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クレアの学習能力

 宿屋へ戻る途中、市場には冒険者に混じって貴族風の人間が何人かいるのを見かけた。特に問題を起こしている様には見えないが、ガザフの言っていたアルドラス帝国とやらが関係しているのかもしれない。

 気にしたところで関係の無い話だ。頭の片隅にでも留めておく事にしよう。

 もしも問題が発生してガザフから話があれば、その時にでも考えれば良い。


 宿屋の裏手にある空き地で二人が訓練をしている筈だ。

 早速クレアにこの剣を渡してやろう。


(喜ぶ……か? キッドなら喜ぶかもしれないが……クレアは。とにかく渡してみるか)



 空き地に近付くとカンカンと賑やかな音が聞こえてくる。

 訓練用に木の棒を使って動きの練習をしている筈だ。


 筈なのだが……。


「ゃあー! うー!」


 クレアは案山子相手を出鱈目に叩いているだけで、教えている筈のランスロットは切り株の上で船を漕いでいる始末だ。


「ランスロット、どういう事だ?」


「ん? ああ…帰ってきたのか。ふああぁ……」


「何故クレアが一人で訓練をしている?」


「あー……最初は結構楽しくやってたんだけどな。問題が見つかったんだよ」


「問題?剣の基礎訓練だぞ?何の問題がある?」


「口で説明するより見た方が早い。おーい、クレア! 俺とさっきみたいに練習するぞー」


「……?」


 広場で向かい合った二人を見てすぐに何が問題なのか分かった。

 ランスロットはいつも通りの構えであるのに対し、クレアはまたレイヴンと同じ構えを取っている。


 ランスロットには人間の剣術を教えるよう頼んでいた。

 決まった型の無い我流では限界がある。


「驚いたか?あの構えもそうだが、問題はこっから先だ。見たら驚くぜ? よおし、クレア打ち込んで来い」


「あい!」


 クレアはゆっくりと体を低く沈めていく。だらりと腕を下げ、木の棒が地面に触れるギリギリの位置にある。それは正にレイヴンの構えそのものだ。

 ランスロットは余計な力を抜いて自然体のままクレアが動くのを待っていた。目は真剣そのものだった。幼いクレアが相手だというのに、まるで魔物を相手にした時の様な空気を纏っている。


「ゃあーーー!!!」


 気合いの入った声を上げて飛び込んでいくクレアの速度は登録試験で見た時よりも数段速かった。

 ランスロットは焦る事なく軽々とクレアの攻撃を受けずに流す。クレアの木の棒をほんの僅かに逸らして躱しているのだ。その動きには一切の無駄が無い。

 ここまでは試験の時と似た様な状況だ。あの時は勢いのまま転倒して壁にぶつかってしまった。けれども、今回は違う。


 クレアは低い姿勢のまま片足を起点にして大きく腕を振った。

 そのまま勢いを殺さず反転して地面を蹴ると、再びランスロットへと向かって行った。


 剣の振り方は滅茶苦茶だが、ランスロットの剣筋にもよく似ている気がする。常に手を出して動きを止めない。単騎で魔物と戦うには必須の技術だが、一朝一夕に習得出来る様なものではない。


「どうだレイヴン!」


「あ、ああ……」


 確かに驚いた。まだほとんど何も教えていないのに、ここまで動けるようになっているとは思わなかった。身体能力もあり得ない速度で成長している事にも驚きだ。

 だが、それでもやはりランスロットとの力の差は歴然としている。


 クレアは常に動いて攻撃を繰り出してはいるが、ランスロットはそれらを全て最小限の動きでいなしている。その証拠に、ランスロットの立っている位置は半歩とズレてはいない。力の差があり過ぎるのだ。

 つまり、クレアは自ら動いているのでは無く、()()()()()()()に過ぎない。


(とは言え、大したものだ。粗は目立つが、単純な力だけなら既にBランク冒険者よりも強いかもしれない)



「よし。ここまでだ」


「あい!」


 クレアが放った攻撃を手で受け止め終了を告げる。


「な?分かったろ?クレアはお前と同じ実戦向きだ。感覚で戦うってやつだな。最初の構えを見て気付いたと思うんだけど、クレアには型や堅っ苦しい構えは合って無いと思うんだ。でも、不思議なんだよなぁ」


「何がだ?」


「レイヴンの構えを真似たのは分かるけど、俺はまだ連続した剣の振り方までは教えて無いんだ。どうやら、ほんの少し準備運動のつもりで見せた俺の動きを覚えているみたいなんだよ」


(見ただけで動きを覚える?  何処かで聞いた事がある。あれは確か……)


「見取り稽古か……」


「見取り稽古ってなんだ?」


「確か昔、ユキノがそんな事を言っていた。見ること自体が訓練になると。突出した才能のある者なら見ただけで相手と同じ動きや技が使えるそうだ」


 見て覚えるという経験はレイヴンにもある。そして問題点も分かっている。

 頭で考えている事と同じ動きが出来たとしても、実戦となると通用しない場合が殆どだ。

 ある程度力のある者でなければ、どんなに頑張って真似たところでオリジナルを上回る事は出来ない。形だけ真似ても意味は無いのだ。


「なるほどね。だとしたらやっぱり問題だな。途中の剣の振り方見ただろ?俺の癖とは明らかに違うのが混ざってる。あれは多分、試験官してた男の癖だな。クレアにはまだ土台と呼べる物が何も無い。下手に他の奴の戦いを見せるのは不味いだろうな」


 ランスロットの言う通りだ。余計な癖を覚えてしまっては、動きがちぐはぐになり戦いの流れが悪くなる。

 戦いの流れを掴め無ければ勝つのは難しい。

 それは実力が近い相手と戦う時、より顕著に現れる。

 実際、それが隙となり命にかかわる事もあるのだ。


 駆け出しの冒険者が、うろ覚えの知識と付け焼き刃の戦闘訓練を受けてダンジョンの中で命を落とすなどという話はザラにある。

 それならば、じっくりと時間をかけ一貫して同じ型を覚えていく方が良い。

 例えばユキノやフィオナの様な基本に忠実なタイプの動きを参考にするのも良いだろう。

 ただし、そればかりでも駄目だ。魔物は人間とは違う。人間が相手なら先読みなど、訓練経験を活かした戦い方も可能だろう。しかしそれも魔物には通用しない。後の先では生き残れない。常に先手を取って短時間で決着を付けなければならないからだ。

 人間がそうである様に、魔物にも個体差がある。

 そういった事を踏まえれば、戦いの中で体が自然に覚えた動きが一番望ましいとも言える。


 型を否定するつもりは毛頭無い。

 型にとらわれる事が問題なのだ。

 柔軟に対応出来る一握りの才能ある人間だけがSランク以上の冒険者になれるように、魔物相手に生き残るには、魔物の力に見合った対応力が求められる。

 ランスロットやリヴェリアの部下の多くもそうだ。根底に型があり、経験を踏襲し自己流へと昇華させている。

 だからこそ彼等は強い。


「仕方がない。クレアの戦闘訓練は一時保留だ。それと、クレアに剣を渡そうと思ったが、それも保留だ。先に採集依頼を覚えさせる」


「それが良い。というか、クレアはお前の構えを覚えてるんだから、直接教えてやれば良いじゃないか。多分その方がクレアも喜ぶと思うぜ」


「駄目だ。クレアには()()()()()生きられる力を身に付けさせた方が良い」


「……本当にそうか? 戦う力と生きる力は別だと思うけどな」


「それは……」


 そんな事は言われなくても分かっている。

 クレアに戦い方を教えるのは万が一の時の為だ。一緒に旅をするからと言って同じ道を行く必要は無い。


(最終的に道を選ぶのはクレア自身だ。戦う事しか選ぶ道が無かった俺とは違う)


 戦わなくて済むのなら、それに越した事は無い。


「駄目だ。……()()()駄目だ」


「……」


 ランスロットは、レイヴンが本当は戦いたくなんか無いと思っているのも、クレアに同じ道を選ばせたく無いと思っているのも察していた。そして、クレアにもしもの事があってからでは遅いとも感じていた。


 普通の人間であれば、他の生き方もあるだろう。戦いとは全く縁のない世界で暮らす事も出来る。欲を出して高望みさえしなければそういう選択肢は案外多い。

 だが、クレアは魔物混じりだ。出生も不明。体の殆どが人工的に造られ、禁忌の子ですら無い。

 魔物混じりとして生きるか人間として生きるか……。

 どちらも選べるが、どちらでも無い。


 レイヴンの望みは分かるし、友人としてその為の協力も惜しまないつもりだ。

 けれど、現実はそんなに甘く無い。

 望むと望まざるに関わらず、魔物混じりであるクレアには困難な道が待ち受けている。それは、目に見える物だけとは限らない。

 どこで生きる事になったとしても“敵” は無数にいる。

 リヴェリアはその事が分かっていたからこそ、クレアをレイヴンに託した。

 守るだけでは成長しないと知っていたからこそ、クレアを自分の元から離す様に()()()()のではないだろうか?


(さては俺がレイヴンに付いていくのも織り込み済みか?)




「レイヴン。おな、か…すい、たっ」


 クレアのお腹がきゅるきゅると鳴る音がする。


 そういえばずっと訓練をしていて、食事をしていなかった。

 だが、そんな事よりも。


「喋った……おい、レイヴン」


「あ、ああ」


「おおーーーー!!! 喋ったぞレイヴン! やったなクレア! やっと喋れる様になったのか! こいつはめでたいぜ!」


「あーうー!」


「と、思ったけど。まだ完全じゃあ無いか。まあ、良いさ! とにかくおめでとうクレア!」


「あい!」


「んだよ、レイヴンもおめでとうくらい言ってやれよ。な、クレア?」



 “おめでとう”


 喉元までは出ているのだ。見上げて来るクレアの目を見ていると、どうしても言葉にならない。


「…お、おめ……と、う」


「あい!!!」


「あっはっはっはっはっは! なんだそりゃ。んなもん、サラッと言っちまえば良いだろ。でも、最初はそんなもんか。よっしゃ、飯食いに行くか!」


「みー、とぼーる…ぱ、ぱす、たっ!」


 辿々しい言葉ではあるが少しづつ喋れる様になって来たのは良い傾向だ。


「ミートボールパスタが食べたいのか?」


「あい!」


「そんなとこまでレイヴンと一緒なのか。他の物も食べないと大きくなれないぞ?」


「うー…」


「ま、良いか。せっかく喋れる様になって来た事だしな」


「あい!」


 宿屋の食堂でも良かったのだが、せっかくのお祝いだからと街で食事をする事になった。


 ドワーフの街には酒場の他に大衆食堂がある。と言っても、酒場よりも料理の種類が多いというだけで、酒好きのドワーフが一日中入り浸っているのも珍しくは無い。

 ついでに採集系の依頼をいくつか見繕っておけば良いだろう。


「あう!」


「おい、急に止まるな」


「いや、それがよ……」


 扉を開けたところで、ランスロットが急に立ち止まるものだから、クレアがランスロットにぶつかって痛そうに鼻をさすっている。


「あ、やっと来ました! 待ちくたびれちゃったじゃないですか!」


「ミーシャ、何でお前が此処に居るんだ…?」


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