第二話 手掛かりを探して
レイヴンは小さくなったツバメちゃんを頭の上に乗せたミーシャと共に、とある場所を目指して黙々と歩いていた。
以前は人目を気にして滅多に近づかなかった中央も、今では頻繁に訪れるようになった。広い街の裏道もしっかり頭に入っているほどだ。
本当ならリアーナ達と住んでいるオーガスタの街で依頼を受けたいところだ。しかし、オーガスタはまだ出来たばかりの街であり、近くに手頃なダンジョンもない。それに冒険者というよりは学問を学びたい学生向けの街として成り立っていることもあって、中央で依頼を受ける以外には、西の平野を越えた先にある冒険者の街パラダイムに行くか、東の国境を越えてフローラの街まで行くしか選択肢がなかった。
毎日リアーナの待つ家に帰るとなると、どちらも遠過ぎるのだ。
勿論、魔剣の力を使って空を飛んで行けば済む話なのだが、「それって普通の生活してるって言えるの?」というルナの一言があって、魔剣の力無しにはどうにもならない緊急事態を除いて力を開放しないと決めている。
「お、おい見ろよ。あれって……」
「ああ、レイヴンだ。最近よく中央で見かけるな」
「まだCランクのままだって話だけど……最強、なんだよな?本当なのか?」
「それはーーー」
「なんだ?レイヴンの話をしてるのか?だったら俺も混ぜてくれよ」
二人組の男が話していると、近くを歩いていた別の男が話に加わった。
他にも足を止めて聞き耳を立てている者までいる。
「そりゃそうだろ。彼はたった三人しかいない元王家直轄冒険者の一人だ。レイドランク以上の魔物や大群と単騎でやりあって殲滅したのを実際に見たって奴もいる。実力は本物。剣聖、賢者の二人が実力を認めていたし、肩を並べていたのも事実さ」
「その話なら俺も聞いたことがある。確かにそうかもしれんが、それは彼が魔物混じりだった頃の話だろ?本当に今でも強いのなら、Cランク冒険者をやる理由なんか無いだろ」
「待て待て。俺はあのクレアとルナの二人がかりでも勝てなかったという話を噂で聞いたぞ?」
「そうらしいな。だけど、あの二人の異常な強さを間近で見て知ってる俺には信じられないよ。まだ子供だが、あの二人の実力こそ本物だと思うね。そこいらの冒険者とは桁違いの強さだった。どんな魔物が相手でも瞬く間に仕留めてしまうんだ」
更にもう一人。
「いやいや、あの最高位冒険者選定での戦いを見た奴なら誰でも知っているさ。彼こそが世界最強の冒険者で間違い無いよ」
更に……。
「その二人とレイヴンの戦いぶりなら俺もこの目で見たぞ。あれはもうどちらも常人の域に無いね。確かにクレアとルナな二人も桁違いだった。だけど、俺に言わせれば彼の強さに比べたらまだまだだ。あれはもう桁違いなんてもんじゃなかった。彼女達とは次元が違う」
二人の強さを認めた上で尚も次元が違うと言った男の発言に野次馬達がゴクリと息を呑む音がした。
「そう言えば、本気を出した竜王リヴェリア様ですら一人では持て余すって話を聞いたこともあるぞ?Cランク冒険者をやっているのも彼が自分で志願したからだそうだ」
「まさか、いくらなんでも……」
「作り話にしては面白そうだが……なあ?」
「本当の話だよ。知り合いのSSランク冒険者から聞いた確かな話さ」
竜王リヴェリアですら勝てないと聞いた群衆から今度は驚愕の声が漏れ出た。
中央でのリヴェリアは、多くの人にこう思われている。
人類最高峰と呼ばれるSSランク冒険者を直属の部下に数多持ち、剣聖とまで呼ばれる美麗な剣技の前には敵う者無し。
中央に籍を置くSSランク冒険者達からの絶対の信頼を受ける超級の実力者。美貌と智略を兼ね備えた完全無欠の存在として知られている。
竜王を名乗って、片翼の白い翼を持つ二人の美女と行動を共にするようになってからは更に腕に磨きがかかったと専らの噂だった。
しかし、レイヴンはそうは思っていなかった。
手合わせと称して本気で戦いを挑んでくるリヴェリアを相手する内にリヴェリアの本質が段々と分かって来たからだ。
本来、リヴェリアという人間はもっと破天荒で、何者にも縛られない状況下であれば実力以上の力を発揮するタイプだと見ている。
静かに佇む待ちの剣を使う時と苛烈な攻めに転じる時の差が、その事を証明している。
だから彼等が知っている竜王、剣聖の名を持つリヴェリアと、ただのリヴェリアでは実戦における戦闘力がまるで違うのだ。
レイヴンが未だに油断出来ない相手としてリヴェリアを認識しているのを知っているのはクレアとルナ、それとマクスヴェルトくらいだ。
「何?!本当か?!……くそぉ、俺も見に行けば良かった」
「なるほど。その話が本当なら、あの二人が勝てなかったのも頷けるな。でも、それなら益々訳が分からないぞ。何でCランク冒険者から始めたんだ?」
「「「さあ?」」」
魔物混じりだった頃と違い、レイヴンの顔を見た人達から向けられる好奇の視線は好意と畏怖の入り混じったものへと変わっていた。
単純に嫌われているだけなら無視していれば良かったのに、見知らぬ人間から無条件の好意を向けられるのはどうにもむず痒くて居心地が悪い。
冒険者の街パラダイムからは何度か招待状が届いていたが、酒と祭りが好きなランスロットに全部丸投げしている。
リヴェリアには「気にするな。悪い噂ではないのだから気楽に構えていろ」と言われたものの、一向に慣れないでいた。
「聞きました?皆さんレイヴンさんの噂してますね」
「らしいな」
「どれも好意的な話ですよ?嬉しくないんですか?」
「別に」
「もしかして、照れてます?」
「て、照れてない。くだらない事を言っていないでさっさと行くぞ!」
「はーい」
最高位冒険者を決める戦いがあったあの日、竜王リヴェリア自らが裁定者となった戦いにおいて、レイヴンはクレアとルナの二人組を相手に圧倒的な力を示して勝利し、これまで実感の湧かなかった者達にも改めて魔人レイヴンの強さを見せつけた。
『魔人レイヴンは魔物混じりでは無くなっても強い』
そのことを強く印象付ける結果になった。
が、当のレイヴンにはそんなことはどうでも良かった。
あの試合でレイヴンは生まれて初めて何の枷も無い状態の全力で戦った。
レイヴン自身と魔剣ミストルテインの持てる力の全てを二人にぶつけたのだ。
今の二人にはまだ厳し過ぎたかもしれない。
自分のことを慕ってくれる相手に向けるべき力でない事くらい百も承知だった。
それでも……だからこそ、言葉では伝えられない沢山の気持ちを伝える為に全力で戦う事を選んだ。
決して後悔などしていない。
むしろ全身全霊で応えてくれた二人には感謝しているくらいだ。
おかげで二人が自分だけの道を歩いていける強さを持っていると実感出来た。
二人はもうレイヴンが守らなければならない存在では無いのだと。そう確信出来たのだ。
「あ、見えて来ましたよ!」
ミーシャの声に視線を上げると、巨大な城が視界に入った。
王家が実在するという辻褄合わせの為に建設された城も今では本当に王の住む城として一般に認知され機能している。
らしい。
リヴェリアは竜王を名乗ってからも相変わらず冒険者組合で寝泊まりしているそうで、茶会や他国との会談にはちゃんと城へ顔を出しているそうだ。
単に便利に使っているだけの気もするが、城の者達は皆、『それで良いのです』と口を揃えて言うのだった。
更に近付くと城門を守る門番がレイヴンに気付いて軽く会釈をするのが見えた。
巨大な城だというのに門番は一人だけ。
侵入防止用の結界や罠は無い。
無用心極まりないが、リヴェリアは「何もしていない事が逆に相手を警戒させるからこのままで良い」と言っていた。
リヴェリアのことだ、どうせちゃっかり侵入者用の対策はしてあるのだろう。そういう奴だ。
「レイヴンだ。元老院ガレスに取り次いで欲しい。天空門を使いたいと伝えてくれ」
レイヴンは門番に用件を手短に伝えると、やたらと威厳を放つ城門ではなく、その隣にある小さな警備用の扉から中へと入って行った。
城内はシンプルな造りで目立った調度品も無く閑散とした様子だ。
おそらくガレス達元老院が権力の色を好まないリヴェリアの意図を汲んだのだろう。
これまでの経緯を考えれば必要なかったにせよ、仮にも王とは人々の代表者だ。城として使用しているなら他国からの来客もある。もう少し飾っても良いような気はする。
五カ国同盟の盟主の城が空っぽというのはさすがに不味いだろうと苦言を言ったことがあったが、当のリヴェリアには「まさかお前がそれを言うとは」と、笑われただけだった。
それ以来、口出しをするのは止めた。
待つように言われて通された部屋で寛いでいると、城に入ってからずっと緊張して黙っていたミーシャが、またいつもの口調で話しかけて来た。
「レイヴンさん、レイヴンさん。天空門って何ですか?なんだかとっても凄そうな名前です」
「その前に一つ聞くが、何でそんなに楽しそうなんだ?」
「何言ってるんですか!冒険はいつだって楽しいじゃないですか!」
「いや、そういう問題じゃーーー」
「それに、レイヴンさんが一緒なら大抵の事は何とかなると思ってますから」
「……。そ、そうか」
「はい、です」
散々危ない目に巻き込まれて来たのに、まだ楽しむ気持ちがあるとは実にミーシャらしいことだ。
(冒険を楽しむ、か)
未知への探究心と欲求。
何事も前向きに楽しむという姿勢は、冒険者が収入を得る為の手段でしかなかったレイヴンには無い発想だ。そういう今まで知り得なかった、知ろうとさえしなかったことを知る為に改めてCランク冒険者として歩き始めたのだ。ミーシャのこういう姿勢は大いに参考になる。
「それで、天空門って何ですか?」
「それはーーー」
ーーー天空門。
竜人族の住まう島。天空の楽園へと繋がる異次元空間の入り口だ。
マクスヴェルトが生み出した空間魔法とは異なる原理で魔法が展開されており、竜人の許可無く門を潜っても門は起動すらしない。
秘匿された竜人族の住処は文字通り空の上にあるわけだが、空から直接入ることも出来ず、遠目から見ることはおろか、認識することすら出来ない。
下界に暮らす人間達との関わりを絶った彼等に会うには、マクスヴェルトやルナのような高度な転移魔法を使って直接転移するか、同じ竜人の許可を得て天空門を使用する他ないのだ。
正に天空の秘境と呼ぶに相応しい場所だ。
「ーーーだ、そうだ」
「な、なんだか凄いですね。前にリヴェリアちゃんの故郷に行く許可は貰ってますけど、実際に行くのって私今回が初めてなんです。今の話を聞いた後だと凄く緊張して来ました……」
「竜人は今でも多種族との接触を禁じているそうだからな。とは言え、竜人族の長になったリヴェリアの許可があるんだ。普段通りにしていれば良い」
「普段通りって、私こう見えても結果あがり症なんですけど」
ミーシャがあがり症だという話は初耳だ。
初対面だろうが誰彼構わず“ちゃん” 付けで呼び、大規模な戦闘に巻き込まれてもぎゃあぎゃあと騒いでる姿しか思い浮かばない。
「そうか?」
「そうなんですぅ!竜人族さんの住んでる所って御伽話とかに出て来るくらいの伝説の秘境なんですから緊張して当然です!でも、リヴェリアちゃんが竜人族さん達の長になっても、そういうのっていきなりは変わらないですよね……」
「だろうな」
いくらリヴェリアでも、地上との交流をいきなり再開させるのは難しいだろうなとレイヴンは思う。
神や悪魔と並ぶ世界の管理者に近い立場にありながら中立を保って来た竜人が、人間と関わりの深いリヴェリアが長になったからといって積極的に人間の世界に干渉するとは考え難い。
半分は普通の人間だった魔物混じりでさえ、共に生きて行くのは困難だった。人と人の間にある見えない壁は必ず軋轢を生む。
人間達にとって神や悪魔と同列の存在が突然手を差し伸べて来たらどうなるか。その答えは分かりきっている。
カレンの一族のような人間社会の中で生きて来た例外を除いても、人間との意識の差は簡単に埋まるものではないだろう。
リヴェリアやロズヴィックが特殊なのだ。
「今回はリヴェリアの祖父ダンに用がある。元竜人族の長であればこのペンダントについて何か知っているかもと思ったんだ。これは人間に作れるような代物じゃない」
「ああ、それで。ちなみにレイヴンさん行ったことあるんですか?」
「いや、無い。俺もダンに直接会うのは初めてなんだ。それに、俺が魔物堕ちした時に彼等が力を貸してくれたと聞いた。その礼も言いたいんだ」
冒険者の街パラダイムを中心に再展開された『世界を隔てる壁』に必要な魔力をマクスヴェルトに代わり竜人達がまかなったという話は後でシェリルとステラが教えてくれた。
範囲を絞ったと言ってもあの結界は仕組み上、維持するだけでも莫大な魔力を必要とする。おまけに魔物堕ちしたレイヴンが放つ異常な圧力を抑えて、普通の人間になるべく影響が及ばないようにするとなると想像以上に魔力を消耗した筈だ。
なのに世界を隔てる壁はマクスヴェルトが展開していた時以上の強固な結界として、戦場となった冒険者の街パラダイムを完全に世界から隔離してみせた。
「リヴェリアちゃんやカレンちゃんみたいに強い人がたっくさんいるって事ですか?」
「いいや。それについては俺も最近知ったんだがーーー」
リヴェリアとカレンが竜人族だと知った当初、レイヴンは竜人族は皆、リヴェリアやカレンのような強者ばかりだと勝手に想像していた。しかし、実際はそうでもないらしい事が二人の話から分かっている。
竜人は長大な寿命を持ち、歳を重ねることで成長する種族だ。
普通の人間と比べれば身体的な能力や魔法適正は生まれつき高いのは勿論、様々な呪いや魔法への抵抗力も高い。
しかし、まだ若いうちは人間と大差無いという。
リヴェリアの話によれば、竜人にもいろいろなタイプの力を持つ者がいるそうだ。
あの時協力してくれたのは竜人族の中でも神聖魔法の扱いに特化した“最古の竜人” と呼ばれる者達。最低でも数千年以上生きている歴戦の強者達らしい。その力は上位の神や悪魔に匹敵するという話だ。
その他にも純粋な腕力や武技に秀でた者を始め、知力や統率力、交渉術など多岐に渡る才能のいずれかを長所として持つ者がいる。
それは人間にも同じ事が言えるのだが、竜人の場合は生まれつき長所と短所がはっきりしているので、長大な寿命の殆どは長所をとことん伸ばすことに費やされる、というのが大きな違いだ。
「一芸特化。とでも言えばいいんでしょうか。私達人間族は向き不向きを判断しているうちに大人になっちゃいますもんね。何となくですけど、竜人さん達が私達の住む世界に干渉しようとしないのもなんだか分かる気がします。根本的に違うっていうか。上手く言えませんけど……」
「だろうな。大き過ぎる力は使い方を誤れば害でしかないからな。近付かないのが賢明だ。俺だって……」
「レイヴンさん……」
(しまっ……)
ーーー悪い癖だ。主殿は主殿だろう。忘れるな。手にした力は未来を掴む為にあるのだという事を。
彼等竜人族が完全に下界の事に関わらなくなったのはリヴェリアとシェリルの件があったからだそうだが、きっと原因はそればかりでは無いだろう。
大き過ぎる力は使い方を誤ると危険だ。
大切な存在を守ろうとしても逆に傷付けてしまうかもしれない。
触れようとしただけで傷付けてしまうくらいなら、初めから関わりを持たない方が良い。
中立の立場を貫くことで一線を超えない為の楔とする。
もしかしたら彼等はそんな風に考えたのかもとレイヴンは思う。
手の届く限り他者を守り、降りかかる脅威を振り払う。
そう決意をしたものの、大切な存在が増える度に、自分の力で傷付けてしまわないように距離をおいていた。
それは孤独な事だと分かっている。独りは嫌だと思っていても、壊さないようにする為には距離を置くしか無かった。取り返しのつかないことにならない様に。そっと静かに見守るしか出来なかった。
(違う。俺が臆病だったんだ……)
信じてついて来てくれた仲間達には感謝しかない。
手を伸ばし互いに歩み寄る可能性をくれた事を心から嬉しく思っている。
今では自分が手にした力はそんな仲間達を守る為にこそ振るうべきだと一方的な感情を押し付けるのも、只の自己満足に過ぎなかったのだと考えるようになった。
「すまない。今のは違うな。きっと彼等にも思うところがあるんだろう。リヴェリアなら上手くやる方法を思い付くさ。あいつのことだ。今頃何か画策しているに違いない」
「ああ!なるほどです。でも、やっぱり緊張しますね……。というかレイヴンさん。元竜人族の長に会うって余計にハードルが上がっただけなんじゃあ……」
「別に戦いに行く訳じゃないんだ。何かあれば俺がミーシャを守る。絶対だ。だからもっと楽にしていれば良いさ」
ミーシャを連れて行く以上、降り掛かる危険は全て排除する。
たとえリヴェリアの故郷だろうと仲間に手を出すことがあれば容赦はしない。
そういう意味で言ったのだが、ミーシャは顔を真っ赤にして目を白黒させていた。
「はうぅっ!」
「……?」
「れ、レイヴンさん!そういう台詞はズルいです!駄目です!絶対に駄目なんです!心臓が止まっちゃうかと思いましたよ?!い、いいですか、レイヴンさんにはリアーナちゃんやクレアちゃん、ルナちゃんが……!あ、でも既に三人いるなら、しれっと私が一人加わっても全然アリなんじゃ……。でもでも!そうなるととってもややこしいことに……。あー!クレアちゃんとルナちゃんにはずっとミーシャお姉ちゃんって呼ばれたいのにいぃぃぃ!!!あああああーーーッ!!!」
「く、くるっぽ……」
(何を言ってるんだ……)
ーーーコンコン。
しばらく待っていると真っ赤な顔をして息を切らしたガレスがやって来た。
一見何処にでも居そうな老人に見えるが、ガレスも歴とした竜人だ。
ガレスはリヴェリアがまだ幼かった頃からの世話人で、竜人の里を飛び出したリヴェリアを追って下界へやって来たそうだ。
リヴェリアが用意した偽りの王政を支えるべく、元老院の一人として長い間中央大陸の政を取り仕切って来た人物であり、実質的に中央大陸の全権を担って来た人物でもある。
「待たせてしまったようで申し訳ない。ちと野暮用があって城を出ておったのでな」
またリヴェリアを探して走り回っていたのだろうか。肩で息をしながら大量の汗を拭っている姿からは、嬉しさと呆れが入り混じったような不思議な感じが漂っていた。
「問題無い。それよりも事前の連絡も無しに来て悪かった」
「(ほう……)しかし、レイヴン。お主が自分から城へ来るとは珍しいな。儂に用があると聞いたが……」
「あ、初めまして!リヴェリアちゃん……じゃなかった、竜王陛下の部下でレイヴンさん係のミーシャです!」
「うむ。お主の話は精霊王……あ、いや、今は翡翠とい名じゃったか。翡翠からよく聞いておるよ」
「翡翠ちゃんからですか?!あのぅ、一体どういう……」
「なに、単なる茶飲み仲間じゃよ。もう随分と大昔からの腐れ縁でのぅ」
「はへぇ……」
「それで、レイヴンよーーー」
ガレスは首を傾げるミーシャに視線をやった後、少し間を置いてから少し様子を伺うような素振りでレイヴンに問うた。
「お主、本当に行くのか?」
レイヴンは驚いたようにガレスを見た。
どうやら詳しい事情を説明するまでもなく、レイヴンが天空門を使う理由をガレスは知っているらしい。
竜人族の里である天空島へ立ち入ることが出来るのはリヴェリアに縁があり許可を受けている者だけ。
勿論ミーシャもその中の一人だが、今のガレスの反応を見た限りではミーシャを連れて行くのはあまり得策だと思っていないようだった。
(なるほど。どうやらいきなり当たりを引いたらしいな)
リヴェリアやカレンがそうであるように、竜人という種族は随分と先が見える能力を持っているようだ。そうなるとガレスが手紙の差出人という線で考えた方がしっくりくる。
(いや、結論を出すのはまだ早い、か)
ガレスの真意は知れないが、今回の手紙の主が竜人または天空に浮かぶ島に関係している人物だと考えて間違いなさそうだ。
レイヴンはミーシャも連れて行くつもりだったので今更引き返せとは言うつもりは無い。守ると言った以上、何があろうと守る。けれども、万が一に備えて保険を用意しておくことにした。
「ミーシャ、悪いがマクスヴェルトを連れて来てくれないか」
「え?マクスヴェルトさんを、ですか?構いませんけど、マクスヴェルトさんが今何処にいるのか知りませんよ?」
「ああ、それなら多分マリエの所だ。あいつの転移魔法なら天空へも直接行けると聞いている。ミーシャは後からマクスヴェルトと一緒に来てくれ」
レイヴンの反応を見たガレスは感心したように頷くと、「それが良かろう」と言ってレイヴンに同意した。
「レイヴンさんがそう言うなら……。あ、私がいないからって無茶しちゃ駄目ですからね!直ぐに追い付きますから!」
「ああ。竜人族の聖域だ。話を聞きに行くだけだから無茶はしないさ」
「約束ですからね!行きましょうツバメちゃん」
「くるっぽ!」
慌てて飛び出して行ったミーシャを見送った後、レイヴンはガレスに向き直った。
その表情は先程までとはまるで別人。
老練な気配を纏った元老院筆頭ガレスがそこにいた。
「さて、それでは本題に入ろうかの」