

 けれど、ロズヴィックの目にはレイヴンが以前よりも厄介な存在になってしまったように写る。

 世界の理に伸ばしたレイヴンの手は思わぬモノを引き寄せてしまった。世界に生まれた歪みの連鎖は時間を巻き戻した分だけ脅威を増している。

 その原因であるレイヴンを排除しない限りこの世界そのものが無くなってしまう。


 だがそれを言って何になる?

 世界の意思に抗う力を持たない者に出来ることなど何も無いのだ。


「……すまぬ」


 ロズヴィックはそれ以上ミアの悲痛な問いかけには答えられなかった。




 ーーーーーーーーーーーー



「マクスヴェルトさん!転移魔法!転移魔法を使うのはどうですか!」


「て、転移魔法?だけどミーシャ。レイヴンは今、封印されて……」


「レイヴンさんはそこにいます!」


「……そこに、そんなの分かってーーー(そうか!封印なんて始めから解く必要ないじゃないか!まったく、さすがミーシャだ)」


 マクスヴェルトは深呼吸をして硬くなった頭をほぐスト、早速転移魔法を試してみる事にした。


「レイヴン待ってて、直ぐに転移魔法で出してあげる!」


 だが、転移魔法を発動させようとしてマクスヴェルトは驚愕する。

 目の前にいるレイヴンの座標を待機させている術式に組み入れればいいだけなのに、マクスヴェルトの術式は霧散して効果を発揮しなかったのだ。


「何で?!転移魔法が発動出来ない??」


 何度試してみても結果は同じ。

 転移魔法が発動しない。というより、不完全な形で終わってしまう。


「しっかりしてよマクスヴェルト!何やってるのさ!僕がやる!」


 見かねたルナがマクスヴェルトに代わって転移魔法を発動させた。

 しかし……。


「な、何で?!レイヴンの座標が特定出来ない?!」


 やはり結果は同じだった。

 マクスヴェルト同様に術式は霧散し魔法は正常に発動しなかった。


「マクスヴェルトさん、ルナちゃん。ど、どうなってるんですか!?わ、私の考えが間違っていたんですか??」


「そんなの僕にも分かんないよ!マクスヴェルトは?」


「今考えてるよ!」


 ミーシャの着眼点は悪くない。

 結界や封印に捉われていようとも大気中にあるマナが遮断されていない限り対象を転移させられる。

 精霊魔法を操るミーシャの鋭敏なマナ感知力でレイヴンがそこにいると判断したのなら間違い無い筈だ。

 しかし、結果は失敗。

 マクスヴェルトと同等の転移魔法を操るルナにも転移させられなかったのであれば、魔法そのものに欠陥があるとは考え難い。


(何かまだ見落としてる事がある筈だ。考えろ考えろ考えろ!)



 ルナの転移魔法も失敗したことで場の空気が一気に緊張したものへと変わる。

 転移魔法を生み出したマクスヴェルトに原因が分からなければ、レイヴンは得体の知れない手に拘束されたままになってしまう。


 その様子を見てほくそ笑んでいたガブリエルとフォルネウスは、してやったという顔をしてわざとらしい態度で言った。


「おやおや。やはり簡単に拘束出来てしまいましたね」


「寧ろ簡単過ぎて拍子抜けだな。これなら何百年も待たずにさっさとやっちまえば良かった気がするぜ」


「まあまあ。万全を期して臨めとのお達しでしたから。しかし、上層部は何をそんなに怯えていたのか……。実に呆気ない」


「まったくだ。こんなのが本当に世界最強の存在なのかよ。ビビり過ぎてるだけなんじゃね?」


 無数の手に囚われたレイヴンを後ろで見ていたロズヴィックは、ガブリエルとフォルネウスの的外れな発言に眉を顰める。


 あのレイヴンを意図も容易く拘束したのには正直驚いた。しかし、それはあくまでもレイヴン達の知らない魔法を用いていたからだ。

 動きを封じただけではレイヴンを止めた事にはならない。

 レイヴンとレイヴンの魂に連なる者達の存在を甘く見過ぎている。


(先ずはこれで良い。だが、まさかレイヴンに対する認識がその程度だとはな。アルフレッドから聞いていたのと違うのは上層部とやらに何か別の狙いがあるのか、それとも……)


 どちらにせよもう一度妖精王アルフレッドに話を聞く必要がある。ロズヴィックがそう考えていた時だった。


「レイヴンを返せッ!!!」


 赤い閃光がロズヴィックの視界を染めたのと同時に、竜人達が放つ魔力弾の迎撃を担当していた筈のクレアがガブリエルとフォルネウスに向かって一直線に飛び込んで来た。


 レイヴンにも劣らない速さが生み出す強烈な一撃がフォルネウスとガブリエルに迫る。

 だが、クレアが放った一撃はレイヴンを封印した結晶から発生した障壁によって阻まれ、二人に触れる寸前の所でピタリと止まってしまった。


「チッ!ビックリさせんなよ。雑魚は引っ込んでろって言っただろうが!」


「後先を考え無い無謀な突撃……。やはり化け物の眷属は所詮化け物…いえ、これでは知能の欠片もない獣ですね」


「黙れッ!レイヴンは化け物なんかじゃない!レイヴンがお前らなんかに負けるもんか!」


 常世の姫がクレアとして憧れたレイヴンは誰よりも強くて優しい。

 暗闇と飢えることしか無かった世界に光をくれたのはレイヴンだ。生きろと言って希望をくれたのはレイヴンだ。

 そのレイヴンを侮辱されて黙っているなんてクレアには到底我慢が出来なかった。


「エターナル!」


 クレアの魔剣エターナルは主の声に応えて力を解放した。

 常世の姫が持っていた「喰らう力」を使って障壁を浸食していく。すると、一度は受け止められたクレアの剣は徐々に障壁ごと前へと押し込まれ始めた。


「……コイツ!餓鬼が調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


「無駄な足掻きを。少しはやるようですが身の程を弁えなさい!」


「くっ……!」


 天使と悪魔の名持ちの二人が相手では如何にクレアといえども一人では分が悪い。

 再び結晶が輝くと、せっかく押し込んだ剣が補強された障壁によって押し戻されてしまった。


「ったく、これだから力の差も見抜けない雑魚は嫌いなんだ」


「うるさい!舐めるな!一回で駄目なら何度でも斬ればいい!!!絶対にレイヴンを返してもらう!」


 それでもクレアは諦めない。

 再びエターナルに魔力を込めると背に黒い翼を展開してそのまま空中戦をしかけた。


「ハハッ!まーた速くなりやがった!ん?あの魔剣の力か?」


「そのようですね。しかし、話が通じないというのは悲しいことですね。貴女程度の力で我等二人を相手にしようなどと……」


 クレアは二人の言葉に耳を貸さずに魔剣エターナルの刀身に纏わせた喰らう力をそのままに超高速の連撃を叩き込んでいく。

 最初はまるで通用しなかった剣撃も、一撃を重ねるごとに鈍い音を立てて障壁を削り始めた。


 その剣筋は以前のものとは明らかに違う。ランスロットのように変幻自在で且つ一撃を放つごとに重さが増しているのだ。

 これは魔剣エターナルが持つ特性が大いに関係している。

 魔剣エターナルの固有能力は模倣。

 ランスロットの技のように技術が物をいう技であれば、魔力を多く消耗する代わりに本来の使い手以上の精度と威力で再現が可能だ。


「いっけーー!クレアーーー!」


「やっちゃえですーーー!」


 全方位から不規則に放たれる超高速の連撃は障壁が修復されるよりも速い。

 これには余裕を見せていたガブリエルとフォルネウスも僅かに顔を引き攣らせていた。


「このまま削り切る!」


「……チッ。確かに発想は面白え。認めてやるよ。けどな、流石に調子に乗り過ぎだ。目障りだぜ!」


 フォルネウスが腕を振り身体に埋め込まれた装飾品の一つが鈴の音に似た軽やかな音を奏でる。


 鈴の音はクレアの周囲にある大気を揺らし、それが波紋のように広がると足元から小型の魔物が複数召喚されて襲い掛った。


「魔物?!何でこんな所に??」


「おいおい、俺が悪魔だって忘れたか餓鬼!」


 魔物の強さは大したことは無い。コウモリの様な外見の魔物でダンジョンでもよく見かける個体と同種のものだ。せいぜいがAランク程度の強さで特に気を付けなければならない特性は持っていない。

 いつものクレアなら目を瞑っていても倒せる相手。けれどクレアはそれどころではなかった。


「くっ!こんな時に!」


 攻撃の手を緩めて魔物の相手をしてしまえば折角削った障壁も一瞬で修復されてしまう。かと言って完全に無視することも出来ずに格下の魔物にいい様に邪魔されていた。



「……フォルネウス。少しは自重なさい。私が神々より与えられた軍団と同等の規模と実力を兼ね備えた軍団を任されている大悪魔の一柱である貴女が、たかが小娘一人に熱くなり過ぎです」


「だってこいつがよぉ……」


「何ですその顔は。我々の仕事はまだ終わった訳ではありませんよ」


「ケッ……。はいはい。分かりましましたよっと」


 召喚された魔物が動きを止めた瞬間を見逃さなかったクレアは、ここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。

 だがーーー


「ばーか。俺がそんなに優しい訳ねぇだろうがよ!!!」


「この……ッ!」


 追加で召喚された魔物が一斉にクレアに襲い掛かった。


「アハハハハハハ!コイツ面白え!」


「戦うつもりは無いと言ったのに……。程々に」


「ほーい」


 最後まで黙って見ているつもりだったロズヴィックは堪らずガブリエルとフォルネウスに声をかけた。


「何を遊んでいる。さっさと第二段階へ入れ。その者達を甘く見るなと忠告しておいた筈だ。舐めてかかると計画に支障がーーー」


「言われるまでもない。むしろ何を焦っているのですか。彼等にとって頼みの化け物をこうして無力化しているのです。今更どう足掻いても残りは烏合の衆に過ぎません」


「そうそう。どうせもう扉が開くのを待つだけなんだ。要するに暇なんだよ暇。コイツらが悪足掻きしてるのを見て楽しむくらい構わねえっしょ」


「……」


 神や悪魔といった連中は種族間で争う以外には世界の声に従順だ。世界の均衡を崩しえる存在であるレイヴンについて徹底的に調べ尽くしている筈。

 しかし、二人の口振りは本当のレイヴンについては碌に調べていないようにも聞こえる。

 世界が定めた不条理をもねじ伏せる力を持つレイヴンがこんな事で止められるのなら、リヴェリアやマクスヴェルトはもっと早くに手を打っていただろう。


(聖魔剣ミストルテイン。どうして奴が黙っているのか奴等には分からないと見える。まあいい。それなら此方も別の策を用意するだけだ)


 鐘の音が響いた以上、どの道もう引き返せない。フォルネウスの言った門が開けば当初の目的は達成される。

 その後どうなるかは残された者達次第だが、何事にも保険は必要だ。


 ロズヴィックはそれ以上は何も言わず、一先ずこのまま成り行きを見守る事にした。



 クレアとルナが交代で直接レイヴンの救出を試みている間、マクスヴェルトは脳内に溜め込んだ膨大な量の魔法書を読み返して術式を再構築しては壊すのを繰り返していた。


(座標が特定出来ない原因があのよく分からない手だとしても、レイヴンは間違いなくすぐそこにいる。なら、一旦封印ごとレイヴンを転移させて……いや駄目だ。それだと何も解決しない!考えろ考えろ考えろ考えろ!)


 どんなに難しい魔法であっても実例となる魔法やヒントがあれば応用するくらいの事なら時間をかけてでも新しい魔法を構築出来る。しかし、ルナのようにゼロから新しい魔法を即座に作ってしまうような素晴らしい才能はマクスヴェルトには無かった。


 魔法の大家、天才魔法使い。魔法の深淵に到達し全ての魔法を操る者。様々な呼び名で称されるマクスヴェルトであるが、一つの魔法に対してマクスヴェルトが注ぎ込む時間は、一般的に才能があるとされる魔法使いと比べても遥かに膨大だ。


 マクスヴェルトが扱える数え切れない程の魔法も、根源となる魔法はたった一つしかない。

 無駄を削ぎ落として最高率化した術式を基本とし、望む変化を付け足して新たな魔法を作り出すのがマクスヴェルトのやり方だ。

 いくつもの可能性を考慮し、気の遠くなるような試行錯誤を繰り返しながら十分に時間をかけて練り上げることでようやく新しい魔法として完成するのだ。


 これだけ聞けば魔法に関して並々ならぬ情熱があるのだと感じる者も多いだろう。

 一の魔法で十にも百にもなる効果を生み出す事が出来ると提唱するマクスヴェルトらしいと。

 けれども、それは言葉通りの意味では無いし、実際には違うのだ。


 マクスヴェルトはある意味でクレアやルナが持つような天才的な才能とは一番遠い場所にいる。

 はっきり言ってマクスヴェルトには魔法の才能が無い。


 レイヴンの願いの力によって得た肉体は近接戦闘技術も魔法適正も高かった。それでも、人並み程度か少し達者な程度で、一芸に特化し極めた人間には敵わないのが現実だった。

 マクスヴェルトは近接戦闘への適正を捨て、必死に魔法を学んだ。

 どんなに時間がかかろうとも一つ一つ丁寧に積み上げる事で、元いた世界のレイヴンの期待に応えようとしたのだ。

 弛まぬ努力の果て、寿命すらも超越した狂気にも似た執念が今のマクスヴェルトを形成している。


 そして辿り着いた答えが『魔法は万能じゃない』という真実。


 マクスヴェルトが普段何気に口にするこの言葉。何を今更と一蹴されてしまいそうなこの発言が、実は魔法という事象の真実なのだ。


 あらゆる事象を魔法書に書かれた呪文一つで起こせると思い込んでいる魔法使いや、魔法を覚えたての魔法使いでも、その程度の事は当たり前だと口を揃えて言うだろう。

 しかし、そういった単純な認識は誤りだとマクスヴェルトは考えている。

『魔法は万能じゃない』というその一言にマクスヴェルトの積み上げて来た魔法の全てが詰まっていると言っても過言ではないかもしれない程だ。


 魔法とは大気中にあるマナと自身の持つ魔力を術式で繋ぎ合わせて求める効果を発動させる事象であり、決して奇跡や偶然の産物などでは無いのだ。

 決められた術式には理屈と仕組み以上の何かが介入する余地は無く、予め決められた効果以外には起こり得ない。


 風を発生させる魔法はそれしか出来ず、ただの風から風の渦を発生させるには渦を発生させるように構築された別の術式が必要だ。

 因みに回復魔法であっても同様である。

 千切れた手足を繋ぐには繋ぐ為の術式が、傷を癒すには癒す為の術式が必要になる。

 一つの魔法に見えても実際には複数の魔法を行使しているのが魔法だ。

 強力な魔法、高度な魔法、広範囲魔法といった上級に位置する魔法が多くの魔力を消耗するのも、複数の魔法を一つの術式に重ねて発動させているのだから当然と言える。

 大規模魔法を発動する際に魔法陣がいくつも展開されるのがそれにあたる。

 高度な魔法に詠唱を用いるのも複雑な術式をより簡潔に整理し、魔力の消耗を抑える為の補助的な意味合いが強い。

 このように魔法は自由に見えてあらゆる仕組みに縛られている。


 マクスヴェルトはこの仕組みを超えた先に本当の魔法があると知ってから、ずっとそれを追い求めて来た。

 それこそが魔法の深淵と呼ばれる魔法の極地だと信じている。


(……そうさ。万能な魔法なんてありはしないんだ。だけど魔法には無限の可能性があるじゃないか!

 落ち着けマクスヴェルト。お前の費やした時間はこういう時の為にあったんじゃないのか?!)


 才能が無いと認めているからこそ努力を惜しまないのであり、期待に応えられるだけの力が無いと嘆いた自分を叱咤し奮い立たせた。

 滅多に外へ出なかったのも足りない実力を補う為の時間が必要だったからだ。


 そうして足掻いて手に入れた真理。

 一の魔法しか使えないマクスヴェルトが百の魔法を使う為の魔法がある。


 それは『願い』

 マクスヴェルトが元いた世界から別の世界へ移る時に人間の意識を無くす直前のレイヴンから貰った大切な贈り物。

 不可能を可能にする仕組みとは真逆の究極の魔法理論だ。


 万能とは程遠い魔法に無限の可能性を与える力をレイヴンから貰った。

 想いの力は願いとなり、そして魔法になる。

 魔法の深淵へと至るには仕組みや理屈だけに捉われていては駄目なのだ。

 仕組みさえも自在に操り、理屈さえもねじ曲げる。求める効果へと強引に至らせる強い想いの力が必死不可欠だ。


 煮詰まりかけていたマクスヴェルトの脳裏に初めての弟子となったマリエの顔が過る。


(そうだった。あの子に教えられたんだった)


 魔法に大切なものは何かと聞いた時、マリエは迷わず『想い』だと言ってみせた。

 純粋に誰かの為にありたいと願う魔法は無限の可能性を秘めている。

 正にその通りだ。


(そうさ、座標が特定出来ないのなら特定出来るようにすれば良い。選べないなら全部だ!至れない頂なんてありはしない。僕はいつだって積み上げて来たんだ。……だったら!)


 転移魔法を行使する上で不可欠なのが点と座標だ。

 点とは術者と対象の間に無数に存在するマナの道筋を指し、座標とは文字通り対象の位置を意味する。

 点はレイヴンと繋がっている筈なのに座標が特定出来ない原因はただ一つ。

 目の前にいるようにしか見えないレイヴンが、実際には全く違う座標にいるという事。

 レイヴンを包み込んだ無数の手が別空間か、或いは別次元へと繋がっている為に正確な座標が特定出来ないのだと考えられる。


(馬鹿馬鹿しい仮説だけど、ロズヴィックの言葉通りなら十分に可能性はある。ならこの魔法は僕にしか作れない)


 道筋を見つけたマクスヴェルトは、蓄積された無限にも近い膨大な知識の全てを元に最適解を無視してレイヴンを転移させる為だけの術式を組み上げていく。

 矛盾を良しとし、ほつれた糸をそのままに、求める術式を完成させる。

 魔力の消耗や整合性なんて考えない。ただただ目的の為だけに考え得る全ての知識を一つの術式として詰め込み織り込む。


 仕組みも概念も無視した魔法の創造だ。

 想いを形にして願いを叶える為の魔法とする為には常識なんて気にしている暇は無い。


(まさかこんなところでもう一度この魔法を使うことになるとは思わなかったよ)


 普段のマクスヴェルトなら絶対にこの選択は無い。

 必要以上の無駄な術式の構築はいたずらに魔力を消耗させるばかりか、本来の効果を正しく発揮しないからだ。


 脳が焼き切れてしまうのではという激しい熱を帯びて意識が朦朧とし始めた段階になって、どうにか新しい術式を組み上げる事に成功した。


(初めての時よりはマシだけど、流石にこれはキツいな……。これならなんとかレイヴンを封印の外へ転移させられる。けど……)


 後はいつものように指を鳴らせば魔法は発動する。けれども“ある事” を恐れて、戸惑いが生まれていた。


「何迷ってるんだよマクスヴェルト!やらないで後悔するより、やって後悔する方がずっと良いに決まってるだろ!もういい、時間が惜しい。マクスヴェルトがやらないのなら僕がやる!」


「待ってルナ!この魔法は君には……!」


「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ!!!ミーシャ、竜人族の相手をお願い!」


「へ?うええええええええ!?!?」


 マクスヴェルトの待機させている魔法を強引に読み取ろうとしたルナが魔法を発動させようとしたその時だった。


 鐘の音がいっそう大きく鳴り響き、その場にいた誰もが身動ぎ出来ない程の強烈な悪寒に襲われた。

 暴走した時のレイヴンを彷彿とさせる巨大で異常な気配。

 ガラスが砕けたような空間の裂け目から覗くソレは、ゆっくりと迫り出し、レイヴンを拘束している手に触れた。


『ああ、やっと見つけた……』


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