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第七話 フードの二人

 

「流石レイヴン」


 真っ先に感嘆の声を上げたのはクレアただ一人。

 端から見れば何も変わった所など無い動作であった筈にも関わらず、クレアには今の攻撃がしっかりと見えていたようだ。


「あー!僕も!僕も気付いたよ!ちょっと余所見してただけだもん!」


 ルナもクレアに僅かに遅れて意図を理解したようだ。レイヴンが指示を出すよりも早くツバメちゃんに声をかけるとレイヴンの前に割って入り魔力弾を迎撃し始めた。


「驚いたな。二人共今のが見えたのか」


「さすがに全部じゃないよ。終わりの方だけなんとか見えたって感じ、かな?」


「いや、それでも大したものだ。訓練と実戦経験の成果が出ているようだな。正直驚いた」


「えへへ。でもクレアなら今のもあっという間に使いこなせちゃいそうだね」


 何気なく言ったであろうルナの一言を聞いたクレアは苦笑いを浮かべて首を横に振った。


 相手の技を一度見ただけで再現出来るクレアの能力をもってしても、今のと同じ事が出来る気がまるでしないのだ。


「え?嘘でしょ??クレアにも出来ないの?!」


「はへ〜、ちょっと意外かもです」


「意外って……なんでもは無理だよ。私にはオリジナルの技を真似るので精一杯。もし私にルナちゃんくらい魔力を操れる凄い力や、ミーシャお姉ちゃんみたいな風の精霊の力があったとしても、私じゃあきっとあんな風にはならないと思う」


 先程レイヴンが放った斬撃は魔剣ミストルティンによって完璧に制御されたもの。

 そう捉えるのは少し違うとクレアは考えていた。

 あれはあくまでもレイヴンの技量による所が大きいとみているからだ。


 ミストルテインがやったのはレイヴンの癖に合わせて放出する魔力量とタイミングを絶妙な加減で合わせるという、非常に繊細で高度な補助だ。

 しかも威力を極限まで抑えているのにちゃんと技として成立させている。


 レイヴンの持つ聖魔剣ミストルテインはこの世界に二つとない超級の魔剣。

 クレアの持つ魔剣エターナルとは格が違い過ぎる上に、どうにか模倣出来たとしても技の精度に天と地程の差が出るのは明白だった。


 リヴェリアが剣気一閃を初めてクレアに見せた時、クレアには手加減してくれたように見えた。

 けれども実際にはそうでは無かったのだと今なら分かる。

 同じ技を真似たからこそ分かる技量の違い。

 あの時のリヴェリアは手加減では無く、技そのものを制御しようとしていた。

 はっきり言って無茶だ。そもそも発動させるだけでも難しい技に手を加えようだなんて普通は思わないし試そうとも思わない。


(私、悔しいって思ってる。常世の力を使えばリヴェリアさんにだって力負けしないのに。なのに……全然勝てる気がしないよ)


 斬撃を受けた竜人達がどう感じたのかまではクレアには分からない。しかし、自分が彼等と同じ立場であったなら直ぐに撤退か降伏を選ぶと断言出来る。

 レイヴンの底知れない力を知る者であれば尚更だ。



「あー、あれだ……無理に真似る必要は無いさ。今のはなんというか、その……例外だ。シェリルの技を真似た俺が言うのも変だが、クレアはクレアだけの剣を見つければいい。お前なら出来る」


 こういう所だ。

 クレアはレイヴンの言葉に頷きながらも、優しさに戸惑っていた。


 真似る事、模倣することはクレアがレイヴンの背中を追いかけ、追い付き隣に立つ為に見出したものだ。

 謂わばそれ自体がクレアの技であり、剣だ。

 クレアの持つ魔剣エターナルもその想いに応えて能力を開花させている。

 自分だけの剣と言われても直ぐにはレイヴンの期待に応えられないのがもどかしい。

 使い物にならなくても、どんなに無謀な事であったとしても、せめて再現して見せろと無茶を言われた方が頑張れる気がする。

 その方が期待してもらっているのだと思える。


「うん、頑張るね」


「あ、ああ」


 一方、レイヴンもどうしたものかと思っていた。


 今使った剣気一閃は通常の技とは少し異なる性質に変化している。

 真似る以前にクレアにはまだ早いというか、難しい。


 本来の剣気一閃は刀身に集めた魔力を凝縮して超高密度の魔力の刃としたものを斬撃として放つ代物だ。

 技の発動には非常に高い集中力と膨大な魔力を要し、範囲や威力の制御は不可能と言っていい。使用者によって威力が異なる以外には、加減の一切が考慮されていない、使い所に困る技でもある。


 それに対してレイヴンが行ったのは刀身に集めた魔力を放たず、剣を振り抜いた瞬間に発生する剣圧に、集めた魔力をほんの少しだけ混ぜるという物。

 大気を切り裂く剣圧の表面を薄く覆うようにして放つので消耗する魔力は前者に比べて驚く程少なく、込める魔力の量に応じて威力と範囲の調整が可能だ。


 刀身に集める魔力量を加減してやりさえすればコントロール可能だと考えるのは、一概に間違いだとは言えない。けれども、それを実際に行うには非常に繊細な魔力コントロールが必要になる。

 魔力の圧縮が足りなければ技は成立せず、単に刀身に負担をかけるだけになってしまうのだ。

 元が大味な技だけに魔剣ミストルティンの補助無しにはレイヴンでも扱いが難しい。


 一見簡単そうなその僅かな違い。

 それを操れるかどうかは経験がものをいう。

 技量に特化したクレアでは、技の原理を見抜く事は出来ても、再現するには実力以外にまだまだ経験が足りないだろう。

 それに、技の再現に拘らなくともクレアは十分に強い。

 異なる癖を持つ複数の技を瞬時に使い分け、技の連続発動と応用、さらに併用を用いた独特の剣筋で相手を翻弄し圧倒する。


 そんな真似はミストルテインの補助があっても本能で戦うレイヴンには無理だ。

 真似ようとしたところで大抵の場合、技の繋ぎがちぐはぐになり破綻してしまう。かと言って一つ一つの技を単純に繋げただけでは意味がない。

 絶えず状況が変化する戦闘中に平然とそれらを実行出来るクレアが凄いのだ。


 他の誰にも絶対に真似出来ないと断言出来る武器を、自分だけの剣をクレアは既に持っている。

 後はクレアがその事に気付いてくれれば良いのだが、クレアがどういう想いで今の戦闘スタイルを身に付けたのかを知っているだけに上手く言葉で伝えられないでいた。



 ーーー見ていられないな。なるようにしかならないのだから、「頑張れ」の一言でクレアには十分だと思うがな。あの子は強い。その強さが実力の事を言っているのでは無いことくらい分かっているんだろう?


「……」


 レイヴンは何も答えなかった。

 こういう時こそ何か気の利いた言葉をかけてやれればいいのにと頭では分かっていても、本当は戦いとは無縁の生活を送って欲しいという本音が足を引っ張っていて言葉が浮かんで来ないのだ。

 冒険者である事を認めた今でもやはりそう思ってしまう。



 ーーー主殿。来たぞ。


 レイヴンは思考を中断すると、ミストルテインの声に遅れて周囲に飽和した魔力に紛れて近付いて来ていた客人の方へと向き直った。


「やれやれ、儂等の気配に気付いておったのか。呆れた感知力だな」


 重々しくもよく通るその声の主は、皮肉の混じった視線をレイヴンへと向けた。


「何をしに来た?」


「わざわざ会いに来てやったのだ。もう少し愛想良くせぬか。無愛想な顔といい、物怖じせぬ太々しい態度といい、変わらんな」


「余計なお世話だ。手の込んだ事をしてコソコソ近付いて来るような奴に言われたくない」


 男の背後にはフードを深く被った見知らぬ二人の従者がいた。

 それぞれ鎧を付けた見た事の無い立派な騎竜に跨っている。

 ゲイルとルーファスを連れているなら、フードで顔を隠す必要は無い筈だ。それに気配もまるで違う。別人だ。


「レイヴンに愛想なんて無理だって分かってるくせに。それと、そっちこそ交戦的な魔力の波動を隠しもしないだなんて、どう見ても挨拶に来たって感じじゃないのバレバレだよね。ていうか、本当は隠す気なんか無かったでしょ?」


「マクスヴェルトか。お前のお喋りも相変わらず遠慮が無いな」


「そう?褒め言葉だと受け取っておくよ。少なくともレイヴンよりは愛想あるし」


 レイヴンの隣に並んだマクスヴェルトは戯けて見せつつ、後ろの二人を注意深く観察していた。

 誰が相手でも普段通りの態度でいるレイヴンが珍しく警戒しているのだから用心しておいた方がいいという判断だ。



(俺だって愛想くらい……)


 ーーーやめておけ。主殿に愛想笑いは絶望的に似合わないと進言しておいてやる。


(……コイツ)



「まあともかくだ。先ずは儂の話を聞け」


 ロズヴィックはそう言って更に一歩前へ出た。


 老いを感じさせない風貌は、以前よりも更に若々しく、猛獣に似た獰猛な笑みを浮かべるその姿からは、ただそこにいるだけで周囲を圧倒する絶対者の貫禄が感じられた。


 竜人でありながら地上で生きることを選び、自ら魔物混じりとなった男。

 一から国を興し、今や西の大陸全土を支配する者。

 アルドラス帝国皇帝ロズヴィック・ストロガウス。


 数千年という長きに渡って帝国の絶対的支配者として君臨して来ただけあって、その眼光は鋭い。

 普通に話しているだけでも、ロズヴィックの視線をまともに受け止めるには相応の覚悟が必要になるだろう程の強烈な威圧感を垂れ流している。


 マクスヴェルトの言うように対話をしに来た風には見えない。

 が、やはり気になるのはフードの二人だ。こうしている間も後ろの二人は沈黙したままで動く気配は無い。

 唯の従者とは違う様子なのに、黙っているのはロズヴィックに遠慮しているからなのか、はたまた別の何かを企んでいるのか。

 どちらにせよ不気味だ。



「お、叔父様?!いつ天界に戻っていらしたのですか?!私は何も……」


 ロズヴィックに気付いたミアがレイヴンとマクスヴェルトに並ぶ。

 驚き方から察するにミアもロズヴィックが来るとは知らなかったようだ。


「おお!ミアではないか!久しぶりだなミア。いつも恥ずかしがってダンの後ろに隠れていた幼子が美しい淑女になったものだ。見違えたぞ」


「あ、ありがとうございます。それよりも叔父様。此度はどのような用件でおいでになられたのでしょうか。それにこの状況も……」


「ふむ。何と言えばよいか、試し……といったところか?」


 そう言って戯けてみせるロズヴィックにミアはどう返せばよいのか考えあぐねているようだった。

 苦笑いを浮かべるに留まり、次の言葉を待っていた。


 けれどレイヴンにはそんなロズヴィックの態度が勘に触る。

 帝国の地下にあったトラヴィスの研究施設での一件もロズヴィックの一言がきっかけだった。試されたと直ぐに気付けなかった苛立ちもあって、ロズヴィックを正面から睨んだ。


「試しだと?お前の方こそ相変わらずふざけた奴だ。あの竜人達を焚き付けたのもどうせお前なんだろ。今度は一体何を考えている?」


「れ、レイヴン。相手は皇帝陛下よ!?せめてもう少し言葉を……」


 確かにミアの言う通りなのだろう。

 民に寄り添う為に自ら魔物混じりになることを選び、数千年もの間、魔物堕ちを強靭な意思の力で捻じ伏せ、絶対皇帝として民を導いて来た。

 その事に対して敬意を抱かない訳ではないが、レイヴンが重要視しているのはあくまでも人と人との対等な関係だ。ましてや自分は部下でも無いのに言葉を選ぶ必要など無いと考えている。

 だからこそ誰が相手でも遜るような真似は絶対にしない。


「それがどうした。俺はロズヴィックと話をしている」


「レイヴン……」


 困惑しているのはミアばかりで、他の皆はレイヴンの態度を当然だという顔で見ていた。



「フハハハハ!よいよい。よいのだミア。レイヴンはやはりそうでなくてはな!しかし、今日は皇帝ロズヴィックとして来ているのだ。せめてそれなりの節度ある態度を期待したいものだ。ま、無理だろうがな」


「叔父様まで……」


 ミアにしてみればロズヴィックは数少ない血縁者であり、尊敬している竜人の一人だ。

 レイヴンとロズヴィック。二人の間に確執があるのはリヴェリアから聞いて知っていたのだが、こうまで露骨だとは思わなかった。

 どちらが、というより両者の態度はミアの頭を酷く悩ませる。


 同胞達の態度が一変した理由と、祖父ダンと連絡が取れない理由の原因は多分同じ。

 何を企んでいるのか腹の底が見えないという意味でなら、叔父のロズヴィックはリヴェリア以上に厄介な相手だ。


(どうしてここにいるのかしら……。叔父様相手だと厳しいけど、ここはどうにかして情報を引き出さないといけないわね)


 ロズヴィックは竜人の島を離れてからも竜人族に対して絶大な影響力を持っている。

 その昔、初代竜王が事あるごとに意見を求めていた程の知恵者であり、祖父ダンが唯一頭が上がらない相手であるからだ。

 それ程の人物がわざわざ竜人族の里へ戻って来たからには、レイヴンが言うように何か企みがあるとしか思えなかった。

 であれば、この場は血縁者でもあるミアが少しでも情報を引き出す以外にない。そうでないとレイヴンに申しわけが立たない。



 ロズヴィックもそんなミアの考えを見抜いたのだろう。

 軽く溜め息を吐いてみせるような仕草をして、ミアよりも先に話を切り出した。


「ミア、お前にその手の駆け引きは似合わぬ。残念だが、今は説明してやる時間が惜しい。お前とは後でゆっくり話すとしよう。下がっておれ」


「……ッ!」


 ミアは自分の思惑を容易く見抜かれて奥歯を噛み締めた。

 リヴェリアのようにはいかなくても祖父の姿を間近で見て交渉術を学んで来た。現在では族長の右腕として竜人族全体を取り仕切る役目も与えられている。

 戦闘は無理でも交渉には多少の自信はあったのだ。しかし、ロズヴィックの前では全く通用しなかった。

 言葉を発するどころか、食い下がろうにも真意を見抜かれた上に下がれとまで言われてしまっては、もはや交渉のテーブルにつく余地は無い。



「彼等の目的が何かは分からないけど、ここは僕とレイヴンに任せて。ミアはクレア達のそばまで下がってていいよ」


「だ、だけどマクスヴェルト。私にはこんな事になってしまった責任が……。でないとレイヴンになんて謝れば……」


「大丈夫。レイヴンがトラブルに巻き込まれるのはいつもの事だしね。それに、あの子達は強いよ」


「そういう問題じゃあ……」


「いいからいいから」


 マクスヴェルトはミアを強引に下がらせた後、素早くミーシャとツバメちゃんに結界を施した。


「さて……」


 ロズヴィックが目を細めると、場の空気が凍り付いたように冷たく張り詰めたものになった。

 無言で佇む様は正に皇帝といった雰囲気だ。


 レイヴンはロズヴィックの態度や言動とは裏腹にどこか煮え切らない様子を見て違和感を感じ更に警戒を強める。


 まだ魔物混じりだった頃のロズヴィックは人間の意識を保つ為に力を消耗し衰えた状態だった。しかし、今は願いの力によって体内の魔物の血は安定し、赤かった目も金色に戻っている。カレンと同じく竜人本来の力を取り戻していると見ていいだろう。

 その真の実力はレイヴンをしても未知数だ。

 もし、ロズヴィックが竜化して戦闘を仕掛けて来たら、皆を守りながら相手をするのは難しいだろうと予想している。



 ーーー主殿。気付いているか?後ろの二人はもしや……。


 ミストルテインも違和感を感じていたようだ。

 本当に用があるのは多分後ろの二人の方だ。ロズヴィックは手引きしただけ。というところだろう。

 問題は目的だが、タイミングを考えると腑に落ちな事が多過ぎる。手紙と関係があるのかどうか判断する前にもう少し相手の出かたを伺う必要がありそうだ。


(ああ、分かっている。奴等が何者なのかは後回しだ。フードの二人が何か仕掛けて来るようならこちらも全力でいく。後手に回ってせっかくの景色を台無しにされたくないからな)


 ーーー了解した。しかし、そう上手くいくだろうか。


(何か問題があるのか?)


 ーーーいや、問題という程では無い。少し気になる事があるだけだ。まだ情報が少ない。なんとも言えないな。


(そうか。警戒はしておいてくれ)


 ーーー了解した。



 レイヴンはミストルテインとの会話を終え、改めてロズヴィックの背後に控えている二人に目をやる。


 ロズヴィックが喋っている間もジッと話を聞いているだけで微動だにしていない。

 見たところ魔力の保有量はエレノア並。最大値は不明だ。

 かなりの実力者らしいが、実際に戦ってみないことには本当の強さは判断出来ない。



 ロズヴィックはそんなレイヴンの様子をじっくりと観察して満足そうに頷く。

 不安定だった天秤は安定し、魔剣を無理矢理従えていた頃にあった無駄な魔力の流れも無い。

 普通にしているだけなら完全に人間と同じだ。

 けれど以前よりも増した存在感は途方もない力を持っている事を示している。


「しかしまあ相も変わらず馬鹿げた力だ。こうして直接向かい合うとよく分かる」


「今のお前に言われたく無い」


「おっと、声が漏れていたか。まあそう言うな。儂とて今のお前と正面からことを構えるのがどれほどの愚策かよく理解しているのだ。それに今日は手紙の件で来た。そろそろお前が動く頃だろうと思ってな」


 ロズヴィックはそう言うと古びた手紙の束をレイヴンに投げて寄越した。


 ざっと数えただけでも二十通以上はありそうな手紙の束。

 ロズヴィックの話ではそのどれもが白紙の手紙なのだという。


(何故ロズヴィックが手紙を……?いや、まだこれが俺が持っている物と同じと決め付けるのは早い、か)


 ガレスの話の通りなら時間を巻き戻した回数と同じだけ手紙が存在する。

 ミーシャが持って来た九通目の手紙の時点で既に一通多いのに、他にもこれだけ沢山の手紙があるというのは一体どういう事なのだろうか。

 何かしらの罠という線が濃厚だ。

 新たに発見された手紙の束はどれも状態が異なっている。

 比較的新しい物から、触ると朽ちて崩れてしまいそうな古い物までまちまちだ。


 レイヴンから見たロズヴィックの印象は、策を用いた姑息な手段を選ぶタイプというより、堂々と罠を張っているぞと挑発して相手の出方を操り縛るタイプ。

 だとすればこの手紙の束はブラフ。他に狙いがある。

 そう考えるのが自然な筈だ。


(だが……)


 果たしてロズヴィックのような男が罠を張る為にこれほど手の込んだ細工をするだろうかという疑問が頭を過ぎる。

 ロズヴィックを語るゲイルやルーファスの反応を見た限りでは、そういった可能性は低いように思われる。

 彼等の語るロズヴィックは威風堂々という一言に尽きる。絡め手を用いるような男では断じて無い。


 やはり出方を伺うしかないかと考えていると、マクスヴェルトがニヤついた顔で話しかけて来た。


「ところでその手紙の束は一体何かな?この状況と関係あったりするわけ?」


「……」


「ったく、都合が悪いと直ぐ黙るんだから……。今に始まった事じゃないから別にいいけど。あ、まさかとは思うけどさ、自分から厄介事に首を突っ込んだんじゃないだろうね?」


「……これはーーー」


 こんなつもりは無かったと弁解する前にまたもマクスヴェルトがニヤついた顔をしてレイヴンの言葉を遮った。


「ホントにどうして君って奴は……。仕方がないから僕が力を貸してあげるよ」


 何でそんなに楽しそうなのか甚だ疑問に思うが、背後からも同様の気配を感じて言葉を飲み込んだ。


「随分と仲が良いのだな。ま、その方が都合が良いか」


「何だと?」


「よいかレイヴン。ガレスからどのように話を聞いておるかは知らぬが、世界が抱える歪みの歴史は竜人達が把握しておる限りではないという事だ。その証明が白紙の手紙であり、我々が頭を抱えている共通の理由でもある」


「……?」


 ロズヴィックは背後の二人に僅かに視線を向けた後、再び話し始めた。

 その言葉は目の前にいるレイヴンでは無い誰かに向けられたもので、明らかにロズヴィックの態度がおかしい。


「レイヴンよ。お前には大きな借りがあるからな。これでも一応は儂なりに説得を試みたのだ。しかしどうにも頭の固い連中でな。どうしても儂の話を聞くつもりは無いらしい」


「さっきからなんだ?俺に借りがあると思っているのなら手紙の事を先に話せ」


「いいから聞け。願いを叶える力は世界の理に干渉出来るが、歴史そのものを変えることは出来ない。いくら世界を欺こうとも、正しい記憶は刻まれる。間違っても歴史を変えようとは考えるな。

 忘れるなレイヴン。たかだか人間一人に出来る事などしれておる。お前がどれだけ力を持とうとも、世界とは生半可な相手ではないのだ。

 しかし、そう意味ではお前という存在は異端であり希望でもある。故にこれは試しなのだ。レイヴン、くれぐれも儂の言葉を忘れるなよ?」


「だから一体何の話をしているんだと聞いている?いいからさっさと手紙の事を話せ。この手紙の差出人を知っているのか?」


「そうだった。お前も話を聞かない奴だ。……悪いがそれはーーー」


 レイヴンが歯切れの悪いロズヴィックの態度を訝しんでいると、控えていた二人が揃って前へ出てロズヴィックに並んだ。


「ロズヴィック殿、それ以上余計なことを言えば盟約を破棄したものとみなすが良いか?」


「先に話をさせろっつうから黙って聞いてりゃあこれだ。そこの化け物を庇うような発言してっと、てめぇの大事な帝国ごと潰すぜ?それとも竜人族ごと消すか?ああ?ロズヴィックさんよぉ」


「……チッ。ならばさっさと始めるがいい」


 その直後だ。


「「今、何て言った?」」


 大好きなレイヴンに向けられた化け物という発言を受けてクレアとルナから強烈な殺気が放たれた。

 魔力弾の迎撃を続けたまま、氷のような冷たい視線がフードの二人へと突き刺さる。


 レイドランク程度の魔物であれば戦意を喪失してしまうであろう程の殺気を浴びてもフードの二人は平然とした態度を崩さない。

 それどころか、二人の殺気を受けて不気味に笑いを浮かべる始末だ。


「二人共抑えよ」


 危ういと感じたロズヴィックは手を翳して二人に抑えるように促し、レイヴンもまた二人に抑えるように視線を送った。


「何で?!だってあいつらレイヴンのこと……!」


「構うな。今は目の前に集中していろ」


「だけど……」


「構うなと言った」


 レイヴンは少し強く二人を制止して、それからフードの二人を睨み付けた。


 クレアとルナが過剰に反応してくれたおかげでフードの二人の実力は大体分かって来た。


(不味いな……)


 クレアとルナの二人掛かりでならフルレイドランクの魔物が相手でもどうにかしてしまえる実力がある。

 だが、あれだけの殺気を軽く受け流せる時点で、フードの二人の実力は最低でもフルレイドランク以上という事になる。

 ロズヴィックの出方次第ではレイヴンが一人で相手をしなければならないと予想している段階なのに、これではマクスヴェルトを加えてようやくフードの二人を相手出来るかどうかだ。

 それにロズヴィックが姿を現しても続く最古の竜人達の単調な攻撃も不気味だ。

 これでは竜人族の島を守るどころか、ミーシャとミアの安全も確保し辛い。


 ーーーそれでもやるのだろう?


(当然だ。絶対に守ると約束した。やってやるさ)


 レイヴンは敢えて警戒を解き自然体に構え直した。

 膠着しつつある状況を打開するにはこうするのが一番いいという経験からだ。



 それを見たフードの二人は満足そうに薄ら笑いを漏らしてロズヴィックの前に出て来た。


「化け物にしてはなかなか懸命な判断です。そうですとも。何も我々は戦いに来た訳ではないのですから、素直なのは大変良い事です」


「そうそう。中途半端に殺気を撒き散らせばどうにかなると勘違いしてる雑魚は引っ込んでな。お子様の出る幕なんざありゃしねぇよ」


 あからさまに見下した態度にクレアとルナの歯軋りがはっきりと聞こえる。

 だが、二人共レイヴンの言いつけを守ってそれ以上は動かなかった。



「さっきから黙って聞いてれば何なんですか?レイヴンさんは化け物なんかじゃありませんよ!レイヴンさんの事よく知らないくせに勝手な事言わないで下さい!クレアちゃんとルナちゃんはレイヴンさんの言いつけを守っているので、代わりに私がはっきり否定します!」


「くるっぽ!くるっぽ!」


 顔を真っ赤にして鼻息を荒くしたミーシャが叫び、ツバメちゃんもそれに続くように翼をバタつかせて抗議した。

 この状況でも臆さないミーシャの堂々とした姿にクレアとルナから漏れ出していた殺気が少しだけ和らいだ。


「ミーシャお姉ちゃん凄すぎ」


「でも、ミーシャのおかげでちょっと頭が冷えたかも」


「ふふん!そうでしょうそうでしょう。もっとお姉ちゃんって呼んでくれて良いですからね!」


 言ってやりましたよ!と胸を張るミーシャの無言の圧力がレイヴンの背中にも伝わってくる。


 ーーー大した肝の娘だ。精霊に好かれる人間は面白い奴が多い。


(そうなのか)


 ーーーああ。私の知る限りではな。


(……?)




 フードの二人は煩わしそうに舌打ちしただけで、ミーシャには言い返したりはしなかった。

 なるべく相手にしないようにしているような、そんな態度に見えた。



「ああ、そうでした。先ずは名を名乗るとしましょうか」


「おいおい、この流れで自己紹介かよ。そんなもん別にいいだろ」


「そうは行きませんよ。別に真名を名乗る訳ではありませんし、礼儀はとても大事ですから」


「ま、それもそうだな。後で小言を言われるのも嫌だし」


「ではーーー」


 そう言って静かに騎竜から降りてフードを脱いだ二人は対照的な白と黒の翼を広げて見せた。


「私の名はガブリエル。皆さんには分かり易く天使とでも言えばお分かりになるでしょうか」


 ガブリエルと名乗った白い翼を持つ人物は、男なのか女なのか分からない中性的な風貌をしており、薄いベールの奥に見える目は閉じられたままであった。

 また、長い白髪を三つに分けて束ね。二本を腕に、残りの一本は首に巻かれていた。

 口元に浮かぶ微笑は友好的なものと言うよりは嘲笑に近い。


「俺の名はフォルネウス。所謂、悪魔って奴だ。つっても、通称みたいなもんだけどな」


 続いてフォルネウスと名乗って黒い翼を持つ者は、粗暴な言動には似つかわしく無いふくよかな女性の外見をしており、妖艶で艶のある黒髪は腰の辺りまで伸び、身体中至る所に大小煌びやかな装飾品を身に付けていた。そのどれもが身体に埋め込まれ、不気味な輝きを放っている。



(悪い予感が当たったな。ガブリエルにフォルネウス。よりにもよって天使と悪魔とはな……)


 魔物混じりでは無くなっているので共鳴を起こす心配は無い。

 しかし、これまで姿を見せなかった二種族が揃って現れたことには驚いた。警戒し過ぎくらいで丁度いい。

 隣にいるマクスヴェルトも同じ考えなのだろう。

 レイヴンと視線を交わして頷いた。


「ま、そう警戒すんなって。勝てないって分かってる相手とわざわざ戦うつもりなんざねぇってのは本当だ」


「ですが、今の貴方が我々の脅威になり得るかと言えばそうでもありません」


「どういう意味だ?」


 ガブリエルとフォルネウスはレイヴンの問いに少し沈黙した後、堪えられないといった風に笑い出した。


「ふふふふふふ!これはこれは……」


「あっはっはっはっ!マジかよ!こいつは傑作だぜ!」


「これは想定していたより簡単に済みそうです」


「ああ、さっさと終わらせちまおうぜ。どうにもここの空気は綺麗すぎて落ち着かねえ」


 ひとしきり笑った二人は、それぞれ得体の知れない結晶を取り出しレイヴンの前に掲げて徐に言った。


「「さようなら。化け物」」


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